舞台裏の地霊殿②
これは、まだ春雪異変の傷が癒えたばかりの話。
妖怪の山の数里手前、大和と藍はゆっくりと空を飛んでいた。
行き先は妖怪の山、天狗の里。目的は天魔との会談。
「はぁ……なんでこんなことに…」
「気持ちは解らないこともないが、せめて妖怪の山に入る時には背筋を伸ばして貰わないと困るぞ?」
「それは分かっててますけど……うぅ…」
――――明日天狗との会談があるんだけど、私の代わりに行ってきて頂戴。互いに顔だけは知っているでしょうけど、これからの事を考えて挨拶してきなさい。
――――ブッーーーーー!!
紫が大和にそう伝えたのはつい前日のこと。八雲邸の縁側で、大和が作った饅頭を全員が渋い顔を浮かべながら食べていた時だった。
突然の命令に思わず口に含んでいたお茶を吹き出し、それを運悪く紫の顔に掛けてしまった大和は、有無を言う暇もなくスキマの中に堕とされていった。
――――よろしいので?
話の腰を折る邪魔者がいなくなった所で、藍は湯呑を置いた。
この主はいきなり何を言い出すのか。
まっすぐ紫の目を見て真意を聞きだそうとするが、当の紫は我関せずと形の悪い饅頭を口に運ぶ。不味い不味いと文句を言いながらも、それをどこか楽しげに紫は頬張る。
不真面目な主に額が引き攣る藍だったが、毎度の事だと溜息を吐いて自分を落ち着かせる。そんな藍を知ってか知らずか、おそらく知って楽しんでいるであろう紫は、口の物が咽喉を通り過ぎた所で漸く藍に向き直った。
――――遅かれ早かれ何時かは通る道よ。こういうのは早いうちに経験させておいた方がいいの。
――――些か早すぎる気もします。交渉術や人心掌握術は叩きこんでいますが、期間や経験が不足しています。現段階では使い物になりません。
――――フフ。
――――何か?
――――大切に想っているのだと思って。覚妖怪でなくとも解るわ……。大和が心配なんでしょう?
――――……。
――――初めての相手が天狗。それも好意的でない、厄介者と敵視されている種族の長が相手だものね。
――――…事実を言ったまでです。彼にはまだ早すぎる。
藍は僅かに言い淀んだ。
嘗て妖怪の山を支配していたのは萃香たち鬼だ。妖怪が追いやられ、鬼が地獄の管理のため地底に潜ってからは、天狗達が妖怪の山を取り仕切るようになった。
そのため、今の幻想郷で最大の勢力を誇っている妖怪たちは、数がそれなりに多く、鬼が支配していた山を支配している天狗という事になる。
そこに大和が大陸から戻って来た。
天狗たちにしてみれば、それは腕を広げて受け入れられる事態ではなかった。何せ、嘗て鬼の子供というだけで自分たちよりも格上の存在として扱われていたのだ。何の力もないただの人間の子供相手に頭が上がらない日々。堪ったものではなかった。
苦汁の日々を送らされていた天狗たちの脳裏に、その悪夢が再び甦った。帰還した大和に合わせたように、萃香や仙人を自称する者たちが地上に姿を現し始めたのだ。
天狗たちにとって、それは到底受け入れられる事態ではなかった。何せ、今の山の秩序を守っているのは天狗だ。
今更戻って来た薄汚い人間の餓鬼と、好き勝手に動く鬼が大手を振って山を歩きまわる。声を大に反対することは出来ずとも内心では戦々恐々としていた。また顎で使われる日が来るのではないかと。
しかし、天狗の心配ごとは結局杞憂に終わった。萃香や華扇にそんなつもりは毛頭なく、帰って来たばかりの大和はそんな事情など知る由もなかったからだ。だから萃香たちも敢えて山の事情に首を突っ込んだりはしなかった。
そんな情勢を常に監視してきた藍は、大和が単身山へ送られることに不安を抱かざるを得なかった。強者には頭の上がらない天狗の常識に当て嵌めて考えればあり得ないことだが、大和は意図せず相手を逆上させることが多い。相手に本音を出させると言えば良いように聞こえるが、それが悪い方向へ突き進むことも考えなければならない。幾ら態とではないとはいえ、そう言ってはいられない立場に今の大和は立っているのだから。
そこまで考え、藍は一瞬の動揺を悟られまいと務めて冷静さを取り繕うが、目聡い紫がそんな姿を見逃すわけも無く。僅かに揺れている尻尾を見つけ、自然と浮かぶ微笑を隠すように口元を扇子で隠した。
――――彼、ね。……ま、深くは聞かないであげる。でも今の貴方、まるで息子に激甘な萃香そっくりよ?
