23
林檎の無様な姿をさもつまらなそうに一瞥すると、また文香の羽根をむしりだした。
「あははは、そうだ、咲ちゃんもやってみる?」
メフィストはそう告げ文香の羽根を握り倒れ呻く文香を引きずると、先ほどから泣いて放心状態だった咲の前に放り投げた。咲に声をかけることなく、倒れたままの文香。
「ほら、貴女のおもちゃを盗ろうとした馬鹿で醜い泥棒猫、泥棒牛よ」
毟りなさいと言わんばかりに、咲に文香を見せつける。咲は毟られ、千切られ背中から血を流し、苦しそうにうめき声を上げている文香を見ている。
「ふ、ふみか、さん?」
「ほら、好きにして良いのよ? 体を切り刻むのもよし、手足を千切りオブジェにするのも良いわ」
「ま、ま……もう、やめよ?」
震える声で母にそう語る咲を見て、メフィストは信じられないような顔を見せる。
「私に逆らうの? ママに刃向かうのかしら?」
「あ、あの」
そうではない。と俯く咲の顔を、下から覗き込み見つめ、「嘘でしょ?」「咲ちゃん、反抗期かしら?」と咲を追いつめるメフィスト。
「こんなの、私望んでない、ほんとに、ほんと……うん」
震えながらも、俯きながらも咲は強く、はっきりとした口調で母であるメフィストに告げた。
「そう……咲ちゃんはそういう子だったの。ゴリアテ!」
咲の言葉を聞き、メフィストは甲高い声でゴリアテの名を呼んだ。
「そこの餓鬼、ここにいる天使、ミンチにしな。骨も残すんじゃないわよ!」
ゴリアテは頭を垂れ頷くと低い声で返事をする。大きな一つ目で、まずは林檎を見つめている。
「ママ、ママ! やめて、ママ!」
「咲ちゃん、心配しないで良いのよ、貴女にはママがいればいいの。ママだけが貴女を守れるのよ」
見当違いな返答をし、抱きしめる。。
「私、良い子にするから、うん、なるから。ママの言うこと、もう逆らわない、言うこと聞くから」
だから、だから――と、咲はメフィストに願い続ける。
「……」
メフィストは咲の言葉を、ただ黙って聞いている。ゴリアテもメフィストの様子を見たのか、愚鈍な動きで金棒を片手で持ちあげた状態で静止し、林檎にいつでも降り降ろせることを見せつけている。
「ママ、ママぁ、ママ」
咲の懇願が響いたのか、メフィストはゆっくり口を開いた。
「そうねえ、私もちょっとやりすぎたわ」
思いがけない一言、咲もその一言は想定外だったのか、口を開けたままメフィストを見ている。だがその言葉に喜び、「ほんと、ほんとに? 助けてくれるの?」と何度も何度もメフィストに問いかける。
「じゃあ、こうしましょうか。天使はこのまま地上へ捨てる。彼は咲ちゃんのお気に入りだから、ここに置いておきましょう」
「ママ?」
「咲ちゃんも嬉しいでしょ? 彼と一緒よ?」
両手を合わせ、まるで名案とでも言わんばかりにメフィストは嬉々として咲に提案をした。
「林檎を……殺すの?」
「咲ちゃんが望むなら、殺すわよ」
「やめて!」
咲は母の非道な提案をすぐさま否定し、それで良い、だからもうやめて。と頼みこんでいる。咲の言葉を聞きメフィストはすぐさまゴリアテに林檎を捕えろと命令し、ゴリアテはその命令を聞き、抵抗できない林檎の胴体をでかい掌で捕らえた。
「じゃあ、この天使はどうしましょうか? 食べる?」
恐ろしい提案を咲に告げるが、咲はそれを断り、文香を先ほど言っていた通りに、このまま地上に帰してくれと頼んでいる。
「ふみかさん、お世話になったから、うん。だからママ」
「……」
「ダメ?」
無言のまま、咲を見つめるメフィスト。しばらく見つめた後、嬉しそうに笑い先を抱きしめた。
「凄いわ、咲ちゃん。さすが私の娘ね」
「ま、ま?」
突然の抱擁に、咲はその理由を問いかけていた。
「苦しんでいる状態で地上に投げ捨てるなんて、咲ちゃん立派な悪魔、理想の悪魔に近づいてきたわね。ママ嬉しいわ」
そう告げるとまた嬉々とした様相で咲を抱き締めると、文香を地上へ戻すよう小姓の悪魔を呼びつける。そしてその腰の曲がった悪魔はその命令を黙って聞き頷くと、気絶した、天使の翼が四つと、内一つは先ほどの羽根占いのせいでボロボロになっている文香を掴み、ずるずると引きずり姿を消した。文香も痛みで気絶した様子で、抵抗を見せない。
「ゴリアテも……もうやめて」
咲はおどおどした様子でゴリアテに告げるが、ゴリアテはその命令を無視し林檎を手のひらに握ったまま、仁王立ちで立っている。その手の力は強く、林檎は思わずうめき声を上げてしまう。
「離して、林檎を離して。潰れちゃう、潰れちゃうから!!」
