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何でも屋アールグレイの休日  作者: 冬影
何でも屋アールグレイは空を飛ぶ
9/22

第一章 初日―ハーフェンの成り立ち

 人がごった返す広場の中、二人は何とか場所を見つけて腰かけた。

 広場から港に向かっては下りになっていて、丁度いい具合にその全体が見渡せる。

 春の暖かな日差しの下で、海は凪いでいる。

 広場の活気のある喧噪の合間に、時折吹いてくる風が海辺の匂いと音を運んでくる。


 「うまいな」


 件の料理を口に運んだアッサムは思わず唸った。


 「このソースには西方諸島で採れる香辛料が使われているそうですよ」

 「なるほど、どうりで珍しい味がするわけだ」


 魚は新鮮で、おそらく調理も良いのだろう、テークレンツで食べる時のような臭みはほとんどない。

 その魚本来の塩味と、やや刺激のある香ばしいソースが、添えられた米にうまい具合に染み込んでいて、合わせて食べるとこれが絶品なのだった。


 港ではゆっくりと大きな帆船が動き出し、外洋へ向かって行く。

 2人はその様子を眺めながら、黙々と食し続ける。


 その船が港を出た所で、先に食べ終わったアッサムが口を開いた。


 「そう言えば、商業ギルド所属と言っていたが」


 ノームはフォークで器用に魚を切り分けていた。

 アッサムがあまりにも早く食べ終えたことで、顔には苦笑いが浮かんでいる。


 「ええ。ですが正確には、商業ギルドに登録しているウォーレン商会に所属している、ということになります」

 「ほう……その違いはよく分からないが、随分と簡単に通してもらっていたな」

 「ああ」


 ノームがそういうことか、と納得顔でアッサムの方を振り返り、切り分けた内の特に小さな部分をひょいと口の中に放り込んだかと思うと、すぐに飲み込んでしまった。


 「アッサムさんはこの国のことは、どのくらい知っていますか」

 「海交易が盛んだということと、国王の権力が弱く、貴族会が実質的に国を動かしている、ということだな」


 少しの間があった。


 「……それだけですか?」

 「ああ」


 アッサムは頷く。


 「それはまた、事実とは言え随分と偏った知識で……」


 ノームは呆れ顔をしている。その程度のことしか知らないのに使者なのか、という本音が聞こえてくるようだ。


 「……俺の上司は説明が足りないからな」

 「はぁ……」


 やはりアールグレイのやり方はおかしいらしい、と今更ながら気付くアッサムである。


 「ま、まあともかく……そうですね、先ずはこの国の成り立ちから説明していきましょうか」

 「……頼む」


 ノームは食べかけの皿を脇に置き、完全にアッサムの方に向き直って説明を始めた。


 「ここハーフェンは、今でこそ立派な貿易の中心地ですが、かつては小さな漁村でしかありませんでした」

 「ほう、それは想像するのが難しいな」

 「山に囲まれて交通の便が悪いですし、川はありますが土地は塩気を含んでいてあまり農業に向きません。あまり大きな街が出来るような要素は無かったのです」


 ノームによると、そのように小さな村だったハーフェンが賑わうようになったのは、南の国――ヴァルト――の交易商達がその村を中継地点として拠点とするようになってからだと言う。


 元々、西方諸島はそれぞれ独立した小国家――国家というよりは集落と言うべきかもしれないが――をなしていて、それぞれがヴァルトの沿岸部の人々と細々と関係を持っていた。

 当時は大陸側に輸出できるものがあまりなく、航海技術も未熟だったため、交易は小規模なものであった。

 交易額が膨れ上がるのは、諸島が西の大国に組み込まれてからであった。


 西の大国は諸島地域における珊瑚や香辛料の権益を独占し、諸島から集めたそれらを大陸側の商人達に売りつけた。

 そのかわりに彼らが欲したのは、南の国の特産であるコーヒー豆や、大陸中部から東部で取れる茶葉、それから銀であった。


 交易が活発になるにつれ、ハーフェンが中継地点として利用される頻度も上がっていく。

 ヴァルトの商人達は、宿泊施設や倉庫としての機能も兼ねてそこに屋敷を持つようになっていき、ハーフェンはますます発展していく。

 そしてその流れを決定付けたのが、ヴァルトの皇帝――ヴァルトは諸都市国家の緩やかな連合であり、選挙で皇帝を選出していた――が関税を引き上げたことであった。


 それは当時の諸侯達の、急速に富を蓄えていく商人達に対する反感を受けてのことでもあったが、それによって多くの商人がハーフェンに移住することを決断することになった。

 その方が明らかに利益は大きく、またその頃に航路が発見された、北の諸国への輸出にも都合が良かったからだ。

 この皇帝はその失策を咎められて失脚し、関税は再び引き下げられたが、それも元の水準に戻ったと言うだけであり、既にハーフェンに移住していた商人たちが戻って来ることはなかった。


