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「もう管理なんかされないから! うん!」

 言い返す咲に、メフィストは手をかざした。

「つっ」

 咲も身の危険を察知したのか、鎌で横一線に薙いだ。けれど、それは空しく空振りに終わり、鎌の刃先がメフィストではなく岩壁に突き刺さった。

「あっ!」

 いつもの鎌を扱うように振るも、恐怖の対象だった母に、実母に初めて歯向かう咲の精神状態は不安定である。殺したいと思う一方、母だからとためらってしまう心が咲には存在した。

「やっぱり咲はまだまだ子供、私が管理してあげないと。そうだ、これで刺して動けなくしてから、籠に戻しましょうか」

 今度は私の番とメフィストは手をかざし、武器を出現させた。鋭く尖った穂先がフォークのように三つある特徴的な槍だ。それを見て咲は驚き動きを止めた。メフィストはケーキにフォークを突き刺すように動かない咲に槍を構えた。

「な、なんでママが……そ、それ持って」

「なんでって、槍は突き刺す以外に用途は無くてよ?」

 変な質問をする娘だと笑うメフィストだが、咲はそれどころではない。なぜならそれは、先端に血が付いてはいても、咲が見慣れた武器だからだ。――だ、だってそれは、私の大好きなべリアルおばさんの……焦った表情を浮かべ、自分の脳裏に過った最悪の結末。べリアルおばさんが死んだのかと、咲は困惑してその場で動けなくなった。林檎は慌てて咲を救おうと駆け出すも、遅かった。

「フォークなんかより、こっちの方が良く感じられるわ」

三叉槍を手から消し、代わりに自慢の尖った爪を咲の太腿に躊躇いなく突き刺した。真黒なローブの上からじわりじわりと血の跡が滲み出てくる。メフィストはそれを見ると咲のローブを軽く引き裂き、日焼けしていない真っ白の太腿を露わにさせる。

「咲は柔らかいわね。それに、真っ白で綺麗よ」

 露わになった咲の太腿を冷たい手で撫でた。血が真っ白なキャンバスのような太腿を真っ赤に染める。そしてなお血が止まない太腿に、爪を刺した部分にメフィストは口づけした。

「咲!」

母であるメフィストに足を掴まれ、さらに太腿を舐め始めるメフィストに恐怖とともに、これから母が何をするか読めず、メフィストの舌が毒蛇のように這い気持ち悪く感じてしまう。咲はメフィストを振り払おうとし足を抜こうとするも、メフィストの足を掴む手はおろか、舌は這ったままである。足が抜けずに尻もちをついた咲を見て、林檎は慌てて近寄り助けようとする。咲も林檎の方へ手を伸ばし助けを求めるも、メフィストは「汚らわしい、私の娘に触れるな」と怒鳴り空いている手で林檎を突き飛ばした。

「り、林檎……痛っ」

 足の痛みを感じたのか、突き飛ばされた林檎の痛みを感じるように目を閉じ、苦悶の顔を浮かべる咲。

「あらあら、ペットがそんなに大事?」

「ペットじゃない……家族!!」

 咲は足を押さえながらも、自身の足を傷つけた母を睨んだ。

「あら、じゃあ家畜かしら? 美味しいものね、人間」

「大事な人! ママにはわからない!」

 咲は強く、痛みを食いしばりながら叫んだ。メフィストは咲の太腿の血が止まったことを確認すると舐めるのを止め、おかしな事を言っているなと咲を笑う。

「家族家族って言うけど、私もあなたの家族よ、咲ちゃん」

「ママのバカ!! ママなんかに私の気持ちはわからない!! 絶対わからない、うん‼」

「お、おおぉぉ」

 メフィストは咲の言葉を聞き、頭に手を当てながら目眩を起こしたように、フラフラと床に座り込んだ。

「ああ、神よ、悪魔よ、魔界の王よ、我が娘が、我が愛しの愛娘が、今日きょう今日こんにち、私に逆らったのです」

 地面に力なく座り込んだと思うと、メフィストは仰々しく両手の指を交互に組み胸の前で祈っている。クリスチャンが神に祈るようなポーズで大げさに、抑揚の付けた口調で喋っている。

