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 メフィストのお婿さん発言に、ありえない。と咲は目を皿のように大きくし、母であるメフィストの方を向いた。それは子の一つ目の悪魔との結婚は嫌だという意思表示だけではない。ただの人間、自分が好いた人間に、無力な人間にここまでするのかと。改めて母の非道さ、自分とは違う本物の悪魔なのだと咲は実感する。

「咲にはこの子が相応しいわ。大きい体躯で魔界に相応しいこの子なら、大事な娘である咲を誑かそうとするあの果実から守ってくれるわ。貴女にはこの子が一番よ。見てなさい」

 パチンと指を鳴らし、娘の意思を一切無視した決断をする。

「い、嫌……」

 異形の鬼、よく見れば所々継ぎ接ぎのある悪魔。知能も無く、メフィストの命令のまま暴れまわる。完全な傀儡が、どすどすと地響きを鳴らし、倒れている林檎の下へ向かってくる。メフィストは危ないからと咲の手を取り林檎を踏みつけ立ち上がると、その場から少し離れる。咲はその手を振りほどこうとするも、磁石でくっついたように手が離れない。

「殺しなさい。最初は足、その次は手よ。末端からどんどん潰して、最後は頭。わかった? 死体はぐちゃぐちゃでも構わないわ」

 咲は不安、恐怖を隠せなかった。母は本当にこんなにも醜く、恐ろしい悪魔を自分と結ばせるために用意していたのかと。前に聞いていた時よりもずっと醜く、継ぎ接ぎはあるが筋骨隆々で自分の考えを持っていないような一つ目の悪魔。事実その悪魔は母の声、命令に何一つ疑いもせず従っている。

 自分に許婚を用意したと聞かされていた咲は、まさかあの話が本当だとは思っていなかった。そもそも自分の意思を完全に無視した婚姻関係など認めない。と咲は考える。しかし咲は自身が林檎を愛し迫る気持ちを棚に上げていたことに引け目を感じ、強く出られずにいる。もし何か口答えをすれば、間違いなくメフィストが言葉の穴を突いてくることを知っているから。しかし今まさに、母と一つ目の悪魔が林檎を死に追いやろうとしていた。

 止めなきゃ。だがこのまま見てはいられない。咲は決意しローブの袖から鎌を取り出そうとする。けれど残念、いつも隠し持っていた鎌は無かった。いくら探しても、手に力を込めても、鎌は現れなかったのだ。

「どうして……」

「貴女には彼がいるから、そんな物騒なもの必要無いでしょ?」

 一生懸命手に力を籠める、ローブの中を漁る咲を見たメフィストフェレスは、手品でもしたように咲が愛用する二振りの鎌を片手に握ってひらひらと見せ、咲の反応を、表情を見て楽しんでいた。もちろん彼とは林檎ではない。一つ目の巨人のことである。

「これもあなたのためよ、咲ちゃん」

 まるで娘を心配しているように言うが。その本心は真逆。過剰で歪んだ娘への愛は、娘を手放したくないだけである。大事な娘を見ず知らずの男になんか渡さない。ずっと籠の中で愛でる。そのために自分に忠実で愚鈍だが力だけは一級品の悪魔を作り、用意したのだから。

「逃げて……林檎、逃げて」

 ……何度も無茶言うなよ。林檎は心の中で呟く。

 先ほどの地響きで何とか意識は戻ったにせよ、意識が戻れば戻るにつれ叩きつけられた衝撃が酷く痛む。はっきりと体が認識するのだ。それ以上体は動かない。ずしずしと迫る愚鈍な音、低く叫ぶ呻き声、石畳に跡を残し、金棒を引く音、それら全てが林檎を蹂躙しろ、お前の命はここまでだ。最期だ。覚悟しろ。と林檎には聞こえてくる。命令を受けた一つ目の巨人の悪魔が正道の構えをとり、ゆっくりと林檎の人生に幕を下ろすためにこん棒を高く振り上げる。恐れ、戦け。恐怖に泣きさけべと、ゆっくり、ゆっくり金棒を振り上げる。

