ローレンス家の護衛 面接編2
朝、窓から差し込む日差しでゆっくりと目が覚める。
昨日はあれからカレンの事について考えてみた。
結果から言うとカレンの事だから護衛という危ない仕事についた事がショックだったのではないかという結論になった。
俺自身も改めて考えてみると護衛というのは危ない仕事だと思う、身を挺して誰かを守るというのは自分が身代わりになる事だって考えられる。
だけど、それでも護衛という職に惹かれ始めた部分もある。
木人形をカレンだと思って守った瞬間、”大切な人を守れた”という喜びにも誇らしさにも似た感情が俺の中にあった。
もちろん護衛になったとしてもカレンを守る訳ではないのだけど、それでも大切だと思える人を守れるのなら仕事としてやりがいのある事なのではないだろうか。
まだ自分としても分からない事が多いし、これから続けていってこの仕事を見極められればと思う。
「まずはカレンに俺の意思を伝えるか・・・」
昨日のあの様子は何が原因なのかは分からない、けど俺の意思は伝えておいた方がいいだろう。
準備を済ませ、食堂で朝食をとったのち受付に行く。
受付にはいつものようにカレンが座っている。
「おはよう」
「あ・・・おはようございます」
昨日の事がまだ残っているのか少し元気のない挨拶が返ってきた。
「昨日は大丈夫だった?」
「ええ、休んだら大分良くなりました 昨日は折角就職先が決まったというのにすみませんでした・・・」
そう言って下を向いてしまう、その声は不安や悲しみが折り混ざったような物に聞こえる。
なんて言ってあげればいいか分からない、だから俺は自分の意思を伝えることにする。
「やっぱり護衛って危ない仕事だよね 場合によっては自分の命がかかるかもしれない 俺もまだこの仕事についてよく分かってない所もあるし、自分の命に危険が及ぶかもしれない事に実感が持てないでいるんだ だけど、大切な人を守れたらそれほどいい事ってないと思う 今後どうなっていくかはわからないけど、今は目の前の事に集中してみようと思ってるよ」
「・・・」
「それじゃあ行ってくるね! 夕方頃にはちゃんと戻ってくるから」
俯いたままのカレンはビクッと反応したが何かを堪えているのか何も返してこない。
(仕方ない、行くとしよう)
カレンに背を向け、出口に向かって歩き出した時
『タッ タッ タッ タッ タッ』
足音が聞こえて振り向こうとしたら不意に右手を掴まれた。
何事かと思って見ると、カレンが小刻みに震えながらその小さな両手で俺の袖を掴んでいる。
「どうしたの?」
「い いって いってらっしゃい・・・ ちゃんと帰ってきてくださいね・・・」
俺の袖をギュッとつかみながら、震える声でそう伝える。
カレンの頭にそっと手を当て少し撫でながら
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ 約束する」
そう言うとカレンは頷き両手を離してくれた。
「じゃあ今度こそ 行ってくるね!」
「いってらっしゃい・・・」
カレンは少し俯きながらも小さく手を振ってくれた。
それからの1日1日は凄く濃い物になった。
まずその日から大砲の数が前日の倍になり、その翌日からはさらに倍へとどんどん増えていった。
大砲からは発射前に『チリッ』と起動音が聞こえるので聞き逃さないように目を瞑って下を向き、耳をそば立たせる。
起動音を確認したらその方向へと走って回りこみ、魔弾が射出されるのを見て素早く射線に入ってそれを防ぐ。
大砲の数が増え、ミスの数も増える。大砲の数に慣れ、ミスの数も減る。そんなイタチごっこのように俺は日々の試験にくらいついていった。
カレンも俺の意思が伝わったのか大分笑顔を取り戻してきて、俺が帰ると出迎えて「お帰りなさいっ、今日もお疲れさまでした」と優しく声をかけてくれる。
そして毎日厳しい試験を受けているものの体は至って健康で、一晩寝ると次の日には全て回復仕切っていた。
これも神がくれた丈夫な体のおかげなのだろうか。
そうして迎えた最終日、俺はいつものように邸宅へと向かい試験場に入る。
大砲の数はすでに全てが解放されており、初日は白い壁だったのに今では一面大砲に囲まれた黒く物凄い威圧感を放つ壁へと変貌している。
「マナブ、今日は最終日だ! 今日の試験はこれまでのとは違うぞ!!」
いつものように壁面の上の操作盤がある所からレイブンが言葉を放つ。
「今までの努力は認めるてやろう お前はよくやった 今までこの試験を受けたやつはたくさん居たが最終段階まで到達できたやつはほんの一部だ ここまでこれただけでも才能のような物があるのだと思う だが!! ここからは真に才能がなければ突破する事は出来ん これが最後の試験じゃ 貴様の実力を見せてみろ!!!」
