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08

 林檎の悲鳴を聞き慌てた様子で文香が現れた。その姿は先ほどのセーター姿ではなく、甲冑を纏った天使のような純白の八翼の翼を持つ戦乙女、それは天使本来の、文香の本当の姿だ。「貴女また来たのね!」

 林檎のシャツの襟首を引っぱり傍に寄せると、文香は咲に棍棒を突きつける。

「ちょ、ちょっと待って」

 咲は慌てて鎌を地面に捨て両手を上げ、万歳をする。

「……どういうこと?」

 突然の降伏宣言に文香は目を細め、何をたくらんでいるのかと咲に問いかける。すると咲は武器を捨てた理由を語る。

「あのさ、流石に無理があったなあって……さっきは久しぶりに会えて舞い上がっちゃったけど」

 アハハと笑う咲は上げていた両手を下した。武器をとるのかと身構えた文香であったが、咲の次の行動にあっけに取られてしまった。咲は林檎たちに「ごめんなさい」と、頭を下げたのだ。

「は?」

 拍子抜け、もしくは猫を被っているのか? 文香は慌てて戦闘態勢に戻る。

「咲?」

「林檎もごめんね、迷惑だよね」

 しおらしくする咲を見た林檎は、心に少し罪悪感が生まれてくる。けれど今までの行動から簡単には心を許せないと思っていた。しかし文香は林檎の表情から咲を許そうという気持ちが生まれたことに気付き、釘を刺す。

「ちょっとダーリン、騙されちゃだめ」

「そ、そうだな」

 文香は当たり前だと喝を入れ、咲の方をじっと見る。怪しい動きをすればこの馬鹿につける薬、棘付きこん棒でギタギタにしようと考えていた。

「そう思われても仕方ないよね、それならお詫びになるかは分からないんだけど、私を好きにして良いよ」

 それなら……と、咲はおもむろに両手をひろげる。

「殴るなり蹴るなり、いたぶるなり、エッチなことでも……林檎の望むこと、していいよ」

 少し頬を染めご自由にと目をつぶる咲。文香は林檎に「エッチなことする気?」と怒り出すが、林檎は慌てて首を横に振る。すると文香は笑い、咲に近づいた。咲に抵抗する様子はない。

「そういうことなら、遠慮なく」

 文香は野球の素振りをするようにこん棒を数度スイングする。そして棍棒を咲の顔に軽くあてた後、大きくテイクバックをとった。

「見てて、林檎。これが私に、人間に迷惑をかけた悪魔に課せられた罰、なんだよ」

 平静を装いながらも、覚悟を決めた咲は目を閉じた。林檎も目を見開きその最後を見ている。すると咲の瞳から一筋の涙がこぼれた。

「そう、人間界に迷惑をかけた死神は『駆除』しなきゃね」

 林檎に衝撃が来るから離れるよう言う文香。いつの間にか辺りが民家ではなくあの時と同様何もない真っ白な空間に転移していたことに気付く林檎。文香はスラッガーさながら後ろ脚に体重をしっかり乗せ、会心の一撃を打ち込むための溜めを作っている。

「ばいばい……林檎。少しの間だったけど、幸せだったよ」

 抵抗する様子も見せず、ただ両手を左右に開き目を閉じている。咲の閉じられた目には先ほど流した涙の跡がきらりと残っていた。

「っつ、待ってくれ」

 林檎は棍棒を強く握りしめ会心の一撃を与えるべく、大きな溜めを作っている。そんな文香に林檎は注意しながら近づき、肩を掴んだ。

「さあ、年貢の……え?」

 あらぬ方向から待った。の声がかかり文香は驚いている。無理もない。文香が退治すべき死を、その死神に殺されかけた男が救おうとしたのだから。

「こいつ、許してやってくれないか?」

「ダーリン、騙されちゃだめ!」

 文香は咲の表情は嘘だと言い張り、「いつでも殺れるから離れて」と棍棒を構えなおす。

「こいつ、悪いやつじゃないような気がする」

 日和ったように説得を試みる林檎に文香は力強い声で説得を試みる。

「ダーリン正気? 悪魔の色気に騙された? もしかしてロリコン?」

「誰がロリコンか! じゃなくて、それ降ろしてくれないか?」

 文香の棍棒を握っている両手に手を添え、文香の目を見て頼む林檎。今を逃せばいつ殺せるかわからないと文香は説得を続けるも、林檎の目は力強く、まっすぐ文香の青い瞳を見つめている。

