14 どんな関係?
「だから今でも手紙をくれる子もいるけど、いるけど……私が迷惑をかけたらまずいから、話しかけられないの……私のせいで迷惑かけたら嫌だから……うん」
俯きながら、涙を零しながらも強く振舞おうとする咲の肩は少し震えていた。俺に迷惑をかけるのはいいのか。と思うと同時に、本当の咲は弱虫で、強気な、肉食系なペルソナを被っていたか弱い少女なんだ。と林檎は思った。そう思うと、目の前にいるか弱い少女に鎌で首筋を切られかけたこと、無理やり結婚を迫られたことを許しかけ、水に流しかける林檎は無意識に咲の頭に手を乗せた。
「辛かっただろ」
今までの警戒した様子ではなく、本当に心配した様子で林檎は咲にささやいた。
頭に温もりを、林檎のやさしさを感じた咲は、琴線が切れたように林檎の胸にすがり顔を埋めた。咲はダムが決壊したかのように泣き崩れてしまった。本来こんなことをする義理は無いと林檎は思いながらも、咲の過去を聞いてしまったからか、余りにも不憫だと感じたせいか、林檎は咲の頭を抱き寄せる。
「今は誰も見てないんだ。好きなだけ泣け」
林檎がそういうと、咲は林檎のシャツを掴み、さめざめと泣き続ける。林檎も自身のシャツが濡れることを気にする様子なく、咲をただ黙って否定し拒否する様子なく慰めている。
「だから、だから私、勇気を出してここへ来たの。人間界なら、人間界なら自分を見てくれる。親じゃなくて、私を見てくれる人がいるって……そして、そして林檎に、であったの、ぐすっ」
咲は林檎にすがりつき、泣きながら語る。
「で、林檎なら、悪魔じゃない林檎なら、初めて会った私を優しく看病してくれた林檎なら私のこと、私のごとぐすっ見でくれるって思ったの……うん、見てくれるっておもったの、だがら」
「咲……」
悪魔にも悩みはあるのか……。改めて悪魔の認識について考えさせられる林檎。
「ごべんね、鎌振り回して、ごべんね」
顔をグシャグシャニし、涙を流しながら俺への非礼を詫び始める咲。
「わがらながったの、どうすれば、人間の男の人がよろこぶのか……うわーん!」
そのまま咲は泣き続けてしまった。林檎はといえば、こんな話を聞いた以上、咲を無碍にも出来ない。すり寄り泣き続けている咲の頭を撫で、抱きしめている。
「迷惑かけてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
泣きじゃくり延々と謝罪を繰り返す咲を見た林檎は、どう対処すればよいものかと悩み、咲が落ち着くまで優しく包み込むように抱きしめたままである。――そんな二人のやり取りをどす黒く紅く光るリングをアンテナに、50インチ以上の大きなモニター使い、両刃のナイフのように鋭く尖った長い爪を噛み、見つめる悪魔がいた。
『……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
魔界の一室、部屋に立てかけられている体全体が映る大きな三面鏡、壁にあるのは巨大なモニター。モニターに映る泣きじゃくる愛娘を見ながら女性は、熊の毛皮で出来たソファーに腰掛け、真っ赤で血のようにドロドロとしたワインを大きなワイングラス片手に優雅に飲んでいる。
しかし優雅なスタイルとは別に、その顔は険しい。眉間にしわを寄せ、眉を顰めモニターを睨んでいる。
「良いムードだねえ」
対象的に若いころを思い出すよ。とその隣にいる男はオレンジをかじりながら、女性の冷たい視線も気にせず暢気なことを呟いている。けれど隣の女性はその言葉を聞き、男の方は向かずとも不機嫌そうに呟いた。
「……人間界へ行ったのは間違いだったわ」
ワインを一気に飲み干した女性はそう呟いていた。
「どうしてだい? あんなに優しく抱きしめているじゃないか」
