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34 反撃開始


「ま、積もる話は帰ってから! それよりダーリン、生きてるよね? ゾンビじゃないよね?」

 再度生きているのか確認するために、林檎の頬をペチペチと叩いたり、ゴムのように引っ張りながら、林檎の体が腐食していないか匂いを嗅ぎ確かめている。そして多少風呂に入れていないせいで匂うも生きていることを確認する。

「冗談じゃない、俺はまだ死ねないんだ。それに今俺が生きてるのも、咲のおかげでもあるんだぜ」 

 肩をすくめて笑う林檎を見て、文香もまた本当にダーリンだと一安心したのか笑っている。

「……そうだ、咲ちゃんは?」

 思い出したように周りをきょろきょろと見る文香はすぐ近くで立っていた咲を見て、無事だったかと抱き着こうとした。けれど咲は自分を心配している文香に対し、鎖鎌の分銅を投げつけた。

「お、おい!」 

 林檎は咲の行動を注意しようとするも、文香は大丈夫とその分銅を軽々と掴んだ。そしてそのまま咲に近寄り、抱きしめる。咲も抵抗はせずにただ「なんだ、生きてたんだ。残念」と悪態をついている。

「心配してくれたんでしょ? ダーリンを守ってくれてありがとう、咲ちゃん。ケガはない?」

「……文香がいなければダーリンは、林檎は私のモノだったのに……」

 素直になれない咲は本音半分、建前半分で言い返す。けれど文香は母性に満ちたように、咲の言葉を真に受けずに返す。

「そうね……でも本当にありがとう。一緒に帰りましょう」

 文香の意外な提案に、咲は目をまん丸くさせる。そしてもじもじと、けれど上ずった声で一緒に帰って良いかを文香に聞いた。文香はもちろんと力強く首を縦に振り、笑顔でオーケーと答えた。咲はその偽りの無い文香の言葉に思わず涙が出そうになり、目を抑えた。

「じゃあダーリンは早く人間界に、私が連れていくから」

 林檎の手を握りそう告げる文香。けれど、それを遮るようにメフィストはゆっくり語りかけてきた。そしていつの間にか、林檎の腕を握っていた。

「あらあら、着て早々もうお帰り? ゆっくりしていけばぁ?」

「お生憎様、ダーリンにこんな場所は似合いません。ま、私は貴女をぶちのめしに来たけどね」

 メフィストは「家畜は学習しないのね」と笑い、林檎の擦り傷だらけの手を引き、笑顔のまま魔界へ残れ。歓迎すると促すけれどそんな見え透いた嘘に釣られる訳が無い。林檎の手を離さないメフィストに、文香は離せと林檎の残った腕を掴み連れられ帰ろうとする。必然、大岡越前裁きのごとく引っ張りあいになってしまう。

「離しなさいよ!」

「あなたこそ、我が家のペットを盗もうだなんて、破廉恥ね」

 おほほほほ。と笑いながら、尚も強く林檎の手を引っ張るのをやめないメフィストと、誰が破廉恥かと怒り引っ張る力を強める文香。

「ダーリンはペットじゃなくて普通の人間なの!」

 興奮しているせいか負けず嫌いなのか、それとも堕天した影響か、文香の力も強くなる一方。このままでは引き裂かれてしまう……嫌だ!

「お、おい」

 林檎は咲に助けを求めようと咲の方を見た。どちらに着けばいいのか迷っている様子である。大方母につけば身の安全は保障されるが、林檎と文香とは永遠にバイバイ。反対に文香につけば母はぶち切れ、林檎を握る手の平で林檎を殺すだろう。それに親身になっていたベリアルはおろか、歪んだ母性愛を持っているこのメフィストの力で最悪全滅。けれど咲は結論を出した。

「ね、ねえ、もういいよ……返して、あげよ」

 おどおど、びくびくと声を震えさせながら絞り出した咲は林檎の解放を求めた。

「林檎ももう、帰りたいと思うし……私が悪かったの」

「……」

 その言葉にメフィストは本当に咲が自分と決別したいのかと動揺したのか、林檎を引っ張ることをやめ、咲の方へ歩み寄り視線を合わせるようにしゃがんでいる。首をかしげ、その目は何かこの世のモノではないモノを見たような、狐に化かされたような、どこか理解できない。ありえない。といった表情である。

 林檎はといえば急に力を抜かれたおかげで文香の方へ抱き寄せられる形になってしまう。けれど林檎を受け止めたのは文香の柔らかな胸では無く、大きな曲線美で形成されている頑丈で冷たい鎧。文香に抱きしめられているとはいえ、なんだかちょっと悲しかった。

「咲ちゃん?」

「ママ、私がわがまま言ったの。でも、こんなことはもうダメ、ダメな、きゃっ」

 言い終える前にその言葉を遮るかのように、メフィストは咲の真っ白で雪のように綺麗な腕を力強く握りしめ真っ赤にさせる。

「で、でも」

 なおも言葉を続けようとする咲に対し、それ以上は言わせないと咲の頭を掴み、平手打ちを続けるメフィスト。それは魔界にいた林檎に対する時のような表情で、躾と称した行きすぎた暴力は数が増すごとに益々増長していった。思わず林檎はメフィストの肩を掴み、やめろと止めに入った。けれどメフィストは林檎の方を見ずに、叩き続ける。