「それもこれも、皆人間のせい。我が愛しの愛娘、咲は騙されたのです。悪魔でありながら、人間に騙されたのです。神はこのことを許すとでも言うのですか! おお、神よ!」

「ママ?」

 なおも一人語り続けているメフィストに、咲も不思議そうに首をかしげている。

「このようなことをお許しになるのか、もしそうなら、私はもう娘を守りましょう。鳥かごに入れて、私が望む好きな時に食事を与え、その檻の中に永遠に閉じ込めましょう。誘惑なんて無い、あるのは私の愛情のみ。なのに何故、私の愛より目の前の禁断の果実、腐った林檎を望むと言うのでしょうか? 私の娘を、最愛の子をこの林檎は盗ろうと、あの忌々しくも淫らな蛇の如く誑かし、愛娘を連れ去ろうとしているのです。娘も今までのことを、恩を忘れ、この貧弱な林檎を選び、私の下から去ろうとしているのです! ならば、私のやるべきことは――一つしかありません。」

「頭沸いてんのか?」

 まるで舞台女優になり切ったように語り続けるメフィストを見ていると、こっちまでおかしくなりそうだ。なんせ、偉そうに語ってはいるものの中身は全部自分の我儘だからな。林檎は履いて捨てるようにそう言うも、メフィストは耳に入っていない様子で演技じみた語りをやめない。

「ならばこそ、ならばこそ今こそこの私の無償の愛で、咲を、我が子を、永遠に守って見せましょうぞ」

 両手を組んだ祈りのポーズからゆっくり立ち上がり、今度は左右に腕をひろげ、岩肌、鍾乳石がむき出しの天井を見つめメフィストは叫び続ける。

「人間は欲深き獣、堕落させる禁断の果実也。ならば私は、それを狩る狩人、罪なき処女を守って魅せましょう!」

 そして頭を垂れ、しばらくその体勢を維持すると、メフィストは。ゆっくり終幕だと言うように頭を深く下げた。

「神もおっしゃりました。林檎、あなたは私の娘を堕落させる悪魔の果実。もはや生きていてはいけない存在」

 咲の手を握っている林檎にそう告げ、メフィストは腕で大きな円を描いた。するとその円を描いた空間から扉が浮き上がってきた。それをメフィストは長い爪で引き裂くと、「林檎、着いてきなさい。貴方に相応しい死に場所を与えてあげましょう」と扉の奥へ手招きをした。先ほどの役者ぶった様子は既に消え失せており、メフィストは早く来いとじっと二人を見つめている。咲と林檎は話を聞き相談する。現状解決策がない今、いつの間にかいなくなったファウストのせいでゴリアテの対処法もわからない二人。林檎の言った通り、このまま逃げていてもメフィストは容易に林檎を殺しに現世や魔界、何処へでも現れ首を刎ねに来るだろう。――乗るか反るか。二人は慎重に判断を下した。

「行こう、ダーリン。うん!」

「未来のためにってか……俺は人間なんだぜ? ったく……」

「それでも、大丈夫! うん!」

 咲は林檎の手を離し林檎の前に立って頑張ろうとエールを送る。林檎はこれで目が輝いていれば、と咲の瞳を見つめ少し残念がるも、癖で咲の頭に手を乗せた。

「よっしゃ、どうせこのままじゃ俺は殺されてアイツのペットだ。行くか!」

 その意気だよと、咲も林檎を守ると鎖鎌を握っている。林檎もファウストに渡されたスリングショットを一瞥し、それをホルスターから取り出した。

「弾は少ない、隙を作れればいいんだが……けど、やれ、やらなきゃ、やられるんだ」

 スリングショット、パチンコなど小学生の時以来扱っていない。照準の合わせ方だってしっかり把握していない林檎は不安な心を必死に励ましていた。先ほどは無鉄砲だと咲を止めたが実際問題、林檎は小手先の技術であのメフィストの力量の底が計り知れない二人にとっては、無鉄砲に挑む他手段は無いのである。スリングショットを握る手を震わせゆっくりと扉へ前進する。不安なのは咲も同様で、扉を前に二人は足を止めてしまった。

