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なくした光 side杏奈

※ この回、少し暗い内容です<m(__)m>



 小さい頃は普通に仲のいい家族だった。頼りになる父と優しい母、小学校の帰り鞭で箱に捨てられていた捨て犬を抱いて帰った私に、「今日から家族の一員だ」って言って笑ってくれた。十一つと歳が離れている兄とはあまり家で会うことはなかったけど時々会えば一緒に遊んでくれた。

 どこにでもあるようなありふれた光景だけど、そこにはぽかぽかのお日様が当たったような温かなひだまりと笑顔で満たされた家庭だった。

 それがいつの頃からか、静けさに包まれた家の中。ときどき聞こえるのは父の怒鳴り声と母の泣きながら叫ぶ声。

 すでに社会人だった兄は、早々に両親に見切りをつけて出ていってしまい、滅多に家に寄りつかなくなった。時々くる連絡はどこか義務的な作業のような冷たさで、年に一度くらいしか顔を会せない兄は、もうほとんど他人のような存在だった。

 高三の二学期が始まってすぐくらい、家に帰ってみるとそんな兄がリビングのソファーに座っているから珍しさに驚いたのだけど、すぐに言い知れぬ不安が胸に押し寄せてきた。

 昼間はパートでいない母がキッチンにいるし、いつも仕事が忙しいと週末くらいしか顔を会せないスーツ姿の父と廊下ですれ違って。


「話があるから、着替えたらリビングに来なさい」


 なんて言うから、私はその場に縫い止められたように動けなくなった。

 リビングに集まった父と母と兄と私。すごい久しぶりに家族四人が揃ったっていうのに、リビングに漂うのは重たい沈黙と張りつめた緊張。

 話というのは、離婚が正式に決まったということだった。本当はもうだいぶ前から離婚するんじゃないかって気づきながら、気付づかないふりをしていた。その現実を目の前に突きつけられて、胸が苦しいほど音を立てている。

 両親の不仲にすでに家族を見限っていた兄は何も言わずに渋い顔で窓の外に視線を移した。


「…………っ」


 口を開いて自分の気持ちを両親に伝えようと思った。ずっと言えなかった気持ちを伝えるなら今しかないと。

 でも私がなにか言う前に、両親はどんどん話を進めていく。

 その様子が、どこか遠くの自分とは関係ない場所での出来事のように感じて、視界がぐにゃりと揺れる。

 受験を控えているから離婚は高校卒業と同時にするという言葉に、私は震えあがった。

 自分を理由にされた怒りと、それとは反対に、自分が卒業できなければもしかしたらまた仲が良かった頃に戻れるんじゃないかというほんの少しの希望が胸をぐちゃぐちゃに押しつぶす。

 そんなの無理だって分かっている。

 でも、かつてはあったひだまりの場所を忘れられなくて、切望してる自分がいる。

 両親には離婚してほしくない。そでもそれが無理なことも分かっている。

 結局、何一つ自分の気持ちを伝えられずに家族会議は終わってしまった。

 父は仕事に戻るといい、兄は離婚が正式に成立したら連絡してと言って家を出て行った。きっと、兄はもう二度とこの家には来ることはないだろう。

 卒業後、私は父か母か好きな方についていくこと、それまでにどちらを選ぶか考えておくように言われたけど、未だに未練がましく家族の団らんを切望する私には、そんなこと考えることもできない。

 その次の日から、私は不登校になった――

 普通に朝、家を出て電車に乗って学校までは行ける。異常もなし。

 だけど、校門をくぐって教室が近づくにつれて、速くなる動悸、目の前が真っ白になって――気づいたら保健室で寝ていた。

 熱もないし、体のどこかが悪いわけでもない。

 次の日も、いつも通り家を出て、気がついたら保健室だった。

 そんなことを一週間繰り返して、母と病院へ行った。最初は簡単に問診を受け、その後、一人で先生に話を聞かれた。先生は。


「精神的なことが原因でしょう。なにか学校や家で問題はないですか?」


 と母に尋ねた。母は少し考える仕草を見せて、家には問題はないことを告げた。

 もちろん、私だって初対面の先生には家の事情なんて話せなかった。

 きっと原因は離婚のことだと私も母もお互いに分かりながら口にはしない。

 それから、私は学校には行けるのに授業には出られなくて保健室のお世話になること一ヵ月。そのうち学校に行くことも出来なくなってしまった。

 初めは私の様子を気にかけてくれていた母も次第に苛立ちが溜まっていき、夜遅くに帰ってきた父と相変わらず怒鳴りあう声が聞こえる。不登校の原因をお互いに押し付け合い、全然関係ない話でもめだす。

 真っ暗な室内に壁越しに聞こえる怒鳴り声に、私は両手で耳を塞いで曲げた膝に顔を埋めた。

 不登校のことがなくても怒鳴りあっていただろうけど、その声が不安ばかりを胸に積み重ねていく。

 ところどころ聞こえる声に、離婚後にどちらが引き取るかもめてる声が聞こえて、体を震わせる。

 私に好きな方を選んでいいと言いながら、子供の面倒を押し付け合う両親の会話を聞いてしまって、自分の居場所のなさを突きつけられた。

 ここに存在している意味なんてなんにもない。

 孤独感の中で、最も恐ろしい瞬間が襲う。

 父も母も私に見向きもしない中、唯一心の慰めだった、愛犬のひまが死んでしまった――

 家族になってから十三年、拾ってきた時には四、五歳だったのだと考えると、長寿を全うしたのだろうけど、突然のひまの死は、私を孤独感の中でさらに絶望へとおいやった。

 しばらくはひまの死に泣き暮らしていたけど、家にいても苦しくて、なんとか学校に行こうと試みる。

 あんなにひだまりの思い出ばかりだった家は、いまでは寒々とした空気で居心地が悪い。部屋にこもる私に扉越しに声をかける母は、腫物にでも触るように戸惑っいるのが分かったし、夜になれば怒鳴りあう声で身が引きちぎれそうになった。

 久しぶりに出た外は、上着なしでもまだ温かった秋からいつのまにか冷え冷えとした冬に季節が移っていた。

 それでも、家の中の凍るような冷たさと違って、外には低い角度から差し込むゆるやかなお日様。空は澄み渡った青空で、なぜだか無性に泣きたくなった。




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