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 文香の家に居候をして数日たった林檎であるが、台所に立つことは少なかった。文香曰く台所は女の戦場だからと、林檎が食事を用意するのを文香はあまり好まなかったためである。

 そのため林檎が台所に立つときはお茶を飲むときに薬缶を沸かすくらいだ。改めて台所に立ってみると林檎はあることに気が付いた。この家のキッチンが意外と広く設計されており使いやすいことだ。I型の台所は、ガス周りと流し台の間が広いシステムキッチンとなっており、流し台も幅広にとられている。そのため洗った野菜を置くスペースや、使った食器を水に浸ける為のプラスチック製の洗い桶を置くスペースもとられてある。もっともそこでは水につけるだけで、洗うのはその横に設置した食器洗浄機だ。

 ガス周りはガスではなくIHコンロが2口とその奥に小さな口が一つあり、その下には魚を焼くグリルがあって開きやサンマを焼くのに便利だ。ガスコンロと違い起伏が少ないため、IHはレシピ本を見ながら料理するには最適だろう。そんなことを思いながら林檎はすたすたと冷蔵庫前に行くと、観音開きタイプの大型の冷蔵庫の扉を開けペーストタイプの白い甘酒用の酒粕を取り出した。そしてそれの封を切り先ほど文香が出した雪平鍋に移す。

 ――甘酒、スキー場やお正月の神社で好まれる飲み物。最近は板状ではないペースト状の酒粕が市販されているため、存外溶かす時間が短く簡単に作れるようになっている。冬の飲み物。実は江戸時代には夏の飲み物だと知り驚いたこともある林檎だった。

 水を張り、生姜焼きように買ってあった生しょうがを少しすりおろし、雪平鍋に投入する。次に火にかけ、ゆっくり玉にならないようにかきまぜる。途中玉が無くなってきたら隠し味の日本酒を適量投入し、アルコールを飛ばすため弱火から強火にする。ある程度沸騰したら再度弱火にし、砂糖を加え味を見る林檎は、缶よりは少し甘さ控えめだと思うも、あまり甘すぎるのも飲みにくいだろうと判断し火を止め、最後に甘みを引き出すために塩を一つまみ入れたて終了。出来上がりである。

「ね、簡単でしょう?」

 自分以外いない台所で料理番組のように呟くも、なんだか気恥ずかしくなってしまった林檎。甘酒を作ったのは良いが実際問題大量に飲むものではないので、缶で買った方が美味いし楽だ。

「でもこれお湯と酒で溶いただけだし、料理じゃないな。うん」

 作っている最中にも思ったことを林檎は呟き、最終的な味見をするために雪平鍋からお玉で少しだけ甘酒をすくい、飲んでみた。少し酒粕が解けきって無いような気もするが、手作りってことで誤魔化そう。そう思い振り返り居間にいる二人を呼ぼうとする。

