表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

そうして悪は姿を現す

或る日の放課後、少年は思い悩んでいた。


つい先日、ある少女から投げかけられた言葉。その時の相手の表情を、声を何度も思い出してしまっていた。


『いつもありがとう』


少年――笹原直継は、自分の胸の疼きに動揺する。クラス内でどうもその存在が浮いている様に感じる少女、塩島加恋を、どうにかしてクラスに溶け込ませたい。誰に頼まれたわけでもなく、もしかしたら本人は望んでいないのかもしれない。そう思いながらもクラス委員長なのだからと自分に言い訳をして、これまで何かにつけては彼女に声を掛け続けていた。それでも返ってくる言葉は必要最低限であり、何の変化も起こることは無かった。


そんな彼女から、掛けられた思いもよらない感謝の言葉。それは直継を激しく動揺させた。そして彼自身にある事を気付かせる。自分は、今まで彼女を何とか皆と仲良くさせたいと思って必死だった。彼女が変わる様子が無い事を知ってからは、ますます意固地になって彼女に話しかけるようになった。それは全て彼女の事を思っての行動だと信じていた。


でも、それは違った。自分は、彼女に声を掛けたかったのだ。彼女にこちらを見て欲しかったのだ。彼女に、感謝して欲しかったのだ。


彼女と仲良くしたかったのは、自分だったのだ。


直継は深く溜息をついた。そんな事にすら気づけなかった自分自身のふがいなさと、情けなさに気分が沈んでくる。


「……でっけえ溜息ついて、どうしたんだ?」


前の席で帰り支度をしていた友人が、直継に声を掛けてきた。直継は現実に引き戻されると、ごまかしの笑みを浮かべる。


「……いや、何でもないんだ。何でも」


言いながら塩島加恋の席を見つめる。今日、彼女は学校に来ていない。塩島加恋は定期的に学校を欠席、早退する。病弱であり、定期的に病院で検診を受けている為だ。



そんな直継の様子に、友人は目を見張り、そして意地悪く笑った。


「何だよ。塩島さんが休みだったから元気ないのか」


「なっ!?」


突然の友人の言葉に、咄嗟に反応する事が出来ずに直継は息を止めた。何故目の前の友人が自分の心境を言い当てたのかが、まったく理解出来ずにいると、友人は笑いながら告げた。


「そんな顔するなよ。何?気づいてないとでも思ってたのか?バレバレだよお前が塩島さん好きな事位」


「……な、な……」


直継が唇を戦慄かせていると、友人は呆れ顔でその様子を眺めてからさっきまでの直継の様な長い溜息を吐いた。


「嘘だろおい。今まで自覚無かったのか?今時、どこにクラスをまとめようと張り切るクラス委員長がいるんだよ。不自然すぎ。あのな、笹原。ついでに言うとお前から女子に話しかけるのって塩島さんだけだぞ。他の女子に興味すら持たないお前が、あんだけ構ってたら、馬鹿でも分かると思うぞ。お前の気持ち」


「……」


今度こそ言葉を失った直継を見て、友人は呆れ果てた表情を浮かべる。


「……可哀そうに。つーか、お前結構モテるのにな。自覚ないだろうけど。ホント鈍い奴だわ」


「……仕方がないだろ……。誰かを好きになるなんて、初めてなんだ」


振り絞るように直継が告げると、友人は一瞬笑いかけたが、直継の表情を見て取ると口を閉じた。


「……そうかい。でもなぁ。……お前、噂聞いたことないの?」


「噂?」


困惑の表情を浮かべる直継を見て、友人は僅かに躊躇う仕草を見せたが、一瞬視線を外すと、意を決したように直継に向かい合った。


「あのな、塩島さん。今日も休んでるけど。……彼女、本当は体に悪いところなんて、どこにもないらしいぜ」


「え?」


「ほら、彼女ってピアス開けてるだろ。素行も、お世辞にも良いようには見えないし。だからそんな噂が立つんだろうけど、……彼女をさ、夜の街で見たって奴がいるらしい」


「何だよそれ」


「そんな怖い顔するなよ。あくまでも噂なんだから。でも、それが一人や二人じゃないって話なんだわ。サラリーマンと一緒に歩いてるところを見た、とかさ。ガラの悪い奴らと一緒に裏路地に消えていくのを見た、とか。……あんまいい噂聞かないぜ」


