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蝉日記  作者: 十匙謎人
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願い事

 チケットが残り一枚となった頃には、辺りは暗くなっていた。家で待っている雨井や、八足に何かお土産を買おうと思った私は、彼女にショッピングを提案した。彼女は上機嫌に首を何度も縦に振り、今度は私が彼女の手を引いた。ショッピングといっても各テーマに沿った店がいくつもあったので、中央の一番大きい店に入った。おそらく時間的に子供が「疲れた」と愚図りだすのだろう、店内には私と同じ思惑の人で混雑していた。ある者はわけもわからずマスクを買い、ある者はきっとこれから使いもしないカチューシャを買っていた。


「教授、はいこれ!うわぁ!似合わないけど面白い!」


 彼女もその中の一人になったようだ。買い物は女の子とする方が色々為になる。どういう人には何を選ぶだとか、食べ物と残るものはどちらが受けがよいかなど、普段は考えもせず適当に買う私には新鮮な意見を聞くことが出来た。しかしそれでもやはりカチューシャはいらなかったのではと思った。私の土産は雨井と八足と靑羽さんと円花さんの4人分を買う予定だったが、時雨君が買ったのは自分と友人用の物ばかりだった。なぜ家族への土産を購入しないのか尋ねると、微笑みながら


「いつか家族を連れてきたいと思って。ほら、お土産貰っちゃうと行った気分になるじゃないですか。そういうのってもったいない気がするから、私一緒に来たい人のお土産は買わないんです」


と言ってレジに向かった。時雨君が会計を済ませている間、4人への土産を選んでいた。雨井には適当なキーホルダーでも買っておけばいいのだが、八足は適当に選んだものだと五月蠅そうだと考えた私は、少し悩んでペアストラップを買ってやることにした。私もレジへ向かうと、袋を下げた時雨君がやってきて、私の隣へ来た。


「おぉ、教授がお土産を買ってる。レアシーンですね」


「まぁな。普段は海外、それも民族を訪れるばかりで、土産という土産もなかったな。あ、しかし、買ってないわけではないな。呪術に使うマスクや、魔除けの首輪などを土産にしたこともあったな」


「それはお土産には数えません」


そんな話をしていると店員が私に満面の笑みで尋ねてきた。


「そちらのカチューシャも購入されますか?」


「え?・・・あ!」


「はい!この人買う気満々です!」


「かしこまりました!ではそちらも合わせましてお会計3240円です!」


断る間もなく、私も不思議の国の住人になってしまった。


 買い物から出ると夜のパレードが開始の合図をしていた。見てみると沢山の電飾を付けた乗り物が目の前を過ぎ去っていた。それは見たことがない光景で、その美しさに私は少し感動していた。隣で見ていた時雨君の目は、そのライトの光が反射して一際輝いているように見えた。その時、その瞳が私の方へ向き、口を開いた。


「教授!ジェットコースター!」


「それは朝乗ったではないか」


「いいから、いいから!ほら!」


時雨君はまた私の手を引っ張ったが、今度は私もその速さに追い付けていた。残っていたチケットを使い、再び朝乗ったコースターに乗った。この時の座席は一番前だった。ゆっくり上がってゆく期待に朝のような不安と恐怖が募ってゆくと、時雨君が私を呼び、外を指差した。


 そこには朝広がっていた光景が、眩い電飾で加工されていた。眼下には先ほどのパレードが川のように流れ、遠くには星のような光がいくつも瞬いていた。私の不安と恐怖は高揚感へと姿を変え、下るときは時雨君と一緒に叫ぶことが出来た。その記憶は今でも美しく、楽しかった。