――――!? そ、それは言い過ぎでは……?
――――あら? 大和が使い物にならないと言うのも言い過ぎだと思うのだけど。
萃香と同じだと言われて、藍は湯呑を倒すほど酷く動揺した。
そんな藍を見て、紫は小さな友人を少し哀れに思った。
――――そこまで嫌がらなくていいじゃない……。それにこの間少し"試した" けど、なかなかのものだったわよ? さすがは藍お姉ちゃんね。偉い偉い。
――――茶化さないでくれ。私は真剣に聞いているんだぞ?
――――はいはい、じゃあ真剣に理由を言いましょうか。私はね、藍。あの子はもっと知っておくべきだと思うの。私が自分の夢を夢想だと感じた時のように。
ふぅ……と一つ息を吐く。口元を隠していた扇を仕舞い、膝に手を置いて下を向く紫の顔には自嘲的な笑みが浮かべられていた。
――――大和は綺麗過ぎるのよ。海で行方不明になった時から大陸で大戦が終わるまでの間、大和が何を経験したのかは結局分からず仕舞いだけど、あの子は自分に向けられる敵意に不慣れだわ。殺意には慣れてるちょっと可笑しな子なだけ。
――――確か聖堂騎士団、だったか? 何をしていたのか、詳しいことは分からず仕舞いだった……でしたか。
――――朱に染まれば赤くなるとは言わないわ。変わらないと駄目なのは私たちの方だもの。でもね、藍。"嫌われることに慣れる" ことも必要なの。貴女だって分かってるでしょう?
私はもう慣れたけど。そう言ってからからと笑う紫は本当に慣れているようで、それを見た藍も少しして同じように笑った。妖怪の賢者と言われていても、実際は称賛よりもやっかみを受けることの方が多いのだ。
――――幻想郷は狭いようで広い。大和がまだ名前や顔も知らない者たちも多くいる。今後を考えると、早い段階で学ばせておいた方が良いの。まずは顔見知り相手にね。
――――成程……わかった、分かりました。では私がサポートとして同伴します。
――――頼むわ。まあ、初めから大和一人で行かせるつもりは無かったけど。
そこまで話して、紫はスキマから大和を解放した。
べちゃ、と顔面から畳に落ちた大和はくるくると目を回しており、今から少しでも交渉術を学ばせようとした藍は出鼻を挫かれることとなった。
そして大和が意識を取り戻した今朝。会談と言う事もあり、各々の一番の正装をした二人は今こうして山に向けて空を飛んでいる。
「しかし何故ローブなんだ? ここは私のあげた御揃いの服を着るべきだろう」
「僕も初めはそう思ったんですけど……大魔導師にとって一番の正装はローブかな~って」
「今日の大和殿は紫様の代役なんだ。自覚が足りていないのではないか?」
「今になって後悔してるところです……」
zun……。身体全体から負のオーラを溢れだしている大和を見て、藍は本当に大丈夫かと心配になった。紫はああ言ったが、緊張に腹痛でも起こしかねないほど今の大和は頼りないように見える。こと戦闘に関しては、どんな格上の存在を相手を前にしても臆することは無い大和だが、拳を交えない交渉となると極端に緊張してしまっている。
「間もなく哨戒天狗の警戒網に引っ掛かる。……どうする? 今ならまだ引き返せるが――――」
「…ぁ……ぃ」
藍が振り向いた先には、虚ろな目でブツブツと聞きとれないほど小さな声を発している大和がいた。
「大和殿!」
「――――ハッ!? な、何ですか!?」
「……今日は引き返したほうがいい。紫様には私から言っておく。また次の機会に――――」
始まる前から憔悴しきっている大和を見て、此処までだと藍は判断した。何とかなる、何とかしようとは考えていたが、それでも無理なものは無理なのだ。人には向き不向きがあって当然だ。此処で引き返した所で誰も大和を責めはしないだろう。
「――――大丈夫です」
無理に今行こうとせず、次の機会を探せばいい。そう言おうとした藍だったが、大和はそれを遮るように『大丈夫』 だと言った。
大和は目を瞑り、深く息を吸う。ゆっくりと吸った息を吐き、胸を二回、握り拳で軽く叩いて目を開ける。
そこに今までの不安に押し潰されそうな大和はいなかった。垂れ下がっていた目じりは鋭く吊りあがり、目には強い光が戻っている。
「行けます」
「……いいのか?」
「はい」
「――――わかった。今回の会談、大和殿にすべて任せる」
その大和を見た藍は、大和に悟られないほど薄く笑った。
