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22 無力な者達

 無力な者達 


「文香……」

 林檎は文香が本当に生きていてよかったと、安堵の表情を浮かべている。

「傷、傷は大丈夫なのか?」

 林檎は穴が開いていたはずと、文香の胸の中心に手を当てる。その心配した様子を見て、文香は林檎を抱き、翼を羽ばたかせる。そして少し離れた場所に林檎を安静に寝かせた。そして手をかざし、治癒の呪文を唱える。手をかざした先に周りに白いベールが現れ、林檎を包み込んだ。

「大丈夫、対悪魔のスペシャリストである熾天使セラフィムはね、ちょっとやそっとじゃ死なないの。ちょっとだけ回復には時間がかかるけどね」

 ウインクをする文香。確かに穴が開いていたはずの胸はすでに塞がっており、穴のあいた鎧も綺麗に修復されている。

「ね♪」

「じゃあ……さっき倒れていたのは」

「アレは、思ったよりも回復に手間取っちゃって」

 あはは……と笑う文香に再度、よかった……本当に良かった。と林檎は安心した様子で喜ぶ。

「ま、話すのはあとあと。ダーリンも痛みはあると思うけど、すぐ立ち上がれるよ」

 文香はそう言うと棍棒を握りしめ、メフィストに「さっきはよくもやってくれたわね。覚悟しなさい、もう許さないから」と宣戦布告する。

「忘れてたわ……熾天使と戦う時は、まず翼を奪って羽を毟らないとだめね」

 文香を見つめそう言うとメフィストフェレスは一つ目の悪魔の名を呼び、命令を下した。

「ゴリアテ、彼はいいわ。その女からやりなさい。捕まえて、羽をむしり、丸裸にして、地獄の釜でゆでるのも良いわね。咲も食べるでしょ?」

 初めて巨人の名を呼び、舌舐めずりしながら文香を見る目は家畜を見るような目そのもの。メフィストはどうやら本気で怒った様子を、表情を露わにする。けれどすぐにいつもの飄々とした、自分は何でも知っている。貴方たちは私の掌の上。と言った様子に戻った。

「私……私……」

 どうしてよいかわからない咲。林檎たちに加勢すべきか、だが武器がない。それに加えて、文香が無事だとわかった時の林檎を見た自分が、先ほどまで自分が文香を一切心配していなかったことから、どのような顔をして歩み寄ればわからない。結果、その場に呆然と立ち尽くす他なかった。

「咲は何が食べたい?」

 そんな咲を優しく撫でるメフィストだが、逆に咲の恐怖を増長させガタガタと体を震わせる。――お前はこちら側だよ。あっちじゃない。お前は悪魔、冷酷な、人の不幸を喜ぶ悪魔なのだ。とメフィストの愛撫はじわりじわりと毒薬のように咲の心を弱らせる。

「そう、咲はあっちの男を食べたいのね」

 身勝手に決めつけたメフィストフェレスは文香ではなく、林檎の方に照準を合わせた。

「ミンチが良いかしら? それとも、Tボーンステーキ? ママ頑張っちゃう」

 肩を鳴らし、メフィストフェレスはゆっくりと林檎の方へ歩き出す。文香はそれに気付き林檎の前に立ち盾のように守ろうとするも、横から襲いかかってきた悪魔、ゴリアテを相手にするので精いっぱいだった。

「この、アンタの相手をしている暇は無いの!」

 こん棒と金棒をぶつけ火花を散らす。

「ぐおおお!!」

「くっ、邪魔しないで!」

 ゴリアテの両手で振り降ろした金棒を避け、地面にめり込んだ金棒を引き抜こうとする隙だらけの腕を折るべく、文香は先ほどのゴリアテのように棍棒を前腕に振り下ろす。だがゴリアテの強靭な肉体に文香の一撃は全く効かず、何事も無かったかのように金棒を持ちあげ、再度文香の体を叩き潰す準備をしている。

