俺が転生した世界
「何から話しましょうか?」
カレンさんとの話が始まり、優しい口調で聞いてくる。
「えーと、前置きみたいなものなんですが
これから結構おかしい質問をすると思いますが、あまり驚かないでください」
「ええ、分かりました
私に答えられる事なら何でも聞いてください」
「助かります ではまず
ここはなんと言う所のなのでしょう?」
「エスヒース国のコルグという首都です
ここの国は一番大きく・・・」
色々聞いていくとこの世界の大雑把な事が分かった。
まず、俺がいる場所はエスヒースと呼ばれる国。
国は全部で5カ国と少ないが、どれも大国であり広大な土地と富を持っている。
その中でもエスヒースは一番大きな国で勢力が強いらしい。
前世界のアメリカみたいなところだろうか。
そしてここはそのエスヒース国の中でも一番規模の大きな首都コルグ。
政治は王を筆頭に貴族たちが執り行っており、王はもちろんの事主要なポストの貴族たちは
殆どこの首都コルグに住んでいるという。
そして国が大きい為か権力闘争が絶えず起きており、
暗殺や襲撃が多いようで貴族の間では護衛を雇う所が殆どらしい。
生活に関しては電気・ガスが存在しないため
代わりに魔術を代用しているようだ。
電気、ガスで思い出したが
この世界に来てから風呂に入っていない。
聞いてみると公衆浴場があるとの事で、
明日にでも行ってみようと思う。
俺が持っていた小瓶に入った赤い液体についても聞いてみる。
中身はポーションで傷を回復するための物だそうだ。
飲むか塗って使い、グレードにより効果が違う。
通常のポーションとそれの上位にハイポーションがある。
他にも魔力を回復するマナポーションもあるようだが
ポーション全般は非常に高く、
マナポーションに至っては製造方法が複雑で魔力の濃縮に多くのコストがかかる都合上
とりわけ高いそうだ。
ここの食堂も営業時間中は煌々と灯りが灯っているが、
それは全て大掛かりな魔道具を動かしているためで
今はこうやってロウソクで灯りを確保している。
魔道具と聞くと大層な物に聞こえるが、
家電屋さんのように魔道具屋さんがあるようで
誰でも気軽に買えるものらしい。
魔術を使う事ができる人間は非常に少ないようだが、
魔力自体は誰しも多かれ少なかれ持っていて魔道具があればその魔力を使う事ができるとの事。
それから日常生活で必要な事、この町の危険な場所
色々な細かい事についても笑顔で答えてくれた。
カレンさんとの話は楽しくて気がつけば結構な時間が経っていたのだろう。
テーブルにあるロウソクが最初の頃より、だいぶ短くなっていた。
「おっと、すみません 話が楽しくて結構時間が経っているのに気がつきませんでした」
「いえ、私もすごく楽しかったです
ここには長く勤めていますが
私と同い年ぐらいの人がいなくて
話しづらいときがあったりしたので」
「あと、私の事はカレンと呼んでください
敬語も使わずに気軽に話しかけて頂けると嬉しいです」
これは嬉しい提案だ。
異世界で初めて出来た知り合いって感じかな。
「今まで敬語だったからいきなり変えるとちょっと変な感じがするね
そうしたら俺の事もマコトって呼んで、もちろん敬語もなしで」
「私もそうしたいところなんですが、
どうも癖みたいで敬語が染み付いてしまってるんです」
「じゃあ少しづつ慣れてきたら同じように話してみよう」
「はいっ」
嬉しそうに笑顔で答える。
「そうしたら、えーと今回のお礼についてなんだけど
俺にできることって何かあるかな?」
「あっ、お礼なんて大丈夫ですよ
こちらこそ話し相手になって頂いて嬉しかったです!」
「そう言ってもらえるとすごくありがたいんだけど・・・」
あれだけご馳走になって話を聞いてもらって、楽しい時間を過ごさせてもらっただけに
カレンに対して何かお礼ができないのがもどかしい。
俺の表情を読み取ってなのか一つ提案をしてきてくれた。
「じゃあもしよろしければ、明日お店の買い出しがあるのですが、一緒に行ってくれませんか?