「悪魔がわがままで何が悪いのかしら?」

「で、でも」

 咲は林檎を解放してと言おうとする。

「口答えを言うんじゃありません。ママは悲しいわ。悲しすぎて、悲しすぎて」

 おろおろおろと泣く素振りを見せるも、咲を叩く手はやめない。咲からの謝罪を待っているようだ。見る見るうちに種に染まる頬。林檎は力づくで止めようとメフィストの腕を掴むが、メフィストの力には勝てず振り払われてしまう。

「こんなにママの愛情を捧げているのに、咲ちゃんってば反抗期で反抗期で」

「ママお願い。聞いてくれないなら、いくらママでも」

 叩かれ傷つき、真っ白だった頬を熟れた林檎のように真っ赤に変えながらも咲は謝罪をしない。それはまるで、もう母の傀儡では無い。ママには頼らないと、一人の人間、死神? としての自立、親離れを宣言しているようだった。

「ママでも?」

 咲の言葉を聞いたメフィストは叩く手をやめ、咲を見つめている。一瞬咲の熱意に根負けしたのかと思いきや……また女優のように演技を始める。

――ああ、わが子、わが子がこんな汚い言葉を……育ての親に対し何たる口のきき方をを。

立ち上がり手を大きく広げ、辺りを歩く。

――神はこのような惨状を許してくれますでしょうか、いえ、許しますまい。

 そして誰もいない方を向いて一流の舞台女優、歌劇団の演者の如く口上を述べはじめるメフィスト。

――けれど神よ。私はこの現状を甘んじて受け入れましょう。それが親としての務めでしょう。

嘆く素振り、神に手を胸の前で組み祈りをささげるポーズ。傍から見ていればまるで舞台のワンシーンだ。文香は気をつけてと林檎に言い、篭手で保護された腕で咲を抱きしめている。

ゴリアテはといえば、先ほどから気味が悪いほどに動かず喋らず、まるで自分は舞台の小道具、石造のようだ。

 ――けれど神よ、甘んじて受ける前に、私はやらなきゃいけないことがあるでしょう。それはたとえ神に叱責、許されざるものであろうとも。

 その言葉を終えた次の瞬間、メフィストは天高く両手を上げ、観客を沸かせるようなそぶりをとる。長くのびた真っ赤な爪が、これで終わりではないと不気味に光っている。

「さあ最後の幕が開きましてよ。準備はよろしくて?」

 口元を手で隠し笑うメフィストに対し、私から離れないでと身構える文香。

「白い羽は気にいらなかったけど、その漆黒、地獄の様な翼は好きよ。また毟りとって今度は扇子にしてあげるわ」

「本体はペットと共にコキュートスで仲良く。優しいでしょ? 確か貴方の大先輩もそこに」

 コキュートス……あの偉大なる元天使、ルシフェルが落とされたと言われている場所である

「その前に帰る!」

 魁一閃。やられる前にやる。そう言わんばかりに文香がトゲつき棍棒、スパイクドクラブを手のひらに出現させ、メフィストめがけ袈裟がけのように振り下ろした。

「前より物騒ではなくて? それに私にばかり気にかけていては」

 低いうなり声、地響きと共に石造のようだったゴリアテがゆっくり立ち上がり、文香の持っているこん棒より数倍も長い金棒を引きずり林檎の方へ向かってくる。

「ダーリン! くっ」

「ほらほら、その姿は張りぼて? みせかけかしら? 闘牛? いえ、そのでかい乳はホルスタインさんがいいかしら?」

 文香の攻撃を闘牛士のように華麗に避け挑発している。

「なぁっ! いけないいけない……落ち着いて」

「あら、少しは知恵があるようね。けど彼、もうお終いみたいよ?」

 文香の後ろ、林檎を指差すメフィスト。そう、ゴリアテがゆっくりと棍棒を振り上げ、モグラ叩きのように林檎を――「させない!」その声は文香では無かった。幼い声。小さな背丈。綺麗に整えられた真っ黒な髪。咲がゴリアテの首に鎖を絡ませ、自身の体重と力を籠めて後ろに引っ張った。今まで見たことが無い咲の力に林檎は驚くと、ゴリアテはうめき声をあげて後ろに転倒し、その衝撃で石畳が割れている。