「ね、ねえ……ダーリン、ダーリンが良ければなんだけどね、うん」

 恐る恐る咲は林檎に質問をする。

「ダーリンさえ良ければ、これが終わっても、いや、この戦いから逃げて、一緒に暮らさない? どこか静かな、二人だけの場所でさ、うん」

 それが良いと咲は提案する。不安な林檎もその言葉を聞いていつものように即否定はしなかった。それどころか、むしろ少し乗り気に返事をした。咲も予想外の反応、自身が望んだ反応が返ってきたことに嬉しそうに林檎の丈の長い服の裾を掴み、ここから逃げよう。と提案した。けれど林檎はその場から動かなかった。

「ね、ほら、早く逃げようよ、魔界は広いし、きっとダーリンだって気にいる場所があるって。うん!」

 なおも動かない林檎に豪を煮やした咲は林檎を叱咤するけれど林檎は落ち着いた様子、物言いで逃げられない理由を咲に伝えた。

「俺だって逃げれるなら逃げたいよ。何のスキルもない、女々しい男だから」

 そんなことは無い。と咲は言うも、林檎は聞いてくれと話を続けた。

「俺がここで逃げたら、文香に合わせる顔がない……アイツにさんざん助けられて、何度も諦めた俺の前に、やっと蜘蛛の糸が垂れたんだ」

「また文香文香……ダーリンそんなに心配?」

 咲も文香の様態には少し気になっていた。あの状態から生きているのか、はたまた死んだのか。けれどどちらにせよ、咲は文香より自身の方が林檎を心配していると胸に手を当て林檎に力強く伝える。

「だからね、ほら、行こうよ。私が守る、守ってあげるから。ずっと、ずっと――うん」

 うつろに別れを一方的に告げられた妻のように、咲は林檎に縋りつき離れない。けれどそんな咲を見ても林檎の心は変わらなかった。

「俺は臆病だけど、弱いけど、それでも……もう一度文香に会いたい。咲に助けてもらったこの命、無駄にはしたくないんだ」

「だったら逃げようよ! うん!」

 ほら早くと、咲は鎌を一旦消して林檎の腕を引っ張り続ける。林檎も咲に引っ張られ扉の前から離れかけるも、その手を振り払った。

「俺も親は嫌いだ。その点で咲と俺は似ているかもしれない。それに加えて――」

「似た者同士なら相性だってピッタリでしょ? 何が不安なの、そんなに私が嫌いなの?」

違う。少なくとも初めて会った時のような感情はもうない。林檎は否定した。けれど先は信じない。話を聞こうとしないのだ。林檎が喋ろうとすると、咲は喚くように林檎の言葉を遮り聞こえない、聞きたくない。と反応し、埒が明かない。喚き、駄々をこね話を聞かない咲。文香ではなく私を見て。と泣く咲を見て林檎は咲の頬に手を添えた。そして初めて――林檎は咲と口づけを交わした。

「話し、聞いてくれるか?」

 自発的なキスをされた咲は、何が起きたかわからないと視線を泳がせつつも、「キスでごまかさないで」と林檎に文句を言おうとした。けれど林檎はその咲の口も再度、自身の唇で蓋をしたのである。その本意はキスをしたのは、咲を黙らせるためである。躊躇いなく出来た林檎は、やはり咲のことを毛嫌いしていないと今の行為をし終えて思っていた。それと同時に躊躇いなくキスができた自分は魔界に馴染んできたのかと少し気になっている。けれど林檎はその事をおくびにも出さない。二度のキスで気を良くしたのか、咲は自身の唇をぺたぺたと触りながらしまりのない笑みや笑い声をあげている。

 けれどこれで先ほどのようなヒステリックさはおさまり、笑い声はあるモノの、咲は話を聞ける程度に静かになった。静かになった咲を見てやっと話を聞いてくれると安心し、先ほどの言葉の続き林檎は語る。


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