36
林檎はファウストの言葉を思い出していた。
――男の活力はコレだろう?
――きっと役に立つ
――死んでいった悪魔達の魂を、死体に繋ぎ合わせた。
それならばと、林檎は考えた。
「その魂を解放させる!」
それがきっと、それが出来るのがこのファウストから授かった朱色で斑模様の弾なのだと、そうとしかこれの使い道は思いつかないと、林檎は考えたのだ。死んでいった無気力で命令を聞くしかない魂に、もう一度カンフル剤として何かを打ち込めば、様々な意思が混ざって命令、指揮系統はめちゃくちゃになるはずと。
一発目は表面に当たっただけだから、効かなかったのだ。今度は直接打ち込む。それが正解だと、林檎は正しい答えを導きだした。メフィストは林檎が様々な断片的なピースから推測、予測し正しい答えに辿りついたことに驚き、手で口元を隠している。そして気付いたのならと、林檎の方へ近づくために指輪を禍々しく赤く輝かせた。けれどその腕を、行かせないよと黄色く木の幹のように太い腕が邪魔をする。
「あら、生きていたのね……虫はしぶといわね」
「はっ、せっかくの良いシーンだ。邪魔するんじゃないよ」
頭から流れる血は止まってはいるモノの、血の跡を額に残している黄色い悪魔べリアル。彼女がメフィストの腕を掴み、行動を遮った。その脇には文香と咲。その姿を見たメフィストは腕を振りほどいた。一瞬抗戦するかと思い三人は身構えるが、メフィストは肩を竦めて笑っている。
「いけっ!」
絶対外してはならないと林檎は目と鼻の先まで、ゴリアテが振り下ろそうと腕を動かすそのぎりぎりまで引き付ける。文香や咲たちは林檎を心配し声を上げるが、林檎は集中し、スリングショットを構え続ける。
――まだだ、まだだ……もう少し。
――ここだ!
ゴリアテが威圧するように立ち止まった瞬間を、林檎は見逃さなかった。待っていたと力強くはじいたファウストの至高の逸品が込められた弾を、ゴリアテの穴の開いた心臓部目がけ弾いたのだ。それは初速を保ち、さらに加速し、勢いよくゴリアテの心臓部に吸い込まれるように突き刺さった。
「やったか!?」
「……」
「…………」
「………………」
林檎はゴリアテを見上げ、金棒を動きが完全に停止した首のないゴリアテを様子見た。
すると首が無いにも拘らず、どこからか声が、怨念めいた声が響いてくる。林檎は辺りを動揺したように見渡していると、文香と咲に脇を抱えられ、その場から退避した。
ゴリアテの体がボロボロと乾いた泥のように崩れ、乱雑に縫われていた部分もぼとりぼとりと落ちていく。そして最後に残った胴体から怨念めいた様々な声と共に、空気の抜けたジェット風船のようにゴリアテに閉じ込められていた亡霊たちは周囲に飛び回り、叫んでいる。
声の主は一人だけではなく、様々だった。金切り声をあげているモノ、何やら言葉にならない声でむせび泣いているモノ、憤怒の様子で暴れるように飛び回り、怒号を響かせるモノ。林檎はその余りにも異様な光景を見てスリングショットを手から落とし、思わず文香と咲の手を握っていた。
声の主たちはジェット風船のようにこの空間を飛び回ると、林檎達めがけて突撃してきた。咲は鎖鎌を、文香は朱色に染まった棘付きこん棒を握り、叩き潰すと身構えた。林檎も慌ててスリングショットを拾うも、もう弾がないことに焦っている。そんな姿を見たべリアルは体を巨大化させ、三人の前に盾として鼻息荒く立っている。
