02 結婚は人生の墓場です
「俺、これからどうなるんだ?」
腕にくっついて離れない咲に林檎は問いかける。
「んふふ、聞きたい? 聞きたいよね~。うん!」
まるで頭の中お花畑なバカップルのように、咲は林檎に抱きついている。嬉しそうな先と比べて、林檎は嫌そうな顔をしている。
「そりゃ、俺の人生についてだからな」
林檎は今まで人様に迷惑をかけないで生きることを心がけていたが、このままでは善行を積んでも文字通り地獄一直線だ。と直感した。
「やだ~『私たち』の人生でしょ?」
強調しながら言い放つ死神。
――だから、お前は人じゃないし人生じゃないだろ。
そう思った林檎だったが、鎌が怖くて愛想笑いしか出来ずにいた。
「そ、そうだな……」
心の中でそう呟きながらも、また鎌を出されてはかなわないため、彼女を刺激しないように頭を撫でながら聞いてみた。彼女は撫でられたことで機嫌が良くなったのか、猫のように懐きながらぺらぺらと話し始めた。
「とりあえず、ダーリンが18、えっと結婚できる年になったら私の実家に連れて行くから」
「じ、実家って」
恐る恐る聞いてみる林檎。
「地獄に」
「で、ですよねー」
「うん!」
嬉しそうに返答する咲。
「それ、卒業式終わってからってこと?」
「いや? なった瞬間からだけど、ええと……名前なんだっけ?」
林檎が名乗ってないせいか、なにやら口ごもっている。
「名前知らないやつに求婚してんのかよ……」
「悪い? いいじゃん、別に」
それで名前は? と問いかける咲に林檎は自分の首を撫でながら、何やら口ごもっている。そんな姿を見て咲は心配そうに再度名前を聞いている。その右手は鎌を持っており、その刃は林檎の首をいつでも刈れるよう林檎の後ろ首に当てている。
「安達……だ」
林檎は下の名前を咲に聞こえないように言った。
「ああ、リンゴちゃんね」
「誰がリンゴちゃんだ!」
あっけらかんと言う咲と小声をはっきり聞き取ったことに驚く林檎。
「にしても良い名前だね。私は好きだよ、ダーリンの名前」
「……俺は嫌いだ」
「どうして?」
「俺は……」
「林檎は?」
林檎は一瞬ためらうも名前で呼び続けられたくないため、大きく深呼吸してからゆっくりと名前の由来について語る。
安達林檎
林檎はこの名前が嫌いだった。林檎――名の由来は母が林檎を産んでいる時に、待合室で父がよく飲んでいたリンゴジュースからとったらしい。本当にふざけている。林檎はそんな適当に決められた名前に嫌気がさしていた。更に林檎が小さな時に聞いたところ、なんでも母の腹から出て来た時の林檎がリンゴのように真っ赤な顔で丸顔だったから。これが決定打となり満場一致で決まったらしい。
だからこそ……だからこそ、林檎はこの名前が嫌いだった。由来も、その後女の子みたいな名前だとからかわれ、両親も成長した林檎の女顔を見ては『かわいいから』と女物を着せる日々。男らしくなろうとしても、日焼けしても黒くならない白い肌は日に焼ければ赤くなるのみ。そうなると林檎が熟れたと騒がれ、ますますからかわれる。高校入学後も髭すら生えない林檎の体はますます女顔に相応しいと言わんばかりに成長した。幸い背は170後半へと成長したものの問題は解決するどころか、あろうことか先輩後輩、違うクラスの男に告白されてしまう始末である。
「だから俺は、この名が嫌いなんだ」
「林檎……」
心配そうに見つめる咲。林檎はだから名前で呼ぶのはやめてくれと、咲に願う。
「でもだめ」
咲はその願いを一蹴した。
「だって林檎は林檎だもん。私のダーリン、うん」
自己完結し持っていた鎌をおろしじゃれ始める咲。
「さっき話した通り、卒業したら結婚式あげよーね」
「俺の自由はあと一年ちょっとしかないのか……」
