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悪達

 東校舎の3階、めったに生徒が訪れる事は無い教室がある。

 

 保存されている資料が痛まぬ様、斜光カーテンで覆われている室内は、昼間にも関わらず薄暗くひんやりと冷えた空気に包まれている。

 

 壁を埋め尽くす本棚、埃を被った気球義、存在すら忘れられたようなポスター。

 

 それらはただ、そこに在るだけだったが、その中には異質なものが紛れ込んでいた。

 

 それは、3人の少年と少女だった

 

 薄暗い部屋で、お互いつかず離れずの距離に、思い思いの恰好で座っている。

 

「……随分、おかしなタイミングだな」

 

 背の高い1人の少年が呟く。ぱらぱらと捲るそれは一見ただのノートだったが中身を見ればそれはただのノートでは無かった。

 

 ――塩島加恋

 

 ――赤羽翼

 

 ――立花一成

 

 3人の生徒の名前がそれぞれの表紙に書かれている。

 

「そうだなぁ。目ぼしいのは狩りつくしたと思ってたけど。……大体、何でこのタイミングなんだ?しかも3人だろ?」

 

 机の上で胡坐をかいている少年が訝しげな声を上げた。

 

「……それは内緒」

 

 少年の疑問に答えたのは少女の声だった。薄暗闇の中で、猫の様にその瞳が輝いている。

 胡坐をかいている少年はその返答に大袈裟に体を仰け反らせる。

 

「何それ。もったいぶる意味、あるのか?……それよりも。どうするんだよあの裏切り者。好きな女振り向かせるために仲間裏切るか?普通……。あ、するか。するわ」

 

 俺達『悪』だもんな。

 

「笹原直継……か。『経過良好』で様子見だったはずだが。お前、ちゃんと躾けていたのか?」

 

 背の高い少年が新しいノートを手に取り、ペラペラと捲りながら尋ねる。その表紙には「笹原直継」と書かれていた。

 

「当たり前だろ。ちゃんとやってたぜ?えーっと何だ。そうそう、あいつの飼い犬、毒餌食わせて殺したし。あいつ散歩中に変なもの食べさせたかも、俺が悪いんだとか言って泣くからさ。その自覚が消えないように上手く慰めといた」

 

「何だそれ。随分適当だな」

 

「いやいや、元々あいつ結構正義感強い感じだったからさー、自責の念感じた方が堕ちやすい性質なのかと思ったんだよ。それに結構うまいこと効いてたと思うぜ?うーん、でもやっぱ温かったかなぁ。あいつ妹いるんだけど、そっち堕とす?俺得意だぜ」

 

 にこにこと笑う少年を、侮蔑の目を向けながら少女が諭す。

 

「やめときなよ。あんたそれで何人壊したと思ってんの?仲間じゃなきゃあんたみたいな畜生とっくに殺してるから」

 

「おーおー、怖え怖え。何、自分は手出されないからって僻んでんの?」

 

 胡坐をかいていた少年は突然上半身を仰け反らせる。

 

 ついさっきまで少年の顔があったであろう空間の壁に、びっちりとコンパスやカッター、彫刻刀が突き刺さっていた。

 

「ははは!!!マジ切れ」

 

 少女は仰け反ったまま大笑いする少年を思い切り睨みつけていた。

 

 華奢な肩を震わせながら、両手に持っていたノートをくしゃりと握りしめる。

 

「おい、やろよ。ノートがしわしわになる」

 

 背の高い少年が溜息を吐きながら、少女をたしなめる。

 

「だってこいつが……!!」

 

「ははは!!!怒られてやんの」

 

「……殺す!!」

 

 少女が笑い続ける少年の喉元目がけて両腕を伸ばしかけた時だった。

 

 がちゃり。

 

 教室の鍵が空くと、一人の少年が顔を覗かせる。

 

「あれ、何だ。もう皆居たの?」

 

 その声にぴたりと動きを止めた少女は、振り返ると満面の笑みを浮かべた。

 

「せーちゃん!!」

 

 少女は飛びつくようにドアの前に佇む少年に駆け寄ると、突然少年にキスをする。

 

「どうしたの?珍しいね!集会に参加するなんて!!」

 

「ん?いや、あはは。いやー、ちょっと困っちゃって。桜井省吾っているでしょ?あの隠れ蓑の。あいつ元に戻されちゃった。いい人形だったんだけど」

 

 にこりと笑った少年に、少女はびくりと肩を震わせる。

 

「……あれ?キスもう終わり?もう一回してよ」

 

「……え……。あ……」


 少女の顔が強張る。少年は少女の腰に手を回しながらにこにこと微笑んだ。

 

 そのまま少女の腰を折るようにして、覆いかぶさる様にキスをする。

 

 少女は目を見開き、体を硬直させたが、それも段々と弛緩していく。見開かれた瞳の焦点が合わなくなっていく。少年の体に巻きつくように少女の腕がしがみつく。

 

 夢見心地で快楽を貪っていた少女は次の瞬間にはっと目を見開いた。おもむろに少年が少女の鼻をつまむ。少女の口は少年によって激しく塞がれたままだ。快楽に身を任せながら、穏やかではない苦痛が少女を支配し始める。

 

 呼吸が出来ない。今や彼女の頭は少年よってしっかり固定されてしまっている。少女は絡みついた腕で激しく少年を叩いたが、少年はより一層少女の唇を貪るばかりで一向に離れる様子が無い。

 

 声にならない叫び声を上げながら、少女は激しく抵抗した。

 

 少年の体をかきむしり、殴り、叩く。それでも抑え付けられた鼻や口から、酸素が入ることは無い。

 

 このままでは死んでしまう。

 

 体の芯にまで染み渡るような一瞬の理解が、少女の心を凍らせる。ボロボロと涙を流しながら、必死に眼前にいる少年に、瞳だけで訴えかけようとした。

 

 そして少女は戦慄した。

 

 観察されている。

 

 少年は恐ろしい程の力で少女の呼吸を止めながら、じっと少女の表情を観察していた。

 喜んでも居ない。楽しんでも居ない。ただ、これは一体何なのだろう?そんな気持ちを抱きながら、少女を見ている。

 

 あぁ。

 

 言葉にすらならない呻きを上げると、少女は失神した。

 

 どさり、と少女を床へ投げ捨ててから少年はようやく教室に入ってくる。

 

「で、どう?首尾は?」

 

 床に倒れ込んだ少女をもはや一瞥もせずに、少年は背の高い少年に話かける。

 

「対象は3人だ」

 

 手渡されたノートを捲りながら、にこにこと笑う。

 

「あー、そうそう。こいつこいつ。でもこいつ今金髪だよ。何かね、『悪』になりきってるみたいなんだよね。『正義』の癖に。あはは」

 

 胡坐をかいていた少年も、背の高い少年も、表情を強張らせながらページを捲っている少年の笑顔を見ていた。

 

「……他の2人はよく知らないけど、まぁ『正義』なら仕方ないか。上手く壊しといてね」

 

 もはや興味は無いと言う様にノートをぱさりと投げ捨てると、少年は弾むように教室のドアへ向かう。

 

「立花一成はとりあえず俺が壊しとくから。……あ、その女も使って良いよ。じゃ」

 

 にっこりと笑って、少年はドアを閉めた。


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