ゴリアテの体を両手で叩き、咲は林檎を離せと怒りながら命令している。けれどゴリアテは咲を見ず、ただ黙ってメフィストの命令を待つのみだ。
「あら? どうかしたの?」
咲の姿を見たメフィストは、咲を見るや近づき頭を撫でながら問い返した。
「ゴリアテが、林檎を、林檎を、いや、死んじゃう、死んじゃうよ」
パニックになりながら咲は林檎をゴリアテの手から解放して欲しいと、今度は母であるメフィストに頼んでいる。そんな慌てふためき、目から大粒の涙を流している咲を見ているメフィスト。
「あらあら、しょうのない子ねえ」
メフィストが指を鳴らすと、ゴリアテは低いうめき声とともに手の力を緩め、そのまま林檎を地面に落とした。落下した林檎は鈍い音を響かせる。
「がっ!」
本日二度目の地面へのダイブ。今度は背中ではなく足からだったが、着地のバランスを崩したため尻もちをついてしまった。尻に鈍い痛みが走る。林檎に咲は慌てて駆け寄り、林檎の名前を強く呼びかけながら心配した表情を浮かべている。
「大丈夫? 怪我は無い?」
骨は大丈夫? 体は痛くない? など咲は心配している。おそらく本心だったのだろう。けれど林檎は咲の、いや、咲の母親が文香にやったことが許せなかった。
「林檎?」
咲の問いかけに答えない林檎を、咲はゴリアテの握力で体のどこかに怪我をさせたのでは? と心配そうだ。けれどそんな咲に向かって、心配してくれている咲に向かい、林檎は逆恨みに近い暴言を吐いてしまった。
「触るな悪魔」
その瞬間、時が止まったように咲の動きは停止した。
「り、林檎?」
林檎は「俺の言葉が聞こえなかったのか?」とでも言うように、咲を拒絶する。だが咲はまた林檎の名を諦めずに呼んでいる。林檎の肩に触れようとする咲の手を軽く払いのけ、立ち上がった林檎は続けて暴言を吐いた。
「触るな人殺し。顔も見たくない……文香,待ってろ――今行く」
その瞬間、林檎の隣から嗚咽が聞こえてきた。
「人間! 良い気になるんじゃないよ!」
メフィストは咲に対する暴言を聞き、林檎の腹に一発ミドルキックを放った。そして倒れ、後ろへと吹っ飛ばされた林檎の首根っこを掴んだ。
「せっかく命だけは助けてやったのに……やっぱりここで殺してやろうか?」
文香がいない今、林檎は無力。もう林檎が人間界へ帰れる方法なんて無い。だからこそ林檎は自暴自棄になったように、メフィストにも暴言を吐いた。
「勝手にしろよ、ババア。文香を返しやがれ」
「……いい度胸だ。自暴自棄とはいえ、その舐めた目、下等生物の癖に偉そうに私を見る目だけは刳りぬいて飾ってあげるよ」
そう告げるとメフィストは目の玉を刳り貫こうとした。けれど先に止められてしまう。「邪魔だよ、どっか行ってな」と咲を振り払うも、咲は「落ち着いてママ、楽しみは後で、でしょ?」と目を刳り貫くのをやめさせる。すると自身の教えを理解してくれたとメフィストは喜び、この部屋の奥にある扉を開け、そこへ林檎を運び、ゴミを捨てるように放り投げた。
「うぐっ」
それは返してもらうよと、林檎の着ていた黒いローブをはぎ取ったメフィストは、「しばらくここで過ごしな。命乞いしても、もう遅いからね」と 汚物を見るような目、蔑んだ口調で林檎に言葉をはき捨てると、南京錠の様な鍵を閉めた。分厚い鉄の扉上部には鉄格子で出来た窓があるのみ。カビ臭い部屋の扉の向こうでは、咲が林檎の名を呼ぶ声が聞こえてくる。しかしメフィストは咲に「忘れな」と告げ、無理やり咲を連れ出した。
――どのくらい時間が立ったのだろう……喉の渇き、空腹度合いからたぶん一日は過ぎていないはず。
ここは一見すると、不衛生な牢屋に近いだろう。事実血の匂い、腐った魚や牛乳の様な匂いが鼻を突く。周りには白骨化した骨が散らばっている。気温は低く、氷点下とまではいかないものの、石作りの牢屋は至る所から冷気が肌に触れる。林檎は下着姿のまま体を震わせ、体育座りで体を縮ませて、寒さを凌ぐ他なかった。
「文香が心配だな……」
冷気のせいか、先ほどまでの無鉄砲、自暴自棄になっていた頭は冷静さを少し取り戻していた。けれどここから脱出、出来るのか? 林檎は頭を悩ませ思考する。 扉の向こうには、文香を苦しめ、林檎を握りつぶそうとしていたゴリアテが番犬の如く立っている。手には金棒、少しでもドアを開けようとすると、大きな瞳が上部にある鉄格子越しの窓から、ぎょろりと見つめてきた。