「もう誰も、私の大事な人は気付つけない!」

 そのまま咲はジャンプし、メフィストの前に立ちはだかった。

「私だって咲ちゃんの母。大事な人では無くて?」

「林檎や文香を傷つけた……それにベリアルおばさんも」

「誰だって目の前に虫が飛んでたら煩わしくてよ?」

「だから私はママを許さない!」

 凛とたたずみそう宣言する咲の姿はどこか大きく、とても頼りになる安心感のある姿だった。

「咲ちゃん、今夜はハンバーグにしましょうか」

 メフィストは淡々とそう告げると、長く伸びた爪を変化させ、ビロードの刃、短剣へと変化させる。

「ママ頑張っちゃうから」

 ウフっと笑い、その手を文香の顔面目がけ伸ばした。

「こんなもの!」

 効かないとばかりにスパイクドクラブで受け流す文香。けれど

「言ったでしょ? 今夜はハンバーグだって」

5本の指は一組だけではない。片手全てを止めてもまた別の方から更なる刃が今度は腹部めがけ伸びてきた。

「くっ」

 慌てて形勢が悪いとバックステップで距離をとる文香。

「咲ちゃん!」

「わかった!」

 阿吽の呼吸のように意思疎通し、咲はメフィストから離れた。

「冷静ね、素敵よ。にしても咲ちゃん、意外とやるわねえ」

 咲は林檎と共にゴリアテと対峙する。文香を信頼し、メフィストを任せたのだ。だが甘く見てはダメだ。メフィストより弱いにしても、ゴリアテの攻撃は一撃でも受けたらまずい。そう認識しているかのように、二人は間合いを測っている。

ゴリアテがゆっくり起き上がると、標的を林檎に定めている。林檎は自分も少しは役に立とうと、囮を買って出た。その判断に咲もメフィストと対峙している文香も戦いを中断し止めに入った。けれど林檎の意思は固く、ゴリアテを惹きつけようと二人から離れた。

「俺の武器、テクニックじゃアイツは倒せない。倒すには咲、文香の力が大事だ」

 林檎の言葉にやれやれと思いながら、それでも信頼されたからにはと目配せし、ゴリアテに波状攻撃を仕掛けた。まずは翼を羽ばたかせた文香がゴリアテの頭部に通常の打撃を一撃食らわせる。少しふらついたゴリアテはそれでも林檎向かって愚直に進もうとする。今度は咲がぐらついたゴリアテの目に分銅をお見舞いし、首に鎌を当て狩る準備をした。

咲が鎌を首に当てたことを見た文香は次が本番と言わんばかりにゴリアテの頭をボールに見立て、トスバッティングをするように思いっきり力を込めたフルスイングをお見舞いした。

 文香がゴリアテの頭部を打ち付けた瞬間に、文香も薄く良く尖れた湾曲した鎌の刃をゴリアテの首に滑らせるように一気に引いた。後方からの衝撃、前方からの斬撃でゴリアテの首は薄皮一枚で繋がったように、引き裂かれている。

 咲の鎌の刃の長さが足りなかったからか、完全に切断できずに思わず咲は地団太を踏んでしまう。ゴリアテも九〇度に曲がり、ぶらぶらとしている首を元の場所に押し込むように、力ずくで元に戻した。すると咲の後方から風を切る音と共に、二振りの鎌が咲目がけ飛んできた。

「な、なに?」

 慌ててその鎌を鎖鎌で弾き、その場に落とす。そして飛んできた鎌を見て、目を大きく皿のようにさせている。

「どうせ使うなら、ママが昔貴女に上げたコレにしたらいかが?」

 それは使い慣れた二振りの鎌。メフィストはこれを亡者の扉へ捨てたと言っていたが、なぜ敵に塩を送るような真似をするのか、林檎は問いかけた。するとメフィストは「どうせやるなら全力の方が見世物になる」と笑うのみ。罠かと咲は疑いかけるも、握り慣れたその鎌を見るや、鎖鎌をその場に捨てた。

 首を戻したゴリアテは息を吹き返したように、今度は女二人を狙っている。けれど女性陣も負けてはいない。使い慣れた鎌を取り戻した咲は二ヒヒと笑い、高く跳びあがった。

「その首、とった! うん!」

 宙高く舞った咲はゴリアテの太い首の後ろに回り込み、左右の鎌をゴリアテに喉笛にひっかけていた。

「咲!」

 その武器本当に大丈夫なのかと問いかける林檎に、咲は力強く問題ないと返事をしている。首に鎌をひっかけた咲はゴリアテの背中に足をつけた。そして自身の体重も加え、先ほど同様に鎌を後ろからひっかけ、押し当てながら綺麗に引き裂く。いかに屈強な体、首といえども、本気を出した死神の鎌には及ばなかったようである。見事その脳みそのなさそうな愚鈍で、けれど力は強く三人を苦しめ、林檎を監視していたその憎い一つ目の首が一人宙を舞う。だがこれで終わりではないと、今度は文香がその頭より高く飛んでいる。

「またくっつかれたら困るからね、そのまま灰になれ!」

 文香の声にこん棒は反応し、棘のついた部分が朱色に熱く燃え上がる。そして文香は朱色に染まっていくこん棒を高く振り上げ、ゴリアテの首を地面に叩きつけるように思い切り振り下ろした。朱色に染まるこん棒がゴリアテの首に当たった瞬間、ゴリアテの頭は沸騰したように、傍聴したように膨れ上がり、破裂した。ぼとぼとと肉片が地面に落ちていくも、それらは塊になることなく、灰になっていく。

 咲たちは一つ目の巨人を倒したと確信し、こぶしを握り、小さくガッツポーズをとった。


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