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犬のおまわりさん side杏奈



 久しぶりの外、通勤や通学でごった返した満員電車にもなんとか乗れて、学校までは行くことができた。それでも教室には行けなくて、私の足は保健室へと向かった。

 保健医の先生は久しぶりに登校してきた私を見て、優しい笑みを浮かべてくれた。

 次の日は、久しぶりに外に出たせいで体調を崩して学校には行けなかった。さらに翌日保健室に行けば、先生はまた優しく私を迎えてくれた。

 「なんで?」「どうして?」自分の疑問ばかりをぶつけてきて、いざ私が何か言おうとしたら遮って自分の意見を押しつけてくる両親とは違い、先生は何も言わないし何も聞かない。それがいまの私には心地よかった。

 一日置きに学校には行けるようになった私に、先生は笑ってくれた。言葉には出さないけど「それでいいよ」って言ってもらえているようで、学校に行くことは苦痛ではなかった。むしろ家にいる方が息に詰まる。それでも授業は受けられなくて……

 いい加減、教室に行こうと決意をした朝。また足が動かなくなって植木の側で蹲っていたら背後から声をかけられて、私は心臓が飛び出しそうなくらい驚いて体を震わせた。

 声のした方を振り仰ぐと、そこにはふわふわした髪の男子。見覚えがあるから同学年だろうと思うけど。

 大丈夫? って声をかけてくれたのだから、何か言わなければと思うのに言葉が喉の奥に張り付いて出てこない。そういえば、しばらく誰かと話すこともなかったんだと今更ながら思い出す。

 早く何か喋らないと気分を悪くして男子がいっちゃうと思って、おどおどと視線を彷徨わせる。喋ろうと口を開くけど、焦るばかりで上手く言葉が出てこない。それなのに。

 男子は何を思ったのか私の前にしゃがみこみ、顔を覗き込むように首をかしげてゆっくりと話しかけてくる。


「ん? なに?」


 そう言った男子はふんわりした笑顔を浮かべて、こっちを見つめてくる。

 私が話すのをゆっくりと待っててくれて、優しげな瞳が私の心をとらえた。


「あの……、教室に行こうとしてたんだけど……足がすくんで……」


 こんな説明じゃ分からないだろうって突っ込まれるかと怖くてぎゅっと瞳を閉じたのに、帰ってきたのは優しい問いかけだった。


「教室? 何年何組?」


 こくんと首をかしげて男子は私の瞳をまっすぐに見つめる。


「えっと……三年、二組……」

「二組ってことは隣のクラスじゃん」


 そう言って、今度はにこっと笑う。

 もしも私達の会話を聞いている人がいたら、ただオウム返しに話に頷いてくれてるだけじゃんって思うかもしれないけど、私にはそんな些細な会話さえ久しぶりすぎて、気がついたら涙が出てきていた。


「えっ、わっ……、ごめん、俺なにか気に障ること言ったかな?」


 表情をころころ変えておろおろする男子を見て、私は一瞬目を丸くして、それからくすりと笑みを漏らしてしまった。


「あっ……、笑ったりしてごめんなさい……」


 まだ瞳の端に涙がたまった顔が恥ずかしくて謝りながら俯く時、ふっと優しげな笑みの男の子の表情が見えてどきっとする。


「いいよ、別に」


 そんな一言が私の胸にすっと浸みこんでいく。

 こんなふうに、私の話をちゃんと聞いてもらったのはどのくらいぶりだろう。辛抱強く話を聞いてくれて、私が泣いても笑っても、笑顔で許してくれる男の子は優しい犬のおまわりさんみたいだった。

ふわふわの髪とか人懐っこい笑顔、コロコロ変わる表情が犬みたいで心が和む。

 十三年間一緒にいたひまの姿を思い出して、引っ込んだと思っていた涙がぽろっと頬を伝い落ちた。




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