ほぼ八方ふさがりなこの状況。咲に悪態をついたことを少し後悔しながらも、林檎は脱出する術を諦めてはいなかった。この牢屋に何かないか周囲にある人骨や豚だろうか、動物の骨の下などを漁っている。すると奥に一枚の布が落ちていた。薄手の布だが丈は長く、林檎の体を包むには十分だった。少し血の匂いやカビ臭さ、穴が開いて劣化しているものの、これで少しはマシになると林檎は心の中で喜んだ。それを急ぎ体に巻き、纏い、座る。
「これで、少しは寒さを凌げるな。ん、足音?」
カツカツと石畳の床を鳴らしながらこちらへ向かってくる音が聞こえる。メフィストか? このボロ布を見られて、没収されてはまずいと慌てて脱ぎ、丸めて牢屋の隅の方へ投げた。せっかくの防寒アイテムが……と林檎は少し後悔する。。
「林檎……いる?」
そう呼ぶのはメフィストではなく、咲だった。負い目があるせいか少し気弱な声で、ダーリンではなく名前を呼んでいる。
「……」
「寒く、ない?」
寒いに決まっているだろう。しかし林檎は返事をしない。中で何かがあったのではないかと心配したのか、咲は続けて話しかけてきた。
「……無視していても、話は続けるね、うん」
咲は返事をしない俺に不審を抱いたのか足に力を籠めジャンプし、窓の鉄格子を両手で握り牢屋内部を見ようと顔を覗かせてきた。
「よかった。生きてた」
姿を見ると、安心したように咲は安堵する。
「咲はどうなんだよ……」
林檎はそうまでして自身を心配する咲をこれ以上無視できなくなり、聞いてみた。
「私の心配? あはは、やっぱり林檎は林檎、ダーリンだよ、うん……そんな状態になって、ほかの人の心配ばっかり」
咲は顔をのぞかせた状態のまま、問いかけてくる。質問を質問で返すな。と林檎は咲を怒るも、咲はやっと自分を見てくれたと、嬉しそうに笑っている。
「そうだ。お前だって、あのクソ親から何か言われてんじゃないのか? それに俺に会うなんて問題だろ」
人の親をクソ呼ばわりするのは大変失礼なことだが、事実なのでまあ良いだろう。と一人心の中で納得する。
「私は……大丈夫。それより、林檎……」
「なんだ?」
咲は一瞬間を開け、覚悟を決めたように林檎に告げた。
「私の物になって。拒否権は無いから」
「は?」
思わず咲の顔を見上げると、真剣そのもの。出会った時と同じような表情で、牢屋で震えている林檎に力強く宣言した。
「林檎は私の物。それが林檎にとっての幸せ。ねえいいでしょ? ママ」
自信満々にそう告げる咲。……ママだと?
咲の声と同時に、ゆっくり扉が開いた。
「ママ、私、林檎で遊びたい」
扉の先には咲。咲の右手は先ほど林檎がクソ親と呼んでいた、メフィストの手が握られている。
「あらあら、咲ちゃん。こんなのが欲しいの? もっと良いものがあるんじゃなくて?」
メフィストはおもちゃ屋で駄々をこねている子どもに言うように、咲に話しかけている。手を握られて上機嫌な様子である。
「林檎が良いの。マーマー」
咲も同様に玩具をせがむ子供の様に、メフィストの高級そうなオートクチュールな服を引っ張り駄々っ子のように要求していた。
「……咲ちゃんには負けたわ」
「やったー!」
もろ手をあげ喜ぶ姿を見て、メフィストは嬉しそうに林檎に近づいた。
「少しでも咲ちゃんを泣かせたら、その女々しい顔を二度と見られないようにしてやるからね」
林檎の気にしている女顔を指摘し、耳元で囁いたメフィストは林檎の首にカチャカチャと金属音を鳴らし、首輪をはめた。
「はい、咲ちゃん」
これであなたのモノよ。と、メフィストは林檎を牢屋から釈放した。
「ママありがとー!」
咲は林檎の首輪に繋がっている1メートル程度の金属のチェーンを握り、嬉しそうに引っ張った。 首輪を引っ張られたせいで、首輪が少し締り、呼吸が苦しくなる林檎。
「林檎ゲット!」
咲は嬉しそうに林檎を抱きしめ、頬擦りをした。メフィストは咲の嬉しそうな表情を見て、自分も自身の頬に手を当て、感慨深そうに咲を見ている。
「咲ちゃんは可愛いけど、もしその玩具を逃がしたら、問答無用で私が始末するからね」
それだけ告げると、メフィストはその場を離れて行った。咲はその言葉に返事はせず、林檎を抱きしめ笑みを浮かべている。
「これで、林檎は私の物だね」
嬉しそうにチェーンを握り、まるで飼い犬、ペットにしてあげると頬にキスをし、林檎に告げる。やっぱり悪魔の子は悪魔か……。寒さからは脱出できたものの、これからどうするか、文香は無事なのかと、それだけを考えていた。
「……ね、林檎」
そのため咲が小さく呟いた言葉は、林檎の耳には入らなかった。




