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蝉日記  作者: 十匙謎人
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時はそれなり

 その後も様々なものに入った。クールーズ型のものでは私がクマのロボを本物だと思い怯え、キャラクターの案内形式で進む室内アトラクションではことごとく時雨君がそのキャラクターを見失っていた。


「あれ?どこ行きました?」


「そこにいるではないか」


「え、うそ?いないじゃないですか!」


「さっきから『こっちこっち』だと言ってくれているではないか」


「指示代名詞は情報ではありません!」


ホラーハウスでは非現実的なものには怯えない私が勝り、射的場では有料だったものの互いに負けるのが悔しく、五回も勝負をしてしまった。昼食の後パレードがあったが、やはり大人にとってはそれほど魅力的とも言えなかった。


「パレードが終わるまでまだ時間があるな」


「そうですね、今ならチケットを使わなくても空いてるかも」


「・・・どこがいい」


「クルクル回るやつで!」


「よし、行こう」


 私はコーヒーカップだと思っていたが、彼女の意図していたものはクルクルと回るジェットコースターだった。屋外ならまだしも屋内アトラクションだったため、非常に酔った。例え元セミだとは言えども、あれほど回転されてはどんな種族でも目を回すことだろう。人間とは不思議な乗り物を作るものだ。


 もう一つのアトラクションへ向かう最中、インド人らしき女性が一人スタッフと話していたが、このご時世まさかヒンディー語を話せる学生スタッフなどいるものかと憐れみ、助けに入ってやった。しかし、彼女の話す言葉がヒンディー語ではなかったため、どうしようかと迷っていると、時雨君が助け舟を出してくれた。


「あ、この人は息子さんを捜しているようです。私がアナウンスしますので、良ければ放送室まで案内していただけませんか?」


そういうとスタッフは無線でやり取りした後、我々を放送室まで案内した。時雨君はまず日本語でアナウンスし、次に母親の言語でもアナウンスしていた。あとから聞いた話だが、その後無事に男の子が母親の元へ帰ってきたらしい。


「流石、無限母語話者だな」


「私もあの言葉久しぶりに聞いたのでびっくりしちゃいました」


「彼女はインド人のように見えたのだが、ヒンディー語ではなかったな」


「いえ、それも少し話してたんですけど、多分旦那さんがそっちの出身で、彼女はシッキムというレプチャ語を話す地域の出身だったと思います」


「しかし子供はどちらの言語を話すのかわからないだろう?」


「母親がレプチャ語を使っているということは、子供も通じるから使ってるのかなと思って」


「なるほどな」


 相変わらず彼女の才能には驚かされることばかりだ。彼女の才能はその無限の言語力だけではなく、初対面の相手でも笑顔にできる話術にもある。昔一緒に少数民族の集落へ行った際に私が英語で話しかけるとあからさまに嫌な顔をされてしまったが、彼女が話すと私にもその部族は仲良くしてくれるようになったのだ。それは単に私が非常識にも英語で話しかけたからやもしれないが、その民族の笑顔には、それだけが理由ではないように思えた。


 しばらく遊んだ後、園内の軽食店に入った。私はコーヒーとワッフルを頼み、彼女はコーヒーとラズベリーケーキを頼んだ。待ってる間は、時雨君と他愛もない話をしていたが、この時は大学の話は一切しなかったのを覚えている。ただただアトラクションの感想を互いに言い合っていた。時雨君が話し、私が相槌や返事をする。傍から見れば面白味もない会話かもしれないが、私にとっては一番楽しい午後三時半だった。


「教授って、不思議ですよね」


「なにがだ?」


「楽しそうじゃないのに、楽しそう」


「また難しいことを言うな、君は」


 彼女についてもう一つ、今不思議に感じたことがある。それは時間だ。一人で人間観察をしていた時、楽しい時間が長く感じた。道行く人の表情を見たり、施設に流れる音楽を聴いたりと、非常に穏やかな時間を過ごしていた。しかし、時雨君と一緒に居るときはその時間がどこか短く感じた。三十分が五分のように思え、人の顔や音楽は聞かず、目の前の顔と声を聴いていた。当時の私は、正に“病んでいた”のかもしれない。思えば彼女は私の手をずっと引っ張っていたが、その手を意識することを忘れてしまうほど、彼女と過ごす時間は自然だった。


「さぁ、教授、チケットまだあと半分ありますよ!これ食べたら行きましょ!」


「元気だなぁ君は」


 彼女は残っていたケーキを口に放り込み、コーヒーで飲み込んだ。私はもう既に食べ終わっていたので、残っていたコーヒーを口へ運び、彼女よりも先に伝票を出口まで持っていった。最近は奢られることにも慣れたはずの彼女は、今回は少し不服の表情が見えた。


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