第三章 力と契約
ラデューが書類を手に部屋を出て行ってから、私はハイドにこの世界の事を色々と教えて貰っていた。
それを簡単にまとめると、ここはレイランド王国という所で、ハイド達はこの国の王立騎士団に所属する騎士様だそうだ。
その中でもハイドとラデューは『聖騎士』という、騎士団でこの二人だけという最高の称号を持つ凄い人らしい。
剣術もさることながら、魔術にも長け、更に知識も多方面に亘る・・・上にこの美形、と。
なんか・・・完璧すぎて胡散臭いことこの上ない。
普段はこのお城に個室があるのでそこで生活しているが、城下町にも一軒家があるらしい。
今こうやって話を聞いているのはラデューの部屋で、ハイドの部屋はもう少し先にあるとの事。
有事の際にはいつでも国王の元に駆けつけられるよう、王族が住まう建物のすぐそばらしい。
・・・という事は、そう遠くない所に、この国で一番偉い人がいるんだと思うと、手に変な汗をかく。
いや、ハイドとラデューも十分凄い人なんだろうけども。
そして、私が目を覚ました小屋は『聖櫃の間』と呼ばれていて、ここに来る途中に言われたように普段は特殊な結界が張られていて、普段は人が近付けない様になっているらしい。
少しでも近付くと、結界の力で弾き飛ばされてしまうそうだ。
そしてその結界は、今のところハイドとラデュー、そしてアベルという大神官様しか解除する事は不可能だそうだ。
しかし今日、見張りによりその結界が消えているのが発見された。
不審に思った見張りは一人をハイドに報告に行かせ、残りの二人で内部の確認に赴いた。
それが私に槍を突きつけた二人組だった、というわけだ。
「驚いたよ。慌てて駆けつけてみれば、あいつら女性に槍突きつけてるし、君は君で半泣きだったしね」
後でみっちり説教しないと、と言うハイドに私は首を横に振る。
「あの人達がした事は間違っていないと思います。そりゃ・・・怖かったですけど、普段そんな厳重に封鎖されている所にひょっこりこんな変な格好した女がいりゃ誰だって警戒しますよ」
そう言って、
「ところで・・・聖櫃の間って、どうして封鎖されていたんですか?あそこには何もなかったと思うんですが・・・」
話題を変えると、ハイドは腕組みをして椅子の背もたれに身体を預ける。
「そうだね、確かに家具らしきものは何もない。だけど、部屋の中央付近に光がなかったかい?」
「あ・・・」
そうだ。
部屋の中央、窓もない空間に天井から床まで、真っ直ぐ一筋の光が存在していた。
「あの不思議な光の事ですね」
「そう。あの光を管理する為に建てられた小屋なんだよ、あれは」
確かに手をかざしても透過する光はそうそうないだろう。だけど、わざわざそれだけの為に・・・?
「不思議ですよね・・・手をかざしても透き通る光なんて」
「・・・アイリ、あの光に触れたの?」
驚いたようにハイドは私の顔を見る。
「・・・え?」
「あの光に触れたの?」
同じ事をもう一度繰り返され、私はこくん、と頷く。
「そうか・・・あの光に触れられたのか・・・」
そう呟くと、顎の下で手を組み、黙り込んでしまった。
もしかして・・・触っちゃいけないものだったんだろうか。
「あ、あの・・・ごめんなさい、触っちゃいけなかったんですか?」
恐る恐る声をかけると、我にかえったように私を見た。
「あぁ・・・いや、そうじゃない。あの光は特殊なんだ」
「私には特殊な事ばかりなんですけど・・・」
「それもそうだね。という事は・・・」
何か言いかけたその時、ラデューが戻ってきた。
「ハイド、専属の推薦書と契約書を持ってきたぞ」
「おぅ、サンキュー!」
「宰相殿がアイリに会いたがっていた。あとテオドール殿も非常に興味をもたれていた」
「げ」
テオドール殿、という言葉を聞いたあたりで、ハイドが露骨に顔を顰める。
「あいつもいたのかよ・・・」
「そりゃあ執務室だからな。いるのは当たり前だろう」
唸りながら頭をがりがりとかくハイドを見て、
「あの・・・テオドール様って?」
「この国の第一王太子であり、騎士団元帥でもあるお方だ」
ラデューが簡単に説明してくれる。・・・王太子、ですか・・・
「なんでそんな偉い人が騎士団やってるんですか?」
「あいつは変態だからなー。いつか継ぐ世界をよく見ておくため、とか言ってるけど、そこらの奴らじゃ相手にならないぐらい強い」
そう言うと椅子から立ち上がり、つかつかと私の横に来てソファーに座る。
「ね、アイリ、もしあいつに声かけられても付いてっちゃダメだからね?」
手を握られながらおもむろに言われ、私は目を白黒させる。
「え、えっ?」
「あいつに付いてったら何させるか分かんないからね!アイリは僕の傍から離れちゃダメだよ」
「あ、あの・・・」
「ハイド。話が飛躍しすぎているぞ。まずは専属が何かの説明をアイリにしてやれ」
あわあわと困っている私にラデューが助け舟を出してくれる。
