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「怪我は! うん!」
「ああ、二人のおかげでなんとかなったよ。ありがとな」
林檎に近寄る咲に、林檎はありがとう、やっぱり頼りになるな。と無意識に感謝を込めて頭を撫でている。
「うん。でも元はといえば私が……けど撫でてくれるの嬉しい。うん」
林檎は咲達と出会ってから人の頭を撫でるのが癖になっていたらしい。無意識に撫でていた手を止めようとすると、やめないでと咲は言って、抱きついてきた。そんな二人を見て文香も「私もしっかり活躍したんですけどー」と林檎に自分も褒めろと要求している。林檎はわかっていると頭を下げて撫でるよう要求する文香の頭に手を置こうとするが……
石畳が割れる音を聞き林檎は手を止め、文香たちは武器を構えた。
「なに!?」
首のないゴリアテが怒り狂ったように手当たり次第、金棒を周囲に振り下ろしているのだ。そしてその金棒は空を切り、石畳を割り続ける。
「あらあら、私とダーリンが作ったゴリアテが、簡単にやられるとでも?」
口元を手で隠し笑いうメフィスト。ダーリン?
「でも頭は落とした。うん」
「咲ちゃん、咲ちゃんの旦那さんは人智を超えてるの。ね? この子にしなさい」
「やだ!! うん!!」
「わがまま言うんじゃない!!」
怒るメフィストの意思を酌んだように首なしゴリアテが咲の方へ棍棒を持ち、近づいてきた。
「嫌だ、絶対ヤダ、だから倒す! うん!」
カマキリのように両手に鎌を持ち、ゴリアテに挑む。先ほど同様、今度は腕を切り落とそうとするも、ゴムのような弾力ある腕に弾き返されてしまう。見た目は屈強な腕なのに、中身はゴムなのかと驚く林檎に、だったら熱に弱いはずと、文香は朱色のこん棒の棘をゴリアテの腕に突き刺した。
「爆ぜろ!」
棘がゴリアテの腕に食い込み、炸裂弾のように破裂する。けれどゴリアテは効いていないように、前進を止めない。一転三人は防戦一方になってしまった。ゴリアテはメフィストが命令を出した後はまるで咲の居場所が見えているかのように、咲を狙っている。様々な材質の体、命令を遂行するゴリアテ、ファウストの言っていた言葉……メフィストの奇怪な行動。それらに疑問を抱いた林檎は、ちょうど近くに落ちていた鎖鎌を拾った。
「これ、親父さんがくれたやつだよな」
鎖鎌を握り立ち止まる林檎を見て、林檎は立ち止まり自分の耳に手を当てている。やはり自分からはできないと、文香の方を見た。文香は立ち止まって何をしているのと怒っているが、林檎は「悪魔、会話!」と返事をした。意味が分からないと駆け寄った文香に再度「悪魔、会話、おまじない!」と言い返す林檎だったが、理解しない文香に埒が明かないと、あの時の事を思い出させるために反場無理やりキスをした。突然のキスに恥ずかしそうに目を逸らすも、嫌じゃないと思う文香だったが、力強くキスをしてきた林檎の意図をやっとくみ取り、情熱的なキスを楽しんでいた自分を恥じて慌てて理解した。
こんな戦場でキスをする二人を見て、思わず咲は動きを止めワナワナと「なにやってるの! 羨ましい! 後で私もするから。うん!」と両手を上げて怒っている。仕方がないと、。長いようで短いキスを終え、林檎は文香に頼むぞ。と指示を出し、援護を依頼した。
文香も林檎に無理はするなとだけ告げ羽ばたくと、作戦実行に出た。メフィストは人間風情が何をするか楽しみだと傍観している。
「黙って見てろ」
林檎は一人小さくメフィストに呟くと鎖鎌の鎌ではなく、鎖分銅を使っている。鎖の部分を握り、遠心力を使い何回も何回も回転させる。びゅんびゅんと音を鳴らし回転させながらゴリアテの足首を狙い、ゆっくりゆっくり歩み寄る。
「頼む!」
「アイアイ、ダーリン」
文香は林檎に軽軽な返事をし、ゴリアテの動きを停止させるため、再度こん棒を打ち込み、棘を炸裂させた。咲は動きを止めたゴリアテを見てチャンスだと思ったが、林檎の「待て!」という指示を聞き、足を止める。林檎は足を止めたゴリアテに上手く絡まれよと願いながら、足首めがけ鎖分銅を投げつけた。
