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07 来ちゃった。 ごめんなさい、呼んでません。

「はいダーリン、召し上がれ。」

「ありがとうございます」

 文香は炊飯器から炊き立ての甘い香りがする白飯を林檎に渡す。林檎も茶碗を受け取ると二人で両手を合わせ、いただきます。と、食事のあいさつを済ませる。そんなことをしていると林檎は小学校の給食の時間を思い出しクスリと笑う。文香は「今は北海道米がブームなの。 先月までは秋田米が美味しくて」などと、コメについて語っている。

 銀シャリと言う名が相応しいくらい、炊き立ての米は輝いている。それに伴い、焼かれたほっけに湯気がのぼる味噌汁。日本料理万歳!

「美味い」

「よかった、お味噌汁も出来立てでおすすめだよ」

 文香の勧め通り、林檎は味噌汁をすする。かつお出汁が口いっぱいに広がる。白みそ仕立てであっさりとした飲みやすい味に具は豆腐とワカメでシンプルながらもご飯が進む。焼かれたホッケも表面の骨を箸で外し、身に箸を入れるとすぐほぐれ、塩気も絶妙。美味そうに飯がを食べる林檎にお代わりもあるよと笑う文香。すると林檎はじゃあもう一杯と、お代わりを申し出る。味噌汁に銀シャリ、焼き魚に漬物。まさに日本の朝食といえる朝飯だと、林檎は心の中で感激していた。

「ところで家の中でもその設定で通すんですか?」

「いけませんか?」

 白米を口に運びながら文香は「いざというときにボロが出ると困る」と言い、婚約者のふりを崩さない。それにしても誰も見ていないであろう文香の家、付け加えると若い女の一人暮らしにしては相応しくない2階建てしかも庭つき。室内は洋風な外観からは似つかわしくない和風な作り。集合住宅ならともかく心配しすぎではないのかと、林檎は思った。そう、文香と林檎は朝餉をとっていると、現在林檎は文香の家に居候をしているのだ。

「にしても、外側と違って室内は和室ばっかりですね」

食事をとる居間も、今亜にして思えば文香の寝室も女の子らしく作られてはあったが、全て畳が敷かれていた。林檎の何気ない一言に文香は洋室が良かった? と問いかける。しかし林檎はそんなことはない。と首を振り、堅いフローリングの床よりいつでもゴロ寝が出来る畳の方が好きだと笑っている。

「えへへ、実はね、憧れてたんだ。和室って」

 金髪グラマラス美女文香が、陶器の湯呑みで茶をすすりながら照れくさそうに話しだす。正座し和室にいると日本人離れした容姿は和室には合わないと当初は考えていた林檎だったが、意外と様になっているなあ。としみじみ思う。

「でも、迷惑じゃないのか?」

 一応自分の食費や生活費は貯金から出すと申し出た林檎であったが、文香は「おかねは心配しないで」貴方を守るためだから。と1銭も受け取らなかった。仕方がないので林檎は冬休みで学校もないことから文香のヒモのように生活し、家事を手伝っている。林檎の両親には文香から連絡をしたようで、林檎のスマホに後日【粗相のないように、あと避妊はしてね。あんたの生活費はちゃんと文香ちゃんに渡しているから】とメールが届き驚いた様子で文香になんと連絡したかを問い詰める林檎であった。

「魚焼くの上手になりましたね、文香さん」

「でしょ! 後文香さんじゃなくて、文香」

 焼き加減を褒められたことで嬉しそうに身を乗り出す文香と、呼び捨ては慣れないと思い困った顔をする林檎。中のよさそうな二人で付き合っているように見えるが、そう上手くはいかない。食事中一度無言の空間が形成されると、二人は最低限の会話以外せず無言で食事に集中している。

 する会話といえば、おかわりを求めお椀を文香に突き出した際や、盛られた白飯を受け取った際の礼くらいである。それにしてもご飯をよそう際に文香がニココニ鼻歌混じりなのが気になり、林檎は声をかけてみた。すると文香はお米が美味しいからねー、と笑って自分の分のお代わりをよそう。

『道産子米 美しい夢』

甘みがあって、柔らかい。艶のある見た目が口内によだれを分泌させ、食欲を増進させる。炊飯する際には少し水を減らすのがコツなんだと、文香は熱く語っている。しかもこのお米は数時間たっても味が劣化しにくくて便利なの。本当に最高と、美味しそうに箸を進める文香。林檎もそれには同感だと頷く。

