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06

 咲の反論を聞き、何故か嬉しそうに口元を歪めるメフィストだが、すぐにメフィストは鼻で笑った。

「そう言ってもう何歳だい?」

「200……」

 小声で呟く咲を一括する母。

「嘘を言い、あんたもう300近いだろ!」

 母が言ったことは本当で、咲はもう300近い年齢だった。幼く見えても自分が死神。悪魔であることを実感する咲。

「可愛いからいいじゃないか! それに悪魔や死神は寿命だって長いし!」

「あらあんた、何時から起きてたんだい?」

煙草をふかし、後ろを振り返るメフィスト。後ろには頭だけでしゃべる物体。それを中心に、肉片、臓物がうねうねと動き、頭目指し一塊の肉塊となる。それは一つになると、今度は先ほど八つ裂かれた男性、咲の父の姿へと形成される。

「うぷっ」

咲はこの光景が苦手だった。母のDVもとい愛情表現と称し父を切り裂く行為。父は咲が物心ついたときから良く引き裂かれていた。人間である父の血をひいている咲は、刃は同様血を好むときはあれど、自身も数多の命を狩る死神でありながら、この光景だけはどうにも慣れなかった。

「咲もやってみるかい?」

 母の問いかけに首を横に振り遠慮する咲。咲も血が騒ぐときはあれど、それは愛すべき……そう、林檎の血をすするときと、その林檎を盗もうとする泥棒を切り裂く時だけだ。と思っていた。もちろん林檎に対しては死なない程度、徐々に徐々に切っては治すを繰り返すつもりだ。

 ぐにょぐにょと復活した自分の父を見つめる。咲は昔聞いた父と母の馴れ初めを思い出していた。私の父の名はゲオルク・ファウスト。中世を生きた、伝説的な占星術、錬金術師だ。希代の知識、天才的頭脳をもった彼は、その知識だけでは飽き足らず、また、研究ばかりで遊びを知らなかった彼は、悪魔を降臨することで残りの人生を謳歌しようと目論んだ。そして、召喚されたのは私の母、残忍冷徹なメフィストフェレスだ。

 父は母とある約束を交わした。現世で生きている間は自分が、死した後の魂は彼女の物という契約を結んでいたようで、その結果父が現世で死んだとき、母メフィストフェレスは彼を正式な伴侶とし、しばらくしてから彼との間に子をもうけた。それが私、咲だ。人間界では父は天国へ召された。もしくは残忍に母に殺されたと書かれているらしいが、あれはあくまで伝承。事実とは違う。

 そんなことを思いながら二人を見ると、また母は父を爪をナイフ代わりにして刺して遊んでおり、父も不死の能力を母から授けられたことで死なないせいか、母の自称愛情表現を嬉しそうに受け止めている。そんな姿を見た咲は、ため息を漏らした。

 悪魔なら悪魔、天使なら天使。人間なら人間。純血がとても羨ましいと感じていたのだ・悪魔と人間のハーフである彼女に、母の残忍性は中途半端にしか受け継がれず、冷徹な母の心はおろか、咲の心は人間の、壊れやすいガラスの様なハートを持って生まれてきたのだ。

更にこの体、母のような女性らしさ極まる姿ではなく、まるで寸胴のような体。女性としての魅力は無いに等しい。さらに厳格で残忍だと思われる母の言いつけを守り、咲はこれまで生きてきた。死神になったのも人の死を看取り、その魂を地獄へ連れて行く楽な仕事だと母から聞いたからだった。実際にやってみると死ぬ間際に肉体と魂が結ばれている糸を断ち切るだけで、更に彼らは罪人が多かったため、暴れられても咲は割り切って粛清を行うことが出来た。

そう思っていた矢先、仕事にも慣れ始めた時に咲はこの仕事の厳しさを知った。ノルマである。罪人を一定数狩ってくるというノルマ。これに足りなければ地獄とは無関係な魂を断ち切り連れていく必要があった。咲はそれが嫌で嫌でたまらなく、さらに闘争心が純潔の悪魔とは違い希薄な彼女はこのノルマを中々達成できずにいた。上から怒られても謝り続けて拒否していた咲であったが、とうとうそれも不可能とわかり職場から逃げ出した。  

 そして悲しい気持ちで現世にやってきた時に出会ったのが、安達林檎だった。父と同様に人間である安達林檎。初めて会う自分に優しく接してくれた林檎に、咲は惹かれていた。同僚のように悪事を喜ぶこともなく、女顔だが整った顔立ちの優しい林檎。この人と一緒なら、魔界にいても頑張れる。悪魔たちの粗雑で暴力的な雰囲気からかけ離れた優しい印象の林檎は、咲にとってポイントが高かった。