「ダーリン!」

 文香は林檎の名を呼び逃げるよう促すも、林檎の体はただの人間。治癒は施されても、まだ完全に効いたわけではなく上手く体が動かない。

「あらあら、人間は脆いわねえ。食べやすくて良いけど」

「……メフィスト……」

「あら、なに? その反抗的な目つきは?」

 メフィストはふらふらと立ち上がった林檎の顎に手で触れ、蔑んだような目で見下してきた。

「悪いかよ……」

「ええ、悪いわ。せっかく私が『良い話』を用意してあげたのに」

 なにが「良い話」だ。悪魔の癖に……林檎はメフィストにお断りの返事として睨み返した。

「その顔は不満そうね、ご破談かしら?」

「当たり前だ。俺たちを殺そうとした悪魔の甘言に、誰が乗るか」

「せっかく私が、優しい私が貴女達を見逃してあげようと思ったのに」

 メフィストはそう言うと林檎の体に手をかざし、なにやら呪文を唱えた。その瞬間、メフィストの手のひらは眩い光を放ち、その光は林檎の体に照射されベールのように包み込む。

「なにする気だ……」

「貧弱な人間である貴方の体を治して差し上げてよ。ほら、どうかしら?」

 そう告げると、メフィストはふらふら、やっとの思いで林檎の背中に手を回し、痛みがあるか医師のように問いかける。

「ほら? 痛くないでしょ?」

 笑いながらそう告げるメフィスト。疑惑を抱きながら腕を動かしたり、背伸びをしてみた林檎は、確かに先ほどまでの激痛はもう感じられなかった。むしろ快適、快調である。

「ね?」

 どういうことだ? 何のメリットがあって……、林檎は「なんのつもりだ」とメフィストから少し離れ、問いかける。

「私の言うこと、信じる気になった?」

 いや、コレは罠だ……騙されるな。心の中で言い聞かすも、耳を傾け続ける林檎。

「あらあら、信用が無いわね」

 肩をすくめ、笑っている。信用がないのは当たり前である。

「貴方がその調子じゃ、あの娘を殺すしかないわね」

 そう告げるとメフィストはもう用はないと林檎に背を向け、口笛を鳴らした。すると文香と戦っていたゴリアテは動きを止めメフィストの方へと向き直し、膝をついた。そしてそのまま女王に忠誠を誓うように頭を下げるゴリアテ。

「隙あり!」

 文香はその隙を逃さず、両手で棍棒を握りゴリアテの頭部に振り降ろした。その一撃は重く、ゴリアテはうめき声を上げながら、頭から血を流し地面に倒れこむ。

「どうだ!」

 渾身の一撃を放ちガッツポーズをし、誇らしげに叫ぶ文香。そしてその攻撃は林檎の目から見ても間違いなく効いている。事実ゴリアテは初めて地面とキスをしたのだから。

「あらあら、素晴らしいわ―」

 劇を見終わったかのように高らかに手を叩き称賛するのは、誰でもなくメフィストだ。

「私の大事なゴリアテに、素晴らしい一撃ねえ、さすが熾天使の娘と言ったところかしら? お見事」

 一瞬で文香の背後に迫ったこの悪魔は、まるでショーでも見たかのように手を叩いている。そしてまたも瞬間移動のように林檎の前にいたメフィストは消え、文香の背後に現れる。

「なっ!」

 何時の間に? と驚く文香。その動揺が文香に隙を生じさせた。メフィストはそんな文香の表情を見ると、悪魔のような悪意に満ちた笑顔を浮かべたのち、文香の背中に生えている白鳥のように美しい、大きな純白の翼を両手でつかんだ。

「あうっ!」

 文香は翼を握られたせいか、背中を反らし苦しそうな表情を浮かべている。

「天使はこんな弱点を晒して、馬鹿ねえ」

 弱点なら隠すものだと笑いながら、文香の六枚あるうち上部二つの翼を掴んだまま、文香の背中に足をかけ、そのまま地面に押し倒した。

「ぎゃー!」

 その瞬間、文香の悲痛な叫びが響き渡る。背中から何かが毟れた、布を勢いよく裂いたような音が響いた。

「うっ、うぐっ」

 聞いたことのない悲鳴と共に文香の目には涙を零れ、痛みで呼吸ができなくなる。そしてメフィストが翼を千切りとったせいで文香の体を支えるモノが無くなり、先ほどのゴリアテ同様、力なく倒れこむ。

「あら? とれちゃった」

 芋を抜くようにメフィストは文香の美しい二翼を根元から千切りとったのだ。その手には根元が血で赤く染まった翼を両手に持ち、ぶらぶらさせながら林檎に見せつける。

「意外と簡単に毟れるわね。もう少し毟ろうかしら?」

 そう告げると喉を上げ、翼から滴り落ちる血をごくごくと飲み始めた。林檎は思わず小さく驚く。

「意外といけるわね」

 メフィストは持っていた翼を捨て、文香の残り四翼のうち、中段の翼を一枚掴んだ。文香の翼が捥がれた背中からはドクドクと、止めどなく血が溢れ流れている。そしてその血が純白の鎧を滴り、斑に赤く染め上げる。