 咲が消え、つかの間の平和を味わう林檎。

 あれから数日経つが実家からの連絡はない。両親からもあのメール以降返信はなかった。はなにも追及されなかった。だが林檎は悲しいとはあまり思わなかった。忌まわしい名前をつけた両親の下から離れられたのが嬉しかったせいた。ただ同時に、これ以上迷惑かけるのは嫌だ。と考え悩む様子を見せていた。

 文香はそんな林檎の気持ちを察したのか、箸を起き背伸びをしながら一緒に食べてくれる人がいるのは嬉しいことだ。と林檎に話しかけた。林檎も箸を止め、文香の話に聞き入る。

「ダーリンは美味しそうにご飯を食べてくれるし、作り甲斐あるよー それに」

「それに?」

 文香は文香で変な男に言い寄られないで済みますと林檎に感謝を述べる。林檎は文香に感謝されたことで恐縮し、「こちらこそ守ってくれてありがとうございます」と頭を下げる。

「ほらもー、ご飯食べよ。ね?」

改めて両親に心配をかけないで済むと胸をなでおろしていた。

「けど、このままじゃ不味いよですよね」

「なにが? あ、ふりかけいる?」

 咥え箸のままひよこマークが特徴的な卵味のふりかけ、徳用サイズを差し出してくる文香。林檎はふりかけはいらないと断り、断られたことで残念そうな表情を浮かべる文香をなだめつつ話を戻す。

「いや、そういうことじゃなくて」

 林檎食べながら、咲が帰って来た時のことを相談した。いずれ咲が帰ってくる。そうすれば文香はまた戦うのだろう。けれど林檎には戦闘力が無い。ならば、迷惑をかける前にここを出るべきではないのか。そう、今まで問題を起こさないように生きてきた林檎が、自身が何も考えない両親を嫌っていることと同様に、やはり林檎は迷惑をかけることを嫌っている。文香のやさしさに流されつつも、やはり赤の他人である文香や天界に迷惑をかけるべきではない。そう思ったのだ。

「俺、両親もそこまで好きじゃなかったし……いずれ家を出るつもりだったんです。だから、これ以上大事になる前に俺」

 咲の元へ、咲とともに地獄で暮らすのが一番被害が少ない。被害は自分だけだ。そう一人納得し、飯を食べたら出ていくと話し続ける林檎だったが……

「ふざけないで!」

 文香は怒り、ちゃぶ台に両手を叩きつける。

「私じゃ不安?」

 首をかしげ、ゆっくりと言葉を発する。

「私の何がダメなの? ねえ、教えてくれる?」

「不安っていうより、心配な」

「それって、私じゃ不安って言ってるのと同じだよね? ダーリン」

 文香の怒りは続く。

「でも」

「食事中はもう喋っちゃだめ!」

 林檎の心配をよそに、文香は無理やり会話を終了させる。そして白飯に味噌汁をかけ更にふりかけを大量にかけて、勢いよくかっこんだ。

「ごちそうさまでした」

 急ぎ食べ終えた文香は立ち上がる。

「見てて、ダーリンの心配なんて杞憂に過ぎないって証明してあげる」

ダンっと音を立て、ちゃぶ台に片足をのせ林檎の方を指さす文香。林檎の視線には毛穴一つない美脚が現れる。そして恐る恐る上を見上げると、文香は不敵に笑っている。

「た、頼みます」

 あまりに文香が自信満々に言うので思わずうなずき、頼んでしまった林檎。

「それでよし。頼まれたからにはダーリンのこと、全力で守るね」

 嬉しそうにこん棒を肩に担ぎ悪役のように高笑いをする。

「ふふん、このトゲつき棍棒、で、あの娘の体ずたずたにしてやるんだから!」

 貴女のほうが悪魔っぽいですよ、文香さん。とは言えない林檎である。

 結局文香の世話になることになった林檎は、出来ることならこの美味い料理に舌鼓を打ち、このまま咲が来ず、戦闘も波乱も無し。そして今までの平凡な生活に戻れれば良いなと考え味噌汁をすすった。

けれどここ数日の平穏は平和だったのではなく、嵐の前の静けさだったようだ。

 


 きょろきょろと周辺の住宅の表札を見ている少女は、数件目の表札を見て足を止めた。

「ここね、あの女の家は」

咳ばらいをし、身なりに乱れはないか確認する少女は白いダウンジャケットについた雪を払い、門をくぐる。ダウンジャケットを着た黒い着物姿の少女は大きく深呼吸をし、息を整えチャイムを押す。

 


台風の目は静かに、淡々と、文香の家に近づいていたのだ。


 



「チャイム?」

 文香の友達かなと林檎は思ったが、天使である文香に人間の友達なんているのか? と同時に疑問を抱く。誰にでも優しく接する文香であったが、特定の友人がいたという話を居候してからもする前も、林檎は聞いたことがないからだ。事実文香も不思議がっており、居間の壁につけられているモニターで訪問者が誰なのかを確認する。