レイブンが手元の操作盤を動かし始める。
『チリッ』と音を立て俺から右斜め45°の大砲から起動音が聞こえた。
俺は素早く回り込むと『ボンッ』と音を立てて魔弾が発射される。魔弾が発射された大砲を確認していつものように木人形と魔弾の射線に入ろうとした瞬間、真後ろから 『チリッ』 もう一つの起動音が聞こえた。
思わず振り向くと後ろの大砲から『ボンッ』と音を立てて魔弾が発射されている。
「ッ!?」
俺は即座に1射目の魔弾との射線に入り防ぐともう2射目を防ごうと走り出す。
だが、魔弾は速い。起動音を先読みしてようやく魔弾を防げる程度の俺には2射目を防ぐのは到底できない。
『パァーン』炸裂音と共に魔弾が木人形に当たって破裂する。
「ボサとするな! 次行くぞ!!」
呆然とする俺にレイブンが言い放つ。
そしてそこから偏差射撃の砲撃が始まった。1射目は防げるが、2射目が防げない。今まで一発を防ぐ事だけをやって来たので、2射目を防ぐ方法を知らない。それに物理的に考えても不可能だ。
1射目を防いで、最短コースで2射目を防ぎに行っても間に合わない。
あれこれと考えて工夫してなんとか2射目を防ごうとするが、次々に木人形が攻撃されていく。
「マナブ これで終わりか? これ以上防げんと試験は不合格だぞ そこの木人形に大切な人を重ねあわせる事が出来ておるのか? ”このままではその大切な人は死ぬぞ” 」
「なっ!?」
カレンが死ぬ?そんな事はさせない、何としても俺が守る!!
もう物理的に考えて体だけで木人形を守り切る事は不可能だ。ならば魔法によって魔弾を防ぐしかない。
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ここ数日の間、俺は帰ってから少しずつだが魔術の実験をしていた。
その中で俺が扱える魔術について分かった事がいくつかある。
一つ目・対象が何で構成されているかを理解しなければ操作する事が出来ない。
二つ目・魔力消費は実際の物理法則にほぼ比例する。
水を氷から液体にするのと、ほんの少しの鉄を液体にするのでは魔力消費が桁違い。
三つ目・無から有を作り出せない。
魔術の大半は既存の物質を操作するより、無から有を作り出す物が多いが俺は無から有を生み出す理屈を知らない。ゆえにそれができない。
四つ目・魔力は自分の思い通りの形で動かす事ができる。
五つ目・魔力が切れると魔法が一切使えなくなる。
当たり前だが、魔力量が尽きるとイメージしても何もできなくなる。ただ副作用などはなく、体に影響はないらしい。
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この場にある物質はなんだ?
必死になって周囲にある物質を探すが、土か大気しかない。
土は構成している物質が複雑すぎてどんな結果になるか分からない、ならば大気。
「地表近くの大気を構成している主な成分は窒素、その割合は約78.084%。窒素を圧縮して盾を作れば・・・ いや、維持するための魔力量を考えるとそれは難しい・・・」
思考が高速で回転し、早口で思っている事が出てしまう。
「なんだ、気でも触れよったか!? これまでかの・・・」
レイブンがやれやれといった表情で操作盤を動かしている。
おそらくあと数発防げなければそれまでなのかもしれない。
「これだ!!」
そんな時ついに思いついた。
ガバッと右手を真上に掲げる。
そして掲げた手の上に空気中の水分を集めるイメージをする。
だんだんと周囲に風の流れが出てきて『ヒュー』、『シュー』と音を立てながら風が俺の右手に集め、そこで水分を抜き取り乾いた空気を上空に放出する。
「なんじゃ、何事じゃ!? マナブ何をしておる!?」
レイブンは慌てて俺に問いかけるが、こっちは魔力の操作に集中しているから答える余裕なんかない。
徐々に水が集まってきてちょうど良いぐらいの量が溜まったところで水分の採取をやめる。
風が徐々に収まっていき、俺の手の平より上に魔力によって中に浮いている状態の水がある。
今度はそれを盾の形をイメージしながらどんどん温度を下げて凍らせる。
そしてあっという間に氷の盾ができた。
「ほう、魔法が使えたのか・・・ だが、そんな氷の盾で魔弾が防ぎきれるのか? 一発でも防いだ瞬間粉々に割れてしまうぞ!」
「さぁて、それはどうですかね・・・」
「ならば行かせてもらうぞ 防いでみよ!!」
『チリッ』と俺の真後ろから起動音が聞こえる。俺は回り込み、『ボンッ』と出てきた魔弾との射線に入る。その時『チリッ』もう一つしかも今いる場所とは完全に反対のところから2射目の起動音が聞こえる。
