13
咲はもじもじとしていた割に、いざ語りだすと明るい口調で語り出した。それが、虚勢であったことを林檎はその時、まだ知らなかった。べリアルの言っていた意味も、さして理解していなかったのだ。
「私ね、友達あんまりいないんだ」
いきなりヘビーな入り方しやがった。早くも聞かなければよかったと少し林檎は後悔するも、顔には出さずに黙っている。
「いるにはいるんだけど、もう皆結婚しちゃったの」
寂しそうにつぶやくと、咲は黙った。
「結婚しても、友達は友達だろ?」
別に「結婚したから貴女とはお―しまい」なんて話、聞いたこともないしな。
「あはは、でも、魔界は違うの……私、ハーフだし」
林檎のフォローに対し、咲は人間界はいいねとまたも寂しそうにつぶやいた。
「え?」
聞くところによると、魔界では適齢期を迎えると結婚し、子を産むことを喜びとする悪魔が多いらしい。自身の血縁が増えることがその種、ひいては自身のランク、血統をより上位種に出来ると信じられているからだと咲は言う。
ただし闇雲に鼠のように増やせばよいということでもないらしく、無知蒙昧な悪魔が子供を増やすとそれは種の品質を下げる行いと蔑まれ、下級悪魔や下男、下女として十把一絡げとして扱われるらしい。だからこそ上位種は上位種と子をなし、下等種族は上位種に取りいるべく努力を行う。
「面倒な世界でしょ? 私は嫌い」
咲は林檎に淡々とした口調で語り続ける。林檎もその話を聞き、「でも咲はハーフ? だっけ?」と聞き返した。咲はこくりと小さく頷き、林檎を見つめる。
「私は悪魔の母と、人間の父の間に産まれたの」
その言葉を聞き仰向けになってい林檎は咲の方へと向き直す。
「あは、やっと見てくれた」
咲は少し嬉しそうに言い、じゃあ続けるねと話を戻す。悪魔の中には人間に悪戯をする種族がいることを説明した。最も淫夢と呼ばれるものを見せ、その間に人間の精気を抜き取るのが殆どだと教える。また、悪魔同士でも基本的に人間同様の生殖活動を行う者もいれば、愛すべき者の血を吸い、それを媒体として自身の子を口から、股から、卵として産む者もいる。どっちにしても子を産んでこそ立派な悪魔、一人前と見なされることが多いらしい。
「別に独身でもいいんじゃないか?」
人間界だって草食系が流行しているんだ。そう思い聞いてみても、咲は首を横に振るのみ。
「だめ、今はよくても……種族の繁栄を考えない悪魔は虐げられる運命なの」
種を残さない事は即ち、遠からず絶滅の道を歩むことと同義だ。それが悪魔の考え方だと咲は言うと、林檎は極論だ。と激怒した。
「でも、お前……」
「魔界は血統が大事なの。いくら親が有名でも、いくら人間界で著名な人間との子供を産んでも、その子供の価値は下がるの……」
母自体のランクは下がらないにしても、自分は陰で蔑まれ生きてきた。と悲しそうに言う咲。林檎はそんな話を聞き、心の中で何かがざらっと、不愉快な気分になる。血統、血筋、ランク、値札のついた玩具のようだ。分別された生活なんて、いくら魔界でも、悪魔だろうが死神でも……それでは、それではまるで――玩具ではないか。
そこにはきっと愛がなく、あるのは打算のみ。愛し合っていると両者が主張していても、それはきっと純粋な愛ではない。そこには必ず、その背景には相手の種族、ランクが評価指標として必ずあると、林檎は思った。そしてそれを気にするのは自分だけではなく家族、周囲の目も同様。たとえ愛していても、その者が相応しい人材たり得なければ、ロミオとジュリエット、いや、人魚姫と同様叶わぬ恋として、様々な妨害を受け悲恋として終わってしまう。人を上等下等だのランク付けされた世界に、本当の愛は無い。と林檎は強く思う。
自分でも何を言っているかわからない。この世界、人間の世界だってそんなのは当たり前に存在する。自身の言っていることは可笑しい事ばかり。意味不明だ。仮に自身の思いが相手に伝わったとしても、その考えがあまっちょろい、世間知らずな子供の考えだと否定されるのは自分でもわかっている。だけど――林檎は歯がゆそうな表情を浮かべ、腕で勢いをつけ布団から上体を起こした。そして横になっている咲を起こし、華奢な咲の両肩を力強く掴んだ。
「だ、ダーリン? 林檎?」
