プロローグ
いつの間にか月は雲に隠れ、辺りは闇に包まれていた。
歌い終えて、彼女は深いため息を吐く。
その微かな息遣いに重なるように柔らかな風が通り過ぎ、さわさわと森がざわめく。
その向こうで、波が穏やかに寄せては返している。
静かだった。
その静けさを、胸を締め付けるようなすすり泣きが満たしていた。
雲が緩やかに流れてゆく。
徐々に月光が漏れ出して、それが建物の方に差し込み、欄干にもたれ掛かった彼女の姿を白く浮かび上がらせる。
彼女は泣いていた。
竪琴を奏でていた、その姿勢のまま。
唇を噛み締め、僅かに俯きながら。
光の玉が月明かりの中を滑り落ち、地面にぶつかって砕け散る。
一つ、また一つ。
その全てが、自らの命を惜しむかのように、何度も、何度も、煌いてみせるのだった。
――美しい――
アッサムは心からそう思った。
けれどもそれは、どうしようもない痛みを伴っていた。
言葉にならない痛み、経験した事のない痛み。
どうして彼女は、あんな嘘を吐かなければならなかったのだろうか。
どうして自分は、あれが嘘であったことを哀しく思うのだろうか。
ああ、そうか、俺はたった今……
そこで再び風が駆け抜けた。
彼女は靡く髪を手で抑え、雲間の月に一瞥を与えると、そのまますっといなくなってしまった。
伸ばした手は何も掴めない。
蝋燭の灯が、掻き消えるように。
夜空に星が、流れるように。
月はまた、雲に隠れてしまった。