「逆! 結婚までまだ一年以上あるんだよ! はぁ、早く式挙げたいなあ」
「クリスマス近いのに、何でこんな目に」
今年のクリスマスプレゼントは嫁(死神)だなんて、最悪のプレゼントすぎる。これではサンタではなくサタンである。
「え? 私は最高のプレゼントもらったよ」
「一応聞いておくが……それって」
「ダーリン! 最高のプレゼントをありがと」
ため息をつく林檎に私がいるよーと嬉々としてすり寄る咲。これが人間同士であれば幸せなカップルになれたであろう。
季節は冬。十二月下旬、世間ははクリスマスムード一色である。林檎もそんなクリスマスムードがあったからこそ、あの行動を起こしたことは否定できない。
「なにが最高のプレゼントだ」
咲の額にデコピンを放つ林檎。咲はきゃっと驚いた声をあげるも、幸せそうに両手でデコを抑えている。
「あ、なんかいまのやりとり恋人っぽい。えへへ」
「何が恋人だ……幼児体型のくせに」
「なにおう! 私は地獄ではマドンナ的な人気を誇ってるんだぞ! うん!」
「絶対嘘だ」
「即否定!?」
林檎は思った。咲には悪いが、咲の体型はどう見ても寸胴。こけしだ。グラマラスならともかく、業の深い地獄の住人がそんな姿に発情するとは思えん。もしそうなら業が深すぎる。いや、地獄だからそれで良いのか?
「それに私のママ、すっごくスタイル良いんだから。つまり、娘の私だっていずれボンキュッボンになるの。 うん!」
その言葉を聞き、咲の成長した姿を想像し思わず吹き出してしまう林檎。
「そのおかっぱでか、似合わないぞ」
「……似合わなくても結婚するでしょ? するよね?」
「……ぜひ」
鎌で首を狙われては何も言えない。林檎はそう思い、頷く。すると咲は口角をあげ、笑みを浮かべ鎌を下した。しかしいくら笑っていても目が死んでいればその笑顔は恐怖しか生まない。そう思う林檎だった。
「にしても死神っていうのはみんな押しが強いのか?」
「待つ人もいるよ。看取る系の死神とかはそうかな」
じゃあお前も待てよ。とは言えない林檎である
「まあ私の家は昔から押しかけ系っていうか、ママが強いというのかな……あはは」
「押しかけ系死神とか怖すぎなんだけど……え、俺そんなに悪いことした?」
指を折り、今までにしてきた悪行を確かめる林檎。給食を残した、掃除をさぼった。女顔をからかわれ殴り合いの喧嘩をしたことがあること。数えてみると意外に多くて驚いている。しかしどれも犯罪、地獄行きと言えるほどの罪ではない。そう林檎は思っている。
「言い忘れてたけど私の家は女系一家。最初は居心地悪いだろうけど、いずれなれる。頑張って!」
この時点で林檎は心の中で罪を犯していないのに地獄で苦労確定だ。とショックを受けた。けれど咲は気にせず話を続ける。
「ところで、リンゴの家族は何処? 挨拶をしたいんだけど」
キョロキョロと辺りを見渡す咲に、林檎は旅行中だ回答する。林檎の両親は有給をとり、今朝からちょっと早いクリスマスデートという名の旅行に行っていた。当初は林檎も誘われたが、学校があるから。林檎と名付けた両親に苦手意識を持っていた林檎は二人だけで楽しんできなよと断っていたのである。しかしながら今になり、その誘いに乗らなかったことを後悔した。
「今は旅行中だ。いつ帰ってくるかは知らん」
「えー、あいさつしたかったのに」
乾いた笑いで応える林檎。ふざけるな。彼女もいたことがない俺がいきなり「こいつ俺の嫁だから」なんて告げてみろ。何も知らない親がなんて思うか……絶対に会わせてたまるか。……こうなったら――逃げてやる。そう決意した林檎は、ある作戦に出た。
「なあ咲」
「なに、ダーリン」
「俺、嫁さんの淹れた茶が飲みたいなー。喉乾いちゃった」
「嫁さん?」
「そう、嫁さん。飲みたいなー、嫁さんの淹れたお茶」