直継は目の前の友人に怒鳴りかけている自分に気づき、その衝動を必死に抑えた。


「……悪い。お前があんまりにも一生懸命だからさ。俺だって信じちゃいねーけど。でも知らずにお前が塩島さんを好きなんだとしたら、耳には入れとかないとって思ってな」


だってそんなのかわいそうだろ?


直継が勢いよく立ち上がると友人は目を見開いた。


「……感謝するよ」


直継は視線を下に向いたまま呟いた。努めてはみたが、直継は自分の声から棘が抜けていない事を自覚していた。それでも構わないと、直継は思う。目の前の友人が、自分の事を思い、告げてくれた事も十分に分かっている。


でもだからこそ傷ついた。目の前の友人はそれに気づいていなかった。なら、罰せられるべきだ。


不当に傷つけられたなら、相手を傷つけて然るべきだ。


直継は気色ばんだ友人の顔を一瞥する。友人が自分自身の言葉に後悔した様子を見て取ると、直継はそのまま帰り支度を始めた。


「おい、笹原」


「帰るよ」


ぐっと詰まる友人の姿を置き去りに、直継は教室を出ていく。気が付けばその足取りは段々と忙しくなって、飛び出すように直継は走り出していた。













何をしているんだろう。直継はひとりごちた。駅前の繁華街は帰宅するサラリーマンや学生で溢れかえっている。


僕は、塩島さんを探している。直継は心の中で呟いた。何故。


何故?


決まっている。納得がいったからだ。彼女は、人知れず街を彷徨い歩いているのだと。だからこそ、彼女は定期的に学校を休むのだ。彼女は、サラリーマンや柄の悪い集団に声を掛け続けているのだ。きっとそうなのだろう。そうなのだということが、信じられる。


何故?


直継は一人歩きながら考える。何故?


 ……何故だろう?直継は足を止める。何故僕はそんな事を信じているんだろう。ついこの前までは、彼女に対する気持ちすら自覚していなかったのに。口に出すのも忌まわしいと思える様な、酷い噂なのに。


 気が付くと直継は普段は通ることの無い裏路地を歩いていた。繁華街とは言っても、一つ道を外せばそこは一気に寂れ、人の往来もほとんど無くなる。暗いだけの道を、俯きながら歩きつつ、直継は思考に溺れていた。


「―――!!――――!!!」


喧噪が聞こえる。直継ははっと顔を上げると、駆け出した。角を曲がると道のはるか先に、探していた少女と、背の高いサラリーマンが向かい合っているのを見つけた。

直継は必死で路地裏を走り抜けていく。少女に相対するサラリーマンの顔は異常な位に真っ赤だ。


「……どけよ!!頭おかしいんじゃないか!?」


「どかないよ。逃げるな」


「逃げ……っ、いい加減にしろよ!?いきなりこんなところまで引っ張ってきて、訳の分からない事並べ立てて!!まともに相手するわけないだろうが!!」


「あんた、自分は善良だと思う?」


「……?」


「今まで悪い事はしたことないし、これからもしないと思う?」


「……っ当たり前だろうが!!」


「そう。残念。外れ」


一瞬で間合いを詰めると少女は――加恋は目の前の男の喉元に狙いを定めた。


「待って!!」


加恋が振り向くと、そこには同級生の笹原直継が立っていた。息を切らし、汗だくの様子で、苦しそうに喘いでいる。


「待って……」


呆けたように止まった加恋を見て、サラリーマンの男はこれ幸いとばかりにその場から逃げ出そうと身を翻した。


だが、次の瞬間、男は背中に衝撃を感じ、受け身もままならないまま地面に倒れ込んだ。


「……な、何を……」


サラリーマンの男は目の前の光景に理解が追い付かない。自分を後ろから押し倒し、そして今自分の上に圧し掛かってこちらを睨みつけているのは、後からやってきた少年の方だったからだ。


