私だけが行き遅れる訳がない、だから貴様を連れて行く
あの後ベリアルの力添えもあり、無事林檎たちは地獄から帰還した。悪魔の中にも良い悪魔? もいるらしく、咲は今度お礼を渡すと意気込んでいた。まあそれに関しては林檎や文香も同意だと賛成の意思表示をした。
そしてやっと、また平和な日常が少しずつだが戻ってきた。魔界から戻ってきたばかりの時は見な疲れ果てたように、炬燵で寝てしまった。あれから二日たった今日、林檎達はまた三人で朝食をとっていた。
「文香、おかわりもらえるか?」
林檎達の体には擦り傷、痛みがあったものの、それもだいぶ癒えてきた。けれど早く治そうと、林檎は白米をお代わりする。
「はい、ダーリン!」
嬉しそうに空になった茶碗を受け取る文香は、鼻歌混じりに炊飯器から湯気が立ち上る炊き立ての白米をよそっている。お椀には白米が相変わらず山のように盛られてある。その白米の湯気や輝き、口に運んだ時の甘みが地獄から戻ったことを林檎に実感させる。
「沢山食べて下さいね。あっちじゃろくに食べてなかったんでしょ?」
ニコニコと笑顔で文香は両手で持った白米が山のように盛られた茶碗を持ち、林檎に差し出した。「まあな、ほとんど飲まず食わずだったわ、だからかな、すごく美味い」美味しそうに白米をかっ込む林檎を見て文香もうれしくなったのか、鮮やかな黄色の卵ふりかけを白米にかけている。
「おいしー」
文香もふりかけで白米が見えなったお茶椀から美味しそうに一口頬張り、嬉しそうに笑っている。
「ははは、でも少し多いな」
林檎は盛られた白米を食べ進め、思わず呟いた。すると隣からそれならと、声がかかった。
「多いの?」
「ああ、ちょっとな」
隣で甘塩っぽいたくあんをかじっている咲は、林檎の茶碗をまじまじと眺めている。文香は文香でふりかけもあるよと笑って差し出してくるが、ふりかけだけでは飽きてしまう。林檎は困っていると、横から茶碗に箸が伸びた。
「じゃあちょうだい」
咲は林檎の茶碗に箸をかけ、白米を食べ始めた。「おい……勝手にとるなよ」林檎は食べたいなら茶碗に食べたい分だけ移すと提案するが、咲がそのまま数口林檎の茶碗からとって食べると、終いには林檎のお茶椀を受け取り、自分の適量が盛られたピンク色の茶碗を林檎に手渡した。
林檎はとり返すかどうか悩むも、今度はたくあんではなくワカメと麩の味噌汁を飲んで、気持ちよく林檎の青い茶碗で白米を食べ進める咲を見てまあ良いかと、咲の茶碗に手を付け食べ始めた。同じ白米だしなと林檎は気にするのを止めるが、文香はふりかけご飯を食べていた箸をテーブルに音を立てて、落とした。木製の箸とテーブルが乾いた音を響かせる。
「炊き立ては美味しい」
笑顔で咲はそう言うとまた箸をつけ、山の様に盛られていた白米をあっという間に自身の小さな口へ運んでいく。美味しい美味しいと言いながら、今度は林檎の手から自分が使っていた茶碗をとり、たくあんを醤油につけては平らげている。
「欲しけりゃ文香におかわりもらえよ」
咲にとられた茶碗を取り上げ、林檎はその茶碗に残されたわずかな白米に口をつけた。流石に次のお代わりは自分でよそおうと立ち上がると、ついでに咲にもお代わりをするか問いかける。咲は林檎に「愛情たっぷりで」とピンク色の茶碗を差し出し、「へーへー」と林檎は適当に相槌を打ち炊飯器から二人分の白米をよそっている。
ほらよと咲に茶碗を渡し、林檎も焼き立てで美味しそうな潮の匂いが香るこんがり茶色々になっているアジの開きをつまみながら、白米を食べている。すると文香はわなわなと体を震わせて、林檎を見ているではないか。
「食べないのか?」