 招かれざる客のチャイムは鳴りやまぬどころか、ドラムロールばりにチャイムを連打している。騒音に近いチャイム連打に文香は耳を抑えながらモニターを見やる。そして林檎が誰? と問いかけるも、自分の口に手を当て何やら驚いた様子を見せる文香。その姿に疑問を持った林檎もモニターを見て立ちつくしている文香の横に立って、モニターを覗き込んだ。

「あれ、誰も映って無いじゃん。しかも画面真っ暗だし」

画面には外の様子は映っておらずブラックアウト状態だ。なんだ、モニターが壊れていたのかと林檎は呟く。しかしなぜ文香は驚いていたのだろうか。気になった林檎は文香が驚く理由を思案する。

そして一つの結論に至った。もしかして今しつこくチャイムを鳴らしている相手は文香が先ほど述べていた、『言い寄ってくる男』とか言うストーカーか何かだろうか? と。そこで林檎は居候として、男としてその男に迷惑だと告げに行こうとした。

「ちょっと見てくるよ」

驚いた様子の文香を落ち着かせようと、頭をポンポンとさわりはにかむ林檎。どうして居候しているのかも忘れた様子で、玄関へと向かう。全くどうにかしている。朝飯を終え満腹感から気が緩み、頭が鈍っていたのだろう。

「ダメ、嫌な予感がするの!」

文香はそう言い林檎のシャツの裾をぎゅっと握るも、「文香は待ってて」と文香の制止を無視し靴を履き外へ向かった。3日間の平和で咲に怯えながらも、油断しきっていた部分も出てきたののだろうか……。

チャイムが止んだかと思えば、今度は玄関の扉をドンドンと叩くストーカー。ノックとは言えず、借金の取り立てをするようにガンガンと強くたたくストーカー。全く、しつこいやつだ。林檎は文香に美人は大変だなと声をかけ隠れるようにと指示を出す。

そして玄関の傘立てに置いてあった文香曰く、防犯用の金属バットを握りストーカーと臨戦態勢に入る。ストーカーに言葉が通じるとは限らないと考え、威嚇の意味でバットを持った林檎は深呼吸をし呼吸を整え覚悟を決め、扉を開ける。

「はいはい、今開けるから」

 ――林檎の声を聞いたストーカーは扉を叩くのをやめ、静かになる。文香ではなく男の声を聞いたからだろうか。しかし一瞬の静止の後、また扉を強く叩くストーカー。

「うるせ―! 朝から迷惑だろうが!!」

バッドを肩に担ぎ扉を勢いよく開ける林檎。そしてストーカーとご対面――、しかしそのストーカーは文香のストーカーではなかった。

「会いたかったわ、林檎!」

「――うわぁあああ!!」

 見覚えのあるダウン、黒い着物、鮮血のように赤い帯……死んだ魚のような目で笑う少女。彼女を見た林檎はお化けでも見たかのように声を荒げ、スイカ割りのごとく全力で金属バッドを振りおろした。

「いやん」

 可愛らしい声を出し、両手に握った鎌を頭の上で交差する少女。そして少女はバットを鎌で軽々と受け止め金属音を響かせ、そして怯えた表情の林檎に笑顔で「おはよう」とあいさつをした。

「ところでダーリン、それって地獄風の挨拶? やだ、もう家に来る気満々なの?」

 力いっぱいバットで殴ろうとする林檎だが、バットは交差された鎌に遮られ、それ以上一センチも押し込むことができない。間違いない。林檎は思った。そして同時に後悔の念にかられた。

 頬を染めるストーカー。確かにストーカーには間違いない。ただし、それは文香のストーカーではない……この見慣れた着古した白のダウンジャケットを着た着物の少女……咲は俺の、俺のストーカーだ。林檎は頭の中で文香が驚いていた理由がわかり血の気が引いた。

「やだ、バットからリンゴの愛情がビンビン伝わってくるよ」

 日本人形のように切りそろえられた髪や起伏の極端に少ない体は着物が似合う少女。幼さが残るも均整のとれた容姿に大きな瞳を持ったその姿は一般的には美少女にカテゴライズされるであろう。その少女の目に覇気があればの話だが。

「来ちゃった」

 舌を出しながらバットを受け止め笑う少女、けれど相も変わらず目に光は無い。この時玄関を出る前のような余裕があれば、林檎は愛想笑いで返していただろう。されど今の林檎にそんな余裕はない。。


――嵐が来た。それも特大の嵐が来た。


 林檎の心に、頭に、避難せよと警鐘が鳴り響く。


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