「も、もう……ずるいよ」

 不意に目をそらした文香がばつの悪そうにそう呟くと、マジックでカードや紙幣を消すようにこん棒を消滅させる。

「ありがとう」

「林檎? ……殺さないの?」

 咲はゆっくりと目を開け、林檎達に問いかけた。

「まだ来た理由も聞いてないしな、今日は何で来たんだ?」

 咲と対峙する林檎の表情には怯えた様子はなく、友人と接するように話しかけている。そんな林檎に、初めてまともに向き合えたことで気恥ずかしさを感じたのか、もじもじと恥ずかしそうに俯いている。

「ま、立ち話もなんだから上がっていいよ」

 文香はやれやれとため息をつきながら鎧も解除しつものほんわかとしたセータールックの私服に戻る。それと同様に景色も何もない空間から民家の見える雪景色に戻っていく。

「いいの? 私死神だよ? どちらかといえば敵だよ。うん」

 遠慮がちに言う咲にペースを狂わされたのか、文香は頭をかきながら「あーもう、入るの、入らないの、どっち!」と咲に怒り気味に言い、咲も「なら、おじゃまします」と遠慮がちに家に入る。履いていたブーツを脱ぎ、玄関の隅にそろえて置いている。

「着物なのにブーツなのか」

 珍しいなと問いかける林檎に、咲は照れ笑いしながら返答する。

「うん。慣れないし草履やわらじだと、寒いから」

 そういうもんか。と林檎は一人納得する。

「ほらダーリン、こっち!」

 怒りながら言う文香、その設定、まだ続いていたのか。文香にアイコンタクトを送ると、当然でしょ。と言ったような返しをされる林檎。そして文香の隣に用意された座布団に腰を下ろす。

「はい、お茶」

「サンキュー」

 文香は紅茶ではなく、急須から注がれた番茶を湯呑に注ぎ咲と林檎に差し出す。

「ありがとうございます」

 文香が出したお茶を礼儀正しく、頭を下げながら受け取る咲。前あった時とはまるで別人のようだと二人は驚く。

 聞くところ、咲は何も悪いことをしていない人間に、地獄のことを教えたことや、林檎を脅迫したことをこっぴどく親に怒られた。と説明を開始する。それで今回反省し謝りに来たと述べた。