けれどその亡霊たちは林檎たちを通りすぎ、メフィストへと向かっていった。怨念めいて、よく見れば吸血鬼のように鋭い犬歯を伸ばした亡霊も複数いた。それらはメフィストの喉笛を掻き切ろうと神風のように突撃するも、煙草の煙を払うようにそれらの亡霊を消滅させていく。消される間際も苦しそうに声を上げ消えていく亡霊たちは見るも無残に、あっけなく消されてしまった。
その際、咲には見覚えのある顔が見えた。
「ヴァンパイアの子供……」
その言葉に第一に反応したのは林檎だった。
「それがどうかしたかって……もしかして」
林檎と咲はメフィストの方を振り向くと、メフィストは何事もないように答えた。
「貴女の好きだった子よ。文句ある?」
その言葉に二人は黙ってしまった。けれど今度はメフィストがゴリアテを倒したことを称賛している。その様子に再度身構える面々だったが、メフィストは快活に戦う気はないと答えた。
「ゴリアテには様々な魂を使いましてよ」
指を折りながら、メフィストは数える。初恋の相手、咲のことを苛めようとしたサキュバス、文香が好きだった料理を作るカボチャ頭。それ以外にも脳は足りないが屈強な狼男や体だけは丈夫なゾウリムシなど、様々な材料を使って作ったと説明をする。
「咲ちゃんの相手にはこんな弱い人間より良いと思ったんだけどねえ……咲ちゃんの好きな男の子の魂もあったのよ?」
咲がもう興味がないと答えると、残念だわとメフィストは目を閉じ頬に手を当てため息をついた。そして片目をうっすらと開け、林檎の方を見た。林檎はその値踏みするような視線や目付きにびくりと反応するも、メフィストは先ほどまでとはうって変わり、「驚かせる気はないわ」と安心するよう声をかけてきた。
その言葉にますます林檎達は怪しんだ。けれどメフィストはツカツカとヒールで石畳を鳴らしながら、林檎の手を握る。その手、立ち振る舞いには殺気が微塵も感じられず、文香たちもメフィストを目で追っているだけだった。けれどすぐに林檎に何をする気かと怒っている咲と文香。けれどメフィストは二人を歯牙にもかけずに、自分より背の小さい林檎と目線を合わせるようにしゃがんで林檎の手を両手で包み込んだ。
「面白い男ね、やる気になったと思えば怯えていたり、けれど合格よ」
「合格?」
手を離してくれと腕を自分の方へ引っ張る林檎に、メフィストは間断無く言葉を発した。
「人間にしては魔界の瘴気を浴びて平然としているところ、肉体のもろさは多少改造の余地はあるとしても、その精神力や咲ちゃんが気にいっているルックス、性格は目を見張るものがあるわ」
急に煽てだしたメフィストに思わず皆が唖然とする。そんな中メフィストは林檎の耳に自身の真っ赤で煽情的で野性的な厚い唇を耳下に近づけた。
「それに私は全て見透かしていてよ」
びくりとメフィストの息が耳にあたり反応する林檎に、小さく『キス』と耳打ちした。思わず林檎は何のことか分からないような素振りを見せるも、「悪魔的で素敵よ」とメフィストは褒めて林檎の頬にゴリアテを倒したご褒美として、情熱的に唇を頬に押し付け、キスをした。
キスに反応したのは林檎だけではない。文香と咲が何をしているかと激怒し、叩き潰す、切り殺すと喚いている。林檎の頬には完熟したリンゴのような真っ赤なキスマークが残っている。
「オホホホ、嫉妬は見苦しいですことよ、堕天使擬きに咲ちゃん」
悔しかったら自分もおやりなさいと挑発をする始末である。悪魔の挑発に文香はそこに直れとこん棒を振りかぶった。咲も手伝うと鎖鎌の分銅をメフィストめがけ飛ばしている。楽しそうに二人の攻撃を避け、いなすメフィスト。