箸を落としたままの文香に、代わりの箸を持ってくると立ち上がった林檎は、キッチンから新たな箸を見繕い文香に渡すと、文香はそれを受け取らずに激怒した。
「ダーリン、なにしてるの!」
テーブルを両手で強く叩く文香、その衝撃で味噌汁のお椀が少し浮き、みそ汁が少しこぼれてしまう。
「おい、何を怒ってるんだよ」
「ダーリンには私がいるでしょ! はい、ご飯!」
文香がそう言うと、自身が食べていた卵ふりかけがかけられたお茶椀を林檎に渡すと、今度は先ほどまで咲が、今は林檎が口をつけていた茶碗を自分のお茶椀代わりにとふりかけをかけ始めた。
「お、おい」
「なによ! 私のご飯が食べられないっていうの?」
嫌なら食べなくて結構と、気持ちを爆発させヒステリックに文句があるかを聞いてくる。まいった……林檎はふりかけがあまり好きじゃないと、目の前のふりかけご飯を眺めている。するとまたしても咲が、「それいらないの? ならほしい、うん」と聞いてきた。これ幸いにと林檎も咲に食べてもらおうと、茶碗の交換を提案した。けれどそれを見た文香は火に油を注いだように、ますます怒っている。
「それはダーリンの。咲ちゃんもおかわり欲しかったらあげるから」と、咲の茶碗を勝手にとると、ご飯をまたも山盛りについだ。
「ありがと……うん」
咲は一言礼を言い、たくあん、アジをおかずに早いペースで白米をドンドン食べている。
あの事件以降、なぜか咲はこの家でいまだに世話になっている。前に林檎が聞いたところ、食費は林檎同様入れているらしい。また文香も咲の食べっぷりは嫌いではないため、咲を無碍にできない。文香はまたストレス発散するかのようにふりかけをバサバサと白米が見えなくなるくらいかけ、がつがつと男らしく食べている。それを食べ終えると文香は湯のみに入った番茶を一気に飲み干し、咲にいつ帰るかを聞いてみた。
「帰れない、うん」
「はあ?」
文香は呆れたように咲に聞き返すと、咲は私にもう帰る家は無いと告げた。
「帰る家が無い?」
どういうことだ?
「ママに言われた。うん」
ママに? あの親バカなメフィストにか? と林檎が茶碗に残ったご飯粒を箸で取りながら聞くと、説明を始めた。
「『惚れた男を落とせないようなら、貴女は悪魔失格、この家にい場所はなくてよ』だから私は帰れない、うん」
「じゃあ、ずっとこの家に世話になるのか?」
林檎の質問に咲は首を横に振ると、話を続けた。
「今度は無理やりじゃない、心を掴む。林檎の、ダーリンの。うん」
咲は自身のささやかな胸に手を当て、目をつぶっている。文香はそれを聞き、信じられないと怒っている。
「あんた、またダーリンを魔界に連れていく気?」
何時でもやってやるわ。と棍棒を取り出し、臨戦態勢をとっている。咲はその姿を気にも留めていない。
「ちょっと、なんか答えなさいよ」
怒りながら問いかける文香に、何故か頬を赤く染める咲。その姿に文香は余計怒りをあらわにしている。
「ちょっと、ふざけてるの?」
「林檎の唇、ほっぺ、柔らくて気持ち良かった」
咲は自分の白い頬を両手で触りながら、照れて体をくねらせる咲。文香は咲の姿、言葉を受けて怒りの矛先を林檎へ向ける。
「お、おい、知らんぞ、知らんぞ、俺はそんな話知らん」
林檎は咲の方を向き、誤解を招くようなことを言うな。と叱った。けれど咲は自身の唇を触りながら、その体に似合わず遊女のように色っぽい声で林檎の名前を呟く。そして――。
「私から――回、ダーリンから二回」
淡々と答える咲に、何の回数か文香は問いかけた。
「決まってる――キスした回数。うん」
その自信満々な言葉を聞き、文香は信じられない、特に後半部分と嫉妬に包まれた瞳でそれが事実かを林檎に問う。林檎は茶を濁したように、答えをはぐらかした。咲は恥ずかしがっていると認識し、頬を桃色に染めている。
