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「今度は復讐、愛する者の形見を武器に。ああ、ますますありきたり、退屈で死にそう」

女性は冷淡な表情で自分たちに近づく林檎の様子を酷評する。

「まだその牛に興味があるのね。救えない」

獣のように雄叫びをあげ、愛娘にこん棒を振り下ろそうとする林檎を見て、メフィストはさして労した様子もなくこん棒を振り上げた林檎の肩に鋭く爪を突き刺し、林檎の動きを止める。

「あ、が……がぁ!」

 もはや何を言っているかわからない林檎の肩に深く爪を差し込み、ゴミを払うように軽く足払いをかけるメフィストと、簡単に転んで宙を見上げる林檎。すると今度は倒れた林檎をサッカーボールに見立て、肩にハイヒールのつま先でトゥーキックを放つ。

「ぐっ……」

 先の尖ったハイヒールは威力が一点集中と言わんばかりに強く鋭い。林檎の肩にピストルで撃たれたように鋭い痛みを与える。

「林檎!」

 蹴り飛ばされ肩を抑え呻く林檎はうつぶせの状態で倒れる。咲は、愛すべき男の名前を力強く叫んだ。けれど林檎はやっと這いつくばる程度、、左腕で体を支え、這いつくばってでも文香の下へ戻ろうとする林檎は苦しそうに息を荒くしながらも、自分を心配する咲をきつく睨んだ。

「お前が俺の名を呼ぶな! この悪魔! 死神! 人でなし!!」

 子供のように喚く林檎に、完全に拒絶されたと咲はその場に崩れ落ちる。けれどこの悪魔だけは、反応が違う。

「そうよ。私は悪魔。この子もね」

 現状を否定したいかのように頭をふるふると横に振る咲の頭をポンポンと叩き、しゃがみ咲の両肩に手を添えるメフィスト。。

「文香、文香……」

 あと少しで文香の傍に。肩をおさえ、バランスを崩し倒れてもなお、恥も外聞もなく這いつくばりながら文香のもとへ駆け寄ろうと向かって行く。

「林檎、ゴメン、林檎……ごめん」

 泣きながら目を抑え、謝罪する咲。けれどそんな謝罪、今の林檎の耳には入ってこなかった。林檎には今にも息絶えそうな文香しか映っておらず、文香の名を力無く叫びつづける。しかし返事は来なかった。

「林檎、ダーリン、どうすれば、私……私も死んだ方が」

「謝るくらいなら……もうここからいなくなれ。糞悪魔、文香を返せ、返せよぉ」

 悪態をつき芋虫のように這って呟く。一瞬静かになったものの、咲の「そうだよね、私が」と泣き続ける。

「泣けばいいと、あがっ」

「やっぱり貴方に咲ははもったいないわ」

 あと少し、もう少しで文香の下へ辿りつけた林檎の背を踏みつけるメフィスト。そして今度は横腹に鋭い一撃を蹴り込んできた。その衝撃で林檎は転げ、再度文香と引き離されてしまう。また文香の名前を叫ぼうとする林檎だったが、先の尖ったパンプスが脇腹にめり込み、林檎は肩と脇腹の痛みで息が出来なくなる。

「ぐっ、あ、かはっ」

 悶え転がる林檎を「転がるリンゴ、落ちて落ちて、ついには地獄」と笑いながらメフィストは林檎の首を掴む。文香の血に染まったワインレッドの長い爪がナイフのように光り尖り、林檎の首筋にじわじわと食い込んでくる。肩に脇腹に首筋、痛みと呼吸困難で頭が朦朧としてくる林檎。

「畜、しょう」

「や、やめて……」

 咲は林檎の意識が途切れる前に母であるメフィストにタックルし、林檎を離してと涙を浮かべ懇願する。愛娘の頼みを聞き、メフィストは林檎の首から手を離し放り投げる。投げられた時に背中から石畳に倒れる林檎を心配する咲。

「まあまあ。タックルするなんてはしたないわよ。どこで覚えたのかしら?」

 どうやら咲がタックルしたようだ。おかげで俺の首から手が離れ、呼吸が出来る。

「これ以上はもう、やめて」

 せき込む林檎に覆いかぶさるように庇いながら、咲は愛する人を母から守ろうとする。

「相も変わらず非力なものだね、人間ってやつは。ペットと同じ。喚くばかりで自分じゃ何にも出来ない。誰かに守られてばかり。最後に言い残すことはあるかしら?」

 楽しそうに口元を手で覆い隠し笑っている。

「そうかい、なら、おい、咲……」

 少しかすれた声で咲を呼び、咲も耳を澄ませ林檎の顔を見つめ涙を零す。けれど林檎は咲を最後の力で振り払った。

「な、なんで?」

「やっぱり……文香の言うとおり、お前はただの死神だ……く、そが」

 だがそれは林檎も同様で、林檎は俺も文香を殺した、殺す要因の一つだと心の中で自分を嘲笑する。

「林檎……何でそんなこと言うの? なんでそんなに酷いことを言うの?」

「お前といると、やっぱり碌なことにならねーんだよ。ボケ!!」

 咲は林檎の言葉や冷たい表情を見たせいか、覆いかぶさっていた咲は何を言っても無駄なのはわかっている。だけど、だけど林檎を守りたいと口を結びながら涙を流している。けれど林檎にその真意は伝わらなかった。

