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第三の正義

中庭で立花一成がペットボトルを握りつぶしていたその頃。南校舎、2年A組の教室で。


「翼!今日はどうする?帰り、どっか寄ってく?」


にこにこと笑顔を振りまく少女に対して、話しかけられた少年――赤羽翼は、笑顔を返した。


「そうだね、何か食べて帰ろうか」


「うん!」


嬉しそうに、返事をした少女だったが。


「あ、そうだ!どうせだったら、皆で行った方が楽しくないか?」


翼が続けた言葉に表情を強張らせた。


「……え、皆って……?」


どれ位?尋ねようとした少女は、必死にその言葉を飲み込む。言葉を、選ばなくてはいけない。翼の言う、『皆』とは、どこからどこまでの事を言っているのか。まさか、このクラス全員だなんてことは無いだろうが、それでもメンバーの数は膨れ上がるのだけは避けたかった。あまり、人数が増えてしまえば、それは『観客』に変わってしまう。


「え?暇な奴だよ。暇な奴皆で、どうせだったらほら、駅前のお好み焼き屋あったじゃん。あそこに行こうよ。上手くて安いし、学割あるし。粉物食いたかったんだよね、久しぶりに」


この流れはまずい、と少女は思う。どうやらまた目の前の少年の、『悪い癖』が出たのだと気づく。大勢の人間を、どこかへ誘いたがる時。そんな時は必ず彼は『観客』を欲しがっているのだから。


「……何だよ、翼。どっか食いに行くの?」


横で会話を盗み聞きしていたであろうクラスの男子が、口を挟んでくる。少女は内心で悲鳴を上げる。少女が願っていたのは、翼と2人きりの『普通』の放課後だ。『ショー』に付き合う為に、声をかけたわけでは、なかった。


「え、お好み焼き?あ、いいな。行きたいかも」


「私も今日暇なんだ」


「俺らも部活終わったら行くよ!」


それなのに、気が付けば翼の周りにはわらわらとクラスメイト達が集まってきている。皆、自然体を演じてはいるが、その表情は輝いている。翼自身も満足そうな笑みを浮かべていた。


「それなりの人数になっちゃったな。でも、いいでしょ?なつき」


にっこりと笑う翼の笑顔を受け止め、なつきと呼ばれた少女は溜息を吐いた。


「分かったよ、皆で食べに行こう」


なつきは、少しだけ失望し、それでも翼の笑顔の前で全てを許してしまった。





店内は、あっという間に翼達によって占拠された。皆、食べ盛りな学生らしくメニューを眺めながらワイワイと騒がしい。だが、皆どこか上の空だ。なつきにはそれが何故か分かっていた。


いつ始まるのか。それを待っているのだ。


そんな空気を察知したとは思えないが、その瞬間はすぐにやってくる。突然、乱暴に店の扉が開け放たれたかと思うと、覆面を被った男達が3人、店内へ飛び込んできた。


「な、何ですか!?あんた達」


店員が慌てふためく。目だし帽をかぶったその恰好はどう見ても強盗の類だ。


「……金を出せ」


3人組の1人が、胸の内側をまさぐっておもむろに取り出したそれは、どこからどう見ても拳銃だった。黒光りする重厚なそれは、どう楽観的に見ても偽物の類には見えない。


「ひっ!?」


店員は悲鳴を上げて身を竦ませる。その店員に歩み寄ると、男は銃口を突き付けたままで慌てた様子も見せずにもう一度同じ言葉を繰り返した。


「金を、出せ」


弾かれた様に店員はレジの前まで移動すると、言われるがままに収まっていた紙幣をレジから取り出していく。


とはいっても、こじんまりとした個人経営のお好み焼き店だ。レジに収まっていた紙幣はざっと見ても10万も無いように見える。それを知っているのか、店員の顔面も蒼白だった。犯人の逆上を恐れているのだろう。だが、犯人たちには動じた様子も見られない。

脇に抱えていたボストンバックに、紙幣を詰替えていく。その様子は何だか滑稽で、そんな様子を見ていた店内の1人から、思わず忍び笑いが漏れた。


「……誰だ?今笑った奴は」


3人組の1人が、苛立った口調で、声のした方を振り向いた。慌てて口元を隠した人間、翼のクラスメイトの1人に、ゆっくりと近づく。


「おい。お前か?何が可笑しい」


「……いえ、別に」


「あぁ!?何が可笑しいんだ!?言ってみろ!!」


突然、大声を上げて覆面男は逆上した。男本人は、どうして人質が笑ったのか、本当に皆目見当もつかないのだろう。何より、恐らく同じ駅前にある銀行を襲おうとして、綿密に計画を練ったのであろう自分達が、どうして土壇場で大金など持っているはずも無いお好み焼き屋を襲撃したのかも、本人達は疑問すら抱いていないのだろう。


