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04

「まだまだぁ!!」


 文香は咲に攻撃を与える暇を与えない。攻撃は最大の防御と言わんばかりに今度は横薙ぎ、野球のスイングの要領でこん棒をぶん回している。それを咲は反応早く、持っていた鎌の面をクロスにし楯代わりにすることで受け止めた。しかし文香のパワーを受けた衝撃を逃すため後ろにひらりと飛び、後退する。

「ちっ、そのこけしみたいな体抉るつもりだったのに」

「じゃあこっちは切り落として安肉にして、カレーにしてやるよ。牛女」

 挑発には挑発で返す二人。

「林檎君は危ないから、離れててね」

 棍棒を肩に担ぎ、今まで見たこともないような好戦的な目をした文香が林檎にここは危険だと告げる。確かに全力で振った棍棒や鎌の攻撃を一般人の林檎がくらえば間違いなく軽症では済まない。しかしながら自身の問題に文香を巻き込んでしまい、罪悪感を隠せない。

「林檎君は心配しないで。どーんとお姉さんに任せなさい」

 えっへんと胸を張る文香にアハハと愛想笑いする林檎。そんな二人の会話が面白くないのは咲である。

「あんた、本当に天使? えげつない武器。手がしびれるわー、うん」

 鎌を持った手をぷらぷらさせ、咲は左右にステップを踏んでいる。

「ならさっさと帰れば? もう人間に迷惑をかけないって約束するなら、見逃してあげるよ」

 文香は棍棒を両手から右手、片手持ちに切り替え、左手で咲を手招き挑発をしている。

「ま、私としてはダーリンだけは連れて帰るけどね。うん」

 一人頷きしゃがむ咲。そのまま身をかがめた咲は脚力に力をため、ロケットのように一気に突っ込んできた。

「人の恋路邪魔してんじゃないわよ!! このアマぁ!!」

「まずいわ。 林檎君は離れて!」

「は、はい!」

 このスピードでタックルされてはまずいと判断した文香はガードの構えをとる。林檎は指示通り、慌てて文香から離れる。

――残念でした。

舌を出し嘲るように笑う咲。小柄な体とスピードを活かした咲は文香めがけ突進……しなかった。

「……え?」

狙いは文香ではなく林檎だった。文香は自分に攻撃が来ると思いガードの構えをとっていたため、反応が遅れてしまう。慌てて林檎の方へ駆け寄ろうとするも……

「遅い!」

「このっ……卑怯者!」

文香より一足先に、咲は林檎の元へたどり着き、林檎に鎌を突き立てる。

「けいせいぎゃくて―ん。卑怯上等。なぜなら私は死神だからね。うん! それにー、勝負はもうついたでしょ? でしょ? 私の勝ちー、イエーイ」

 まるで形勢逆転といわんばかりにブイサインを文香に見せつける咲。文香は勝ち誇った咲の姿を見て歯ぎしりをしたまま、その場で動けないでいる。文香が一歩踏み出そうとしたとき、咲は林檎に足払いをかけ転ばせた。そしてバランスを崩した林檎の赤毛に近い茶色の髪を引っ張り、右手に持った鎌を首筋に当て、少し首筋に押し付けた。

「こんな首、雑草を狩るようにいつでも殺せるのよ」

 林檎の首が切られ、血が流れだす。

「やめなさい! あなた、自分の旦那を殺す気?」

「死んでも平気。ゾンビにすればいいから」

 咲は舌を出してそう言うと、左手に持っている鎌を文香に向けた。そのまま「武器捨てな」それだけ言い、投降を要求する。文香は武器を捨てるのを躊躇うと、咲が林檎の首に当てた鎌を少し動かし首に切れ込みをいれようとする。

「わ、わかった……私の負けよ」

 こん棒を目の前に投げ捨て、両手を上げる文香。その姿を見た咲はご満悦である。そして咲は鎌を首から離し、後ろから抱きついた。そして真っ赤な舌で猫がミルクを飲むように、ペロペロと血を流している部分を舐めとり始めた。

「林檎の血って名前通り、ん、リンゴみたいに真っ赤でキレー。美味しー」

「やめなさい!」

 文香は林檎の首から止むことがない血を見て、血相を変えた表情で叫んだ。林檎はと言えば、首筋から流れる血、それをペロペロと舐めとる咲。異常な空間、手当すらされない首。このままだと出血多量で死ぬのではないかと恐怖に襲われ、咲に命乞いを試みる。

「さ、咲……」

 林檎は血を止めて欲しいと頼みこんでみたものの、咲は咲で「浮気した罰」それだけ言うと、今度は林檎の手首に鎌の冷たい刃先を当てる。

「大丈夫だって、これくらいじゃ死なないよ。それに私――死んでも愛せる自信はあるから」

 咲は笑顔で林檎を見ている。死んだ目とゆがんだ口元。笑っているとわかるのは、舐めながらクフフと笑い声を発しているからだ。

――死んでも愛せる自信はある。おそらくこれは本当の事なんだろう。

傍から聞いたらとても愛されている、一度は言われてみたい素敵な言葉だ。けれど咲にとってそれは文字どおりの意味であり、林檎が死んだらゾンビにして従順なペット、もしくは標本にして飾るという、常人には理解できない恐ろしいことを考えている。