俺はその場で半身だけ振り向き、その方向へ手をかざし氷の盾を向ける。
魔力によって俺の腕と繋がった状態なので、魔力が切れるまで自由に宙に浮かせた状態で移動させる事ができるのだ。
そして1射目を体で防ぎ、2射目を氷の盾で防ぐ。『パァーン』と音がして魔弾と氷の盾がぶつかり合いお互いに砕け散る。
「やはり、砕けおったか また新しい盾を作るつもりか? 魔力は無限ではないぞ?」
「それはどうでしょう」
「なんじゃと!?」
盾は粉々に砕け散り、その氷の破片が周囲に飛んでいく。だが、破片はすぐさま勢いを失ったように空中で止まると、今度は時間を巻き戻したように元の軌道をたどり、盾の形へと戻っていく。
「一体何が起きておる!? 自己修復しているとでもいうのか?」
「いえ、僕が氷を集めて修復しているんですよ」
一度砕け散った氷を溶かし水から氷の盾を再生成するのは行程も多く、魔力消費量も高い。けれども砕け散った氷を再度集め直すだけなら殆ど魔力を使わない。
もちろん集め直すだけでは元どおりにならないが、そこは氷の特性を使う。
”圧力をかけてやる”のだ。その原理は割愛するが、氷は圧力をかけてやるとその部分が溶ける。そして圧力を抜いてやると再度固まる。
氷の破片を集めた盾に圧力をかけ接合部分を溶かし、最初の物より強度が落ちるが魔弾を防ぐには充分使える盾になる。
「準備はできていますよ、いつでもどうぞ」
俺は盾を自分の体の近くに引き寄せ、いつものように下を向き周囲の音に耳をそば立たせる。
「ほう、わしには難しくて理屈はわからんが行かせてもらうぞ!! 耐え抜いて見せよ、マナブ!!!」
それから俺は1射目を自分で防ぎ、2射目を氷の盾で防ぐ。そして即座に盾を修復して次に挑む。
昼を過ぎて15時頃、いつもより少し早いが内容が濃い試験がようやく終わった。
「マナブよ、よくぞ耐え抜いた この試験が実施されて以来、最後のテストをクリアできた者はお前が初めてだ! これで正式に護衛として雇うとしよう! 今までご苦労じゃった! これからもよろしく頼むぞ!!」
「はぁ はぁ よろしくお願いします」
結構ギリギリの勝負だった。
極限まで集中して起動音を聞いて1射目、2射目を防ぎ、そして即座に盾を修復して次へ挑んでいく。その一行程毎に精神はすり減り、魔力もじわじわと消耗していく。あと2、3回続けていたら盾を再生するだけの魔力がなくなっていたかもしれないし、俺の集中も途切れていたかも知れない。
「そうしたら今日はこれで終わりなんじゃが、最後に紹介したい御方がおる 一休憩入れたら面会するぞ それから急じゃが二日後より、ここローレンス家に住み込みで働いてもらう 身の回りの物を整理しておいてくれ」
「分かりました、ちょうど宿に泊まっていた所なので助かります」
そして10分ほど休んだのち、レイブンに連れられて邸宅内を移動する。
広大な土地を移動していくと大きな豪邸が見えてきた。
それはもうお城と言っても差し支えないほどの大きさである。そこの玄関のような大きな扉へ着くと
「ちょっと待っておれ」
レイブンが玄関の左右に立つ甲冑を着た騎士の片方へと向かって何やら話している。
「ハッ!了解いたしました!」
騎士はそう言って中へと入っていく。しばらく経つと『ギィー』と重い音を立て扉がゆっくりと開く。
そして中から一人の少女と先ほどの騎士が出てきた。
「あちらがお前の警護対象となる エリシア・ローレンス様だ このローレンス家当主の御息女であり、次期当主になられる御方だ!」
レイブンに説明され、俺は自分の自己紹介をする。
「僕はマナブと言います、これからエリシア様の警護をさせて頂きます 至らぬ所もございますが、宜しくお願い致します」
お辞儀をして顔を上げ、エリシアの方を見る。
髪は綺麗な金髪で長さはセミロングほど、サイドを綺麗なヘアバンドで結んで束を作っている、瞳はエメラルドグリーンのような色で透き通っていて宝石のようだ。
そして健康的な肌色がそれら引き立たせている。だが顔に笑顔がない。目も口も頬も無表情とは違うがどれも表情と呼べる物を形取っていない。
エリシアは俺をジッと見つめている。
その瞳は俺を見ているが、そこに立っている俺ではなく、その内面を見透かすような瞳をしている。
背格好から同い年のように見えるが、何か多くの事を経験してきたような、そんな雰囲気を感じられる。
「エリシア様、今回の護衛はあの最終試験を突破しました! 彼ならきっと大丈夫です!」
「そう・・・ 私、もう戻るわ」
エリシアはそう言って扉の中へと入って行ってしまった。
「マナブ、すまぬがあまり気にせんでくれ これには事情があるのだ」
帰り道レイブンから受けた説明で俺は今の自分が置かれた立場にただ漠然としていた。