「まったく、人間の癖に娘を泣かすなんて大したやつだよ」

 そう言うと猫を持ちあげるように簡単に片手で咲を林檎の上からどかし、林檎を仰向けにする。メフィストはそのまま林檎の腹に馬乗りになりながら、今度は両手で林檎の首を絞めつけてきた。

「ママ、お母さん……やだ、やめて、ダーリン、林檎から離れて……お願い、うん、お願いだから」

 泣きながらそう言う咲の言葉を、咲の母親であるその女性は棄却した。

「あら? どうして?」

「り、りんごがかわいそう……」

「それならゾンビにしちゃえば痛みもないし、いいでしょ? 殺し放題やり放題よ」

「私、このままの林檎が好きなの、だから、おねがい」

 咲は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら頼んでいる。

「俺はお前のこと、ぐっ、嫌いだ……」

「この餓鬼!」

 まだ娘を侮辱するのか。と力を更に強くし、首を絞められる林檎は無理やり続けて声を出した。

「し、ね、くそ、あく――」

咲に文句を言おうとするも、これ以上は顔を真っ赤に激怒したメフィストに遮られてしまう。

「餓鬼が! 頭に乗るんじゃないよ!」

 林檎は悪態をつき、ブチ切れ顔を赤くしたメフィストを見て、鼻で笑った。

「たかが人間の首なんて木の枝を折るより簡単なんだよ。さんざん頼む愛娘のために生かしてやろうかと考えて、死なない程度に痛めつけていたのにさ、命乞いすらしないとはね、この糞餓鬼が!」

林檎の首を一旦床から少し持ち上げたかと思えばメフィストフェレスは地面に思い切り打ちつけた。まるで除夜の鐘の如く何度も叩きつける。

 痛い、頭に激痛が走る。石造りの床に鈍く音を響かせる林檎の頭部や背中。痛い……友人や同級生、先輩との喧嘩が生温く、しょせんおままごとだと言わんばかりの、絶え間のない激痛。。

「もう容赦しないよ。ゾンビにしてからも覚悟おし」

 首から手を離し、体をピンヒールで強く踏みつけ、空いた腕を心臓に構え、ゆっくりと正拳突きをするように後ろへ引いてく。

「林檎!」

 咲は林檎から拒絶されてもなお、命だけは、命だけはと救おうと近寄ろうとする。けれど母親の鋭い視線を感じまた、足を止めてしまった。

「咲ちゃんはよっぽど、この玩具が好きなのね」

「もうやめて、林檎が、ダーリンが」

「でもね、咲ちゃん」

 腕を引いたままメフィストは咲に、咲の本心を突いた。

「そんなに林檎君が心配なら、どうしてあの『牛女』の心配をしないのかしら?」

 メフィストの核心を突いたような問いに、咲は「て、天使だから……きっと無事。うん」となんとか声を放りだした。けれどメフィストは「天使、天使ねえ」と大きく笑う。

「でもね、咲ちゃん。林檎君、言ってたでしょ? 『文香を返せ』って。彼を心配して助けたいのなら、天使も同時に助けてくれと、貴女の母に懇願するのが正解ではなくて?」

 ハッとしたような表情を浮かべるも、もう遅い。

「それなのにあなたは、『林檎』『ダーリン』『彼を殺さないで―』……恋敵は無視。無視。無視!」

 咲の真似をしているのか、金切り声をあげて林檎の名前を叫ぶメフィストフェレス。けれどメフィストはそんな咲を「愛しているわ」と抱きしめた。

「それでいいのよ、それでこそ、私の愛した愛娘、咲ちゃん」

 倒れた林檎から離れ、咲をだきしめ頭を撫でるメフィスト。咲は自分を包み込むように撫でるメフィストの手が、自身を捕らえた、もう逃がさない。貴女はずっと私のモノ。眉の中、籠の中なのよ。と囁いているように感じ、恐怖で青ざめてしまう。反論しようにも、確かに先ほどまでの自分は林檎が文香の名を呼ぶことに嫌な気分を、文香ばかり呼んで自分を蔑ろにする、いや……死してなおダーリンを魅了する文香に恨みを抱いていたかもしれないと、母の言葉を聞き省みている。

だけど、それでも……林檎が、林檎が心配だからと勇気を出してメフィストの手を振り切り、自身の細い腕を伸ばし、倒れ呼吸の荒い、今にも死にそうな林檎の手を掴もうとする。