「良い匂い……」

 しかし呼ぶ前に林檎の後ろには匂いに釣られた猫がいた。真黒な着物を着た咲がいつの間にか林檎の後ろ隣に立ち、甘酒の入った鍋の匂いを嗅いでいる。

「うわ、何時の間に」

「だっていい匂いしたんだも―ん」

 舌を出し悪びれずそう言った咲は猫のように林檎にすり寄り、いつの間にか林檎の腕に手をかけ。くっついている。

「くっつくなって」

 林檎が離れろと指示を出すも、咲は甘酒に興味津々だといった様子で話を聞かない。しかしそれでいて林檎からも離れようとはしない咲。

「こら!」

 じゃれる咲の頭に雷が落ちた。小さく悲鳴を上げた咲は林檎から少し離れ両手で頭を抑えている。文香が咲の頭に拳骨を落としたのだ。

「いったあ!」

 ジンジンと痛む頭を抑えながら咲は目に涙を浮かべ、文香をキッと睨む。しかし文香は自業自得だ。林檎は渡さない。と言ったように睨み返す。

「勝手にいなくなって……トイレに行くんじゃなかったの?」

「えへへ、そうだっけ? あ、嘘です、林檎の傍にいたかったんです!」

 誤魔化すように咲は笑うが、それと同時に文香は咲のほっぺを左右から引っ張る。すると咲のほっぺは餅のように引っ張られ、更に涙を浮かべ謝る咲。。

「じゃ、わかるわね?」

「はーい」

 赤くなったほっぺを抑え、咲はしぶしぶだが林檎から離れる。すると文香も満足そうな表情を浮かべると同時に、「ほら氷嚢」と手際よく用意された氷嚢を咲に渡した。咲もそれは素直に受け取り礼を言うと、腫れた頬や頭に当て気持ちよさそうな声を出している。

「相変わらず面倒見がいいな、文香は」

 素直に思ったことを述べ褒める林檎の方を振り向いた文香は、林檎の傍に近寄り自身の腕と未来の夫? である林檎の腕を絡ませる。そうなると面白くないのは咲である。先ほどから文香が睨んでいた通り猫を被っていた咲であるが、それが徐々に徐々に、本性を見せてくる。

「あー、ずっこい!」

 咲も文香の様子を見てワーワーと不平不満を垂れている。

「ダーリンは私のなの。うーん、良い匂いねー それとも何? ダーリンを奪う気?」

 文香の言葉にぐぬぬと歯がゆい思いをする咲だったが、反論はしてこない。文香は咲を無視し甘酒に興味があったようで、甘い匂いを発する鍋に顔を近づけクンクンと鼻を鳴らした。

「あったまるし、実は美肌にも良いんだぜ」

「ほんと?」

「飲も! すぐ飲もう!」

 喧嘩していたはずの二人だが、美肌と聞いて目の色を輝かせ甘酒を求めてきた。天使も悪魔も美肌ってワードには弱いのか。 やはり女の子なんだなと林檎は実感する。

「あ、ああ。この前読んだ発酵についての本で書かれていたし、たぶんな」

「ふふっ、この甘酒みたいに綺麗な肌で……」

「美肌、女性ホルモン、バスト……」

 ペタペタと自身の平らな胸を触る咲は、甘酒を飲んだ後の姿を想像したのか胸の前で山のような曲線を描きほくそ笑んでいる。

「咲、甘酒にそんな効果はないぞ」

 林檎の残酷な言葉を聞きその場に崩れ落ち、ショックを受けた様子で四つん這いになった。そんな咲を見た文香は笑い、助言をした。

「あら、咲ちゃんはその体型が似合ってるわよ?」

「ま、年取って萎んで垂れる心配は無いからね」

 文香の嫌味に似た発言を聞き、何事もなかったかのように立ち上がった咲は嫌みで返した後で唇を鳴らし風船の空気が抜けるような音を発し煽る。

「それって私のこと? 咲ちゃん、女の人はね、このくらいあった方が喜ばれるんだよ」

 文香も咲の言葉に反応し自分の胸を手で寄せ、咲と林檎にアピールしている。

「そう? 林檎も文香さんより、私みたいな無駄な肉が付いない女の子のほうが好きだと思うけど? うん」

 だよねと林檎に問いかける咲だが、それを遮るように文香はセーター越しからでもよくわかる、むしろ体のラインがわかりやすいセーターだからこそか、柔らかそうな胸を寄せて巨乳を林檎にアピールをする。

 甘酒の効用の話からなぜか二人は笑顔でお互いを罵り始める。

 文香はあまりにも無い咲の胸を見て「虚乳」と罵れば、咲も負けじと「デブ、尻でか。去年のスカート入らないだろ」と言い返す。尻でかに反応した文香は「大きくないし!」 と言い返すも、気にしていたようで少し涙目になっている。しかし負けずに、「エコ体型、服買い替えなくて楽でいいね」と咲の気にしている体型に着目し口撃する。すると咲もナイフで刺されたように胸を抑え、「ま、毎年買い替えてるから。サイズは変わらないけど」と言い返し涙目になる。しまいには肌年齢、肌のもちもち具合、体の柔軟性など比較対象を変え泥仕合を繰り返す二人に飽きれてしまう林檎。