陽気な男は不機嫌な女性の肩に手をかけそう告げるも、女性は男の言葉が琴線に触れたのか男の首を両刃のナイフのように鋭く研がれた爪で水平一閃。切り裂いてしまった。
「あの娘は私の大事な娘なの。どこぞの男なんかに渡してなんかなるものですか! それに泣かせる……」
女性が少女に抱いていたのは親心。けれどそれは過保護と呼ぶにふさわしい。それほどに深く注がれ、愛情ゲージは誤った方向へ振り切っている。女性は自分勝手に娘が望んではいない歪んだ愛情を滝のように注ぎ続け、少女の心を歪めてきたのだ。
「あのヴァンパイアのガキを殺した時に、もっと依存心を、恐怖心を植えつけるべきだった」
あの時にもっと娘を守り、娘を縛るべきだったと血のついた爪を噛む女性は何かを決心したように立ち上がり、首を脇に抱えた男性の体を蹴りつけてから部屋へ向かう。冷たい視線の扉越しにはドライアイスのように冷えた白い煙が床を覆って彼女を出迎える。その部屋の大きな閂を抜くとゆっくりと扉を開けた。するとその奥には氷漬けにされ、体中継ぎ接ぎだらけで巨大な一つ目の男が直立不動のままに眠っていた。
「あの男……ただの人間の癖に……私の娘が守れるもんかい」
女性はそのままその一つ目の元へ向かい、呪文を呟きその巨人を一撫ですると、巨人を覆っていた氷塊が見る見るうちに溶けだしていく。すると女性はその巨人の太い首に手を当て、首輪を装着した。
「娘を守れるのは、私が作ったあんただけだよ、ゴリアテ」
そう一つ目に呟き、女性は自分の右手薬指にはめられた娘のリングに似た真っ黒な指輪を天にかざし、見つめ始めた。
「さあパーティーの準備を始めましょ」
――翌日明朝、文香は自室で怒っていた。
――林檎と咲は畳の上に正座して俯き、文香と視線を合わせないようにしている。
「昨日随分水飲んでたみたいだね、ダーリン」
青筋を立て、にこやかに問い詰める文香。
「え、いや、はい」
「林檎ってば水好きなんだね。好きすぎてシャツにまで飲ませるんだもん、林檎ってすごいなー」
婚約者と言う設定を忘れ、いや、あえて名前で呼ぶ文香にびくりと反応する林檎。どうしてこんなことになったのか。話は少し前、林檎が咲を慰め終えたあたりに巻き戻る。
――あの後咲が泣きやみ疲れて寝たのを確認した林檎は、文香の部屋に戻った。そして咲の涙で濡れたシャツのままでは寝にくいと服を脱ぎ、慣れないことをしたせいか少しやつれた表情で布団にもぐった。するとするりと蛇のように体に細腕が絡んできたのだ。へそから徐々に上へ上へと這っていくその正体は、文香の細く肌理細やかな白い腕である。
「ひゃぁ!」
林檎の声に反応した文香も、林檎がシャツを着ていないことに驚き布団から起き上がる。そしてシャツを着ていない理由、シャツが濡れている理由、迂闊に咲に近づいた事を文香に問い詰められた林檎。
眠そうに鹿おどしのようにこくりこくりと首を上下に揺らし、文香の強い口調を聞くたびに「聞いてまひゅ!」と返事をする。文香の背後に鬼が一瞬見える林檎だったが、眠気には勝てず再度鹿おどし状態になってしまう。
すると文香はため息をつくと、林檎の名前を呼んで頭を抱きしめた。「心配したんだよ」と半分眠りかけている林檎に「お疲れさま。でも次からは私に一言言ってね」とささやき、林檎を寝かせ毛布をかけた。そして――ご褒美だよ。と林檎を抱き枕の刑に処す文香であった。
「あったかい……」
林檎の平均より少し高い体温、温もりに幸せを感じ眠りにつく文香。
これだけだと、別段心配はかけたが怒る理由は無い。
――ではなぜ怒っているのか。事件は早朝に起きた。
翌朝文香は朝餉を作ろうと、アラームなしで一人目を覚ます。そして自分の隣で寝息をたて、ぐっすりと寝ている林檎の頬を一撫でし、「おはよう」とあいさつを済ませる。そして温かい布団から起き上がり、林檎のために暖房をつけた。寝るときには乾燥するからと暖房をつけない文香は、少し冷えた部屋の空気を心地よい目覚まし代わりにし、毎朝起きる。そしてカーテンをちらりと開け、太陽の光が外の雪をキラキラと輝かせる美しい雪景色を楽しむ。