言い直し、急にどうしたの? と問いかける咲に、林檎は語尾を強め問う。その物言い、真剣な眼差しに鼓動を速め、頬を染める咲。
「それでも、お前だって好きな男が………悪魔や死神の中にいる、いたはずだ」
「私が好きな人は、あなた。林檎だけ」
咲が恥ずかしげもなくそう言うと林檎は「咲だって俺と出会う前に好きだった奴がいたはずだろ」と問い直す。咲はいないと否定しようとしたが、途中で何か思いつめたように俯いた。
「好きな人はいたけど、無理だったの」
「無理?」
どうして。と林檎は聞いた。咲はゆっくりと、あまり話したくはない。と言った表情で、それでも林檎がどうしても聞きたいならと、当時のことを語った。
「私がまだ学校に行ってた頃、小さいとき、ダーリン達でいう小学校高学年くらいの時かな。私もあの時は普通のちょっとお転婆で、休み時間になれば同じクラスの男子や女子と遊んだりする明るい女の子だったの」
懐かしいなあ。と言った表情で昔話を始めた咲。咲のいた学校ではちょっとませたリリスタイプの女の子、リリスタイプの女の子にちょっかいをかけては、その反応を見て楽しむお調子者な鷲鼻のゴブリン、狼やイノシシなどの獣タイプの半獣タイプの男の子、女の子、本の虫な魔女っ子、ちょっと生臭いけど綺麗な顔の人魚など、様々な種族が通っていた。と林檎に説明する。
「明るかったってことは、当時は咲の目も輝いていたとか?」
林檎の問いかけに「この目は生まれつき。黒真珠のようできれいでしょ?」 と下瞼に振れ笑う咲。林檎は「そうだな」と相槌を打ち、話を続けてくれと咲に頼む。「咲はまだ話さなきゃダメ?」と聞くが、林檎の返答を聞く前に先ほどと同様の口調で話を再開する。
咲はその小学校時代に、生まれて初めて恋をした。好きになった相手が出来た。周囲の友達に相談し、勇気をもらった咲はある日放課後、勇気を出して、クラスで凄く人気だった吸血鬼の男の子に、一生懸命告白した。その子は当時名門のヴァンパイア一族の4男で、家族の中でも随一の容姿を持つ。と言われていたら。事実ファンクラブも多く、彼に血を吸われたいと騒ぐ女子が後を絶たなかったという。
そんな男の子に告白したのか。勇気があるなと林檎は心の中で咲を褒めた。
「結果はどうだったと思う?」
今の咲の状況から振られたのは明らかである。と思う林檎であるが、答えを濁しどうなったんだ? と聞き返す。すると咲はヘラヘラ笑いだした。
――結果は惨敗。
林檎は一瞬黙り込んだ。すると咲は笑いながら、「聞いてよー」と林檎の方をポンポンと叩いた。
「『ぬり壁と結婚はご免だ。お前白いから血色も悪そうだし。やめてくれよ。お前なんかと付き合ったらランクが下がっちまうぜ』なんて言ったんだよ。信じられる?」
笑ったかと思えば今度は少し怒りのこもった口調で最悪と呟くと、手の平でバンバンと強くやわらかな羽毛布団を叩いている。
「悔しくて悔しくて悔しくて私、家に帰っても涙が止まらなかったんだ……うん」
後になって応援してくれた子の中には、自分と同様にそのヴァンパイアに好意を抱いている子がいたらしく、後日ファンクラブで咲のことを『ぬりかべ女』と嘲笑っていたらしい。そう語る咲に女って怖い。と思う林檎である。
「だいたい、当時なんてみんなぺったんこじゃん……リリスタイプ以外」
昔を思い出しブツブツと文句を連ねる咲をなだめ、「辛かったな」と慰め、続きを促す林檎。すると咲はくつくつと笑いだし、事の顛末を話した。
「そんな私を見たママがね、怒って次の日どうしたと思う?」
「ど、どうしたんだ?」
「『おお可哀相な咲、でも大丈夫。咲ちゃんの魅力が分からないなんて、なんて下等なヴァンパイア』って言うと、ママが家を出てったの」
舞台女優のように抑揚大きく、大げさにメフィストのまねをする咲。そしてメフィストが翌朝、笑顔で帰宅してきたと林檎に教える。林檎は「だから何だ? それがどうした? 」と咲に問いかける。
「学校へ行く途中、その男の子、家族、果てはペットまでが串刺しにされてたんだ」
「く、串刺し?」
「魔界名物、学校へ向かう通り道、とんがり公園でね」
「とんがり? ずいぶん可愛らしい名前だけど針葉樹でも生えているのか?」
