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悪くない

「なぁ、オラ!見ろよ桜井!どうだこれ!?」


勢いよく教室のドアを開けると、一成は目的の人物に向けて大声を上げた。

桜井はその鋭い目で一成を一瞥したが、すぐに視線を手元の小説へと戻す。


「なぁおい!!どうだよこれ!!ハハ!!どっからどう見ても不良だろ!?」


突然現れた一成に、教室内は緊張に包まれる。一成の頭髪は見事な金色に染まっていた。左こめかみの辺りを一部刈り上げたアシンメトリーになっていて、ワックスで掻き上げられたその頭髪は、見る人間に威圧感を与えるには十分な仕上がりとなっている。


一成は無視されたことにも、他教室であることにも構わずにずんずんと教室の奥へと進んでいき、桜井の席の前まで歩いて行った。


「あととりあえず学ランの中はYシャツじゃなくてプリントTシャツにしといたわ!!ほら、見ろよ。訳わかんない英語が書いてある奴。最高に趣味悪いだろ!?なあ!?」


2人を見守る他の生徒達は固まっていた。桜井に話しかける人間は、この教室には存在しない。この高校において、唯一真正面から見つめてはいけない存在が桜井省吾という生徒だった。何人もの取り巻きを従えて学校内を闊歩し、不良と呼ばれる生徒達を取りまとめる存在。普段は決して自分から周りに話しかける事はしないし、佇んでいるだけでも感じる威圧感に、周りも決して桜井に近づこうとはしなかった。だが今、桜井の目の前には他クラスと思われる、金髪であることを除けばむしろ頼りないとも思える平凡な体つきと顔つきをした少年が、彼に親しげに話しかけている。


「……おい、俺に何の用だ?もう俺に用は無いはずだ」


クラス内に一瞬どよめきが広がる。桜井が自ら口を開く場面を、クラスメイト達は見た事が無かったからだ。桜井が不機嫌そうに口を開いたのに、一成は満面の笑みを浮かべる。


「おう!お前に譲ってもらった立場だからな!!俺もいっちょ気合入れて不良やってみようと思って、昨日染めてみたんだわ!!とりあえず恰好からだろ!?俺お前みたいにガタイ良くないし!!」


とにかく一成は声が大きかった。2人に注目していた教室に、今度はざわめきが広がる。

立場を譲ってもらった。目の前の少年は確かにそう口にした。桜井省吾から?不良達をまとめ上げるこの、暴力の代名詞といってもいいような存在から?教室内の視線は2人に集中する。


「……お前の勝手にしろ。いいか、俺はもう、お前に立場を譲った。俺は……。俺は、これからは平穏無事に目立たずに過ごすんだ」


その言葉を聞いた全員が耳を疑った。暴力をその身に詰め込んだような、一度その力を振るわれれば、無事では済まないと思わせる体躯を持つ男から発せられるような科白では無かった。


「……」


一成はあっけにとられたように黙り込む。そして、桜井の手に持たれた小説に目を移す。


「……俺は、本当は本を読むことが好きだ。犬や猫も好きだ。自然も好きだ。植物に囲まれていると落ち着く。荒々しい嵐も好きだ。自分がちっぽけだと思えるから。……力の弱い人間に、暴力を振るおうとは思わない。年長者は敬われるべきだ。女子供には絶対に手を上げることはしない。盗みは最低だ。罪悪感の無い暴力はもっと最悪だ……」


零れ落ちるように。溢れるように。昨日まで、巌のように口を、瞳を堅く閉じ、ただそこに佇んでいたはずの男の口から、次々と言葉が生まれる。


「俺は……」


憑き物が落ちたように突然口を紡ぐと、桜井はそれきり黙り込んだ。そんな桜井を一成とクラスメイト達が見つめる。


「桜井、友達になろうぜ」


「……何?」


「いや、あのな。俺はこの高校で一番の『悪』になろうと思ってるんだわ。俺は暴力を厭わない。お前以上の『悪』をやらせてもらう。この高校の奴ら、全員がこの高校に来たことを後悔する位な」


朗らかともいうべき口調で話す一成に、クラス中の生徒達が異常者を見るような目つきで一成を見つめていた。


「……何だと?」


茫然と桜井は一成を見つめる。その視線には様々な感情が含められていたが、一成を強く責めていた。


「悪いけどな、……いや、悪いから(・・)か。俺は『最悪』になる。女子供?関係ない。年長者を敬え?クソ食らえだな。盗み?暴力?むしろ大歓迎だろ」


楽しげに告げる一成に、桜井がゆっくりと席を立つ。静かに手にした本を閉じる桜井の瞳を、視線の先に立つ何人かのクラスメイトが真正面から受け止めた。そこで初めて、クラスメイトの何人かは気が付く。これまで何の光も宿していなかった、真っ暗だったはずの桜井の瞳には、今確かに強い光が宿っていた。


それは義憤と呼ばれるものだ。


「……おい、立花。お前は大ウソつきだったのか?『正義』はどこに行った」


絞り出すような桜井の声は、確かに縋り付くような口調だった。


「『正義』?」


一成は何故か嬉しそうに桜井を見つめていた。


「そうだ!!……お前が、俺に……。俺に見せてくれたんじゃ、無いのか!?」


絞り出すような声はやがて彼の胸の内を表す咆哮に変わった。


「……忘れたのかよ。俺はもう、『悪』だ」


微笑みながら、一成は桜井の机に置かれた小説を手にすると、






「ほらな」


まるで紙切れ一枚を裁断するように容易く破りきった。


「おおお!!」


泣き声みたいだと、クラスメイト達は茫然と桜井の叫びを聞きながら思う。一成に襲いかかる桜井の顔は、悲しみに歪んでいた。その瞬間まで桜井を恐れていたクラスメイト達は、一瞬その感情を忘れ、何人かは桜井を止めようと動いた。


桜井は痛みを感じながら拳を振るった。その痛みが生じている『場所』に、自分自身信じられない思いを感じながら。


振るわれた拳は、届かなかった。


「……許せよ、桜井。試すような真似したな」


冗談のような光景だった。桜井の拳を、一成は優しいとも思えるような柔らかさで受け止めていた。それはまるで、親しい友人からのふざけ半分のじゃれ合いをいなす様だ。


桜井の悲痛そのものだった表情が、現状が理解出来ていない困惑の表情へと変わる。


「……俺は、お前から譲ってもらった立場を無駄にはしない。俺は『悪』になる。だから、お前に友達になって欲しいんだわ。……だって、お前が傍に居れば、俺に『最悪』な真似なんてさせないだろ?」


一成と、桜井の視線が交差する。桜井の瞳の中にある光を見つめながら、一成は微笑んだ。


「……悪いな。『最悪』なことしちまった。俺も、この小説は好きだぜ」


破り捨てた小説を拾いながら、俯いたまま一成は呟く。その呟きもまた、泣いているようだと、2人を見守る生徒達は思った。


しばらくしてようやっと、長い沈黙が破られる。



「……許すわけないだろうが。いいか。俺は物を粗末にする奴は大嫌いなんだ。特に、……友達の持ち物を粗末に扱うような奴はな」


一成は一瞬虚を突かれた様に黙り込んだが、すぐにまた笑顔になる。


「……目立たずに過ごすなんて、言うなよ。平穏無事は、お前が作るんだよ桜井」


「……そうだな。それも『悪くない』」


そうしてクラスメイト達は、桜井省吾の笑顔を初めて見たのだった。


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