 そのようにして移住してきた商人たちは、更に街を発展させた。

 彼らは議会を作って国の方針を決め、また商業ギルドの設立によってハーフェンにおける対外交易を管理するようになった。

 今でこそ商業ギルドは名目上国とは独立した組織だが、元々はこの国を作り上げた商人たち――今では貴族となっている――の集まりであったのだ。


 「なるほど、それで商業ギルドの信頼は厚いという訳か」

 「そうなりますね。ちなみに私が所属しているウォーレン商会も、元を辿ればある貴族の傘下の商人たちの連合でした」

 「貴族は今でも交易に係わっているのか?」

 「大抵の貴族は商会の所有者です。そして、交易船の所有者でもあるのですよ」


 アッサムは港に泊まっている何艘もの船を眺める。


 「あれが全て?」


 ノームは小さく首を振る。


 「ほとんどがそうですが、全てと言う訳ではありません。中には貴族から独立した商会が所有しているものもあります。そういった商会はそのかわり、貴族に関税を払うことになります」

 「関税……皇帝が昔それで失敗したと言っていなかったか」

 「結局の所、彼らが欲していたのはその権益ですからね……かつての彼らはここに移住することでそれを得ましたが、今となってはそのような選択肢がない以上、その既得権益は安泰です」

 「……」


 面倒なことだ、というのがアッサムの偽らざる感想であった。

 もっとも、政治のことなど分からないのでそれ以上どうこう言うつもりもない。

 だがそこでふと先ほどの城門でのやり取りに疑問が浮かんだ。


 「しかし、それだけ交易が国の中心だというのに、門番がテークレンツを知らないとはな」


 ノームはすっかり冷めてしまった料理を再び食べ始める。


 「まぁ、彼らの関心は海にしかないですからね」

 「なるほど。たしかに陸路があれではな」


 アッサムはヴァイゼからの険しい道を思い出す。


 「ヴァルトへの道はもっとましですが、ヴァルトなら船でいいですからね」


 ノームはもごもごと喋り続ける。


 「なので陸の方の検問所を担当しているのは、かなり下位の兵たちのはずです」


 アッサムはあの凸凹コンビを思い出していた。


 「なかなか失礼な奴らだったが……」

 「元々、この国はよそ者には冷たいのです。最初に移住した商人達が、後から来る者たちに権益を奪われたくない、ということで移住を制限しまして」

 「また権益か」


 アッサムはうんざりといった顔をする。


 「その後もこの国の豊かさをあてにして移住希望者が後を絶たず……で、まあ、入国審査を厳しくしてそういう人を締め出してしまったわけです」


 ノームはようやく食べ終わったようだ。


 「その結果がこの繁栄という訳ですが……大丈夫ですよ。ちゃんと資格を持っている人に対しては親切ですから」

 「ふむ」


 その点に関しては、アッサムもこれが正式な訪問ということもあり、それ程心配していなかった。

 それよりもこうしてノームからこの国の事情を教えてもらったことは、今後の仕事のための大きな収穫だと言うべきであった。


 二人は再び無言になり、港を眺める。


 薄い雲が太陽の前をゆっくりと通り過ぎてゆく。

 穏やかな時間が流れていた。


 「さて、そろそろ行くか……」


 そう言ってアッサムは腰を上げる。


 「そうですね」


 ノームもそれに応じる。


 「世話になったな。恩に着る」


 アッサムがそう言うと、ノームは途端に嬉しそうなニマニマ顔に戻った。


 「いえいえ、こうして話をして頂けただけで、私は嬉しいのですよ」


 その顔でそれはさすがにどうなのだろうか、とアッサムは内心で呟く。


 「まあ、でも、そうですね。折角なので、もし大きな商機になりそうな話がありましたら、私にもご一報を……」


 その申し出に、アッサムは苦笑を漏らしつつもそれ程不快さを感じなかった。

 それだけノームと打ち解けたということでもあった。


 「そうだな、覚えておこう」

 「おぉ、ありがとうございます」


 そう言うと、ノームはその飛び出た左目をぐるぐると回す。


 「私に連絡をつけるには、ウォーレン商会を通して頂くと簡単です。場所は……誰かに聞けばすぐに分かるでしょう」

 「分かった」


 アッサムは王城のある北の高台の方へ、ノームは港の方へ向かうため、二人はここで別れることになった。


 「また会おう」


 アッサムが手を差し出す。それを握り返して、ノームは笑顔でこう言った。


 「あなたに良縁があらんことを」


 そんな挨拶があるだろうか?

 と疑問に思うアッサムを尻目に、ノームは笑顔のまま手を振って、あっさりと去ってしまった。


ようやくノームさんとはおさらばです。ですがきっとすぐに出番のあることでしょう。

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