幸い蜷局を巻いた蛇のように鎖はゴリアテの右足に絡まり、鎖の長さがある程度伸縮する魔界の鎖に驚きつつ、第一段階は成功とほっとする。そしてそのまま文香を呼び、一緒に鎖を綱引きのように握っている。
ゴリアテは足元の鎖に気が付かないように、咲の方へ向かっていく。けれどそれが功を奏し、右足を上げた瞬間に二人は綱引きの如く足に絡まった鎖を強く引っ張り、ゴリアテのバランスを崩した。今度は前方に転倒していくゴリアテ。第二段階成功、これからが本番だと林檎は鎌を握りゴリアテめがけ突っ込んだ。咲は驚き、止めようとする。けれどそれを文香に止められてしまう。咲は止めてきた文香に子供のように「キス魔、変態! うん!」と罵っている。
林檎はゴリアテの背中に立つと四角く縫われ、中心部には均等な間隔で空いた小さい三つの穴がある場所めがけ、鎌を振り下ろした。最初は肉体に直接。けれど深く鎌の刃が刺さらないことを確認し糸を切っていこうと、一度では全く切れる気配の無い指ほどもある太い糸をどうにか切ろうと、力強く叫び、何度も何度も林檎は鎌を振り下ろした。
――少し前
『やっと気付いてくれたか』
『も、もう! 素直に最初っからそう言ってよね!』
『言ったらテレパシー対策されると思ってさ』
テレパシーを通じて会話を進める二人。
『それでももっと他に良いやり方が』
『悪い、本当はキスしたかっただけ』
『は、はぁぁ!?』
林檎はすぐに冗談だ、本題に映ろうと提案する。文香は林檎が魔界に少し馴染んでいる様子を見て、驚きつつも手玉に取られかけて嬉しいような悔しいような気分になる。林檎は端的にファウストとの会話と自分の見解を述べた。
『だからアイツの中の悪魔をとり出せれば、勝てるかもしれない』
『え、その話本当?』
『予測だがな』
『根拠は? それは信用できるの?』
『ファウスト、あのバケモンを作ったやつの話を推測すると、可能性は高い。コイツを渡した理由も説明がつく』
スリングショットとビー玉サイズの弾の説明を済ませ、説明の続きをする。
『これが役に立つとすれば、ファウストの言っていた男の活力ってやつがあの怪物を止めるきっかけになるはずなんだ』
『……わかった。信じる。けど無理しないでよね。』
心配そうな文香に対し、林檎はそうなったら別の手段を考えようと笑っている。
『まあいいわ。あ、それと……やっぱりなんでもない』
『どうした?』
『なんでもないわ。テレパシー切るわよ』
――ダーリンは巨乳と貧乳どっちが好きかってそんなこと……恥ずかしくて聞けるわけないじゃない。
察してくれない林檎を恨めしく思うも、こんな場面でそんなことを考える文香の方がどうかしている。けれど文香はその答えが妙に気になり、後ろ髪を引かれてしまう。この戦いが終わったら今度聞いてみようと思い、テレパシーを終了した。
「よっしゃあ!」
幾度も鎌を振るい四角く縫われた背中の上辺の縫い跡に切れ目を入れ、綻びを生じさせた。その間に咲もやりたいことを理解し、林檎の下へ駆け寄った。林檎は解れた糸を手に爪が食い込むほどに力強く握り、引っ張った。
「予想が当たれば、この中、この場所に魂があるはず」
一生懸命縫い目を解こうとする林檎だが、中々に難しい。文香に補助を頼もうにも、三人が一か所に固まるのを防ぎたかった林檎は、一人奮闘している。
「ダーリン!」
咲はそれだけじゃ甘いと、使い慣れた二振りの鎌を使い残りの辺を切断していく。咲も林檎よりはスムーズに鎌を振るうものの蜘蛛の糸のように切りにくい太い縫い糸に咲も苦戦を強いられている。けれどゴリアテもただ黙ってやられているわけではない。
首から上が無くなり喋らなくはなったものの、太く表面上は岩のように角ばっている両腕を地面につき、ゆっくりと起き上がった。文香はそれを見て寝ていろと上からこん棒を振るおうとするも、咲と林檎を巻き込んでしまう可能性があり、振るうことが出来ずにいた。林檎たちも文香の様子を察し、咲は林檎の手を握りその場から離れた。
ゴリアテはゆっくり起き上がると目の前にいる文香ではなく、後ろにいる咲を倒そうと方向転換をする。その様子に返り討ちにしてやると鎌を胸の前でクロスにして身構えている。林檎はゴリアテから解けた鎖分銅を引っ張り、鎖鎌ごと咲に手渡した。