 ――だからこそ咲は、林檎を誰にも渡したくなかった。内気な自分が唯一さらけ出せる相手、異性。それが林檎。安達林檎なのだと、咲は確信した。

「で、仕事を抜け出して行った人間界はどうだったって?」

「それがあんた。咲ったら、私の用意した男よりいい男を見つけたっていうのよ」

 先ほど八つ裂きにしたのが嘘のように、母は父にべたべたとくっついている。異常だと咲は思った。。

「俺みたいないい男、いたのか?」

 父も八つ裂きにされた男、ファウストは自分の首に両腕をかけ体を寄せているメフィストの頭を撫でている。

「あんたはいい男って言うより、馬鹿な男だよ」

メフィストはファウストのに胸に手を当て身を寄せ呟く。ファウストもその通りだ。だが後悔はしていないと豪快に笑いだす。

「悪魔に魅入られた男だからな、違いねえ」

 ハハハと笑う父の姿、信じられない。

「いたよ」

「あの男かい?」

娘の返答に母であるメフィストは真剣に目を細め、睨み付ける。

「どんな男だ?」

 父であるファウストも興味深々だ。

「運命的な出会いだった……」

 真っ白は頬を林檎のように赤く染めた娘に対し、母は馬鹿にするように父となにやら話している。

「それがね、この子ったら男に迫る時どうやったと思う? いきなり鎌突きつけたらしいのよ」

「なに、そりゃいかん!」

 二人は咲の行いを批評している。悪魔、死神であればこれで間違いないはずと、咲は問いかけた。

「なんで? ママの真似をしただけだよ?」

「やり方ってもんがあるのよ」

 無垢な娘だとメフィストは口元を隠しながら苦笑する。

「女が男に迫るやり方、学校で教わらなかったか?」

 ファウストは咲に授業を思い出せ。とアドバイスし、フォローに回る。厳しい母と優しい父。まるで飴と鞭だ。そう咲は思った。

「学校……」

 悪魔にだって、地獄にだって学校がある。

 少し話は変わるが、地獄の家庭、生活は多種多様だ。一人元気に罪人を痛めつけることを生業として生きる者。逆に彼らの行為、苦しみを酒の肴にし、この世を謳歌する者もいる。これだけ聞くと、それは非道の集まりである。けれど、地獄にも人間界のように役職がある。天界に一度挑み、敗れ、敗走したもののその勇気を称賛され、その傲慢さから我らのリーダーにまでのし上がった男、ルシファー。他にも人間界の男を誑かし、地獄へ引きずり込む方法をレクチャーしている女系悪魔:ラスト。臭いところが好きで、体も臭いけどイケメンなゴミの管理人、通称ごみ山の王:ベルゼブブ。同じ悪魔でも好き嫌い、好意嫌悪がある。多種多様な悪魔が潜んでいるからこそ、学校では様々な授業が受けられる。

「言われた気がする……」

 ただ、咲は学校が好きでない。加えて苦手な授業があった。色気の授業だ。俗に言うハニートラップを中心とした授業のため、女性悪魔の中では人気が高い授業だ。咲も友達に流され受講したものの周りと自分の体型がはっきり出るため、咲はちょくちょくさぼっていた。理由はクラスでリリス系の少女グループが話しているのを聞いたからだ。その内容は、咲の悪口だった。

「あの子って本当に女? 胸全くないじゃん」

「いや、むしろ抉れてるね。ありゃ山じゃなく谷だね」

「顔はいいのにねー。ホント残念。親はエリートなんでしょ?」

「そうそう。親は凄いのにね―。この授業向いてなさすぎ。何で履修してんのかな、マジありえねー。劣等生間違い無し!」

「うん。そうだよね。私たちみたいなグラマーなサキュバスじゃないと、リリス先生みたいな大悪魔になれないもんね。何で受けてるんだろ」

「言えてるー」

 きゃっきゃと陰口で花を咲かせるクラスのサキュバスたちがそう言っているのを聞いて、咲はその授業に出るのが嫌になったのだ。一緒に受講しようと言ってくれたサキュバスの友人もいつの間にか、同種族のリリスタイプの女の子たちと咲をバカにするようになっていた。