 ――終わったな。

 蹴られた衝撃でこん棒は既に手には無い。武器もない林檎は走馬灯が流れないことにアレは所詮眉唾だったのだと、小さく笑う。そしてあまりにも強大な敵を前にし、一匹のアリが人間に勝てないように、対抗手段も無いことを悟ると自然と抵抗する気も失せてきた。きっと知らず知らずに、とんでもない大罪を犯していたに違いない。と林檎は反省した。悪いことをしたことはないつもりだったが、地獄でこの有様だ。燃え滾る憎しみの炎も、化け物を見ると徐々に小さく、鎮火されていくような気がしてくる。

「死ぬ前に何か言いたいことは? 色男さん」

 皮肉を込めて、どうせもう何も言えないと知りながらも、何か言えとメフィストは林檎を煽る。林檎は鍾乳石が垂れ下がる天井を見ながら、「そうだな」と笑っている。

「文香を、もし、生きているのなら……息があって助かるのなら……」

 咳き込みながら、林檎はゆっくりと最後の頼みを話した。

「り、林檎?」

「助けて、やってほしい……アイツは、巻き込まれたみたいなものだから」

 視線だけ文香の方へ寄せ、「それだけだ」と覚悟を決める。

「……色男のセリフとしては及第点ね。まあいいわ」

「たの、む」

 咲の名を呼ぼうとするが、疲弊し声が出ない。そんな姿に咲は「わかった」と返事をするべきだったが、最後まで自分の名前が呼ばれなかったせいか、それとも母がそんな願いを叶えるはずがないと理解しているのか、返事をせず黙っている。、

「咲のお婿さん候補としては落第点でしてよ」

「う、があああ」

 咲の代わりに金属音がやみ、目をやるとその巨人は手に持った六角形の金棒を振り上げていた。叫び声と共に腐った刺激臭が林檎に襲いかかる。

「文香……ごめんな」

 俺のせいで酷い目に……すまん。謝って済むレベルじゃないが、と林檎は懺悔した。振り下ろされる金棒。死を確信し、最後に林檎は巨人に手で銃の形を作り、「BANG」と呟いた。もちろん弾が出るはずもない。メフィストもそれを見て滑稽だと笑っている。次の瞬間、金棒が全力で振り下ろされた。

 ――金棒は地面に振り下ろされ、石造りの床は砕けあたり一面に石つぶてが飛散する。

「……ん?」

 林檎の頬にも石つぶては当たるが、金棒の衝撃が無い。恐る恐る目を開けると、自分がいたはずの場所にはやはり金棒が降っており、その証拠に金棒は石床を叩き壊していた。

「俺、死んだのか?」

 先ほどまで寝ていたはずの体が、何故か立ち上がっている。背中はやはり痛い。死んだのか?

「馬鹿ね、ダーリンは生きてるよ」

「その声!」

 柔らかく、ウェーブのかかった金髪が林檎の首筋に触れる。林檎は優しく自分の名を呼ぶ声を聞き、ゆっくりと後ろを振り向いた。この髪、笑顔……人々を癒すような声……間違いない。林檎は大きくその名を叫んだ。あの息も絶え絶えな文香が生きていたことを嬉しく、感極まり、涙を流している。

「文香!」

 抱きかかえられていた林檎は体に力をこめ、文香と向き合う。背中の痛みもなかったかのように、林檎は一人で立ち上がる。けれどその顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

「もう、何時からダーリンは泣き虫になったの?」

 文香はそう言うと、自分より背の高い林檎を優しく撫で、微笑んでいる。林檎も鎧を纏った文香を抱きしめる。その二人の姿を、「待たせてごめんね」と謝り慰める文香と、文香の無事を知り涙ぐんで抱きしめる林檎を、苦虫を噛み潰したようにメフィストは見つめている。


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