「……あなた達が、滑稽だからじゃないですかね?」


「……何だと?」


声のした方を振り返れば、柔和そうな笑顔を浮かべた好青年といってもいい男子高校生が立っていた。彼の名前は赤羽翼というのだが、もちろんこの3人組は、そんな事を知る由も無い。


「皆、今日はどうやら『こういう事』らしい」


「結構、今日はベタな展開だったな」


「何食う?俺豚キムチ」


「俺は餅チーズ!」


「私もんじゃ食べた―い」


突然、ガヤガヤとメニュー選びを再開し始めた高校生達の姿に、3人組は愕然となる。目の前の光景に理解が追い付かない。理解が出来ない。急に、疑問が頭をもたげる。


何だって、俺達はこんな所に押し入って、銀行強盗の真似事をしているんだ?


この半年間、綿密に積み上げていった計画の一切を無視して、こんな身覚えすら無い店を襲撃した意味は?茫然とする3人組を前に、にこやかに微笑みながら翼が歩み寄る。


「どうしますか?」


「……な」


「あなた達の目論みよりは少ない金額かもしれないですけど。奪います?現金」



翼の言動は、まるで挑発だ。銃を取り出していた男が、おもむろに翼に銃口を向けた。

切羽詰まったその様子に、思わず店員が悲鳴を上げる。だが、それに追従して誰かが悲鳴を上げるということは、無かった。


「うわっ!!翼!!銃向けられてんぞ!!負けんなー翼!!」


「翼くーん!!頑張れー!!」


壁にもたれながら、あるいは座席を振り返りながら。

クラスメイト達は翼に声援を送っていた。その異常な様子に店員はもちろん、3人組達も絶句する。まるで、たちの悪い冗談だ。まるで、ショーを見ているかのような、現実感の無さ。


「……僕は、平和が一番だと思ってるんです」


笑みを絶やさずに、翼は呟く。翼に銃口を向けたまま、男は固まっていた。


「だから、なるべくだったら撃ってほしくありません。でも、撃ちたいでしょう?だって、あなたは『悪』なのだから。だから、撃っていいですよ」


翼は一歩、前に踏み出す。覆面の男は、思わずその眉間に、銃口を向ける。一歩、二歩、三歩。銃口の先が揺れる。今や、銃口の先は翼の額に付く寸前になっている。この距離では、外しようが無い。


「……僕は平和を愛してます。平和が、一番です。『正義』も『悪』も、『平和』の前では平等です。僕は、平和とは何かを考えました。それはきっと『シンボル』です」


銃口を額に付きつけられたまま、いや、自らに突き付けたまま、翼は語り続ける。


「何でもいいです。祈りでもいい。像でも、記念碑でもいい。何か、目に見える証があれば、人は『平和』を信じられる。だから僕は思いついたんです。僕に出来ることは『ヒーローショー』だって。

『正義』が『悪』を倒す場面を、もっと皆に見せてあげることが出来れば、それはきっと『平和』の証になる。皆に、もっと見せてあげるんです。『正義の味方』はいるんだって」




だから、ちゃんと撃ってくださいね。ちゃんと奪って、踏みにじってください。


「……ああああああああああああ!!!!」


覆面の男には拳銃を撃つ気なんて、最初から無かった。半年も前から綿密に練られていた計画だ。海外に高飛びする手はずも打ってあった。それなのに、全てが水の泡と消えた。

男は確信していた。それも全て、目の前の得体の知れない少年が台無しにしてくれた。

どんな方法を取って、そんな事が出来たのか皆目見当もつかないが、『ショー』を見せるというただそれだけの目的の為に、自分達は『利用』されたのだ。


ただ、『悪』が『正義』と相対する為。ただそれだけの為に。


男は引き金を引いた。だが、撃鉄は落ちなかった。オートマチックのスライド部分を、一瞬で掴み取ると、翼は覆面の男の手を捻り上げてそのまま床の上に押し倒した。


「撃ったな。『悪者』め」


耳元でぼそりと呟かれた囁きに、覆面の男は全身の肌を泡立たせた。全力で翼を弾き飛ばすと、他の2人を見向きもせずに店の出入り口に突進した。


泡を食って逃げ出した仲間に、残された2人は一瞬呆気にとられていたが、次の瞬間、弾かれた様に後に続いて店を飛び出していった。


「……間抜けな銀行強盗が、間違えて隣のお好み焼き屋に押し入って、間違いに気が付き慌てて逃走……っと」


翼はにやりと笑うと、自らの席に戻る。


「……店員さん。僕、いか天ね」


「は、はいっ!?」


大慌てでメニューを取りに来る店員を見ながら、再度翼は微笑んだ。

店内は沸きに沸いた。


「いいぞー!!翼!!」


「赤羽君!かっこいい!!」


「店員さーん!!特別にタダにしてー!!」


笑いすら起こる店内には、間違いなく『平和』が溢れていた。


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