「文香!」

 林檎は文香を助けようと、文香の下へ走った。しかし、そこまでの道は遠い。なぜなら、文香の元へ進もうとした先に、先ほどまで文香と戦って、文香の一撃に倒れていたはずの巨人、ゴリアテが仁王立ちで立っていたからだ。

「……」

 ゴリアテは頭部から血を流してはいるものの、手にはしっかり金棒が握られている。ゴリアテの咆哮は「コイツでオマえヲツブス」いつでも林檎を叩き潰せる。覚悟しろ。と林檎を怖気づかせる。その姿は鬼そのもの。改めて対峙する林檎はゴリアテを見上げる。自身の何倍もの大きさであるゴリアテの巨体は人間を威圧するのに十分で、武器のない林檎の脚は竦み、無意識に体を震わせていた。

「文香はこんな化け物と戦っていたのか……」

 憎しみに塗れていた時には気が付かなかったが、林檎は漫画やゲームで見ただけの存在である巨人が、ゲームでは武器もありレベル上げが可能。さらに攻略本があるから怖くはなかった巨人が、いざ対峙するとこれほどまでに恐ろしいのかと、恐怖する。ここがゲームの世界だったらと、どれほど思っただろう。しかしこれは現実。ここにはそんな攻略本やレベルなど存在しなかった。林檎は恐怖し震え、マヒにかかったように動けない。

「あらあら、おイタはまだ駄目よ」

 文香の翼を握りながら、ゴリアテに指示を出すメフィスト。メフィストに踏まれている文香は悲痛なうめき声をあげている。

「ふ、ふみかをは、はなせ」

 やっとの声、震える声でメフィストに告げる林檎を見て、メフィストは笑いだした。

「あらあら、勇ましいわねえ、ボクちゃん」

 その喋り方は子どもを褒めるような猫なで声だ。

「く、くそ……」

「ま、そこで見てなさい。この天使が翼を失い堕天してしまう姿をね」

 苦しむ声を上げる文香の背を座布団代わりに座るメフィスト。片手で文香の白鳥の様な翼を掴み、花占いをするように羽根を一枚一枚毟っている。そのたびに文香は背中を反らし、悲痛な叫び声を上げ、もがき苦しんでいる。

「殺す、もっと殺す、無残に殺す」

 楽しそうに一枚一枚毟り羽占いを始めるメフィスト。そしてひらひらと落ちていく文香の羽根。

「やめろ、やめてくれ!」

「悲鳴を上げ続ける文香にこれ以上酷いことはしないでくれ」と声を荒げる林檎。けれどメフィストはその手を止めることは無い

「あらあら、頼み方ってものがあるんじゃなくて?」

「……やめてくれ、ください」

 言葉遣いを改め、頭を深く下げ続ける。――くそ、俺に力さえあれば。林檎は力を欲するが、その力が与えられることは無い。無情にも請願を続ける林檎と、文香の叫び声だけがこの空間に響き渡る。

「そういえば日本には目上のものに粗相をした時にする、伝統的な謝罪方法があるんじゃなくて? ああ、名前は確か……ドゲザ、だったかしら?」

「土下座でも何でもする。だから、文香をこれ以上苦しめないでくれ」

 林檎はそう言い膝を石畳につき両掌と頭もつけ、四つん這いの状態になった。

「けどねえ……」

 土下座の姿勢をとるも、メフィストはなおも不満そうだ。

「貴方、さっきから文香文香、牛女ばっかり……うちの娘を傷つけた癖にずうずうしくなくて?」

「娘?」

 頭を上げ、メフィストを見る林檎。すると「誰が頭を上げて良しといいまして?」とメフィストは土下座を続けさせる。

「そう。咲ちゃんの告白を簡単に断った挙句、今もまだ文香文香、天使の名前を呼んでいるでしょう?」

「それは謝る、頼む、この通りだ!」

 四つん這いのまま、頭を石畳の床に何度もこすりつけるくらい謝罪する。そう何度も何度も、命乞いをするように、「文香にこれ以上酷いことをするのは止めてくれ、咲のことも謝る」と頭を下げた。

「……何だか面白くないわね。羽根を毟る方が楽しいわ」

 そう言いながら、文香の残り四枚の翼の内、一つを果物を捥ぐように容易にもぎ取った。

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