太陽の光を受けはっきりと目が覚めた文香は、「美味しいご飯作るからね」と寝ている林檎の方を見て、あることに気が付いた。布団が妙に盛り上がっているのにだ。
「なんだろう?」
気になり布団に近寄り、起こさないようにゆっくりと軽い羽毛の毛布をまくった文香はお化けでも見たかのように、盛り上がった部分の正体を知り絶叫した。
「なんで咲ちゃんが私の部屋にいるんですか!」
――文香が怒る理由は咲が自室に、自分が林檎と寝るために用意したサイズの大きい布団に丸まって寝ていたからだ。
「これについて何か弁明は?」
林檎は「俺は知らない」と答え、咲は「一人は寂しい……寒い」と答えた。
頭を悩ませる文香だったが咲の腹の音を聞き、朝ご飯の用意をしなきゃとエプロンをつける。説教から解放されると喜ぶ林檎だったが、文香はそんな林檎を見透かしたように「説教は朝ごはんを食べてからにしましょう」と釘を刺した。
「文香、人の心が読めるのか?」
林檎の問いかけに文香は笑いながら「嫁ですから」と答えた。
いつも通りの安心感のある朝食。咲はパックの納豆を嬉しそうにかき混ぜ、「おしょーゆおしょーゆ」と連呼しながら醤油をかける。文香はかけすぎだと咲から醤油を取り上げると、咲は子犬を拾った子供が親に元いた場所に返してきなさい。と言われた時のような残念そうな表情を浮かべ「おしょーゆさん」と呟いた。
どうにか文香の機嫌を取らなければ気まずいままだと思いながら、ちょうどいい塩梅の焼き魚をつついている林檎は、解決策がないかとテレビの電源を入れ。ザッピングする。
「文香、文香」
文香の名前を連呼するも、文香は「食事中にテレビ見ない」と注意する。しかし甘いな。勝者は俺だ。と林檎は笑い、箸でテレビを指し示す。
「あのデパートで和菓子物産展やるってよ」
文香が物産展に弱いことを知っている林檎は、テレビの物産展情報を教える。案の定文香が「物産展!?」と目を輝かせ、食いついてきた。畳みかけるように林檎は文香に話しかける。
「文香、物産展行こうぜ」
親指を立て物産展に誘う林檎。しかし文香は悩んだ様子で簡単には頷かない。説教を続けると言った手前、その説教相手の誘いに簡単に乗っては示しがつかない部分があるのだろう。なので林檎は文香に謝罪した。
「さっきはすまなかった。お詫びと言っては何だが、デートしようぜ。物産展デート」
『デート』と聞き、文香はつまんでいたきゅうりの浅漬けをポロリとこたつテーブルに落とした。「奢るよ」と林檎が言うと、「そこまでいわれてはしょうがないわね。しょうがないわ」とテーブルに落ちた浅漬けを指でつまみ、口に運ぶ。
そんな文香のご機嫌をうかがうように、文香の顔を覗き見る林檎だったが、杞憂に終わる。鼻歌混じりに文香は「物産展物産展~」と歌い、お気に入りの徳用卵ふりかけを振りかけているからだ。
咲は物産展デートと聞き、ずぞぞぞと納豆を吸いながら直接食べる咲は、何かを考えるように林檎と文香を見つめている。林檎は納豆を食べている咲を見ると、物産展を知ってるか質問する。咲は納豆の糸を口から引かせながら小さく「無い」と呟いた。
「なら咲も行くか」
結構楽しいぞ。美味しいものもあるから。と咲も物産展デートに誘う。咲がべリアルに土産を買うにしても物産展やデパートはその点で便利だからと思い、林檎は咲にデパートや物産展について詳しい説明をした。
咲はその話を聞きワクワクした様子で「行っていいの?」と二人に尋ねた。文香は「しょうがないわね。迷子になっちゃだめよ」とご機嫌な様子で了承し、そうと決まれば早くご飯を食べて。と二人を急かした。
文章書き足しました。