確かにまだ頼りないかもしれない。拳を振う以外には出来ないことの方が多いだろう。妖怪一匹、人一人に出来ることは限られている。何でも出来る者などこの世にはいないのだから。
だが、それでも大和は不安を押し込めて前へ進もうと今を懸命に生きている。なら、自分は大和を支えよう。自分だけではない。大和が望んだように、全員で手を取り合って一歩づつ前へ。
――――何故大和殿が慕われるのかが解るな……。本当に強い子だ。
前を飛ぶ背中が見た目以上に心強く見えた。不覚にも、藍が見惚れてしまうほどに。
「天狗がこっちに向かってきます」
「迎えの天狗だろう。速度を緩めよう」
山を目前にして、迎えの天狗が二人現れた。
大和にすれば、どちらも知った顔の二人だった。出迎えの鴉天狗、射命丸文と、おそらくその護衛役の白狼天狗、犬走椛。
正装なのだろうか、普段とは違い、一般に天狗装束と呼ばれる服装に身を包んでいる。
「この度は御足労頂き、ありがとうございます。天魔以下、此度の会談を心待ちにしておりました」
「……こちらこそ、出迎えに感謝します。身のある会談にしましょう」
文と大和。大和がまだ5歳にもならない頃から付き合いのある二人だが、ここは公式の場。二人にすれば堅苦し過ぎる挨拶を交わす。何とも無ず痒い会話に表情が崩れそうになる大和だったが、自分が紫の代わりなのだと再確認すれば、不真面目な行動はとれないと自分に言い聞かせることができた。
「さっそくご案内したい所ですが……八雲紫様の姿が窺えないのですが?」
「紫様は所用の為、この旅はぼっ……私、伊吹大和が代役とさせて頂きました」
「貴方様が、ですか? 失礼ですが、それは誠でしょうか?」
「そうだ。今回の会談、紫様の変わりはこちらの大和殿が務めることになっている」
「至らぬ身でありますが、どうかご容赦下さい」
「……後ほどになって現れると言うことは?」
「おそらく無いかと」
「……」
「……」
「……大和も災難ね」
「僕もそう思う」
長い沈黙のあと、合点がいったと文は頷いた。
二人の言葉も堅苦しいものではなくなり、記者の射命丸ではなく個人の射命丸文として大和に向き直った。
「まあ、天魔様の屋敷に向かいながら話しましょうか。――――椛、聞き耳を立てる馬鹿がいないか目を凝らしなさい」
「承知しました。あの、大和様――――」
「うん。久しぶりだね、椛。屋敷までの護衛は任せられるね?」
「は、はい! お任せ下さい!」
「……」
「……」
「……何でそんな目で見るの?」
「大和は性質が悪すぎると思うわ」
「同感だな。大和殿は時々知っててそんな態度をする」
「ただ声を掛けただけなんだけど!?」
水を得た魚のように動く椛。その姿を見た藍と文は、白けた目で大和を見つめる。その目は"お前絶対知っててやってるだろ" と言っていた。
「今度記事にさせて貰うから」
「捏造だけは止めてよね」
「何を言っているのかしら? ありのままを書いているだけよ」
「文文。新聞だったか?」
「おお! 読んで下さっているのですか!?」
「いや、台所の火種に使わせて貰っている。出来ればもう少し量を多くして貰えないか? タダで手に入る紙だ、幾らあっても無駄になる事はない」
ピシッと、笑顔だった文の表情が固まった。額はピクピクと引き攣っている。
「と、とりあえず! 今日は何の話をするのかな!? 僕なにも聞いてなくヒィッ!?」
そんな場の空気を変えようと、大和が話題の変更をする。
大和の思惑通り場の空気は変わった。だたし悪い意味で。
ぐるんっ、と首が取れるのではないかと思うほどの勢いで大和に振りかえる文。顔は笑顔に戻ったが、目は全く笑っていなかった。
「ねえ、本当に大丈夫なの? 話の内容も知らずに来るなんて、今時妖精でもしないわよ? その様子じゃ、天狗と貴方の関係も解ってないようだし」
呆れた、と一言。文は可哀そうに大和を見つめる。
本当に同情されているようで、大和は少し心が痛んだ。
「昨日の今日でいきなりだったんだよ」
「準備期間は幾らでもあったんでしょ? 自分から動かないようじゃ二代目は名乗れないわ」
「なるつもり無いんだけど……」
「八雲紫が放った噂は広がりだしてる。天狗の里にもその噂は聞こえてきてるわ。そこには貴方の意志なんて関係ないの。いくら貴方が違うと言っても、人は貴方を二代目として見るようになるんだから」