「ダーリン、まさか、私がいない間地獄であんなことやこんなこと……不潔よ!」
わなわなと震える文香の目は泥が混じったように見る見る濁っていく。そして食事を中断し林檎の横に座ると襟を掴み、体を揺らしてくる。このままでは林檎の脳が文香のせいでシェイクされてしまう。
「なにしたの、答えて、答えなさい!」
強い口調で俺を問い詰める文香、さながら浮気を見つけた旦那を厳しく糾弾する妻だ。
「大丈夫、まだチューしかしてない。それと口移し」
にやにやと笑みを浮かべながら、咲はまたしたいなと林檎の肩に身を寄せている。そして眼をつぶり、ゆっくりと林檎の顔と自分の顔を近づけている。
「ちょっと咲ちゃん! あんなことがあったのに」
「大丈夫、コレは相思相愛、お互い愛し合ってる。うん」
「ふざけないで!」
思わず文香は林檎を咲から守るため、自身の体に、胸に引き寄せ抱きしめた。
林檎の顔は文香の胸に挟まれてしまう。セーター越しに柔らかく干したての布団のような気持ちよさが林檎に迫ってくる。加えて文香は更に林檎の頭を手で押さえるように抱きしめた。柔らかく太陽に干された布団の様に柔らかくフカフカな文香の胸、セーターが林檎の頭や身体を優しく包み込む。
「きゃっ」
文香が林檎を引っ張ったせいで、咲は林檎にもたれかかろう迫ろうと前傾姿勢をとっていたため、思わず前のめりになり体勢を崩してしまう。
「文香ずるいよ、間違いなくずるい。うん」
「ずるくありませんー。それとダーリンは魔界になんか行かせません」
林檎を強く抱きしめ、高らかに宣言する文香、林檎は嬉しいと思う反面、抱きしめられて少し息が苦しかった。
「大丈夫、今度は私がこっちに住めばいい。にっ」
ブイサインをしながら、咲は文香に宣言する。
「だって、私は林檎が大好きだから。ベタ惚れ状態。うん」
「あんたは悪魔なら悪魔らしく、悪魔を好きになりなさいよ」
もっともらしい反論をする文香に、分かってないなあと咲はため息をつき、両手を肩くらいまで上げ、あきれた様子を見せた。
「あんた、もしかして喧嘩売ってる?」
とうとう名前で呼ぶことをやめた文香は林檎を抱きしめている体や声をフルフルと震わせているものの、水が沸騰するようにぐらぐらと怒りが溢れ出ている。咲はそんな事はどうでも良い、抱きしめていないで返せと林檎の服を引っ張っている。
「第一に私は悪魔と人間のハーフ、だからセーフ」
韻を踏みながら自慢げに胸を張り告げる咲に、ふざけるなと怒りをあらわに文香は怒鳴った。
「文香……いい加減苦しいんだけど」
この柔らかさは至福の一時かもしれないが林檎は抱きしめられ続け、呼吸が苦しいと文香に言っている。すると文香は抱きしめていた力が強かったことや、いつまでも抱きしめていたことに顔を赤く染め、少し焦った様子で一言謝ると林檎を解放した。
「でかい胸で悩殺、下品な天使」と咲が呟けば、文香は自分の胸を両手で隠し、誰もいない方へ目を逸らして恥ずかしがっている。そして大きく深呼吸をし、もう一度林檎と向き合って林檎の手を掌で包み、決意に満ちた眼差しで見つめている。
「ダーリン、私、ダーリンのこと好きだよ。じゃなきゃ堕天してまで助けないってわかってる? ねえ、わかってる?」
「す、好きって、それに堕天しても大丈夫なのか?」
急な告白に対し林檎は恥ずかしくなってしまい、話題を逸らそうと試みる。けれど文香はそうはさせまいと、話を続けた。
「ダーリン、堕天した時の解決方法って知ってる?」
「知らない」
食い気味に上半身を前傾させ問いかけてくる文香に対し、気おされて上半身を少し後ろに反らし応える林檎。
「好きな人間と結ばれて、人間として一緒に暮らすこと。そしてその人間の幸せな最期を看取った後に、一緒に天界に行くの。それが堕天使から天使に戻る方法」
