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蝉日記  作者: 十匙謎人
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悩み

 研究室に帰ると、そこにはまだ時雨君がいた。しかし、机の上で大量のプリントの山の中、眠ってしまっていた。プリントは明日の講義で使う資料の山で、私の残りの業務をやろうとしてくれていたらしい。ホッチキスで止めるのはそれ専用の機械があるので、私は機械に、用意してくれていたプリントをセットした。


 その作業に時雨君は気づかず、振り返ると静かに寝息を立てていた。夏とは言えど夜は少し冷える。部屋には夏なのでブランケットも無く、無いよりはましだと思い、そっと私の白衣をかけた。


 資料作りが終わり、今日の資料本のチェックをしていると、後ろからふわふわした声が聞こえた。


「あ……私、寝てた……?」


「寝てたな」


「あ! 教授! 資料!」


「やっておいた。

 プリントアウトしてくれていたのだな。

 それに、学生用に私の難しい言葉を変えておいてもくれたみたいで、

 いつもすまないな」


「わぁあ

 ごめんなさい!」


「いやいや、感謝しているのだ。

 大変だったろ、ありがとう」


「仕事ですので、さぼっちゃってすみません」


「本来は教授がやる仕事なのだ。たまに寝てしまうのもよくわかる」


笑いながらそういうと、時雨君はようやく笑顔になってくれた。


「あ、教授、これ……」


「あぁ、ブランケットがなかったので、私の白衣をかけてしまった。

 風邪をひくよりはマシかと思ったのだが、

 もし気に障ってしまったのなら申し訳ない」


 時雨君は慌てて首を横振ると、肩にかかっていた私の白衣をきれいに折りたたんだ。その光景にも笑ってしまった私は、帰る前にコーヒーを淹れることにした。よく海外に行く私たちは自分に合うコーヒー豆や紅茶を旅のついでに探していた。紅茶については双方別々に好きなものが出来たが、コーヒーについては二人とも同じものを好きになっていたので、コーヒー豆を購入する際、この研究室では一種類だけ頼むことで事足りた。


「あぁすみません。いただきまーす」


 窓の外では夕方に鳴いていたヒグラシの代わりに、カエルたちが騒いでいた。大学近くの大きな池の方から聞こえるその合唱は、たまに聞こえるウシガエルの声を数えるのが私の小さな楽しみでもある。ちなみに、ウシガエルについてはたまに釣って食べることもある。以前に一度外来種について研究した時にこの食用ガエルのことを知り、一度食してみてからというものの、なぜかたまに食べたくなってしまう。


 出したコーヒーを美味しそうに飲んでくれる時雨君に、その日八足からもらったマドレーヌも出してやった。


「マドレーヌだ! どうしたんですか?

 教授にしては珍しい」


「昼間八足に会ってな、手土産にくれたのだ」


「八足さんに? なんでまた?」


「少し相談事があってな」


「ふーん……そうなんですね。

 いただきまーす」


 不思議そうな顔をして彼女はマドレーヌに手を伸ばした。八足がくれたマドレーヌは大変美味で、考えてみれば私は世界を巡っていたのに食べていないデザートが多いことに気が付いた。八足に感謝しつつ、マドレーヌは私の中で二番目に美味いデザートになった。


 残りの仕事を終わらせ、いつもの店に向かった。いつも通りカツ丼を奢り、ふと八足の言葉を思い出した私は、時雨君に聞いてみた。


「時に時雨君。テーマパークに興味はないか?」


「テーマパーク?」


「ほら、最近できただろ? ここから電車で1時間くらいの、ほら」


「あぁ、あそこですか!

 行ってみたいですねー」


「……行くか」


「へ?」


「あぁいや、私もなかなかに興味が無きにしもあらずでな、

 行こうと思っているのだが、

 どうもテーマパークは一人で行くものではないらしくて、

 雨井と行こうにも、男二人と言うのもどうかと思ってな。

 よければと思ったのだが」


「あ、あぁ、行きたいです!

 でも、いつですか?」


「そうだな、出来るだけ早く行きたいとは思うのだが、

 次の日曜なんてどうだ?」


「日曜ですか、混みそうだなぁ~」


「そうか、人込みは嫌いか、なら別の日に……」


「いや、そういうわけじゃないんです!

 行きましょう!」


 そういうと時雨君はスケジュール帳を取り出し、日曜日のところへメモをしてくれた。冱露木や円花さんを誘うかどうかは一瞬相談したが、どうせ4人で行っても二人ずつになってしまうという意見で一致した。カツ丼を食べ終え、私たちはそれぞれの帰路に着いた。


 家に帰ると雨井がリビングで猫を抱いていた。入ってきた私に雨井はニヤニヤしながら「おかえりなさい」と言う。当たり前のことだが、こいつはいつもすべてを見透かしている。私の残り時間にも、気付いていることだろう。ソファに腰掛け、しばらく黙っていると、雨井の方から話しかけてきた。


「残りあと6日、ですよ。何か策はあるのですか?」


「今のところ特にない。

 そこで雨井、お前に聞きたいことがある」


「なんでしょう?」

 

「人間の恋とはどういうものなのだ? 

 意中の相手と恋仲になるにはどうすればいいのだ?」


「それについてはお答えしかねます」


「なぜだ」


「そればかりはあなた自身が考え、行動すべきです。

 私が助けるべきことではない」


「お前、私は今困っているのだ。

 二つ目の願いを叶えぬというのか」


「私はあなたを助けたいのであって、人生を甘くしたいわけではありません。

 私はあの時絶望に打ちひしがれたあなたを助けた。

 生きる喜びを、出会いの喜びを知れば、

 この蝉には蝉以上の価値を見いだせると思ったからですよ。

 今のあなたは人間そのものだ。

 分からぬ答えをすぐに求め、自分で一切作ろうとしない。


 私は人間を助けなどはしません」


 言われてみれば、人間になった当初は自分で知ろうと過去のことを学んでいた。雨井に本だけ提供してもらい、その本から自分で必要な情報を集めていた。しかし、いつしかその情報の豊富さに甘え始めた私は、本やネットの世界に知識を求めるのではなく、答えを求めるようになっていた。


 私は酷く反省した。と同時に、そんな私が今の自分の悩みに答えを出せるかどうか不安になった。


「すまない、雨井。私がどうかしていた。

 確かにそうだ、この答えはなんとしても私自身で見つけてみせる」


「その意気です。でも、煮つめちゃダメですよ。

 みたらし団子だって蜜が焦げてたらおいしくないでしょ?

 程よく考えるのが一番いいのです」


「そうだな、少し楽になったよ。


 ありがとう、雨井よ」


「おや、初めてですね。

 あなたから『ありがとう』を聞くのは」


「そうかもしれないな。

 

 ところで雨井、貴様が今抱いているその猫は、誰だ」


「この子はほら……、『雷鳥』ちゃんですよ」


「……暗くてもその猫が雷鳥ではないことぐらいわかるぞ」


「ごめんなさい、拾いました。

 だって可哀想だったんですもの!」


「餌は自分でやるんだぞ!」


「はい!」


にこやかな雨井を背に、私は漱石と寝室に入り、最初の日は終わった。



残された時間は、あと6日。


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