5
山道を走る。
これでもかってくらいに走る。今晩はよく走るな。肩に担がれた神林は時折痛みに声を漏らしている。出血が止まらない。神林の着ている白いブラウスがみるみるうちに紅く染まっていく。どこか大きな血管でも傷つけたのか?
「取り敢えず、病院行くぞ。しっかりしろよ」
「……」
神林はか細い声で呟いたが、荒い呼吸音で聞き取れない。
「何だ?」
「……病院、は、いや」
「いやって言ったって……」
「……お願、い」
不覚にもドキッとした。
「仕方ねぇ」
俺は病院とは違う方向に進路をとる。
こんな時に頼りになる人は一人しかいない。俺は数少ない知り合いのもとを目指した。慣れた道でも夜だと少し戸惑う。
「神林、大丈夫か?」
声をかけてみるが返事は無い。これは危ないのではないか? スピードを上げようにも体力的に無理だ。足がもつれて転びそうになるが、なんとか持ち直す。もう少し、次の角を曲がればすぐそこだ。
「もうすぐだからな……」
角を曲がる。十五メートルほど先に目当ての家が見えた。
「それで、何があったんだ? こんな夜中に血だらけの女の子を担いで来るなんて。まさか、お前……とうとう手を染めたのか?」
「何に?」
今、俺の目の前に居る男は鏑木澪斗。俺の従兄弟であり、俺の居候先の主だ。つまり俺は神林を自分の家に運んできたのだ。今、神林は処置を受けて眠っている。
「それで、傷の具合は?」
「傷は深くなかったからな。止血をしとけばあとは大人しく寝てればいい。全く、お前は慌てすぎだ。」
「いや、普通慌てるだろ」
鏑木は鼻でふんっと笑うといつも通りの不機嫌そうな顔で睨んできた。
「平和ボケしすぎだ」
そう言われたら返す言葉が無い。鏑木はそんな俺の様子を見て再び鼻を鳴らした。
「まあいい。取り敢えずこれは自分でなんとかしろ」
鏑木は神林のブラウスを投げつけてきた。大部分に血が染みてしまっている。
「いや、俺に渡されても……ていうか、神林は今何着てんだ?」
「裸だ」
「おい!」
慌てる俺に対し、鏑木はつまらなそうにしている。
「冗談だ。適当に服を貸してある」
こいつも冗談を言うのか。いつも不機嫌な顔をしているくせに。
「俺は疲れた。全く、こんな時間に怪我人の止血をするとは思わなかったからな」
鏑木は愚痴を零しながら、自室へ戻る。
「本当に助かったよ」
俺はその背中に声をかけた。
「厄介事はもう勘弁だ」
鏑木は振り向きもしなかった。不器用な奴だ。
さて、俺も寝るとしよう。今晩は色々と疲れた。
翌日の朝、神林の姿は家のどこを探しても見当たらなかった。