事実上のプロポーズだと林檎は言いかけてしまい、慌てて口を閉じた。けれど文香は林檎が途中まで発した言葉を目ざとく聞き逃さない。。
「ダーリンは年上、嫌い? と言うより、キスしたんだから責任取るよね、取るよね?」
潤んだ瞳、セーター越しに強調された巨乳。そして頬についたふりかけはあどけなさを演出している。ただ淀みが一つもなく済んだ清流のような青い瞳とは違い、泥が混濁したように少し濁っている。文香は林檎の反応にお構いなく、返事はいらないと唇を重ねた。それを見た咲は薬缶が沸騰したように叫び声をあげている。
「わ、私だって負けないくらい好きだよ。本当だよ。うん!」
――ありがとよ。告白は嬉しいが、俺は出来れば二度と魔界には行きたくない。林檎は心の中で咲の告白に返事をする。すると咲は自分が林檎と結婚しなければならない、林檎が咲と結婚しなければならない自論を繰り広げた。
「こんなにも私は林檎が好き。つまり私が結婚できないのは林檎、ダーリンのせい。だから、私は林檎といる……だめ?」
ふざけたトンデモ理論だと林檎は思う。同時に魔界にいた時の健気さは何処へ行ったのかと、思わず林檎は聞いてしまった。だが咲は両者から求婚されて困惑気味の林檎をまっすぐ見据え、真剣そのものの目付き。両手を胸の前で握り、上目遣いで見つめ結婚しようとお願いをしている。
「もし結婚してくれなくても、私はずっと林檎の傍にいるよ。うん」
相変わらずの死んだ魚の様な光彩の無い瞳で、「ドンナコトガアッテモイッショ」と林檎を見つめている。
「あんたのせいでどんだけ周りが迷惑したと思ってるのよ! 私だって翼、大事な翼が」
ぶつぶつと不満を漏らしている文香。林檎だって魔界でどんだけ酷い目にあったかと、少し頷いてしまった。咲は文香を一目見ると、また林檎の方を向き、頭を下げた。素直に頭を下げられたせいで、そんなつもりじゃない、また一緒に食事が出来て嬉しいと文香は慌てて訂正しようとするが、次の咲の言葉を聞き訂正するのをやめた。
「今度は真正面から、それに周りはもう結婚した。なのに私だけ男もいない、林檎と結ばれなければ、結婚できない。キスをしたから責任を取るなら、私にも取るべき。うん」
こんなの理不尽と言わんばかりに咲は林檎に、「だから結婚しよ、林檎もしたいよね? したいよね? うん」と語りかけてくる。
「ベリアルおばさんにだけ、結婚前にあいさつに行かなきゃね。新婚旅行はパパの故郷、ドイツが良いな」
一人勝手に新婚旅行の計画、その次は子供を何人欲しいかなど林檎に聞いては将来設計を勝手に始めてしまう。思わず文香は先ほどの謝罪は何だったのかと怒り、そんなのは反対だと、咲にそんな要求はあり得ないと現実を突きつけようとした。
「結婚できないのはあんた自身のせいでしょうが!」
「違う、ママのせい。そうじゃなければ、私だけが行き遅れる訳がない。どうせ遅れるなら、貴様の婚期も連れて行く」
立ちあがり右手を胸に当て、舞台の主演女優のように強く高らかに、咲は宣言した。そういう所はメフィスト、母親似だな。とつい林檎は感想を漏らし、文香に呑気だと怒られてしまう。
「ママからも解放されたし、これからの第二の人生、幸せな春が来る。ダーリンと一緒、それにお互い未婚、恋愛初心者同士お似合い、ぴったし、ラブラブ。うん」
「お似合いじゃありません。って、なにしてるのよ!」
「ねえ林檎ぉ」
文香を無視し、その幼児体型には似つかわしくない芸者のように艶っぽく着物の帯を少し緩め、林檎の指を咥えてきた。
「だから林檎、私といっぱいちゅっちゅしよ? 好きな場所、好きにしてに良いんだよ?」
