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結局、あの後お茶受けにするべく物産展でどら焼きと柔らかく冷凍保存できる大福セットを買ったのみ。その後デパ地下で惣菜を買いあさり家路についた。二人は林檎が誰と会っていたのかが大事なようで、「教えてくれないと料理に集中できない」と文香は怒っている。結局夜は文香の家にいついてから初めての、出来合いの総菜フルコースが食卓に並んだ。

「だから誰に会ったの?」

「教えて」

 デパ地下で買った惣菜を夕食のおかずとし、その最中も食べ終えテレビを見ている時にも、浮気を問い詰める妻の如く二人の追求はしつこく続いた。しかしどうしてか、林檎は女性に会ったことを二人に話そうとは思えなかった。

「別にいいだろ……お湯貰うな」

 林檎は平行線をたどり埒の明かない話を切り上げ立ち上がり、風呂場へ向かった。

「……へんだよね」

「変。うん」

 後ろから二人がそんなことを言っているのが聞こえたが、林檎はそれを無視し風呂へ向かった。今日は色々あって疲れた、と呟き脱衣所で服を脱ぐ。文香宅のルールとして、色ものとそうでない物をそれぞれの洗濯かごに投げ、風呂場へ入る。今日の事を忘れようとかけ湯を済まし、頭を洗いはじめた林檎。そうするとふと髪を洗う際にコツコツと頭に異物があたる感覚がした。その時久々に林檎は自分の指にはめられた指輪の存在を思い出した。

「そういえば、付けたままだったな」

 シャンプーを流し終えた後、もういらないだろと指輪に手をかけ抜こうとする。けれど全然抜けない。石鹸で滑りを良くしても、全く抜ける気配は無い。仕方ない諦めようとシャワーで体に着いた石鹸を落とし、湯船につかる。せっかくの湯船の気持ちよさも、右手にはめられた指輪が抜けないことが気がかりであまりリラックスはできないでいた。

「忘れろ忘れろ」

四一度の足の伸ばせる広い風呂に深く息を吸い、頭まで浸かる林檎。息の続く限り、しばらく顔を沈めると、クジラのように水しぶきを上げ立ちあがる。

「後で咲に外してもらうか」

ここへきてからというもの、咲は借りてきた猫の如く……それは言いすぎにしても、流血事件は起こしていない。百貨店では食べ物を前にはしゃいでいだり、林檎が痴漢されたことで草刈りならぬ人狩りをしかけるも、林檎の一声で大人しくやめた。聞きわけが良くなったのである。文香とは相変わらず喧嘩をする時もあれど、それは姉妹喧嘩程度。問題があるとすれば、咲が林檎に飯を食べさせようとしたり、入浴中にノックなく背中を流そうとすることくらいである。

「背中流しに来た」

 噂をすればなんとやら……咲はいつものようにバスタオルを巻いて……いや、裸で入ってきた。代わりと言っては何だが続いて、文香がバスタオルを体に巻いて恥ずかしそうに体を屈めて入ってきた。

「おじゃま、します……」

 顔を真っ赤にしながら入ってくる文香。頭痛くなってきた……林檎は頭を抑えると、のぼせたのかと勘違いした文香が声をかける。けれど声をかけてきた文香の方が顔が真っ赤だと、林檎は指摘する。

「恥ずかしいなら出たほうがいいぞ。 俺には刺激が強すぎる」

「ほっといて下さい!」

 文香はタオルを巻いたままかけ湯をし、湯船に入ってきた。お湯を浴びたせいか、バスタオルが体にぴったりと張り付き、文香の凹凸豊かなボディラインが浮き彫り、強調される。

「あ、あんまりじろじろ見ないでください! ダーリンのエッチ!」

「わ、わるい!」

幸い文香宅の湯船は広く設計されており、多少足は曲げなければならないものの、向かい合いながら三人で入ることが出来た。

「文香、苦しくないか? 俺もう上がるわ」

「ま、待って、ダーリンタオル巻いてないから立ち上がるとその……」

 恥ずかしそうに文香はだから湯船に浸かっててと、林檎を湯船から逃がさない。

 咲は文香に抱かれるような形で入浴している。気持ち良さそうに文香の胸をクッションにもたれかかった後、文香の体を見るべく今度は林檎の方に体を預けてきた。

「やめんか」そう言おうとした矢先、文香の悲鳴がエコーのようにバスルームに反響する。咲が両手で文香の胸を鷲掴みにしたのだ。

「きゃっ!」

「本物羨ましい。天使はずるい」

 咲は真顔で文香の胸をバスタオル越しに雑に、パンを捏ねるように揉み続ける。大方帰り際に見たデパ地下の実演販売の影響だろう。

「やめ、んっ」

 咲の魔の手から逃れようと身をよじらせている文香。あんまり動くとその、バスタオルが解けて、見えるぞ……。視線をそらし、天井を見つめる林檎。

「おお、ピンク。うん」

「口に出さないでください!」

 なにがピンクなのかはこの際聞かないでおこう。林檎は二人が入ってきて落ち着けなくなったため、やはり風呂から出ることとした。

「あ、今立つと、っつ、どこ抓ってるんですか!」

 吐息荒く悶える文香をもう見てられないと、林檎は立ち上がり風呂場から退散しようとした。

「おお、丸見え。うん」

 咲はタオルを巻かずに湯船から立ち上がった林檎の下半身をまじまじと凝視している。文香は文香で、手で顔を隠しソレから視線を逸らしながらも、ちらちらと指の隙間から林檎を見ている。このむっつり天使め。