その作戦とは、『咲を煽ててその隙に逃げる』名付けてSOS作戦である。咲は林檎の頼みにまんまと乗り、嬉しそうに急須を探している。
「あっついお茶を頼むぜ、咲。あと急須やお湯の沸かし方は自分で調べるんだ。嫁なんだからできるだろ?」
『嫁』この単語を聞き、咲は嬉しそうに頷きキッチンへ向かう。この隙に逃げる。よし、作戦は上手くいく……はずだった。
「ねえダーリン、急須はわかったけど、お茶葉ってこれでいいの……なにしているの?」
ソファーから立ち上がり玄関への扉へと向かう林檎を見つめ、問いかける咲。アハハと笑い、トイレだよと告げる林檎。咲は林檎の返答を聞き、黙っている。
「せ、生理現象だからな」
「じゃあなんで林檎はトイレに行くのにマフラーを持っているの? 必要なの?」
急須をいったんダイニングテーブルに置き、林檎の右手にあるキャメルチェックのマフラーを指さす咲はまたも問いかける。林檎もトイレは寒いからと弁明するも、二人の間には重い、無言の時間が流れしまう。傍から見れば浮気がばれた夫と、それを問い詰める妻の状況によく似ている。
「そのマフ―」
「ちっ」
舌打ちをした林檎は咲が問い詰める前に、マフラーを丸め咲めがけ投げつけた。それを両手で受け取った咲。
「これは新手の求婚? 現世でこんなプロポーズがはやっているなんて、知らなかったわ。うん」
そう問いかけながら、マフラーを首に巻いている咲の声は蕩けそうに甘い声で、幸せそうだ。
「咲と結婚ってことはだ、俺は地獄で暮らすってことだろ?」
「住めば都よ、ああ、いい匂い……貴方に包まれている気分だわ。うん」
「そんな墓場直行の人生ごめんだ―!!」
「結婚は人生の墓場じゃなく、幸せの第一歩だよ」
「うるせー!」
林檎はそう叫び、玄関めがけ走り出す。
「待ちなさい。逃げても無駄よ。うん」
「うるせー!」
靴を履き、後ろをちらりと見やると、咲はマフラーを巻いたまま茫然とこちらを見ている。しかし油断はできないと判断した林檎は、玄関のコートハンガーからダウンジャケットをとらず、扉を開け走り出した。林檎は家着のまま外に飛び出した。雪が降っているが関係ない。ダウンジャケットを着なかったのは、体を出来る限り身軽にしていたかったからだ。
「警察、警察」
白い息を吐き、林檎は人生で一番、全力、全速力で走った。凍った地面に気を付け、転ばないよう慎重に。しかし少しでも家から離れるべく、走るのはやめない。安易だが近くの、商店街近くの派出所へ行けば何とかなるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、雪が降る道を走った。
林檎は気が付かなかったが、その時咲は憐れむように笑って見送っていた。無論、見逃すつもりは毛頭ない。
「死神相手に鬼ごっこ? ダーリンったら……数多の命を狩る死神にそれで挑むなんて」
馬鹿な男と笑いながらも、同時に逃げ去る時の怯えた表情は可愛かったと思い出し、笑う。そしてゆっくり十を数え終えるとコートハンガーにかかっている林檎の白いダウンジャケットを手に取る。
「林檎の匂いだ、ふわぁ」
クンクンとダウンの首もとの匂いを嗅ぎながら、恍惚の表情を浮かべながる咲。そしてゆっくりとダウンジャケットを着物の上から羽織り、開けっぱなしの扉から外へ出る。
「足跡……こっちだな」
行き先を見定め、咲はゆっくりと歩きだした。
「ま、たまにはゆっくり追いかけるのも良いか」
行き先は指輪で把握済みだ。
「あれがある限り、私とリンゴは赤い糸で繋がってるからね。うん」
「結婚は人生の墓場、地獄。ずっと一緒。ああ、なんて良い響き」
頬に手を当て、咲は林檎が自分の前から逃げた罰を考える。
「――さあ、狩りを始めようか。ダーリン」




