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第四章 攻防と安らぎ

「・・・あの、ここですか?」

ラデューの部屋を出て、少し奥に進んだ所にハイドの部屋はあった。

中に入るとラデューとは趣が違った部屋が広がっていた。

ラデューの部屋は書斎のような感じで、中央に大きな水晶が置いてあった。

全体的に暗めの調度品で揃えられていたが、ハイドの部屋は間逆だった。

白を基調とした部屋には必要最低限の家具しかなく、水晶も見当たらない。

片付いているというよりは、素っ気無いぐらい物がない部屋だった。

両側の壁にはそれぞれ扉が付いていて、それぞれ浴室と寝室だと教えてくれた。

「そ。ここが俺たちの部屋だよ」

「・・・俺たち?」

さっきの説明では、私は別に部屋を与えられるんじゃなかったかな?

ハイドを見上げた私の目に疑問の色を見て取ったのか、にっこり笑って

「俺はアイリとずっと一緒にいたいから、同じ部屋でいいよね?」

とんでもない事を言ってのけられましたよ。

言葉が出ずに口をぱくぱくさせる私を面白そうに覗き込む。

「もちろんアイリの服やなんかは一式用意させるし、クローゼットも別に誂えるよ。まぁ・・・寝室と浴室は一緒だけどね」

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりそんな・・・」

恋人みたいな事を。

そう言いたかったが、さすがに思いとどまる。

そんな自惚れた事言って、さらりと否定されてしまったら物凄く恥ずかしい。

「専属は常に主人に付き従うものなんだって聞いただろう?それに、アイリは明日からアベルの所で魔術を学ばなくちゃいけない。ほぼ1日中部屋を空ける事になるんだしさ、勿体無いじゃん」

「それは・・・そうですけど」

確かに明日からアベルさんの下で魔術の特訓をする事になっている。

それにハイドはハイドで仕事があるだろうし・・・って、いやいや!

「寝室と浴室が一緒だって事が一番ネックなんですよ・・・」

そこ以外は最悪同室でも構わない。だけど、そこふたつ一緒にしちゃうと色々と問題が!

ぶっちゃけハイドのお風呂上がりなんて見てしまった日には顔が沸騰してしまいそう!

ひとりであたふたしている私を見て、ハイドは我慢の限界とばかりに吹き出した。

「あはははは!必死すぎて可愛い・・・!」

ひとしきり笑った後、

「まぁまぁ、どのみちアイリの部屋を整えるのには数日かかるよ。何せ君は着の身着のままだからね。専属の制服やら日常服やら、揃えなければいけないものが山ほどある」

そう聞いて、ふとある不安が頭をよぎった。

「あの・・・部屋代や洋服代、とかはどうすれば・・・?」

そう。私は着の身着のままでここに来た。

電車の中にいた時はカバンを持っていた筈なのに、ここに飛ばされた時には紛失していた。

したがって私にはお金というものを一切持ち合わせていないのだ。

・・・まぁ、日本円がここで通じるとは露ほども思わないが。

「あぁ、それなら気にしなくていいよ。部屋は与えられる物であって代金っていうのは存在しないし、服や家具なんかは全部俺が設えるからね」

・・・え?

「あの、全部ハイドさん持ちなんですか・・・!?」

「そうだよ。だってアイリは俺の専属なんだから」

サラッと言われて私は青くなった。

「制服はもちろん必要だとして、取り急ぎ日常の服を数着誂えなくちゃいけないな。どのみちもうすぐ制服の採寸にやって来るだろうから、その時アイリに似合いそうな物を王宮の職人に頼んでおこう」

楽しそうに言葉を重ねられ、慌てて口を挟む。

「あ、あの!お給料が出るまで制服だけで結構です・・・!日常の服は自分で買いますから!」

恐らく日中は制服で過ごす事になるだろうし、しばらくは今の服とのローテーションで十分!

それに王宮の職人が作る服なんて、いったいいくら掛かるのか想像もつきません!

一生懸命言い募る私を見て、ハイドは意地悪そうな顔で笑った。

「俺はそれでも構わないよ?でも・・・」

「でも?」

「今の服装は専属が着る物としてはあまりにも質素だから、それで生活は出来ないね」

そう言われて私は自分の服装を見下ろす。

ハイドやラデューが着ている物とは明らかに生地が違う、古着屋で買った質素なワンピース。

指摘された通り、この豪奢な王宮には場違いすぎる。

それにハイドの専属という事は、彼の名誉にも影響が出てくる。

「まぁ・・・」

意地悪な笑みを更に深くして、

「部屋では裸のままでも俺は構わないけどね?」

とんでもない一言を投下してくれた。

「・・・・・・!!」

顔が真っ赤になって、ハイドを直視出来ずに俯く。

「顔、真っ赤だよ?・・・ほんと、可愛いね、アイリ」

するっと頬に手を伸ばされ、反射的に後ずさってしまう。

直後、失礼な事をしてしまったとまたしても慌てる。

「ご、ごめんなさい!あの、こういうスキンシップには慣れてなくて・・・!」

「うぶなんだね、アイリは」

いやあの、そりゃ22歳なんだから恋人はいた事ありますよ!?ただあなたは私の許容範囲を色々と遥かに超えてますから!

って事を口に出して言えたらどれだけ楽か!