 本来の閉演時間を少し過ぎて、我々はパークを後にした。互いに最寄りの駅が一緒だったので、電車の中で話をしていると、ほとんど同じタイミングで腹が鳴ってしまった。


「ついでだ、何か食べに行こう。なにがいい?」


「う~ん、お昼奢ってもらっちゃったんで、教授に合わせます」


「そうか・・・となると、私が行く場所は一つしかないのだが、いいか?」


「文句なしです!」


夕ご飯は少し豪勢に、いつものあの店で私も時雨君も大盛りを頼んだ。


「あらあら、お二人とも今日はあのテーマパークに行ってたんですか?」


「そうなんです!すっごく楽しかったんですよ~」


「あらーそうなの。確かに楽しそうねぇ。よし、じゃあおばちゃん先生のカチューシャに免じて今日はからあげつけてあげようかねぇ」


「え?あっ!」


「教授まだつけてたんですか!?ということは電車の中でも・・・」


二人に笑われ、私は赤面せざるを得なかった。不思議なものだ、普段つけないものをつけていても、意外と気付かないものだった。ようやくカチューシャを外した私は、今日のことを話した。


「今日はすまないな、わざわざ付き合わせてしまって」


「いえいえ!何を言うんですか!誘ってくれてありがとうございました。私の方こそテンションあがっちゃって、引っ張りまわし過ぎちゃったって今反省しています」


「いやいや、普段あまり体を動かすことがなくてな、いい運動になった」



「それにしても教授が先にチケット買ってたなんて」

「それにしても君が先にチケットを買ってたとはな」



偶然声が重なり、互いに笑いが出てしまった。それを見ていたおばさんも、にこにこと笑ってくれていた。しかしここのどんぶりは相変わらず大盛りにするだけで随分と量が増えている。大盛りというよりは特盛に近い状態になっているが、それでも時雨君はぺろりと食べてしまう。・・・ということは普段の並盛は足りないのだろうか?そんなことを思いつつ、私は残りのご飯を食べた。ここの料理はやはりいついただいても美味しい。特にこの女性の作ってくれる飯が美味く、私がこの時間帯にしか来ない理由でもある。昼は女性の旦那が切り盛りしており、残りの夜の数時間はこのおばさんなのだ。時雨君がからあげとなぜか増えていたデザートを食べ終わったころ、私も食べ終わり、お茶を飲みほした。


「ごちそうさまでした」


 会計を済ませ、帰路に着いた。星は相変わらず綺麗で、私はまた公園に時雨君を誘った。彼女は「いいですね」と一言放ち、ついてきてくれた。いつものベンチに腰をかけると、私の首は定位置についた。今日見たあの景色と、今見ているこの景色は、とても似ているようで全く別のものだと考えると、余計に二つともが美しく見えた。この景色がいつまでも続けば良いと願い、隣を見てみると彼女もまたその美しさに夢中になっていた。彼女が何を思っているのか、何を見ているのかは聞かず、首を元の位置に戻した。

 

 すると、携帯から高い鈴の音が聴こえた。時雨くんは私の携帯を見て、満足げな顔で再び空を眺める。すると彼女の携帯からも、小さな鈴の音が聞こえた。それらはまるで夏の夜の涼しさを物語るかのように小気味良く鳴り響き、風の中に溶けていく。流れ星がよく見えるここでは、願い事をする人をよく見かける。私も一度人間のように願ってみようかと思ったが、大半のことは自宅の悪魔が叶えてくれるので、願えられずにいた。


「さぁて、そろそろ帰りましょっか」


そういうと時雨君は立ち上がり、公園の出口へと向かう。


ここで私は再び残された時間を思い出した。


今日だ。今日が分かれ目なのだ。しかし何を言えばいいのか、なんと止めればいいのかもわからなかった私の口から出たのは


「時雨君!」


「はい?」


「あ、あの、あ、いや」


「どうしたんですか教授」


「明日は、夜は、時間があるか」


「『あるか』って、明日普通にお仕事じゃないですか」


「あ、あぁ、そうだな」


「なんです?そろそろカツ丼以外の晩御飯奢ってくれるんですか?」


「あ、あぁ、そうしよう。だから、明日もこの公園に付き合ってくれないか」


「おぉ、言ってみるもんですね!じゃあ期待してますね!」


空には二つ、流れ星が走った。


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