「そんなことがあったわね」

 母であるメフィストフェレスは咲の頭を撫で、男の落とし方についてレクチャーを始めた。咲を見るその目は厳しさはあれど、娘のことを思った母の目である。

「男はね、まずは優しくするのよ」

「優しく?」

 咲の頭を優しく、先ほどの冷たさを全く見せず撫でている。

「そうそう。まずは相手の要求をなんでも叶えてあげるの」

「なんでも……」

 俺もそうだったと頷く父を見てクスリと笑ってしまう咲。

「で、相手が『ありがとう、もう十分だ』そう言った時がチャンス」

「チャンス!」

 母の話を聞き、目を輝かせる咲。

「そうしたらね」

「そうしたら?」

 母は言葉を溜め、咲はその言葉に耳を傾ける。

「地獄へ落とすのよ」

 口角を大きく上げ、母は撫でていた手を咲の細い首に添え、絞殺するようにして首を掴んだ。

「ま、ま?」

 苦しい、息が出来ない。パクパクと口を動かす先を見ながら、母は咲の顔を至福の表情で見ながら話を続けた。

「苦しいでしょ? さっきまでの優しさから、一気に死を覚悟するほどの苦しみを味わわせるの」

「く、くる」

 母の手首を叩き、苦しいことをアピールする咲。

「あら、苦しかったかしら、ごめんなさい」

「かはっ、はあ、はあ」

 母の手が首から離れたので咲はここぞとばかりに、大きく何度も深呼吸をする。

「コレを何度も繰り返せるの」

 メフィストはそうアドバイスをすると再度、娘である咲の首に手をかける。

「コレを好きな相手に何度もすることで、自分の立場をわからせ、自分の物に出来るの。コレが駆け引き、恋の駆け引きよ」

 何度もの首絞め、解放を繰り返され、意識がもうろうとする咲。そんな咲を心配そうに優しく撫でてくれる父、ファウスト。

「パパは……嫌じゃないの?」

これを実際に体験してきた父に問いかける咲。けれど父であるファウストは首を横に振り、咲に優しく微笑んだ。

「それが彼女の愛情表現だと知ったらな、男はそれを受け入れるものさ」

咲の頭を撫でる父の姿を、咲は不思議な感覚で見ていた。

「ま、あんたももし振られたら、今度こそ私の選んだ男と結婚しなさいよ」

 それだけは嫌なので、咲は返事をしなかった。

「あんたの周り、何人結婚したと思ってるの?」

「うっ……」

 先ほど話したリリスも、男を見つけ毎日楽しんでいるらしい。獣型で仲が良かった子も、100年前に同級生の悪魔と結婚したと手紙が届き、50年前には複数の子供に囲まれている手紙が来たのを、咲は覚えていた。

「ま、家にずっといるなら、独身でもお父さんは大歓迎だぞ」

 そんなことを言う親ばか、ファウストを母であるメフィストフェレスはまた八つ裂きにした。父の血が咲のローブにかかってしまう。

「馬鹿はほっといて……頑張りなさいよ」

 メフィストフェレスのこの言葉は、先ほどの意地悪そうなものいいではなく、本当に娘を心配しているような喋り方だった。

「特に、あんな天使に負けんじゃないよ」

 咲の背中を叩き、後押しをしたメフィスト。

「……ありがと、ママ」

 生まれて初めて、心から母に感謝したような気がした咲。メフィストも娘からの感謝の言葉を、嬉しそうに父の死体、肉片をいじくっている。

「ママとしては、ママの決めた男と結婚するのが一番だと思うけどね」

「それでも……私は林檎が良い。うん」

「よし、行ってらっしゃい」

 血に塗れた手を振り、咲を見送っていた。

「よし、頑張らなきゃ……」

 母の教えてくれたやり方を試してみよう、きっと彼、林檎も喜んで私の家に来てくれるに違いない。そうじゃなくても誠心誠意、心から林檎を、ダーリンを愛し慈しみ、地獄へ送ろう。そして結婚しよう。咲は熱意を胸に秘めたまま、真紅のリングに口づけする。

「周りはもう子供を産む娘もいるんだ、私も頑張らなきゃ」

 林檎の様な、嫌なことは嫌と言える男らしさもありながら、見知らぬ私に優しく毛布をかけてくれる優しい人間、絶対捕まえたい。結婚したい。彼との…子供も欲しい。彼なら私のことをきっと受け入れてくれる。もし受け入れてもらえなくても、アドバイスで何とかして見せる。優しいパパみたいに不死加工して、一緒にずっと、暮らすんだ。

 咲はそう心に強く念じ、また人間界へ戻るべく、林檎に会いに行くために歩み始めた。

「私だけが行き遅れる訳がない、だから貴様を連れて行く」

 それが私たち、二人が幸せになれる方法だと信じて。

「天使なんかに、負けないよ」

 咲は不敵な笑みを浮かべ、林檎との愛の一時を想像した。

結婚は人生の墓場。それならば最初から墓場に来ればいいと思いながら、そう思うと何だか気が楽になる自分に気が付き、笑みをこぼしてしまう。

「――待っててね、ダーリン」


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