迷子の子猫ちゃん side浅葱
ひゅーっと頬に吹き付ける冷たい風に俺はぶるっと体を震わせて背中を丸めた。
寒いのには強い方だけど、今日の寒さはヤバイだろ?
二十分ほどチャリ漕いで、手はガチガチだし、耳はキンキンする。さすがに手袋くらいはもうすればよかったかなぁ~とか考えながら、感覚の鈍くなった手でチャリのハンドルを握って、三年生用の駐輪場にマイチャリを停める。
十二月になり、間近に迫った期末試験にピリピリし始めた校内。俺達三年にとってはこれが最後の試験でもあるけど、もう内申とか気にしてる場合じゃないって奴も多いみたいで、ピリピリってよりもピシピシって張りつめた空気だ。
まぁ、俺は一足先に推薦で大学は決まってるし、いつもどおりテスト範囲を見直すくらいしかしないだろう。
それよりも、俺はいま大事な作戦のために色々準備をしていて、そのことでちょっと忙しい。
幼馴染の瑠花が体育教師の柳のことが好きで、柳も瑠花のことを大事そうな瞳で見つめている。教師って立場上、あからさまに態度には出さないのだろうけど、水泳部員はなんとなく気づいているんじゃないだろうか? 本人達以外は……
俺ははぁーっとため息をつく。
気持ちを伝えたら迷惑がられるとか、困らせるとか後ろ向きな瑠花をどうにかしてやりたいって思ったのは夏休みの終わり。
それから俺はあんまない脳みそをフル回転させて、いろいろ計画を練った。どうしたら瑠花と柳が上手くいくか考えて思いついたのがクリスマス会大作戦!
いちお受験生の俺らでも、クリスマスくらいは騒ぎたいじゃん? って建前で、水泳部のクリスマス会をやって、そこで瑠花と柳を二人っきりにしようという作戦。
それで今日はその作戦の打ち合わせでいつもより少し早く登校してきた。まだチャリの少ない自転車置き場から昇降口に向かって歩いていたら、そばの腰くらいの高さの植木がカサカサと揺れたから、俺は不思議に思って足を止める。
猫でもいるのか?
そう思って、足音を忍ばせて茂みにそおっと近づく。
うちの高校はすぐ裏手に山があって隣には市営団地が建っているから、校舎内にもけっこう野良猫が迷い込んでくる。
猫好きの俺としては触れなくても姿くらいは見たくて、揺れる茂みのすぐそばから中ににゅっと顔だけを突き出してみたんだけど。
そこにいたのは野良猫じゃなくて、うずくまっている女の子だった。
短めのPコートの裾から白地に赤チェックのスカートが除いていて、うちの生徒だってことは分かる。
だけど、こんなとこで何やってんだ?
俺は不思議そうに眉根を寄せて空を仰ぎ、もしかしたら具合が悪いのかもと思って、思い切って声をかけてみることにした。
「なぁ、大丈夫?」
声をかけた瞬間、女の子の肩がビクンっと大きく跳ねる。それから、恐る恐る振り仰いだ顔は、ほんの少し青ざめていた。
ぴっちり切りそろえられた前髪の下には不安そうに揺れる大きな黒目、なにかを耐えるように唇がきゅっと引き結ばれている。
その姿が迷子になって怯えている子猫に見えて、俺の胸の奥から庇護欲が掻き立てられる。
いますぐ、大丈夫だよって抱きしめて守ってあげたくなったけど、はっと我に返る。
待て、俺! 目の前にいるのは迷子の子猫じゃなくて、女の子なんだぞ! 抱きしめたりなんかしたら、どんなことになるか……
自分がしようとした大胆な行動に焦っていた俺は、足元でうずくまったままの女の子が動いた気配にはっとする。
見ると、口を開けて何かを言おうとしては躊躇って口を閉ざし、視線を弱弱しげに彷徨わせている。
その様子から、彼女がなにか話そうとしているのだと感じて、すぐそばにしゃがみこむ。
それから彼女の顔を覗き込むように少しだけ顔を傾けて、ゆっくりと話しかけた。