着物が少しはだけ、咲の真っ白で振り落ちる雪の様な肌が現れた。そのまま林檎の胸に手を当て、咲は自身の体を林檎に預ける。そして今度は指ではなく林檎の首筋を蛇のようにチロチロと舐めた後、少し笑いながら桃色の唇を伸ばし、血色の戻った林檎の唇を求めている。
「いや、俺は……」
幼児体型の割に着物のせいか、はたまた咲の色気か林檎の顔は見る見るうちに赤くなってしまう。くそっ。歯がゆい気持ちで咲を見る林檎を、咲は嬉しそうに笑みを浮かべ擦り寄ってくる。
「しよ?」
やはりあの母親の娘だということを林檎に再確認させるように、咲はメフィスト同様に自分の気持ち最優先と言わんばかりに迫っている。
「林檎は私のこと、好きだよね?」
悪魔に魅入られた男は、死ぬまで悪魔につきまとわれる……はは、は。林檎は乾いた笑いを浮かべていると、文香は咲の頭を掴み林檎から離れろと力づくで引き剥がした。咲は猫のように小さく一回転すると、邪魔をするなと怒っている。
「いい加減にしろー!」
文香はちゃぶ台をひっくり返し、茶碗、食べかけの魚などを畳の上へぶちまけた。林檎は「ああ俺の焼き魚、アジが、味噌汁が」とショックを受けている。
「いい? ダーリンは私がずっと守るの。それに、ダーリンも私のことが好きなの」
文香は顔を赤くしながらも、咲に強く言い聞かせたが、咲はそれでも言い返す。
「私も好き。私が結婚、彼氏が出来なかったのは、全部林檎のせい」
責任転嫁されつつも、咲との出会いに一応自分にも負い目があるのか、林檎は思い出している。すると自分の事を思っていると咲は喜び、林檎に抱き着いた。
「私の人生、林檎と出会うことから始まったの。だから、私と林檎は結ばれるの。うん」
そう告げた咲は本日二度目の言葉を、林檎の頬にキスをした後に高らかに宣言した。
「私だけが生き遅れるわけがない。だから大好きな貴様を連れていく」
「おま、まだ諦めてなか」
林檎が言い終わる前に咲は二の句を続ける。
「今度は無理やりは無し。ちゃんと愛し合おうね、林檎」
そう告げまた許可なくキスをする咲。林檎が衰弱仕掛けていた時を再現するように、口移しをするように咲は林檎の唇を貪っている。林檎も咲の舌が歯ぐきを舐め、口内に侵入してきたことに驚きを隠せず、必死に抵抗をした。
咲は愛を見せつけるように延々と続けるつもりだったが、生憎それは文香の手により中断された。
「表でろ。嘘つき悪魔が」
笑顔を浮かべ棍棒を肩に担いでいる文香はクリムゾンレッドの鎧を、相対する六枚の翼を身に纏う戦乙女、戦闘スタイルになっている。
咲は口内を舐めつくしてもまだ物足りない表情をするも、自身の唇に指を当て、唇の端を一舐めして感慨深そうにしている。文香の言葉に対し、林檎に「すぐ終わるから」と言って立ち上がり両者向かいあい、笑っている。
「そもそも解決したんなら、俺はもう実家に戻るべきじゃないのか?」
世話になったなと、林檎は今日か明日にでもこの家を出ると文香たちに告げたのだが……二人に「それだけは絶対ダメ!」それどころか、「何を考えているのこのバカダーリン!」と責められてしまった。
「いや、私はダーリンと住む、旦那の実家で同居は妻として普通、うん」
「何言ってるのよ、ダーリンはこの家で私と暮らすの!」
思わず両者から攻められ、林檎は謝ってしまう。すると今度は二人して「私とアイツ、どっちが大事なの」と林檎に問いては林檎を困らせている。
一歩も引かない文香たちは売り言葉に買い言葉のように口喧嘩をやめないどころか、不敵に笑いだした。文香もここじゃ狭いから場所を変えようと手をかざし、純白でなにも無い空間へと自分たちを転移させた。
「決着つけようじゃない、この貧乳死神」