愛し方が人間とは違うのだ。そこには人権など存在せず、ただあるのは一方的なゆがんだ愛。

「あ、やべ……」

 血はそれほど流れてはいないにせよ、林檎の体は非日常な体験の連続で限界を迎えていたようだ。

「もう無理……」

 目の前が真っ白になる。ゲームで負けた時に良く聞く言葉だが、こんな感じなのか……。林檎は意識が遠のき、この空間同様真っ白な景色が目前に広がり、暗転した。気絶したのである。

「林檎!」

「林檎君!」


 林檎が最後に聞いた言葉は自身の名を呼ぶ女性の声だった。





「つっ……」

 頭がくらくらする。だが林檎にかけられていた毛布はまるで羽のように軽く、柔らかかった。羽毛布団だろうか林檎は頭を押さえながら、見知らぬ布団の上で目を覚ました。あの時の事は夢だったと思ったが、林檎は自身の首に巻かれてある包帯に気付いた。あれは夢ではないのだと。

「あ、目を覚ましたんだね」

「……文香さん?」

 林檎の目の前にはセーターを着た笑顔でカップを手に持つ文香がいた。

「これ飲める? 少し冷ましたから飲みやすいよ」

 差し出されたのは兎の絵柄がプリントされているマグカップ。中には真っ赤な紅茶、柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。

「……咲は?」

 恐る恐る、自称林檎の婚約者、咲の居所を聞いてみた。

「あの子なら大丈夫」

「大丈夫?」

 文香は飲みながら話すと言い、紅茶を飲んでいる。テーブルにはお茶請けにクッキーが缶ごと置いてある。林檎は少し熱めの紅茶を一口すすると、自分がに生きていることを実感し涙を流している。

「知ってると思うけど、あの子は人間じゃない。死神なの」

 文香さんの口からその言葉が出るなんて。てことは、あいつ本当に人間じゃなかったのか。林檎は今一度、咲が人間でないことに恐怖した。そして、今、どうして生きているかはわからないにせよ、生きていることに感謝した。

「あ、クッキーも食べていいんだよ?」

「ありがとうございます。にしてもこの布団って」

 干したてのような柔らかい布団を撫でながら聞いてみる。すると文香は私が寝ている布団だよ。と、クッキーを一つ口に運び林檎に教える。

「文香さんが……使ってる?」

「そーそー」

「…………ええ!?」

「な、なに!? 敵襲!?」

 林檎の叫び声に驚いた文香は立ち上がり、こん棒を握りしめる。そんな姿を見て林檎は慌てて謝罪を始める。

「す、すみません! 人様の、しかも文香さんの布団を使っちゃって」

「そ、そんな謝らないで。気にしてないから」

 慌て頭を下げる林檎をなだめる文香と、なおも頭を下げる林檎。

「でも、俺の血とかで汚しちゃったんじゃ」

「それでも気にしないで! それより!」

 話を遮り文香は林檎をじっと見つめる。林檎もその力強い目に圧倒され、黙ってしまう。 

「あのね、林檎君」

 深刻な様子で語りかける文香に、林檎も生唾をごくりと飲み話を聞く覚悟を決めた。

「私も人間じゃないの」

 そう言うと文香はマグカップを布団横のテーブルに置くと、すくりと立ち上がった。

「見ててね」

 林檎にはその光景に見覚えがあった。そう、咲が死神であると証明した時のように、文香も俺の目の前でターンをする。咲とは違いまばゆい光が文香を包み込む。

「まさか……」

 文香も死神なのか? 最悪な展開が林檎の脳裏によぎった。しかしそれは杞憂に終わる。

「……きれいだ」

「え、あ、ありがと」

 無意識に出た言葉に反応した文香は照れた様子で頬をかいた。

 林檎の目の前の女性、世良文香は先ほどまで着ていた服から、金色の装飾が施された純白。肘、肩あての部分は青くアクセントになっているプレートメイルのような鎧姿に変身した。その背中には六枚の翼が生えている。死神の次は天使か……。頭が痛くなる。ただ一つ、林檎には気になったことがある。

「あの……聞いていいですか」

「なにかな?」

「何で下はスカートなんですか?」

「気になる点そこ!?」

 そう、上半身は中世に存在した騎士のように頑丈そうな鎧なのだが、なぜ下半身だけスカートなのだろう。黒のニーソックスのようなものを履いているが、スカートは短く乙女の柔肌一部丸見えになっている。

「こ、これはいいの! 動きやすいから!」

 恥じらう文香の説明になるほどと頷く林檎。話が逸れたと文香は一度咳ばらいをした。そして、林檎に謝罪した。

「ごめんね、今まで黙ってて」

 出来ればこのまま黙って、林檎君とは今まで通り接していたかったと告げる文香。。今まで通り……出会えば世間話を、初めて魚を焼いたときに焦がしてしまったこと、特売の日には一緒に朝から買い物に行ったこと、美味しいおやつが入ったから一緒に食べよう。など、林檎との思いでを語りだす文香。、

けれどそんな楽しかった思い出、人間として接する期間は林檎が咲と出会った時点で壊れていた。林檎は文香にどんな姿、隠し事があっても文香さんは文香さんだ。としかか言えなかった。

「そう言ってもらえると、助かるわ」

 胸をなでおろすように文香はほっとし、笑う。

「で、あの後どうなったんですか?」

 自分が倒れた後、どうしてここで寝るに至ったかを文香に聞く林檎。

 文香は甲冑姿から元のセーターの姿に戻った。そして座り直しポットから紅茶を注ぎなおすと、飲みながらゆっくり話し始めた。

 「あの後ね――」


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