悪意
少年が2人、校門前を通り過ぎながら帰路に着いていた。
「有沢、どうするよ?」
空き教室で密談を交わしていた彼らは、下校する生徒達に違和感なく溶け込んでいた。ついさっきまで危うげな雰囲気を纏っていたはずの少年達の姿はもう無い。
尋ねた少年の口調は気だるくやる気なさげで、答えなど欲してない様にも聞こえた。
「……立花一成についてはあいつに任せるとして、塩島加恋と、赤羽翼だな。……俺は正直、女を壊すのは気が乗らない。お前に譲ろう」
「そう?まぁ俺も野郎壊してもつまんないから、その話乗るわ。じゃあ早速、今日から始めますか。どっちが先に達成するか競争しようぜ」
まるで今進めているゲームの話題でもするかのように、少年達は話し続けている。だが彼らの話題は同じ生徒である者達の破壊だった。
「……直井は本当に競争が好きだな。競うことに何の意味がある?」
有沢の呟きに、直井は少し目を見張り、愉快そうににやにやと表情を崩した。
「だって、勝てるし」
「……戦いに勝ちも負けも存在しない」
今度こそ直井は大声で笑う。心底面白い事を聞いたという風な様子だ。その様子を有沢は無表情のまま黙って見つめている。表情を読み取れない能面だったが、敢えて怒りを抑えている様にも見えない。
「それ本気で言ってんのかよ?勝つか負けるか。壊すか壊されるかだろ?」
「それは既存の価値観に過ぎない。……俺はそう思っている」
直井が立ち止まり、探るような視線を有沢に向けた。
「……ちょっと待て。有沢お前……『進化』とかいう話、マジで信じてんの?」
「……あの話は非常に興味深い。……それに、無視出来ない事実もある」
「は?事実?」
「……『シンボル』は傷つかない」
「……は?」
「今回の対象は3人とも、恐らく『正義の味方』だろう。完璧な。今まで壊してきた『もどき』や『予備軍』などではない、正真正銘の『正義の味方』だ」
「うん。そうだろうな。でも今更不思議じゃないじゃん。俺らだって完全な『悪』なわけだし、どっかにいるんだろーなーとは言ってたじゃんか。まぁ、散々探したのに今まで見つけられなかったのはおかしいし、こいつら全員同じ高校にいるってのも都合良すぎかなとは思うけど。でもそんなん言ったら俺らだって、集まってるのおかしいもんな?」
「そう。俺達も、あの3人も、お互いがお互いの存在を認識してはいたが、決して交じる事が無かった。それは俺達が『シンボル』だからだ。……そう、俺は考えていた」
「悪い、さっきから言ってるその『シンボル』って何?」
「……そうだな、例えば『平和』を壊せと言われたら何を壊す?」
「平和?いや、そりゃ……戦争とか起こせばいいんじゃないの?」
「ある地域で戦争が起きていなければ、それは『平和』と言えるんじゃないか?」
「……じゃあ世界中で戦争すれば?」
「そうだな。そして、それを続ければ世界が滅びる」
「……」
「いいか、『シンボル』の破壊はそのまま世界の崩壊に直結する。何も平和だけじゃないぞ。少しかみ砕いて『概念』と置き換えても良い。『概念』は壊すことが出来るか?出来ない。俺達は『悪』の体現者だ。『悪』のシンボルだ。そして、塩島加恋、赤羽翼、立花一成は『正義の味方』の体現者だ。『正義』のシンボルだ。いいか、シンボルは傷つかない。ましてや
対極にあるシンボル同士が交わることなど合って良いはずが無い。お互い、無事で済むわけがないのだから。だからこそ当たり前に、これまで俺達は交わらなった。それは世界の崩壊を意味するからだ。……と、俺は今までずっとそう考えていた。だが、こいつらは間違いなく、俺達が追い求めていた『正義の味方』だ。つまり、俺の説は覆されたわけだ。俺達『悪』は『正義の味方』を壊すことが出来る」
「……うん。俺はずっとそう思ってたけど?」
直井は有沢の饒舌さに内心驚きを感じていた。『悪』の仲間である彼は、同胞ではあっても決して友人とは言えない間柄だ。『悪』であるとはいえ、有沢は普段は大人しく、無害であるといっても良い程だ。意味の無い破壊を嫌悪している節すらある。気分屋で、意味の無い破壊を面白がる直井とは、根本的に異なるのだ。だからこそ、一緒に居る事は多くても
必要以上の会話は存在しなかった。だが今日の有沢は違う。かといって、待ち望んでいた『正義の味方』の登場に、高揚しているわけでもないようだった。
「面白い。俺の中で、新しい価値観が生まれた。あいつの言っていた通りの事が起きたわけだ。これは『進化』だ。今までの信仰を覆された。ならあいつの言う『進化のその先』を見たい。『進化した世界』を見てみたい」
「えー……。俺はあいつ、俺よりもろくでもないって思ってるけど。っていうかあいつも所詮『悪』じゃん。何だよ『進化』って。『善悪』関係ねーじゃん」
「そうだ。あいつは『悪』で在ることから解き放たれようとしているんだ」
「それで何になるっつーんだよ?」
「……これはあいつの言葉の受け売りだが、こう言っていた。『善悪の無い世界を作るんだ』と」
「……は?」
「恐らく言葉通りの意味だろう」
「いや、意味わかんねえけど」
直井には有沢が興奮する理由がちっとも理解出来なかった。善悪の無い世界とは、一体どういう事なのか。今回の標的たちは『正義の味方』で、自分達は『悪』だ。それを無くすと言うことは、どういう意味なのか。自分達が全員死ななければいけないということだろうか。まさか目の前の有沢やもう一人の少年にもやられる気は、直井には少しも無かったが、もしも戦う事になれば、お互いただで済まない事は明白だった。直井は手加減というものを知らなかったし、それは目の前の有沢も、もう一人の少年も同じだったからだ。
「……何、有沢たちは、俺ら含めて全部ぶっこわそうとしてんの?」
本気とは思えなかったが、直井はそう尋ねた。いくら『悪』とはいえ、仲間を壊すのはやはり気が乗らない。それに、どうしたっていざその状況になれば、間違いなく直井は他の2人を完全に破壊するだろう。2人には悪かったが、直井の持つ力の前ではいくら同じ『悪』であってもかなうはずが無い自信があった。
「まさか。いくら俺でも、仲間は害さない。お前にも、浅間にも、勝てる気はしない」
「じゃあ何する気なんだよ」
「だから言ったろう。『進化』だ。直井も、あいつの出方を見ていればいい。きっと愉快な事になるぞ」
普段よりも明るく弾む有沢の声を聞きながら、直井は興味なさ気に答えを返した。
「いいよ、俺は。俺は勝てればそれでいいんだから」
「……それは価値観と言うよりも、お前の信念だな」
直井は有沢の呟きを無視した。信念だとか、価値観だとか、そんなものは直井にとっては関係の無いものだ。『悪』になってから、直井は深く考える事を辞めてしまった。どんなに考えたところで、自分が為せる事は悪事だけなのだから。なら、純粋に楽しむ事が全てだ。直井はそう考えていた。
「お前のその信念は分からないでもないがな。俺も、楽しむとしよう」
「そうそう、それが全てっしょ」
直井はさっそく今回の標的、塩島加恋の顔を思い浮かべる。冷たい印象を持つ、かなりの美人だった。きっと楽しく壊せるだろう。塩島加恋を徹底的に破壊する様を想像しながら、直井は帰路に着いた。