そう言えば・・・私、この人が誰なのかあんまりよく分かってないな・・・
ハイドはちゃんと自己紹介してくれたけど、ラデューはすぐに部屋を出て行ったし、私もちゃんと自分の名前名乗ってない・・・
私の視線に気付いたのか、ラデューが少し首を傾げる。
「あ、あの・・・ちゃんと自己紹介してなかったなと思って」
立ち上がり、少し居住まいをただす。
「お二人とももう知っていると思いますが、私の名前はアイリです。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。この世界の事はハイドから簡単に教えて貰いましたが、まだ分からない事だらけです。これから色々助けて頂けると嬉しいです」
そう言ってぺこり、と頭を下げる。
でも、いつまでたっても何の反応もないので顔を上げると、なぜか感心したような顔で二人が私を凝視していた。
「な、何でしょうか?」
最初に口を開いたのはラデューだった。
「私はラデュリス・フォン・エルサーナ。こいつとは幼馴染みでな。二人で聖騎士を任されている。アイリの今後は私とハイドで手配するから、何も心配はいらない。ゆっくりこの世界に慣れていくといい」
そう言って私の手を取り、その甲に軽く口付ける。
その感触に、頬が赤くなるのを感じていると、横からぐいっと反対の腕を引かれた。
「何どさくさに紛れてキスしてんだよ。アイリは俺のだって言ったろ」
「今のは挨拶だろうが」
「それでも駄目だ!アイリに気安く触れるんじゃねーよ」
「お前の独占欲は相変わらず半端ではないな。アイリの事も考えて行動しろ」
う・・・何だか喧嘩になりそうな雰囲気・・・
「あ、あの・・・」
おずおずと口を挟む。
同時にこちらを見た二人に少々怯えながら、勇気を出して提案する。
「とりあえず・・・専属って何なのか説明して下さい・・・」
「・・・つまり、私がハイドさんの専属侍女になる、と。そういう事ですね・・・」
物凄く色々と説明を受けた事を端的にいうと、私は専属侍女という、ハイドを主人とする侍女の仕事に就くことになるそうだ。
専属侍女というのは、特定の人間のみに付き従うメイドの事で、主人の身の回りの世話から護衛のような事まで何でもこなすオールラウンダーなんだそう。
本来剣術や魔法に長けた人間が就くそうだが、貴族の気まぐれで、愛玩用・・・として囲う場合もあるらしい。
基本的に専属は主人と同室、もしくは隣室に常駐し、主人の要望にいち早く応える事が要求される・・・との事なのだが。
「わ、私・・・剣術も魔法も使えません・・・!」
当たり前だ。今までそんな事とは無縁の世界で生きてきたのだから。
特に魔法なんて、ゲームの世界でしかあり得ないし・・・!
どう考えてもハイスペックな人しかなれない職業だと分かると、頭を抱えたくなった。
そして、ふと嫌な予感が頭をよぎる。
「ま、まさかとは思いますが・・・愛玩用、とか言わないですよね?」
恐る恐る聞くと、
「んー、僕はアイリが望むならそれでも全然構わないよ?」
むしろそうしてしまおうか、とかとんでもない事を言うハイドに、
「いえっ、丁重にお断りします!」
そんな世界は本の中だけで結構です!
「で、でも、私本当に何も出来ないのに、専属なんて・・・」
無理です、と言いかけて口をつぐんで俯く。
無理と言って、それが通ってしまったら、私はこの世界で生きていけない気がしたから。
「それなんだけどさ」
ハイドの声に顔を上げると、何やら思案顔の彼と目が合った。
私の目を見つめた後、ラデューに向き直る。
「ラデュー、アイリは聖櫃の光に触れてる。きっと申し分ないはずだ」
「・・・なんだと?」
ハイドの言葉に目を見開き、驚いたように私を見る。
「・・・アイリ、それは本当か?」
「は、はい・・・私の手を透過するので不思議だな、と思いましたから」
「・・・ならアイリ。君は既に魔法を使える身体になっているはずだ」
・・・はい?
異世界に吹っ飛ばされた事も大抵だったが、これは今日一番の衝撃だった。
「私が・・・魔法を使える?」
「そうだ。あの光は並みの人間が触れると火傷をしてしまう光。・・・厳密に言えば、あれは光ではなく、魔力が凝縮している姿だ。その為、魔力を持たない人間には負荷が強すぎて耐えられない」
頭が沸騰しそうになるのを必死で堪え、こめかみに指を置く。
・・・ダメだ。そろそろ本格的に付いていけなくなってきたぞ・・・
「口で説明しても混乱するだけだって。なぁアイリ、ここにグラスがあるよな」
そう言ってハイドは机にワイングラスをカタンと置いた。
「アイリ、このグラスをじっと見るんだ。そして自分のタイミングで念じろ。『壊れろ』と」
そう促され、私は混乱しながらも言われるがまま、じっとグラスを見つめる。
しばらく見つめていると、グラスが微妙に震えた気がした。
今。
壊れろ!
