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蝉日記  作者: 十匙謎人
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時間の早さ

 昨日の夜に頭を抱えたまま、鶏の鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。雨井が飼っている動物は猫と犬だけではない。趣味として鶏やアクアリウム、テラリウムにも手を出している。猫と犬の世話は私も動物の気持ちを理解するためにとし始めたが、それ以外のモノに関しては手いっぱいになると思い雨井の自己責任でやってもらっている。そのため雨井の朝食ではしばしば奴の鶏の卵を使うことが多い。餌にこだわっているおかげか市販の物よりも味が濃く、そのたまごで作るエッグベネディクトが奴の好物の一つだ。しかし、その日は朝食を作る気にも、食べる気にもなれなかった。ぼーっとした頭で一階に下りると、ペットたちがいつものように足元までやってくる。


「すまないが、今日は簡単なものでいいか」


私の気を察してくれたのか、心配そうにこちらを見つめる。猫たちは元々各自で食べ物を手に入れてくることがあり、それぞれ朝食を探しに向かった。犬たちも出来た筈なのだが、私の元から離れようとせず、一番小柄なテレサは太ももの上で横たわっていた。こんな小さな生き物に気を遣わせてしまっていることにも、罪悪感を覚えてしまうようになっていた。時刻はまだ六時。雨井は今日も居らず、家には針の音が鳴り響いていた。


 家の秒針の音は驚くほどゆっくりに聞こえた。雨井にはこの音がどれほど速く感じるのだろうか、はたまたその逆なのだろうか、そんなことを長々と考えていた。私にとってこの音は遅く、雨井にとっては早く、そして人間にとっては聞き慣れた速度。それはまるで三本の針の関係性のような感覚だった。音の長さは、もしかすると生きる長さなのだろうかと考えたことがある。


 生き物が一生で打つ鼓動は十億から二十億らしい。体の小さなものは比較的に鼓動が速く、大きなものは鼓動が遅い。ネズミは一つの鼓動につき0.1秒、ゾウは3秒ほど。それら動物が人間の鼓動を聞けば、どう感じるのであろうか。時を速く穿つネズミは遅く感じ、時を遅く穿つゾウは速く感じることだろう。八分音符にとっての四分音符、全音符にとっての四分音符。しかし、楽譜が終わる場所が一緒だとすれば、その一曲をそれぞれの音符はどう感じるだろうか。一時間で六〇回音を聞く者。一時間で三六〇回音を聞く者。一時間で一回音を聞く者。時計の三本の針とは、生きる音の速さを教えてくれているのかもしれない。私にとっては1時間は、長くもあり、短くもあった。時計の針は7時を告げる。あまりに長く、あまりに早い。


 朝食をとらないまま、私は大学へと向かった。道中の木々にはセミたちが五月蠅く鳴き、音を聞いただけでどの種類が多いか分かるほどだった。夏の虫は賑やかなものが多い。秋も秋でコオロギやクツワムシ、キリギリスなど鳴く虫が多いが、秋の虫がピアノソロだとすれば、夏の虫はだんじりの様なものだ。人によって好みが分かれるところだが、私個人としては夏の虫を応援したい気持ちも山々ではあるが、秋の虫の方が読書が捗り助かる。だんじりで騒ぐ者もいれば、遠くの方で静かに太鼓の音を楽しむ者もいるように、夏の虫でも静かなやつはたくさんいる。若かった頃に一番大人しく感じたのはカブトムシなどの甲虫だ。喧嘩っ早いイメージがあるが、あれは単なる条件反射だと考えていただければわかりやすいだろう。そもそも、人間でも例えば電車で座っているときに隣に座ってきた人が肩を押し付けてきたら、迷惑だと思うのは当然のことだろう。人間にはそこで理性というストッパーがかかるが、虫にはそんなものはない。なので別にあいつらは喧嘩っ早いわけではなく、嫌な事を嫌と言っているだけなのだ。


 大学への道は入り組んではいるが大きな道路を歩くだけなので楽だ。とは言うものの、それゆえに考え事をしながら歩くことが癖になってしまっている。それこそ先ほど話したことや、その前に長々と書いたものも、ほとんどは家ではなくこの通学路で考えたものだ。しかしこの日はそんな考え事をする余裕がないほど、私は焦っていた。


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