第二の正義
塩島加恋が自らの正義を行使していた頃、彼女の通う高校の中庭にて。
昼休みに入り、校庭ではサッカーに興じる男子生徒達が楽しげにはしゃいでいる。
一方校舎に囲まれている中庭のベンチには、一人の男子生徒が昼食を取っていた。
「立花」
ベンチに座っていた男子生徒――立花一成は、声のした方を振り向く。大柄で、目つきの凶悪な少年が、彼を睨みつけていた。
「……何だよ」
「……お前、西高の生徒この前ボコボコにしたか?」
大柄な少年は言いながら隣のベンチに座り込む。相変わらず相手を睨みつけたままだが、当の本人は気にしている風でも無く、手にした菓子パンを食べ続けていた。
「西高……。あぁ、わざわざ待ち伏せまでしてたあのバカどもか。うん、まぁ」
「うん、まぁじゃねーぞ。バカはお前だ。お前がボコボコにした中にな、城嶋の弟が居たんだよ」
「誰だよ城嶋って」
「……西高で一番キレてる奴だよ。噂じゃ、下っ端使って強盗の真似事みたいな事までしてるらしい。やっかいなのに目付けられたな」
大柄な少年は少しだけ眼差しを柔らかいものに変えた。口調は荒いが、一成の事を心配している様子だ。
「強盗って。俺らまだ高校生だろ。バカじゃねーのか」
一成は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。そんな様子に、大柄な少年は溜息を吐いた。
「……金になんだろ。しらねーけど。まぁ、その城嶋ってのがブチ切れていて、お前の事フクロにしてやるって息巻いていたらしいぞ」
「ほー?」
「……お前なぁ。自分の事だろ」
「……そいつ、悪い奴なのか?」
大柄な少年は一瞬固まり、じっと一成を見つめた。
「……あぁ、間違いなく悪だな」
「……じゃあ、俺は負けねえよ、桜井。」
一成は目の前の、自分を心配してくれているであろう友人に笑いかける。
「……立花、まだこんな事続けるのか?いや、俺が言うことじゃないかもしれないが……。
俺はお前に感謝している。本当だ。お前が助けてくれなかったら俺は今頃……。でも、これはお前の役割じゃないはずだ。だって……」
「いいや、これは俺の役割だよ。桜井。お前が教えてくれたんだ」
桜井は、ただ黙って一成を見つめた。
「ヒエラルキーの頂点には、権力が集まりやすい。更に言えば、暴力的なヒエラルキーの頂点には、『悪』が集まりやすい。悪ガキのグループの頂点でも、犯罪集団の頂点でもなんでもいい。てっぺん目指してけば、そこには『悪』がいる。っていうか、『悪』しかいねえ。
んでもって、今の世の中、『悪』と対峙するには『悪』である方が何かと都合がいい。『悪』も『正義』を学んだからな。あいつら、もう正面切って『正義』と相対する気なんて、更々ないんだよ。そりゃそうだよな。だってやられるのはあいつらなんだから。だから、カモフラージュして、隠れて、逃げ回って、棲み分けを作った。『正義対悪』なんて、もう夢物語だ」
だから、俺は『悪』になる。一成は呟く。
「どいつもこいつも、逃げ切れると踏んでやがる。上手く立ち回ってる気になって、調子づいてやがる。増えるばっかりだ。どんどん増えて、力を蓄えて、もう絶対に、万に一つも負けるわけがないと思った時に、姿を現す気でいやがる。……許せねえ」
いつの間にか菓子パンを食べ終わっていた一成は、飲み物のペットボトルを手にしていた。
だが、蓋を開ける様子も見せずに、ペットボトルを握り締めたままだ。
「なぁ、桜井。今の世の中の『正義』と『悪』のバランスはどうなってる?お前、俺以外に『正義の味方』に会ったことあるか?無いだろ。俺も、俺以外の『正義の味方』に、会ったことがねえんだ。つまり、圧倒的劣勢って奴だよ。『正義の味方』である為には、『正義』を為さないといけない。それなのに、『悪』は隠れて姿を現さない。だから、俺達は存在すら出来なくなる。……戦う前から、卑劣な手で数を減らされてる」
みしり。一成の手にしたペットボトルが、軋みあがり異常な音を立てる。桜井は黙ったままその様子を見つめた。
「だったら、俺が『悪』になるまでだ。潰してやる。『悪』をもって、『悪』を為して『悪』を潰してやる。手を繋ごうとして、近寄ってこようが、煩わしいと感じて、潰そうとしてこようが、一緒だ。返り討ちにしてやる。叩き潰してやる。俺は、『悪』の頂点に立って、『正義』を為す」
ボンッ!!ありえない音を出して、一成の手の中のペットボトルが、握りつぶされた。
はじけ飛んだ中身が辺りに飛散する。
「……この高校の『悪』の頂点のお前が、せっかく譲ってくれた地位だ。桜井、存分に利用させてもらうぜ」
「……そりゃ、お前の勝手だが、気をつけろよ」
お前はもう、『悪』なんだから。桜井の呟きに、一成は微笑んで見せた