念じた瞬間、内側から物凄い圧力がかかったようにグラスがばぁんっと音を立てて粉々に弾け飛んだ。
「!?」
破片が当たる!
咄嗟に避けようとしたが、破片は誰にも襲い掛かる事無く、不自然な軌道を描いて床に落ちた。
「大丈夫か?」
自身の前に手をかざし、ラデューが聞いてくれた。
彼が破片の軌道を全て変えてくれたのだろうか。
「私は・・・大丈夫です。ごめんなさい!お二人とも怪我はありませんか?」
「心配ない。障壁を張っておいた」
ほっとしたのも束の間、粉々になったグラスを見て背筋が寒くなる。
これ・・・本当に私が?
「よく出来ました。さすがアイリ!」
ハイドが笑って頭を撫でてくれたけど、私はラデューの顔を見る。
彼はとても険しい顔で、グラスを見下ろしていた。
「・・・まさかこれ程の魔力があるとは」
「正直俺もびっくり。ヒビ入れられる程度かなーって思ってたけど・・・見込み違いだったみたいだ」
「アベル殿に指示を仰がねばならないな」
「うーん・・・そうだな。ホントは嫌だけど、ちょっと手に負えない」
「・・・私、いけない事をしたんでしょうか・・・」
私の事で相談している二人を見て、不安になった。
見込み違いとか手に負えないとか・・・言われるとつらい。
「ん?いや・・・」
珍しくハイドが少し考えるように黙り込み、言葉を選んで説明してくれる。
「アイリの魔力を過小評価してたんだ。さっきも言ったように、グラスにヒビが入る程度の力しかないと思ってたんだ。けど実際グラスは粉々になった。アイリは分からなかっただろうけど、あのグラスは僕が強化の術を施しておいたんだ」
もちろんそんな事は分からなかった。ハイドは保険のつもりでかけた術を・・・私があっさり破った。
「そんな強く強化してた訳じゃなかったけど、アイリは易々とグラスを砕いた。正直予想外だった。・・・万が一この魔力が暴走してしまうと、アイリにも危害が及ぶ可能性は否定できない」
そこでソファーに身を預け、少し納得いかないような表情を見せて続きを話す。
「アベルはこの国で一番魔術に詳しい奴だ。だからそいつに魔力の制御が無意識下で出来るよう教えてもらう必要がある。・・・アイリを他の男の所に行かせるなんて嫌だけど、悔しい事に僕では力不足だ」
「私・・・要らなくなった訳じゃないんですね・・・?」
思わず呟いた言葉にハイドは即座に反応する。
「何言ってるんだよ!アイリはずっと俺の傍にいるの!分かった?」
僕、と言わずに俺と言ったハイドの真剣な表情を見て、心が落ち着くのが分かった。
「ハイド、一人称が崩れてるぞ」
的確にラデューがツッコミを入れる。
「いいんだよ、アイリの前で作るのはやめた!」
「それは自由にすればいいが・・・アイリ」
そこで一旦言葉を区切って私に向き直る。
「ハイドの言う通り、アイリの魔力は恐らく尋常ではない。もしかすると、ハイドを凌ぐものを持っているかもしれない」
重々しく話すラデューの表情を見て、居住まいをただす。
「最善策としてはここで専属の契約を結び、ハイドから直接アベル殿に紹介してもらう事だ。・・・どうする?」
・・・どうするもこうするも、私に選択肢はひとつしかない。
それに、この二人から離れて生活するのは、嫌だと思った。
「・・・ハイドの専属になる契約を、結びます」
「そうか。それではここにサインを。・・・あぁ、捺印は拇印で構わない」
羊皮紙の指された部分にサインをする。使った事のない羽ペンだったから少し滲んだけど、読める字は書けた・・・つもりだったんだけど。
「・・・ほう、アイリの国ではこう書くのか」
「どれ?・・・うわー、全然読めねぇや」
・・・結局どう書いても一緒だったみたい。
「さて、それではハイド。契約内容に異論がなければここにサインを」
「異論なんてないない!・・・はい、終了!」
さらさらとサインをしてラデューに羊皮紙を渡し、その手で私の頭を撫でる。
・・・これにもそろそろ慣れないといけないの、だろうか。
「・・・よし。ではラデュリス・フォン・エルサーナの名において、二人の間に専属契約が結ばれた事を確認した」
「ハイドシーク・エル・リアーシュの名において、アイリを専属とする契約を結ぶ事を国王に願う」
「・・・では、俺はこれから書類を提出して来る。アイリ、ハイドに部屋へ案内してもらい、少し休め。これからたくさんの新しい知識を身に付けなければいけないからな」
「あ・・・はい。あの、ラデューさん、色々ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、温かい手がそっと頭に置かれる。
「気にするな。お前の事は俺とハイドが守る。今はゆっくり休め」
顔を上げるとわずかに微笑むラデューと目が合う。
その微笑みは嘘偽りがないように見えて、心のつかえが取れるのが分かる。
「ハイド、アイリを頼むぞ」
「言われなくても。ほらアイリ、おいで」
ドアの前で伸ばされた腕を、私はしっかりと掴んだ。