「ダーリン?」
自分にはコレがあるからと受け取ろうとしない咲だが、林檎は交換してくれと、詳しい説明は後だと言うように半ば強引に咲の二振りの鎌を奪い、鎖鎌を押し付ける。咲はその様子に訝しむも、林檎を信じることにした。
ゴリアテの背中の縫い後は多少綻び、少しだけひらひらと中を見せているが、あれではダメだ。林檎としては作戦上正面から攻めたかったものの、ゴリアテの胸の上に立った場合、その岩のような腕に捕まってしまうかもしれないとリスクを感じ、背後からの攻撃にしたのだ。それに正面からの場合、縫い跡が無く場所を特定し難い問題があった。
林檎は同じ手が通用するのか思案しながら、ゴリアテを見て気が付いた。振り返ったゴリアテの巨躯には、先ほど見た等間隔で空いた穴、けれど後方にあったものよりは少し大きな穴が開いているのに気が付いた。
「咲、あの穴って」
林檎は自分の推理を咲に確かめようと、尋ねた。咲もその穴に気が付き、アレは間違いない。と答えを出す。――べリアルおばさんの開けた穴だと。今はメフィストの投擲という名のご褒美によりゴリアテの脇腹に突き刺さっている三叉槍だが、本来べリアルが刺していた穴に二人は気が付いた。
背後から切りかかっていたため林檎はよくわからなかったが、改めて前方の一つ目の巨人ゴリアテを見て、狙っていた部分が胸部の中心で心臓部付近だと気が付いた。そして前方にもべリアルのおかげで目印があるとわかり、林檎は小さくほくそ笑みべリアルに礼を言った。
ゴリアテはそんな林檎たちの様子など全く気に掛けないように、二人めがけて地響きを鳴らして歩いて前進してくる。林檎は咲に小さく耳打ちし、左右に分かれた。咲が一人になったことでゴリアテが咲の方を向くかと思いきや、狙いが今度は林檎になる。
――思った通りだ。
林檎の予測は確信へと変わっていく。メフィストは咲に渡した鎌に、ゴリアテを惹きつける何かを仕込んでいたのだ。事実鎌を咲から奪った林檎めがけ、磁石で惹きつけられるように向かってくる。メフィストもその仕組みがよもや自分が馬鹿にしていた男に暴かれたせいで、ナイフのように尖った自慢の爪を一枚噛みちぎった。
けれどメフィストは手を出す様子を一切見せない。あくまで静観を貫いている。手を武器にまで変えたのは何だったのか、自分を狙わないのかと、文香は疑問を抱いていた。けれど今はこの元一つ目の巨人、ゴリアテを倒さなければと翼に力を籠め羽ばたき埃を舞わせ、ゴリアテの前方に飛んでいく。林檎の読みが当たったため文香は躊躇いなくゴリアテの正面に翼を羽ばたかせながら現れると、ニヤリと笑い大きくテイクバックをとった。そして今度は仰向けになりなさいと、三つの穴が開いた心臓部付近を棘付きこん棒で打ち付け、爆発させる。
咲も今度は私と、倒れかけているゴリアテの胸に左手に握られた遠心力を利用し鋭く回転させた鎖分銅を思いっきり投げつけた。そして今度は鎖鎌で文香の攻撃により少し焦げたゴリアテの心臓部に鎌を突き刺し、対角線上に斜めに袈裟懸けのように引き裂いた。
腕や背中と違いココは刃が入りやすいと思った咲は、続けて反対から袈裟懸けをし、ゴリアテの胸にエックス状の創傷を残した。けれどこの攻撃で死ぬことは無いと二人は思い、急ぎその場から離れた。
ゴリアテも物理的な攻撃では死なないと言うように、倒れず踏みとどまって林檎を倒そうとこん棒を振り上げて進んでいる。林檎はその姿を見て、胸に咲が残したエックス状の傷跡、そしてその中心部にはべリアルの槍が開けた穴がある。これならいけると鎌を床に置き、ホルスターから咲の父、ファウストから授かったスリングショットとあの弾を取り出した。
「長かったがこれで終わりだ」
林檎はそのまま斑な朱色の弾を弾受けにセットし、人差し指と親指でゆっくりと、今までの思いを籠めるように力強く後ろへ引いた。ゴムは林檎の思いを受け取るように長く伸び、いつでも準備万端だと発射を待っている。
「さあ、終わりにしようぜ」
林檎は背筋を伸ばし、ゆっくりと迫りくるゴリアテに決着をつけようと獲物を見つけ狩ろうとする鷹のように目を見開き、鋭く睨みつけた。