「いつまで見せるんですか!! 湯船に戻ってください!」

 文香の少し上ずった声に林檎は慌てて謝罪し、つい湯船に浸かってしまった。

「つっ、すまん!」

「い、いえ……」

 視線をそらす文香。

「アンコール、アンコール」

咲は両手で手を叩きながら、もう一回見せろと要求してきた。

「見せないっつーの」

 全く、なんてやつだ……。

「でも、皆で入ると気持ちいいですね」

 文香は話題を逸らそうと、話を変えてきた。

「そうか? 狭いだけじゃないか?」

「私は好き」

 咲はまた文香の体を背もたれにし、林檎を見ている。

「あ、そうだ……これ抜けないんだけど」

 林檎は毒を食らわば皿までと覚悟し、二人と入浴することにした。そしてついでにと咲に、左手薬指の指輪を見せた。

「あれ、何時の間につけていたんですか?」

 文香はその指輪に今まで気が付かなかったようだ。

「抜いちゃうの?」

「ああ、会った時に言ってたやつ、まだ有効なのか?」

 林檎は湯船に浸かりながら、出会った時に聞かされた咲の言葉を思い出し、まだそれが有効なのか聞いてみた。

「有効じゃ……だめ?」

 ハイライトの無い目で聞かれると相変わらず少し怖いが、今は文香もいるため林檎はダメだと答えた。

「……そう」

 残念そうに咲は言うが、林檎の顔をまじまじと見て頷くと、咲の前に差し出した林檎の左手薬指に手をかけ、抜こうとしていた。その姿を見て文香は「そこは私が予約しているので」とにこやかに笑う。

「んっ……ん?」

 咲は薬指の指輪を抜こうとするが、それは抜けなかった。左手薬指に納まったままの指輪を見て、小首をかしげ、再度挑戦するがやはり抜けない。

「抜かないんですか? あ、ひょっとして咲ちゃんってばダーリンの指輪抜きたくないんでしょ」

 今度は文香が指輪に手をかけ抜こうとする。「ここは私が予約済み、お邪魔無視は退散退散」と鼻歌混じりに抜こうとした。しかし相変わらずその指輪は抜けない。

「本当に抜けるのこれ?」

「たぶん……呪いの指輪だけど、契約者である私になら抜けるはず。うん」

そう聞いてきた。咲は文香に答えるとまた抜こうと試みる。けれどやはり、林檎の指から指輪が外れることは無かった。

「抜けませんね」

「おかしい……うん」

 なんで抜けないんだ? 咲も抜けないことに疑問を抱きながら、何度も指輪を抜こうと試みている林檎は疑問に思いながら抜けない呪いの指輪を見ると、真っ白だった指輪がすこし黒ずんでいることに気がついた。

「あれ、これ白くなかったっけ?」

 真っ白だった指輪が、まだら模様に黒くなっているのを、咲に尋ねてみた。

「この指輪……ママから貰ったものなの」

「母さん?」

 この前言ってた、メフィストフェレスってやつか?

「ママが言うには、コレを好きな人にはめると、幸せになるって……だから私、林檎に」

「で、それと黒ずみ、どう関係が? どことなく、嫌な意思が指輪から感じれるんですが」

 そう聞いたのは文香である。文香が言うには文香自身もこの指輪に先ほどまで気づかなかったことから、魔界独自の迷彩が施されている。つまり、天界に見られるとまずいもの。と結論付けていた。

「そんなこと無い……これは魔界で有名な婚約指輪」

 咲は首を横に振り否定するが、林檎も気になることがあった。

「そういえば、咲を裏切ったらこの指輪、真っ赤に染めるとか言ってたよな」

 懐かしそうに林檎が言うと、咲も覚えててくれたのね。と喜び立ち上がって、笑う。慌てて前を隠せと文香に引っ張られ、咲は仕方なくまた肩まで入浴する。

「言った。林檎の血で、真っ赤にする」

 湯船に浸かっているせいだろうか、真っ白な肌を赤くし、頬に手を当てうっとりした表情で結婚姿、結婚後の生活を想像しながら咲は返事をする。

「この指輪をした者同士は、必ず結婚しなきゃならないのか?」

「それは違う」

 林檎の質問に咲は即答でノーと答えた。

「それはあくまで私の意思。赤く染めるのも、私が鎌で林檎を殺すって意味だった。勝手に黒くなるなんて、聞いてない」

「じゃあなんで……もしかして……」

「ダーリン、何か心当たりが?」

 文香が俺にそう言うが、林檎はなんでもないと答えた。ただ、やはり気になることがある。――どうして俺は……今日出会ったあの女性のことを話さないんだ? その女性のことを話そうと思うと、とたんに自制心が働き、口ごもってしまう。文香や咲もそんな様子を見て、何か裏があると確信からこそ、風呂まで来たのだろう。

「ねえダーリン」

「林檎、ダーリン」

 二人は林檎に近づき、なにがあったか教えて欲しい。少しでも力になりたいと懇願してきた。

「だから……」

 なんでもない。気にするな。そう言おうとした時ふと、あらぬ方向から声が聞こえてきた。

「その指輪の事でしたら、僭越ながらこの私が教えて差し上げてもよろしくてよ」

 招かざる、文香にとっては聞いたこともない声の主に、咲や林檎も三者三様驚いている。するとその声の主、女性は林檎達の知り合いのように話しかけてきた。その女性に林檎には覚えがある。嫌な声だ、人を馬鹿にしたような口調、下手に出てうやうやしく喋るが、内心で酷く見下しているのが透けて見える喋り方。ただ、その声の主がどうしてこんな場所にいるのか、林檎は問いかけた。


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