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何でも屋アールグレイの休日  作者: 冬影
何でも屋アールグレイは空を飛ぶ
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第一章 初日―事の起こり

新章を始めました。最低でも週一更新、可能な限り連日更新を目指します。よろしくお願いします。

*「休日」との関連は低めですので独立して読む事も出来ますが、主人公等継続する登場人物については、描写の繰り返しはしておりません。そのかわり、後書きに簡単な人物紹介を付けておきます。

 微かに塩の香りを含んだ風が木々を揺らし、葉のざわめきが遠くの潮騒の音に重なって、今のこの光の乱舞が、水面の煌きであるかのように感じられる。

 高く昇った太陽は踏みつけられて草の禿げた道を光らせていて、道端の花はその短い影の上に眩しそうに屈み込んでいる。

 旅人はその輝きの中をしかし黒い塊となって颯爽と歩み行く。


 アッサムにとってこの旅は唐突なものだった。

 例の王都での騒乱から半年ばかりが過ぎた頃に、アールグレイが思い出したようにこう言ったのが始まりだった。


 「そうだアッサム、ちょっとハーフェンまで行ってくれないか」


 まるで近所での買い物を頼むかのような気軽な口調であったが、その言葉を傍で聞いていたウヴァは――あの大抵の事には動じないウヴァですら――目を丸くしていた。


 それもそのはず、ハーフェンという国はアールグレイ達のいるテークレンツの西の西、先ずは国境を越え、それから西の国――ヴァイゼ――の北の国境沿いを進み、その後さらに山岳沿いの街道を進んで最後は山を越え、そうしてようやく辿り着く、西の大洋――ヴェステント――に面する沿岸の秘境なのだ。

 大抵の道は整備されているものの、普通なら一月半から二月はかかる場所である。


 「あの……」


 と、ウヴァは口を開きかけたが、先にアッサムが答えた。


 「今からか?」


 一瞬の間が空いた。


 「はは、さすがに今からじゃないよ。まあ明後日くらいかな」


 そう言ってアールグレイは苦笑した。

 ウヴァも顔を引き攣らせていたが、アッサムにはその反応の意味が分からなかった。


 実の所、その時のアッサムはハーフェンがどこにあるのか知らなかったのだ。

 早々と領地を離れて知識と情報の取得に励んでいたウヴァはともかく、一介の戦闘員に過ぎないアッサムは自らの活動する範囲外のことはからっきしである。

 アールグレイの配下になってから様々な勉強はしてきているが、それもまだほとんどは国内のことばかり。

 そのためハーフェンという聞きなれない名前を聞いても、アッサムはいつものように、せいぜい数日の距離の所に行かされるだけだろうと考えたのだった。


 いつものように、と言った。そうなのだ、アッサムは頻繁に、小さな用事で何日も歩かされているのだ。

 初めはさすがに面食らったもののいつの間にやらそういうものなのだと諦めてしまった。

 その他にも、やれ茶葉を買って来い(既にウヴァが管理して十分な備蓄があるのにも係わらず)だの、やれ下の部屋から書類を持って来いだの、やれある男の監視をしろ(アッサムにとってはこれが最も楽な仕事である)だのと、アッサムが傍にいる時はひっきりなしにあれこれと用事と言い付けられた。

 厄介払いでもされているのかと訝しんだこともあるが、そういう訳でもないらしいことはウヴァの証言で分かっている。


 どうやらただ便利な駒として自分の手足の代わりにしているだけのようだ。

 そんな風にアールグレイは部下を、というよりはアッサムを、何でも屋のように扱き使うのだが、アールグレイ本人が何でも屋であるためにアッサムには何とも文句の言い様がないのであった。


 何はともあれそうしてアッサムのハーフェンへの旅が決まった。

 もちろん、外交的な目的を持った旅である。

 真実を知ったアッサムは、どうして正式にそういう役職についている人間にしないのかとアールグレイに抗議したが、聞き入れられることはなかった。

 曰く、アッサムの傷の入った顔がこの仕事に向いているらしい。

 その時のアッサムの微妙な顔はあるいは彼が作り得る中で最も愉快な表情であったかもしれない。

 それに対してアールグレイは、行けば分かる、と笑うだけであった。


 それから二日で慌ただしく旅支度を整えた。

 と言っても荷物は着替え等の身の回りの品に、あとは路銀と外交文書だけである。

 ちなみにこの外交文書があっという間に揃ったことから、この派遣が前々から計画されていた事が判明した。

 それならどうしてもっと早く言ってくれなかったのかとアッサムはアールグレイに抗議したが、もちろん何の意味もなかった。


 そして出発当日。

 今回の仕事についての最後の打ち合わせをした後に、アールグレイはこう付け加えた。


 「あと、そうだね。向こうでは、僕の名前を出さない方が良い」


 アッサムがその意味を計りかね、視線で問いかけると、アールグレイは曖昧な笑みを浮かべて、行けば分かるさ、と繰り返すのだった。


 そういう訳で、アッサムは今まさにハーフェンへ向かう道の途中である。

 既に山岳地帯を越え、海は近く、もう少し歩けば街が見えてくるだろう。

 初めての西の国、そして初めての海。

 そこでどんな事が起こるのか、どんな出会いがあるのかと、決して表には出さないながらも、年甲斐も無く胸を高鳴らせているのであった。



人物紹介(簡易)


主人公:アッサム

男、30代前半。

小柄で細身だが、よく鍛えられている。

服装は基本黒装束。

短く刈りそろえられた黒髪に、鋭い眼光、右の頬に走っている深い傷跡が特徴。

元奴隷、その後は彼を引き取ったカンヤムという領主の下で育てられ、汚れ仕事をしていたが、現在はアールグレイの配下となり扱き使われている。


その他:

アールグレイ

男、20代後半。

金髪碧眼、中背でやや細身。顔は普通だがその所作に溢れ出る品位がある。

何でも屋を名乗っているが、現在は国王の依頼によってテークレンツ国の国王代理を務める。先王の隠し子でもあり、先王は彼が世界を変える存在になると予言したと言う。

現在はアッサムおよびウヴァを直属の配下として、国王代理の仕事以外でも自由に動かしている。


ウヴァ

30代後半、女性。

やや背が高く、茶髪。

元はアッサムと同じ領主に仕えていた。

アッサムとの付き合いは長く、弟のように思っている。

ただし表面上の態度は冷ややか。


ご感想等ありましたらどうぞよろしくお願いします。ほんの一言でも批判でも何でも喜びますので。

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