「……君はこうして……街を彷徨っていたんだね」


少年は呟く。華奢で、体格も自分より一回りも二回りも小さい少年なのに、男は少年を払いのけることが出来ない。自らの腕を抑え込むその力の強さに男は震える。


「知らなかった。けど、今は納得できる」


「おい、何の……!!か、金なら、少しだけどある……。もうやめてくれ。勘弁してくれ。この通りだ……。か、帰らせてくれ」


男は肺を押し潰されながら必死で請うた。知らず、涙が溢れてくる。どんな悪い冗談だ。男は心の中で叫んだ。何がどうなって、俺はこんな路地裏で、ただのガキに良いようにされているんだ?何もしていない。俺は、何もしちゃいないのに!!







「黙れよ」





衝撃が男を襲う。地面に頭を擦りつけながら、男は呻いた。圧し掛かる少年に、殴られたのだと理解するのに少し時間が必要だった。男は今度こそ涙を止めることが出来ない。信じられない。信じられないような理不尽が男を襲っていた。


「やめろ……。やめてくれ……。俺が、俺が何をしたって言うんだよお……」


砂利を踏みしめる音が近づくと、視界の隅にピカピカのローファーが映る。少女が屈みこむ気配がすると、男の耳元で囁きが聞こえた。


男はぎゅっと目を瞑ると、吠えるように叫んだ。


「……嘘だ!!俺は!!!俺は絶対にそんな事はしない!!嘘だ!!!!!」


ずっと真面目に生きていた。人に後ろ指を指されるような事は、何一つしたことがない。真面目さだけが、男の唯一の取り柄だった。そして、それはこれからも変わらない。変わらないに決まっている。


「人殺しはお前らの方だ!!絶対に許さないぞ!!その制服!!その顔!!覚えたぞ!!お前らまとめて警察に突き出してやる絶対に後悔させてやるぞ!!!」


突然、男の体が自由になる。押し潰されていた肺が膨らみ、新鮮な空気が送り込まれる。


男の視界に、少女が映り込む。


「……後悔?」


男は言葉を忘れて少女の顔を食い入るように見つめた。


少女は優しく微笑んでいた。全ての状況を忘れて男は少女の顔に見入った。


「面白いこと言うね」


正義が、悔いるはずないでしょう。


サラリーマンの男は少女の顔を見つめながら誰かの叫び声を聞いた。それが自分の喉から振り絞るように出ているのだと気づくのと同時に意識を失った。







路地裏で、少年と少女が対峙した。


「……どういうつもり?」


加恋は目の前の少年に尋ねる。


「塩島さん。僕は勘違いしていたんだ」


直継は嬉しそうに微笑んだ。


「ずっと、君のことが気になっていた。最初は、君をクラスに馴染ませようとして。次に、恋心で。でもどれも違う。どれも違うんだ」


だって僕には分かる。分かってしまうから。


「塩島さん!!君はこうやって、悪の根を断っていたんだね?」


目の前に転がるサラリーマンの男を見つめながら直継は笑う。


「意識してみれば、簡単だ。意識を刈り取るように、『認識』を刈り取ればいい。もう、こいつは僕たちのこと覚えていないだろうね。そうして、これからも真っ当に生きていく」


悪は倒された。直継は微笑む。


「ねえ、僕は倒さないの?」


加恋は目の前の少年を見つめていた。善良な、善良だったかつての少年を見つめていた。


「……塩島さん。僕は『悪』だよ」


「……稀に、あんたみたいなのがいる」


塩島加恋が、自らが『正義の味方』だと気が付いたように。

自分自身が『悪』なのだと自覚する人間が。


「……でも、あんたみたいなのは、初めて」


加恋は目の前の存在を扱いかねていた。直継は嬉しそうに微笑む。


「そう。君に、嘘は吐けない。だからこそ、それが何よりの証拠になる」


僕は、『正義の味方』になりたいんだ。


「僕に、君の手伝いをさせてよ」


直継は微笑むと、加恋に右手を差し出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