荷物が重いので男の人がいると助かります」
「是非、やらせていただきます!」
「ありがとうございます
では、明日の昼過ぎにお部屋にお伺いしますので」
そうしてその日はお開きとなった。
眩しい朝日で目が覚め、ゆっくりと起き上がる。
昨日の事が鮮明に思い出される。
今日は一緒に買い物に行く約束もしたし、なんだか楽しみでしょうがない。
一度食堂でご飯を食べた後、
昼頃まではまだ時間があるので、昨日聞いていた公衆浴場に向かう。
宿を出て大通りを東にいくらかの所にまさに銭湯のような所があった。
料金は2鉄貨で内装も本当に銭湯そのものだった。
シャンプーなどとしゃれた物はなく、小学校などにあるネットに入った石鹸のような物が
各洗い場ごとに吊るしてある。
体を洗い終え、さっぱりして銭湯を後にする。
その後は気になっていた魔力計を見に行ってみた。
大通り沿いにある魔道具屋さん、落ち着いた雰囲気で
店内には珍しい物が沢山並んでいる。
店の奥、レジの横に座っている
いかにも魔女のような風貌の老婆に話しかける。
「あのすいません、魔力計はありますか?」
「ああ、魔力計ね
幾つか種類があるよ
そこの棚にあるから決まったら声をかけて頂戴ね」
老婆に指し示された方向の棚に向かう。
棚には幾つかの魔力計があった。
どれも時計に近い形の物がほとんどで、懐中時計・腕時計型が殆ど。
その中で一つ気に入った物があった。
落ち着いたデザインで黒い文字盤に魔力ゲージと時計の機能がついた物だ。
値段も他の物より安く3銅貨。
「決まりました、これをください」
「はいよ、ちょっとお待ち
これだね、今一番人気の機種だね」
購入後『動作確認をしてみな』と言われたのでその場ではめてみる。
はめると黒い文字盤が青く光り、ゲージが動き今の魔力量を指し示す。
時計はクルクルと回転し、おそらく現在の時刻であろうところを指している。
その後は老婆にお礼をいうと『探している物があったらまたおいで』と言ってもらい、店を後にした。
部屋に戻り時間を確認する、昼過ぎまではまだ時間があるようだ。
ちょうど魔力計を買ったので、普段の魔法でどれぐらいの魔力を使うのか実験をしてみた。
ちなみにメモリは百分率で表されていて今の魔力量は100/100になっている。
部屋で行う程度の実験なので正確なところまでは分からないが、
どうやら行う魔術の規模に比例して魔力を消費しているように思える。
一滴の水を気化させる事を何度行ってもゲージのメモリは動かないが、
コップ一杯の水を気化させるとメモリでは読みきれないくらい小さいが少し減った。
気化させた水を再度集めてコップに戻し、さらにその水を凝固させて氷を作ると
メモリが98/100へと変化。
鉄の棒を鉄粉に変える操作で78/100
鉄粉からまた棒状に形成する操作で53/100
実験の結果を見ると分子の結合が硬い物ほど魔力が必要になるようだ。
使い方も気をつけないと魔力が尽きてしまうのか。
じゃあ回復の速度はどれぐらいなんだ?
そうして俺は実験に没頭していった。
「・・・ブさん」
「・・ナブさん」
「マナブさん!」
いきなり肩を揺すられびっくりして振り向くと
困った顔をしたカレンが居た。
「マナブさん、一体どうされたんですか?
扉も半開きで物音が聞こえるのに呼んでも返事がないから
心配しましたよ」
そこで俺は実験に熱中していた事に気がついた。
「ああ、ごめん 何かに集中すると周りが見えなくなるんだ」
「そうだったんですか・・・ 一体何をされていたんですか?」
「魔術の実験だよ」
そう言って溶けかけの氷が入ったコップを手渡す。
「マナブさん魔術が使えたんですか!?」
「うん、ただ今は物質の状態を変える事しかできないよ」
「”物質の状態”? 私には難しくて分かりませんが凄いですよ!