――相手の許可をとらずにキスをし、相手の心を開かせる。言うことを聞かせる林檎のキス、無意識の坊中術。それは悪魔にとって素晴らしいスキルだと、メフィストは心の中で林檎を褒め称えた。咲が好きだと言っている優男は足手まといになることは多々あれど、夫であるファウストの中途半端なアドバイスを無駄にはせず、しっかり答えを導きだせる男だ。ただの足枷では無いと、メフィストは認めたのだ。
咲が人間に恋をしたことに反対の素振りを見せていたメフィストであるが、数多の実験、咲は本当に林檎を愛しているのか、林檎は咲を大切にできるのかを確かめる実験を繰り返し、メフィストは咲、娘の行動を面白いと、血を分けた母娘なのだと感想を漏らした。
冷酷な心は不完全に受け継いでしまったものの、咲はメフィスト同様に人間と恋に落ちた。メフィストはこの世に飽きた天才を、咲は悪魔として将来有望な男に、惚れたのだと認識する。そしてメフィストは安堵した。簡単に殺さないでよかった、指輪越しに様子を見続けて良かったと。メフィストは咲が人間に心底惚れた様子に、やはり母娘、血は争えないと笑っている。
「何余裕ぶってるのよ! って、避けるな!」
「ママといえども、絶対許さない、うん」
本来敵である天使と共に姉妹のようにコンビネーションプレイでメフィストに攻撃を仕掛ける二人を見て、メフィストは大きく後ろに跳躍した。そして高らかに両手を左右に大きく広げ、オペラ女優さながらに声を響かせる。
「林檎! 私の娘を堕落させる悪魔の林檎よ!」
「今日は面白い見世物をありがとう、良い余暇になってよ」
余暇という言葉にふざけるなと思う林檎だったが、メフィストは更に言葉を続けた。
「また会いましょう。それが嫌なら、私の大切な大切な咲ちゃんを守ることね。非力な林檎」
高らかに笑うメフィストに追いついたと文香はこん棒で兜割りを仕掛けた。けれどもそれをメフィストの長い爪は箸で豆を摘まむように簡単に受け止められる。直撃できずにこん棒は起爆しない。けれど引き下がらずに文香はメフィストに忠告した。
「ダーリンにまた何かしたら、今度こそ私の借りと一緒にお返しするわ!」
文香が棍棒を振り上げ翼を羽ばたかせ後ろに飛ぶと体勢を整え、胸を張り宣戦布告をする。その言葉にメフィストは両手を組み、嬉しそうに反応した。
「それは楽しみですわ。サラにも宜しく言っておいてくださる? ではごきげんよう」
長い爪をうねうねと動かし手を振るメフィストに、「なんでそこでママの名前が出るの!」と声をかけるが、もう遅い。メフィストは姿を暗闇に消し、その場から消え去ってしまった。
「え、あ、ちょっと!」
文香はやりきれない怒り、疑問を解消すべく大声を出して結局倒せなかったと地団太を踏んでいる。咲はと言えば――。
「私とも、ちゅー。うん」
背伸びをし、必死に林檎の頬に口づけをしようとしている。それを拒もうと、林檎は咲を手で押さえ「やめんか」と押し返している。メフィストとはしたのに自分とはしてくれない林檎に理解できないと、首を傾け再度林檎に身を寄せ、キスに挑戦する。
緊張の連続だった林檎は、いつも通りの咲に戻ったこと、今度こそ本当にメフィストが自分たちを諦めた、解放したことを知り、糸が切れたようにとうとう咲に押し倒されてしまった。危うく石畳とごっつんこ、衝突するところだったが、べリアルの腕に支えられ助かる衝突を免れた。べリアルは林檎を受け止める優しく寝かせると、自分も疲れたと体を縮小させ、元のサイズに戻って重い腰を下ろすように胡坐をかいた。
「で……俺たち帰れるのか」
疲れてもう抵抗する気力は無いと、林檎は頬に上書きと言いながら口づけを続ける咲をほっとき、べリアルに問いかけた。