「その手を離してママ! 林檎、林檎が死んじゃう、死んじゃうよ!」

 けれど自分より先に母メフィストが再度林檎に馬乗りになり、喉元を抑えたのだ。必死に悲痛な叫びでやめてと叫ぶ。

「ママ、ママ、もうやめて」

 睨まれても、駄々をこねる子どもを相手取るように、咲の懇願を無視する。だが愛娘が自分を呼ぶ声が心地の良いソナタに聞こえ、感じたメフィストは少し気を良くする。そして咲の方を、笑顔で見やった。咲は母を叩く手を止め、自分の方を向いた母を見て、安心する。

「ま、ま?」

 小気味良い乾いた音と共に、咲の頬は朱を帯びた。母であるメフィストが突然平手打ちを放ったのだ。

「咲、よく見な」

 そのまま咲の髪を引っ張りあげると、メフィストは咲の顔を無理やり倒れた林檎の顔に近づける。ぼろぼろになった、血を流す林檎を見て咲は涙を流す。

「私に刃向かった、咲の気持ちよりそこで突っ伏している天使を優先した、愚図で愚かな人間の末路をね」

「ま、末路?」

「嘘だよね?」と聞き返す咲。だが母は本物の悪魔。きっと殺すに違いない。そう思う娘の咲だが、一縷の望みを捨てきれずにいた。なお懇願を続ける咲に、神への祈りが通ったのか、メフィストはその言葉を、咲の数十回の請願を聞き、何やら頷いた。

「そうだ。突き刺すなんて楽な死にかたより、もっといい方法があったよ。おいで」

 メフィストフェレスは林檎を殺すのをやめたのか、天高く突き刺すはずだった腕を掲げ、指を鳴らした。するとしばらくして部屋の奥から錆びた扉の開く嫌な金属音が響いた。咲も母の言葉を聞き、行動に一瞬疑問に思いながらも、次第に母が何をしたいかを理解したのか青ざめていく。

 ――メフィストの行動はこの魔界に人を救う神はいない。娘の考えることがいかに甘いかを証明するようだった。

「な、何の音? 林檎は殺さないんじゃないの? うん」

「見なさい、人間なんか目じゃない、立派な悪魔よ。咲ちゃんを守るのにぴ~ったり」

 嬉しそうに咲の綺麗な黒髪を持ちあげたまま、カビ臭い暗闇を指差す。するとゆったりと、地響きと共に重低音が聞こえてくる。

「ぐぉ、ぉ」

 うめき声、果たして言葉と言ってよいのか、叫び声ともいえない低くかすれた声。あまりにも不気味で死神である咲でさえ、耳をふさぎたくなってしまう。

「な、なんだよ、あれ」

 その不快な地響きに林檎も意識を少し戻す。メフィストに跨られているせいで動けないにせよ、首だけ音の方へと横に向けた。愚鈍な、象の用意大きな足、石畳を響かせる引きずった大きな金棒。

 それと共に現れるはゲームや漫画の世界でしか見たことのない一つ目の巨人。体躯は3メートルを軽く超えている。それに上半身は裸で筋骨隆々な逆三角形の体に腰巻のみ。それにその肩幅は広く、首は筋肉のせいか短く見えたが、よく見ると禍々しい朱色の首輪をつけている。ゆっくりと金属の金棒を引きずりよだれをたらし、離れていてもわかる腐った卵のような腐臭をまき散らす。

「ああ、うう」

 言動から知能は低いようだが、この怪物は力こそがすべてだと言わんばかりにはち切れん上半身を見せつける。ごつい手には文香と同様の、しかし重厚そうな金属製の棍棒を持っている。長さ、太さは文香の倍以上。文香とは違い、鋲のない六角の太い金棒だ。、まるで桃太郎に出てくる鬼が持っている棍棒だ。

「こ、これって……」

 咲はその怪物を見るや、驚きを隠せず口を開けている。そんな咲を見て頬まで口角を上げた母親メフィストフェレスは優しく耳元で囁いた。

「あ、な、た、の、お、む、こ、さ、ん」

 咲の背にゾクりと走る寒気。それと同時に、林檎にこれから迫る恐怖に気が付き狼狽し、林檎の名を叫んだ。

「ダーリン、逃げて! うん、お願い、逃げて!」

――無茶言うなよ。さんざん痛めつけれたただの人間である林檎に、立ち上がることはおろか、逃げる事などできなかった。

「よう、悪魔……本当にいるんだな、こんなやつ」

 仰向けになりその一つ目を見上げながら、林檎は話かけた。しかし返ってきたのは低く、鼻を抑えたくなるほどの腐臭のする息、そして一つ目の巨人の雄叫びだけだった。林檎はこの時初めて、言葉がはっきり通じない相手と対峙したからか、自分はここで死ぬんだ。と確信した。

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