「で、どうする?大人しく俺に服を用意させるか・・・それとも」

「用意してくださいお願いします!」

みなまで言わせず私は早口で突っ込んだ。

そんな私をハイドはくすくす笑って眺めていた。・・・くそー、余裕だな・・・

「仰せのままに。・・・アイリ、ここまで色んな事があって疲れてるだろう。少し休むかい?」

「あ・・・はい。少し、落ち着きたいです」

本当に色んな事が起こった。色んな事を頭に詰め込んだ。

しかもこちらではまだ夕方だが、ここに来る前は夜だった。そのせいか、急に疲労と眠気がやってきた。

「顔が相当疲れているね・・・もうすぐ夜だし、採寸は明日の朝にして貰おう。おいで、寝室に案内するよ」

そう言って案内してくれた寝室は、案の定というか何と言うか、豪華だった。

今いた部屋と同じく白を基調とした家具が置かれ、真ん中にキングサイズ以上はあろうかという巨大な天蓋付きベッドが鎮座していた。

遠目から見てもふっかふかなのが伺えるベッドに、ダイブしたくなる衝動を必死に抑える。

「こ・・・こんな大きいベッドにハイドさん一人で寝てるんですか?」

「そうだよ。本当はもう少し小さくても良かったんだけど、侍女達にふさわしくないと猛反対されてね」

それはそうだ。こんな広い部屋に小さなベッドなんて、逆に浮いて仕方がない。それにこの国で二人しかいない聖騎士の名誉についている人なんだから、反対されて当然なのだろう。

「ま、今となっては彼女たちに感謝しているけどね。二人で寝てもまだまだ余裕だから」

「・・・・・・うぁ」

あんな天蓋つきのメルヘンなベッドに二人で寝ている姿を想像してしまい、変な声が出た。

「そんな声出さなくても。大丈夫、今は一人でゆっくり眠るといいよ。俺はまだ少し用事が残っているからね」

そっと背中を押され、恐る恐るベッドの隅に腰掛ける。

恐ろしく柔らかくて気持ちいい肌触りに、一気に心がほぐれていくのが分かった。

「お気に召したかい?」

うっとりと目を細める私を満足そうに見ながらハイドが聞いてくる。

「こんなふかふかなベッド、人生で初めてです!・・・ハイドさん、本当にありがとうございます」

「・・・ねぇ、感謝ついでにひとつ約束してくれないか?」

「なんでしょうか・・・?」

ハイドは聞き返す私の横にそっと腰掛け、私を見つめた。

「これからは敬語はなし。俺の事はハイド、で良いと先刻言っただろう?」

「だ、だって、これからハイドさんの専属侍女になる訳ですから、敬語は必要ですよ」

「だーめ。そんな他人行儀、俺は嫌だ。ね?これは主人として最初の命令だよ」

「でも・・・」

「そうだな・・・これからアイリが敬語を使う度にキス、って事で」

「んなっ!?」

予想の斜め上をいくハイドの発言に思わずのけぞる。

「それが嫌なら、敬語はなし!分かった?」

「わ、分かり・・・」

言いかけて慌てて口を押さえる。あっぶな!

「・・・分かっ、た。ハイドの言う通りにし・・・する」

我ながらグダグダだ。

何とか言い切った私の頭をぽんぽんと優しく叩いて、

「別に間違ってくれても良かったのに。そしたらアイリとキス出来たのになー」

悪戯っ子のように笑った。

「も、もう!からかわないで・・・」

「ごめんごめん。さぁ、俺はそろそろ行かなくちゃいけないから、アイリはゆっくりお休み。戻って来るときにナイトドレスを持ってきてあげるよ。その格好では少し寝づらいだろうからね」

そう言ってベッドから腰を上げ、ハイドは寝室を出て行った。

その背中を見送った後、私は靴を脱いでベッドの真ん中に身体を投げた。

斜めに横たわってもまだまだ余裕のあるふかふかのベッドは、自分がいつもと違う世界にいるんだという事を再認識させられるものだった。

(・・・私・・・元の世界に戻れるのかな)

天井を見上げたまま、ぼんやりと考える。

占い師は、どうして私を選んだんだろう。

(・・・そういえば)

『この世界にあまり未練はなさそうだね』って、言っていた。

確かにあの時は、周りの人全てが敵に見えていた。

幸福そうな顔が憎らしかった。もちろんそうでない人もいたのだろうが、歪んだ心のフィルターがそう見せていた。

(ラデューさんは・・・ハイドと二人で守るって、言ってくれた・・・)

二人の顔を思い浮かべると、心が少し軽くなった。

これから分からない事だらけの渦に巻き込まれるんだろうが、ハイドとラデューがいれば乗り切れるような気がする。

それにしても。

(ハイドは・・・どうして私を専属にしてくれたんだろう・・・)

それに妙にくっついて来るのも疑問だった。

初対面の人間にあそこまでベタベタするものだろうか。

当人を前にすると恥ずかしさが前面に出てそれどころではなかったが、こうして一人でいると違和感をおぼえる。

でも今は、彼らに頼る事しか出来ない。彼らの言葉を信じるしか出来ない。

考えてるうち、強烈な眠気が襲ってきた。

慌ててベッドの端っこに移動し、ぽふっと枕に顔を埋める。

ふわっと花のような香りが鼻をかすめた。

かんがえるのは・・・おきてから、に・・・しよう・・・

そのまま目を閉じると、急速に意識は闇に沈んだ。


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