こんなに魔術を使える方は見た事がありません!」
コップの水を凍らせただけなんだけど、これが凄いのだろうか。
まぁ、おいおい確認していけばいいか。
「それより心配させてしまってごめん、買い出しに行こうか」
「えっ、ええ・・・」
興奮冷めやらないカレンを促し外へと出た。
最初はメイド服のような格好で外に出たら注目されて歩きにくいのかと思っていたが
それほど珍しい服装ではないのか誰一人として好奇の目で見てくる人はいない。
先ほどからカレンは俺の隣にいて色々な店を説明してくれる。
カレンは小柄なので見下ろす形になり、ある事に気がついた。
メイド服のブラウスが結構大胆なデザインになっていて
鎖骨よりも下のところまで大きく開いているのだ。
そしてカレンは小柄な体型なのに体型と比例せず胸が少し大きい。
もちろん普段は受付にいるので正面から見る形になり何かあるわけではないのだが、
それが見下ろす形になると胸の谷間がチラチラと見えてしまう。
本人は気がついているのだろうか・・・。
今までは正面からしか見る機会がなかったし、昨日は夜でそもそも見えなかった。
俺のために一生懸命説明してくれているカレンを思うと本当に申し訳なく思う。
だが、こうして気がついてしまうと男の悲しい性でついつい目線がそっちに行ってしまう。
「着きましたよ!」
俺が自分の罪深さに険しい顔をして眉間に手を当てていると声をかけられた。
どうやら俺が煩悩と格闘しているうちに到着したらしい。
「どうかされました?」
「いや、なんでもないよ
ここが今日買い物をする所?」
「ええ、その一件目になります」
「そうなんだ、じゃあ見学させてもらうね」
そう言ってカレンがあれこれと店主に目的の物を伝えて買い物をしているのを後ろから見学する。
どうやらここは八百屋のようだ。
こっちにはスーパーのような複合的なのはないのだろうか。
「お待たせしました ではこれを持っていただけますか?」
野菜がこれでもかと言うほど入った袋を一生懸命カレンが抱えている。
その姿になんだか可愛いなぁと思いながら、その袋を受け取ると見た目よりさらに重い。
ただこれもカレンの目の前だと男として辛そうな顔は見せられない。
後1、2件回っておしまいだろう。その時はそう思っていた。
次に青果店で果物を、次の店で牛乳を、そのまた次で調味料を
どんどんと店をめぐりそのたびに大量買いをする。
「えーと、今ので最後ですね・・・」
足元が見えないぐらいの荷物を抱えさせられ、
カレンもそれを察してか少し気まずそうな顔をしている。
「カレンはいつも一人でこれだけの買い物をしてるの?」
「ええ、ただ少ししか運べませんのでいつもは何往復もしています・・・
ごめんなさい、マナブさん平気そうな顔をしていたのでつい・・・」
「そんな謝らないで、頼ってもらえて嬉しいよ
でも、早く戻りたいかも・・・」
苦笑して答える俺。
「じゃあ戻りましょうか いくらか私に持たせてください」
「そしたらその芋っぽいピンク色のやつを・・・」
カレンにも幾つか荷物を持ってもらい、無事に宿へと到着した。
その後で『お礼にお茶でもご馳走させてください』との事だったので
お言葉に甘えて宿の近くの喫茶店に連れて行って貰える事になった。
その喫茶店はオープンテラスのような開放的な作りになっていて、風通しが良く。
大きなひさしで入り口部分を覆っているので店内は涼しくかなり心地がいい。
「さっきは本当に助かりました!
いつもなら夕方近くまでかかる買い出しがこんなに早く終わるなんて」
「それは良かったよ、また機会があったら言ってね」
先ほどの荷物運びで俺の腕は限界を迎え、意識しなければプルプル震えそうだ。
だが、男として平静を装う。
プルプル震えているのがカレンに気づかれないように、
精一杯意識しながら先ほど注文したミルクティーっぽい飲み物を飲む。
疲れた体に冷たく爽やかな甘さが染み渡り気持ちがいい。
一段落して気持ちも体も落ち着いたところで
俺は昨日の話の続きをしてみた。
「昨日の話の続きなんだけど、今いいかな?」
「ええ、私でよければ聞いてください」
笑顔で答えるカレンに安心しながら続ける。
「この近くで働き口を探しているんだけど、どうやって探したらいいかな?」
「マナブさんがよければ私の宿で働いて欲しいと思っていたのですが
魔術を使える程のお方を雇うなど私には出来ませんので
職業案内所に行かれるのがいいかと思います」
そう思ってくれていたのか、なんだかすごく嬉しいな。
ただ最後の方も気になる、ちょっと聞いてみよう。
「職業案内所?」
「はい 専用の魔道具によりその人の適性を総合的に判断し
適切な職業を案内してくれます
能力、資質なども読み取るので魔術の使えるマナブさんは
いい職業につけるはずです」
「へぇー、すごい便利な物があるんだね
俺としてはカレンの所で働けるならそっちの方がすごく嬉しいけど」
「ダメですよ、魔法が使えるって本当に凄い事なんですよ?
しっかりと適切な場所で働くのがマナブさんにとっての一番です!」
断言されてしまった。
「うーん、じゃあ明日にでも行ってみるよ
教えてくれてありがとう」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
優しく答えるカレンの顔を見ていると、どんなに給料が安かろうが
彼女の宿で働きたいと思ってしまう。
そうしてその日は色々ありつつも楽しく終わった。