 ヒートアップする二人にはこの際だから言いたいことは言わせてあげよう。と考えた林檎は食器棚から適当なマグカップを三つとり甘酒を注いでいる。均等に注ぎ終えた甘酒をお盆に乗せ口喧嘩を続ける二人の脇をすり抜け、居間の炬燵テーブルに置くと、自身も座布団に座りのんびりと甘酒を飲もうとした。

 するとそんな様子をみた文香が林檎に声をかける。文香の方を見て林檎は「甘酒冷えるぞ」と二人に忠告すると、文香はおもむろにカシミアのセーターを脱ぎだした。

「ダーリン?」

 レース状のピンクの下着越しにぷるんと揺れた豊満な乳を寄せ林檎にすり寄った文香は、グラビアアイドルのように胸を寄せ問いかける。

「お、おい」

 服を着ろという林檎に、「答えてあなた」とすり寄った文香の吐息、胸に心臓の鼓動が速くなる林檎。迫ってくる文香を止めようとする林檎だが、文香の蠱惑的な誘いに、婚約者という設定を保護にしてしまいかねないと強気に出れない林檎。この状況を止めたのは、やはり咲だった。

「これ、嫌いなの?」

 マグカップを持っていた手に振れ、そのマグカップをテーブルに戻した文香は、空いた手を自身の胸へと伸ばした。

「ちょっとその体勢卑怯!」

 我慢の限界。と咲は文香の足を掴み、リンゴから無理やり引きはがした。けれど甘酒に酔ったわけでもないのに顔を真っ赤にする林檎を見て、やはり自分とは正反対な文香の胸が気に入らないのか、「巨乳なんて大嫌い!」と文香の胸を指差している。

「なんだ、やっぱりダーリンを諦めたって話、狂言だったのね」

「あっ!」

 鬼の首をとったかのようににやにやと笑いセーターを着直す文香と対照的に、あたふたと訂正しようとする咲。そんな姿を見て最初から計算で、俺たちは文香の掌の上で踊らされていたのかと驚愕する林檎だが……。

「セーター裏返しだぞ」

 林檎の指摘に恥ずかしそうに声を出し、慌てて脱ぎ、再度着直す文香を見て計算ではないことを知った。一方咲はしまったというような表情をしているが、、時すでに遅し。文香に林檎への恋心を、諦めていない。隙あらば。といった考えを見透かされた咲。セーターを着直した文香に名を呼ばれた際には殴られると思い、身を竦める。

「咲ちゃんも成長すると良いね」

 目をつぶった咲の胸に人差し指を当てそれだけ言うと、林檎が用意したマグカップの一つを咲に差し出した。咲はそれを受け取ると座布団に座り直し、甘酒に口をつけずにテーブルにマグカップを置いた。

「咲」

「……なに?」

 返事はするも、咲は林檎の方を見ずに自分の貧しい、平らな胸を見つめ撫でている。

「人それぞれ、気にするな。それが好きだっていう人もいるんだ」

「……」

 無言の咲を見た林檎はフォロー失敗か? 失敗だな。と悟り、「甘酒覚めるぞ」とだけ言って自身も甘酒を一口飲む。

「林檎も?」

「え?」

「林檎はどうなの?」

 咲は相変わらず胸を触りながら林檎に問う。やはり小さいことを気にしているのだろう。

「俺はだな……」

「俺は?」

 咲は期待した目で林檎を見ている。

「俺は……?」

「俺は?」

 さて、どうするこの状況……そうだ。林檎は妙案を思い浮かんだといわんばかりに咳ばらいをし、咲を見つめる。その答えを待ちドキドキしているのは文香も同様で、林檎の答えを聞くべく耳を澄ませる。


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