「死神はもうやめた。今の私は可愛い林檎の……ダーリンの幼妻。きゃっ!」
恥じらう咲に文香は先制攻撃とこん棒を振りかぶり突撃した。ゴリアテを倒した時のように鎧を纏った文香は本気で咲を倒そうとしている。咲もまた着物から丈の長い真黒なローブに姿を変え、父から授かった鎖鎌の鎖分銅を前方に風車の羽根のように回転させ、盾代わりにしている。
鎖分銅をこん棒に絡ませ動きを止める咲に対し、そんなことは関係ないと鎖分銅ごと咲を引っ張り、地面に叩きつけようとする文香。咲は冷静に鎖を解き、猫のように身軽に着地している。そして今度は接近戦と、鎌を握りこん棒とかみ合わせ、鎬を削っている。
床を割る爆発音、空を切る刃の音、叫び声。
「せめて普通の恋がしたかった……」
漫画的な出会いを一瞬期待した林檎だったが、咲にキスをされた唇を触り、呆然とそんなことを呟いた。林檎を余所目に二人は勝手に戦いを始めている。爆発音、楽しそうな笑い声。どちらが嫁に相応しいかを勝手に決める天使と悪魔を見て、林檎はのこれからの生活がどうなってしまうのか、少なくとも前のような平凡な日常には戻れないとため息をついた。
「さしずめ、神のみぞ知ると言ったところか」
死神と名乗る悪魔と出会い魔界に堕ち、奴隷となりかけた少年は、これからの未来のことを考えた。自分を好いていてくれる二人の女性はどちらも恩人には違いない。生きていることを喜び、考えに余裕が出る生活を楽しみながら、これからのことを考えればよいと楽観的に考えることにした。
「ま、それも良いかもしれないな」
地獄、魔界からの帰還で林檎は自分の肝っ玉がでかくなったのかもしれないと、成長したのかと笑っている。そうだ成長ついでに旅行から帰ってきているはずの両親に、何か買って帰ろう。能天気にへらへらと笑っている両親のことを頭に思い浮かべながら、ギャーギャーと口論、鎌と棍棒をぶつけ火花を散らし、戦っている天使と悪魔を見ながら林檎は二人の戦いを見物しようとその場に腰を下ろした。
「結婚するのは私だから、諦めろ壁女!」
「むっ、今日はすき焼き。ホルスタインですき焼き、うん」
咲の振った鎌が文香の金髪の毛先を数本切った。パラパラと落ちる髪を見た文香はもう許さないと、咲をサラのように鋭い目付きで睨んでいる。文香の様子を見た林檎は慌てて文香を止めようとするが、二人には声が届かなかった。危険はあるが林檎はこん棒と鎌を噛み合わせる二人の間に割って入り、戦いを中断させる。
「落ち着け、二人とも……結婚なんて俺はまだ未成年だし、まだ先の話じゃないか」
だから鞘に納めようと提案した。けれど戦いを中断された二人は欲求不満のように頬を膨らませ、戦いを邪魔した林檎にハモるように叫んだ。
「じゃあダーリンは私と卒業したら結婚してくれるのね? 私の料理好きだし当然よね?」
そう言ったのはこん棒を肩に担いでいる文香である。
「いや、ダーリンは私と結婚する。ほら、婚約指輪」
おそろいの指輪と手を見せつける咲も負けてはいない。
今すぐ決められない林檎は結論を先延ばしにしようとするが、二人は自分こそが林檎に相応しいと、声を揃えて大にした言った。
「私だけが生き遅れるわけが無い。だから林檎を連れていく! あんたは諦めて!」
真似するなと、二人の熱はさらにヒートアップしていく。
林檎はもうこの二人は自分の手には止められないと諦め、座り込んだ。そして先ほど考えていた通り、誰と結ばれるかは神のみぞ知るのだと思い、雲のように白い天井を見上げ戦いが終わるのを待った。そんな林檎を他所に、文香と咲はバーリトゥードの如く争っている。この広い空間に文香と咲の声だけが木霊する
「私だけが生き遅れるわけが無い。だからダーリンを連れていく! ……真似すんな!!」




