4
感想を聞かせていただければ幸いです。
神林は鞘から一息で刀を抜いた。鞘を左手に持ち、右手は切っ先を地面に向け、力無く刀を握っている。隙だらけな構えだが、慣れているのか一連の動作は様になっている。下げられた刀身は淡い藍色の光を帯びている。それはさっきの光とは違って、清らかで神々しい光だ。夜陰の山中では一際目立つそれを握り締めた少女は相変わらず真一文字で、どこか滑稽に思える。神林はゆっくりと大蛇へと近付く。でも何でこいつは一々動作がゆっくりなんだ? 下らないことを考えていると、大蛇と神林の戦闘が始まった。先手を切ったのは大蛇の方だった。大口を開けて神林に喰らい付こうと首を振り下ろす。迎えて神林は右手の刀を正面に持ち、鞘を交差させて十字に構える。大蛇の口から長い無数の牙が喰らい付かんとするが、大蛇から噴き出す黒い霧と、神林の刀が発する光が互いに退けあう。両者が直接触れ合っているわけではないのに、激しくぶつかる衝撃と轟音が生じる。しかしそれでも、大蛇の力は神林に影響を与えているようだ。神林の立つ地面が一気に陥没する。見るからに凄い衝撃なのに当の神林は涼しい顔で佇む。物理法則に従えば、あの華奢な足などへし折れてしまうはずだ。それでも彼女は立っている。相変わらずの真一文字で。数秒間続いた拮抗を破ったのは神林だった。神林は刀を自分の右下に引く。大蛇は突如支えを失い前のめりになった。去なされた大蛇の巨大はそのまま前方に進んでいく。すかさず神林はその脇に入る。刀を片手でバトンのように反転させ、逆手に持ったそれを下から一気に切り上げた。大蛇自信の勢いを利用した素晴らしい攻撃だ。始めは神林の刃を弾いていた大蛇の鱗は許容範囲を越えた斬撃に、鈍い音をたてて斬り裂かれていく。
「ヴァァァァァァァァァァァァッ!!!」
苦痛からでる叫びなのか、大気を震わせる怒声を上げながら林に頭から突っ込む大蛇。斬り口からは赤黒い霧が噴き出す。その様子を静かに見つめる神林は、正直……滅茶苦茶怖い。大蛇が勢いを失い最期の呻きを終えると、神林はやはり無表情で刀を鞘に納めた。光が少しずつ消えて、夜の帳が戻ってくる。白磁の肌には返り血すら無い。
「神崎くん」
急に声を掛けられたが、上手く声が出ない。あまりにもショックが大きい。まさか、生の怪物ショーを見るとは思ってもみなかった。
「大丈夫?」
大丈夫ってどこが? 頭なら少し危ないかも知れない。
「い…い…いまのは?」
震えた声で搾り出した言葉があまりにも情けない。自嘲とはこういうもんなんだろう。
「さあ……」
神林はあっさりと意味不明なことを言った。今、目の前で化け物相手に格闘してた奴のセリフじゃない。
「さあ……って。今化け物と戦ってただろ? 刀とか振り回して……」
相変わらず腰が立たないが何とか声は出た。
「……」
無言で俺を見つめる。『何を言っているか理解できない』と目で語っていた。
「……夢でも見てたんじゃない?」
とか涼しい顔で言う。え? 夢? 夢ならそりゃいいんだが……。
「早く帰ったら…」
「危ない!」
気付いた時には遅かった。赤黒い気体を纏った大蛇の―文字通り―毒牙が神林を襲った。神林は抜群の反射神経で体を捩らせてかわす。
「くっ……」
だが僅かに右肩を掠めたようだ。神林は肩を抱いてうずくまった。白磁を伝う鮮血。紅と白のコントラストが更に現実味を増す。
「何だよ……これ」
緩やかに起き上がる死んだ筈の大蛇。
「「許スマジ……」」
大気を震わすざらつく声で怒りを露わにする。心なしか躯も大きくなっていないか?
鎌首を上げる大蛇。その眼は間違いなく俺たち二人に向けられている。「おい! 大丈夫か?」
聞くまでもないことだが、俺には他にかける言葉が無い。
死にたくない。その思いだけで無我夢中になった結果、気付けば俺は神林を担いで裏山を駆け降りていた。