招かれざる客
急遽雨井に連絡し、姿を見せないように言うと、電話越しに雨井の慌てる様子がうかがえた。家に帰ると、見たこともない黒い猫が一匹、一瞬ワンと鳴き迎え入れてくれた。茶と菓子を出して待っててもらおうと思ったが、菓子を切らしてしまっていたので作るよりほかなかった。雨井が猫のまま「手伝いましょうか?」と聞いてきたが、猫の手を借りずとも一人で出来た。即席で作ったメープルスコーンとダージリンティを出し、いやいやながらも選んでもらった服を着てみた。姿見に映る自分の姿は、今まで見たことがないほど軽かった。一度下りてみるとアクセサリーを忘れており、冱露木が選んだものを付けてもう一度見せてみた。
「ほぉら!やっぱり俺が選んだ服だけはあるな!」
「すごい!こんな教授見たことない!」
「まぁまぁって感じね。デートなら問題ないわ」
「いやぁお見事!」
雨井も思わず猫のまま声を上げていた。幸いその声はたまたまテレビでやっていたびっくり人間の特集のセリフだと思われていた。時間も時間だったので、そのまま私の家で夕食をご馳走することになった。さすがに四人分の夕飯を用意するのは一人では時間がかかりすぎるので、八足に協力をお願いした。
「ところで八足、呉白に連絡は?」
「さっきあなたが着替えている間にしておいたわ、冱露木さん…だったかしら?あの人はもう既に家を出る前に連絡してあったそうよ」
忌々しいやつめ。
「それにしても、今日は疲れた。服を買うというのは、あれほどに疲れるものなのだな」
「人によるわね。人によって服は目的が違うのよ。ある人はただ服を買いに、でも、ある人はもう一人の自分を買いに来るのよ」
「もう一人の自分?」
「えぇ、あなたが今日買ったものよ」
「よくわからん」
相変わらず八足の言葉は私には難しすぎた。
「そういえば、時雨君は今日何の用があったのだろうか。もし大切な用なら、その翌日に遊園地に誘うのはいささか無粋ではないだろうか」
「・・・あなた、気付かなかったの?」
「なにをだ?」
「・・・いいわ、さっさと作っちゃいましょ」
相変わらず八足の言葉は私には難しすぎた。
出来た料理を食卓に並べ、三人に食べてもらってる間、中庭にいる猫と犬の食事を用意した。彼らの食事はドライフードが主なのだが、今日は客人が来ているということで少し豪華に私がそれぞれに合わせて作ってやった。
「あの・・・私は・・・」
山盛りのドッグフードを出してやると猫は泣きながら食べていた。
「媛遥、あの猫ドッグフード食べてるけど、なんであいつだけ他みたいに作ってやらねぇの?」
「あぁ、あの猫は犬用フードが好きでな、それ以外に食べないのだ」
「あぁ、だから『ワン』って鳴いたのね」
「可愛い子たちですね、名前とかみんな覚えてるんですか?」
「ああ、猫は右から漱石、露伴、鴎外、一葉に雷鳥」
「あ、小説家の名前からですか?」
「その通りだ。犬は左からエジソン、キューリー、ジュール、そしてテレサだ」
「犬は海外の偉人からなんですね」
「そうだ、よく知ってるな」
「高校の時日本史と世界史だけは偏差値八十あったので・・・、あれ?さっきの猫ちゃんの名前は?」
「マンジだ」
そういうとマンジは猫らしく返事をした。食事を終え、時間も遅くなったので、冱露木の二人を送ってもらうように頼んだ。冱露木と女子大生が出た後、私は八足に聞いた。
「八足、今日はなぜ…」
「なぜあなたの家にまた来ることにしたか?」
「そうだ。ずっと断っていたから、てっきり来るのが嫌なのではないかと」
「違うわ。私の中で、何かが止めてたのよ。女心の分からないあなたには分からないでしょうね」
そういうと八足はドアを開け、振り向かずに言った。
「明日、頑張らないように頑張りなさい。またお邪魔するわ」
相変わらず八足の言葉は私には難しすぎた。
私に残された時間はあと四日。そして明日は、その分岐点。泣きながら自分の器を洗う雨井を尻目に、私はいつもより早く床に就いた。傍らで漱石が寝ていたため、扉を開けて寝たのだが、朝になると扉は閉まっており、漱石のいた場所には綺麗な石が一つ置かれていた。