「……油断はできないけど、そうみたいね」
だが返事をしたのはべリアルではなく文香だ。
「ははは、は」
助かった……助かったんだ。林檎はまだ実感がわかないものの、笑わずにはいられなかった。咲もこれで私は自由だと、嬉しそうに林檎の胸に体を預けている。けれどその笑いに水を差す者がいた。
「ところでさ」
林檎は声の主を見上げた。金色の髪に血を浴びたように、燃え盛る炎が広がるようにクリムゾンレッドに染まった鎧、スカート。薄暗く淀んだ空間に相応しい烏羽色の翼に不釣り合いな美しい純白の翼が目に留まる。林檎が会いたかった女性、もう会えないと思っていた女性、世良文香である。
「――いつまでキスして抱き着いてるのよ‼」
文香はゴリラのように両腕を頭上より高くを上げて怒り、二人を引き剥がそうとした。けれど咲は「私たちは一心同体、愛し合っている。うん」と林檎から磁石のように離れない。あまりに離れないため文香は不敵に笑い、「今の私は堕天使、なめんじゃねえぞ!」と口悪くこん棒を二人に向け、握りしめている。
「人様の逢瀬を邪魔するとか、馬に蹴られてなんとやら。死ね。うん」
先ほどまでの仲の良さをどこへ忘れていったのか、挑発を繰り返し林檎にキスをしようと咲は唇を林檎の少し疲れて乾いた唇へと伸ばした。――もう我慢できない。そしてお仕置きだとゴリアテを転倒させるほどの威力があるこん棒を、文香は躊躇いなく振り下ろした。
林檎は思わず声を上げるが、咲はそれより早く文香の方を振り向き、鎖鎌の鎖でこん棒を受け止めた。戦いを終えたばかりにも拘らず、二人は尚も元気そうに決着をつけようと口元だけを笑わせる。
そして咲は左手で風車のように鎖分銅を振り回し盾代わりにして、右手には鎌を持ち文香めがけ突進する。文香も通常状態の棘付きこん棒から爆発仕様の朱色の棘付きこん棒へ変貌させ、肩に担ぎ咲を待ち構える。
爆発音や空を切る音でが響く中、べリアルは寝ている林檎の肩に手を添えた。
「あんたも大変だね。干しイモ食べるかい?」
いつの間に用意したのか干したサツマイモを齧りながら、林檎にもどうかと袋を差し出している。けれど林檎は「喉が渇いてるし、疲れているから寝たい」と答えた。べリアルもその答えを聞き無理に食べさせようとはせず、ただお疲れさまと労を労う。
「俺の力じゃない……アイツらの力だよ」
林檎は天井の鍾乳石を見上げながら、改めてべリアルにも「それにあんたのおかげだ。ありがとう」と礼を述べ、眠りについた。その寝顔を見たべリアルは咲の部屋で疲労困憊だったあの時と様子を見比べ、憑き物がが落ちたように安らかに寝ている林檎をみて安心した。
それと同時にまさか礼を言われるとは思っていなかったようで、照れくさそうに頭を掻くと嬉しそうに笑い、袋に入っていた干しイモを全て飲み干した。 腹ごしらえも済ませたべリアルは体力が回復したからと「よっこいしょ」と声を出し立ち上がった。そしてそのまま喧嘩をヒートアップさせる二人を叱りつけ、二人の頭に拳骨を放った。
「あんたら、いつまで喧嘩してんだい!」
べリアルの雷のような声と愛のある拳を受け頭を抑え涙目になる二人は、しぶしぶ謝罪をする。その様子を見たべリアルは自分も林檎同様緊張が解けたように、ゆったりとした笑みを浮かべ、二人を「お疲れさま、よくやったね」と抱きしめた。
抱きしめられた二人も最初は怒られると思い怯んでおり、いざ抱きしめられるとべリアルの厚い脂肪の温もりか、戦いが本当に終わったという安心感からか喧嘩していたことも忘れ、仲の良い姉妹のように互いに笑いあった。