「正式名称は串刺し公の園だけどね、うん」
「そ、それって」
あのドラキュラのモデルになった串刺し公のことか? あ、あれは戦場だから違うか。林檎は一人勝手に納得する。串刺し公の公園とは、ヴァンパイアの名を知らしめる一因となったヴラド氏を称えるべく作られた公園で、鋭く槍の穂のように尖った針葉樹が生い茂る公園だと教える咲。
それだけ聞くと普通だな。と思う林檎であるが、咲はその公園の木の意味について説明した。
「その木は皆殺しの槍とも呼ばれていて、血を吸って成長する幹まで赤い針葉樹。この意味わかる?」
「血を吸って成長する。か……まるでドラキュラだな」
林檎の言葉に頷く咲は、続けて「そう。その木は血を吸って成長する。無論、その血がヴァンパイアのモノでもね」と付け加えた。
「それって……」
ごくりと生唾を飲み、話に集中する林檎。咲も林檎の考えている通りだと答えた。
「私を振ったヴァンパイアの一族を、その木の養分にしたの。ヴァンパイアは血を吸う生物。通常の悪魔より血を含んでいるヴァンパイア達は、さぞ良い栄養となったでしょうね。うん」
大胆な発想に驚き口をあんぐりと開きっぱなしの林檎を見た咲は、柔らかい口調で続けて話す。
「もちろん私じゃなくて全部ママがやったの。うん。その惨状を見て家に帰った私を見たママが言ってたもん『あの一家、血が好きそうだったから沢山飲ませてあげたのよ。祖先を称える公園でたっぷりとね。あ、でもそうねえ、心臓と喉を貫かれたら、もう血は飲めないかしらね、アハハハハ』」
蝙蝠に変身する隙も与えず、娘を酷く振ったからという理由で、その家族を皆殺しにした母。一度目で心臓を一刺し。まずは威厳タップリの髭を蓄えた父親から。二人目は将来を期待され、ヴァンパイアとしての出世街道を約束された兄を、貫いたらしい。ヴァンパイア達は反撃しなかったのか? と林檎が聞いた。
咲は先ほどの魔界にはメンツが大事とでも言うように、ランクがあることを再度林檎に伝えた。その際に、自身の母の方がそのヴァンパイアより上級であること。相手のヴァンパイアがいくら名家名家と謳っていようとも、更に上のヴァンパイアとも交友のあったメフィストは自身の娘を侮辱されたことを理由に、上級ヴァンパイアを恫喝。
地獄でもトップ中のトップでもあるルシファーと古くから交友のある母、メフィストフェレスの逆鱗に触れ、自身も断絶されることを恐れた上級ヴァンパイアが、その責任を一家族に全て押し付けたことが相手の反論を受けなかった理由だと、咲は震えながら言う。
たかが子供同士の告白程度の事件で、そこまで非情に徹する母を思い咲は震えるも、話を続けた。
「最後に殺されたその男の子、ほかの家族もだけど、体中、喉や心臓だけじゃなく、足も、手も、いたるところに杭が打たれていたの。きっとママが自分たちの配下や、普段彼らを嫌っていた連中にやらせたんだ。後でママの常軌を逸した行為が問題にもなったけど、彼らのほうが格が下だから、お咎めは無し。ママの勝ちよ。うん……」
「格……」
魔界では格が大事になる。ドラキュラも、初代串刺し公やその父ならばそれなりの地位につけるが、彼に噛まれてドラキュラ化したものはゾンビや奴隷同様、地位が低い。今回殺された家族も元は地位が低かったようだが、一生懸命年数を重ね、上級種に頭を下げのし上がってきた人たち。と、咲は補足する。
また林檎たちの世界での名著『ファウスト』にも登場するほどの悪魔、メフィストフェレスのように人間界での知名度や実績が高ければ、魔界でもそれ相応のポストにいられる。逆もまた同様である。そう咲は説明してくれた。
「それ以降、友達だった子も私から離れていっちゃったわ。うん。だって男の子も私に興味をもたれると殺される。って騒ぐし、女の子も女の子で、リリス系やサキュバスの女の子とかやんちゃ系の女の子は陰で私のことを、あの事件以降、『親の七光りブス』ってバカにはしていたみたいだけど、ママが怖いから直接は言わない。中には親切にしてくれる女の子もいたけど、やっぱり少数を除いて離れちゃった。うん」
俯き悲しそうに話すも、すぐに前を向き白く光る歯を見せ笑ってごまかす咲。けれどシーツや咲の手の甲にはぽたぽたと雨が滴り落ちた。