「地獄にそんなマナーにうるさい親がいるのか」

「うん、私の親……躾が厳しくて」

 あははと笑う咲、けれど、文香は厳しい目で咲を睨むのをやめない。

「じゃあ反省したってことなのか?」

「うん……」

 林檎の問いかけに、残念そうに告げる咲。

「なら、ダーリンは諦めたってことで良いのかな?」

 淡々と少し低い声で聞く文香。

「それは、できれば一緒にいたいし、デートもしたい。林檎お勧めのデザートを食べてみたい」

 咲は自分の欲求をつらつらと述べていく。それを聞いた文香は鬼の首をとったと言わんばかりに口を開く。

「それ諦めてないってことだし、ダーリンのこと、ダーリンのことまだ狙ってるってことだよね?」

 文香は怒気のこもった声で、咲を問い詰める。

「うん。けど、もう無理やりなんてしないよ。あ、お茶いただくね」

 林檎を見ながら言うと、咲は一口お茶をすする。そして美味しいと喜んでいる。

「お茶を褒めてくれるのは嬉しいけど、それとこれは別だからね!」

 お茶を褒められて嬉しいのか。文香はそう言いながらも、咲におかわりを注いであげた。なんだかんだで面倒見の良い奴だと感心すると、文香に何見ているのと怒られる林檎。

「で、咲はどうするんだ?」

 そう、問題なのは今後だ。これがもし文香が言う嘘で、寝静まった夜に林檎の寝首をかく気なら、林檎としてはリアル死活問題だ。

「少し観光したいなあって思ってるよ」

 湯呑を両手で持ち、フーフーと冷ましながらすする咲は、現世を、人間界を見て回ると答えた。

「観光?」

「野宿して、せっかく来た日本を見てみようかなあって。うん」

「野宿はまずいだろ」

 死神とはいえ、死んだ目だからって可愛い女の子に違いはない。こけし体系だが、特殊な性癖の男に咲が襲われる可能性はある。と林檎はお茶をすすりながら思う。

「でも私、住所持ってないし、どこも泊まれないから」

「そうか……でも文香は家持ってるよな?」

 この家が賃貸ではないと前に言っていたので、文香に聞いてみた。すると文香は慌てた様子を見せた。

「あ、それは、その……色々と」

 もごもごと口ごもり、私のことはいいの! と怒る文香。しかしながら、鎌を出していない咲は無害に見えなくもない。林檎はふと、無害ならば……と考えたことを発した。

「なら俺の家に泊まるか?」

 一夜くらいなら問題ないような気がしたので、林檎は無意識に咲にそんな提案をしていた。

「でも悪いよ。うん」

 即答で了承すると思ったが、意外にも咲は断った。

「ちょっと、なに考えてるのよ! 何誑かされてんのよ!」

 林檎の頭をはたき、正気に戻れと肩をゆすってくる文香。

「やっぱり、野宿したほうがいいよ。うん」

「地獄に日帰りすればいいでしょ!」

 咲の提案を却下し、文香は日帰旅行を提案している。

「でも、もう現世に遊びに来ることなんてできないから……」

「どういうこと?」

 林檎も咲の言葉に引っかかっていると、文香も気になったのかその言葉の真意を聞く。咲は寂しそうに、二人の問いに答えた。

「私、今回のことで結構叱られて、仮にまた来れたとしても、たぶん日本に来れないから……」

 これでお別れと、もう二度と会えない。そんな表情で咲はお茶を小さくすすり、黙り込んだ。。

「……嘘は言ってないみたいね」

 文香は咲の口調、トーン、しぐさを丹念に着目し、そう結論付けた。

「じゃあお邪魔しました。お茶、暖かくて美味しかったです」

 茶を飲み終え湯呑をテーブルに置いた咲は、立ち上がり改めて文香にぺこりと一礼すると、玄関へ向かった。

「……」

 文香はその姿を見てなにやら考えている。首をぶんぶん横に振ったり、頭を両手で抑えたり、そうかと思えば今度はアヒル口で、眉間にしわを寄せ考え事をしている。

 一方自宅に泊まればと助言した林檎であるが、林檎は文香に言われて今日も文香の家に宿泊する。そうなると自室には誰もいない。だから説明すれば両親も一泊くらい俺の部屋を貸すんじゃないかと思ったのだが……。

「ああもう、咲ちゃん!」

 咲がブーツの紐をほどき、ブーツを履こうとしているところを引き留めた文香は、文香の声を聞き後ろを振り向いた咲の首を猫のように掴んで居間に連れ戻した。なんだかんだ面倒見もいいし、簡単に見捨てない姿から文香が天使なんだなぁと再確認する林檎。

「ダーリンの家には泊めません」

 なにを仕組まれるかわかったもんじゃないから。と付け加える文香に、その考えはもっともだと咲は同意する。

「だから、今日は野宿を」

 冬、雪が降りしきる野外で寝ようとする咲。そんな咲の両肩を掴んだ文香は、解決策として咲に一つ提案をした。

「だから、貴女はここに泊まりなさい!」

「え?」

「……いいんですか?」

 答えたのは林檎である。天使と悪魔(死神)が同居するのかと驚いている。

「良いもなにも、貴女をこのままほっぽり出すとなにをするかわからないでしょ!、」

 ぷんぷんと怒る様子を見せるも、その心境は咲が心配なのだなと、林檎は勝手に解釈する。

「文香……」

 なんだかんだいって、以外と咲の心配をしてたってことか。そんな文香を見て林檎は文香に声をかけた。

「ダーリン?」

「どうした?」

「頭撫でるの恥ずかしいから今はやめてね」

「すまん。つい」

 林檎は無意識でペットを撫でるように撫でていたようで、文香は恥ずかしそうに頭を振った。

「それで咲ちゃん、このことで貴女に反論は許しません。貴女が死神、悪魔である以上、私にはそれを監視し、人間界を守る必要、義務があります」

「……」

 咲が林檎たちの掛け合いを見ている。一瞬睨んでいたような気がしたので咲を見る林檎であるが、笑顔で微笑んでいる。

「仲が良いんですね、羨ましいです」

 嫉妬心と言うより、単純に羨ましいと言っているような軽い感じだ。

「お言葉に甘えて、お世話になります。うん……あ、部屋はダーリンと一緒で」

 挙手をし、いきなりとんでもない要求をする咲に、文香はチョップをする。

「却下」

「あう……冗談なのに」

 今までの所業を見つめなおせと林檎は思うも、その目は優しかった。文香も同様に、「全く、油断も隙もない」と呟きながらも、追い出す気配は見えない。その姿は先ほどまでの、前回のような闘争本能は一切ない。あるのは「困った妹が出来た」と笑う文香と、頭を押さえ「姉さんはケチ……でも優しい、うん」と笑う二人だ。

 あまりの変貌ぶりに林檎は咲が偽物ではないかと疑うも、偽物なら偽物でよい。こっちの方が年相応に見えて可愛らしいし安全だと笑っている。 


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