有名になるとはそういうことよ、と、文は大和にそう言った。大和が幾ら否定しようが、実質的に幻想郷を管理している紫が大和を二代目として選んだ。それはもう覆ることがない。
「加えて、天狗たちは貴方にあまり好意的じゃない。ほら、帰って来てから時々喧嘩を売られてたでしょ?」
「ああ、笛で撃退した時のアレ。でも何で? 人間だなんだって言われたけど、僕だって昔は山に居たのに」
大和はそう首を傾げた。大和からしてみれば、一緒に暮らしていたのではないが、天狗は見知った者たちだ。言い代えれば、実家のお隣さんの感覚に近い。そんな人に喧嘩を売られること自体、大和にしてみれば心当たりが無かった。
「彼らにも天狗のプライドと言うものがある。今、妖怪の山を取り仕切っているのは鬼じゃない。天狗達だ。そこに末端とはいえ、鬼の一味である大和殿が行けばどうなると思う?」
「加えて、昔は大和が萃香様の息子と言うだけで頭を下げるしかなかった。何の力もない、人間の子供を相手が相手でも。実際、将来を有望されてた私でさえ、貴方の安全を守ると言う意味で監視を仰せつかってたし」
大和は顔を引き攣らせたまま、だらだらと汗を掻き始めた。正面きってそう言われるまで、そんなことを考えたことが無かった大和だったが、そう言われてみれば心当たりがあることに気付いた。
「もしかして、もしかしてだよ? 僕って天狗さんから嫌われてたり……?」
「「今更過ぎる」」
「フゴ……な、中々のダメージが……」
「天狗からしてみれば"来いよ大和! 七光なんて捨てて掛って来い!" と言った所だろうな」
「付け加えるなら"野郎テメェぶっ殺してやる!" ね。大天狗様たちも相当頭に来てたみたいだし、今日は辛い一日になるんでしょうね」
「藍さん。僕お腹痛いんで――――」
「大丈夫だと大見得を切った手前、腹が痛いから帰るなんて言わないでくれよ?」
逃げ道を潰された大和が空中で頭を抱えた。来るんじゃなかった……と、覚悟を決めた今になっても思う大和の肩を、文はニヤけ面で叩く。
「世が世なら私も大天狗、幹部だったはずなんだけどねぇ……。何時の間にか出世街道から外れたのよ。別に何処ぞの七光のせいだと言い切るつもりはないけど、それでも……ねえ?」
「はぅっ!?」
「あ、文様? 別に今言わなくても――――」
「いいのいいの。本当の事なんだし、言葉にしないと大和には伝わらないから。椛も肩身が狭いって、前に呑みに行ったとき言ってたじゃない」
「……」
「言ってませんからね!? 大和様! 私はそんなこと言ってませんからね!?」
hahaha…と、ついには虚ろな目で壊れたように笑いだす大和。
そんな大和の肩を叩く文は、なんとも晴れやかな笑顔だった。
「でもね大和、勘違いしないで欲しいの。私は嫌々貴方と付き合ってるわけでも、仕方ないから付き合ってるわけでもない。自ら望んで貴方の友となった。そこに後悔は……まあ、ないとは言わないけど」
「最後は聞きたく無かったよ…」
「全く、文様は何時も一言余計です。――――大和様。私は自分の目で見て、感じて、そして大和様の力になりたいと思いました。確かに陰口を言われることもありますが、自分の決断に後悔は一切ありません。だから大和様は大和様の思うように生きて下さい。そうすれば私も自分に胸を張って生きていけます」
「敵が多い分、味方も多いと言う事だ。その期待に応えられるかどうかは大和殿のこれからに掛っている。だから私や紫様、仲間や友人に見せて欲しい。伊吹大和の生き様と言うものを」
ニヤニヤと含んだ笑みの文。真正面から力強く見つめる椛。目を閉じ、唇の端を僅かに上げた藍。
大和はそんな三人を順番に見やり、もう一度、二回自分の胸をノックした。
「――――行こう」
四人はそれぞれの笑みを浮かべ、天魔の屋敷を目指した。
◇
「間もなく天魔様の屋敷です。ここから先は飛行禁止区域、歩いて行くことになります」
天魔の屋敷が見えてきた。文が言うには、ここから先は空を飛んで行くことが出来ないらしい。天狗の長が住む屋敷の周りなだけあって警備も厳重なんだろう、哨戒の白狼天狗が何人も配置されている。既に椛も護衛の役を終え、哨戒天狗たちの中へ消えて行った。
他にも文と同じ鴉天狗らしき天狗が大勢いる。そのほとんどが僕に敵意のある視線を向けて……うげ、流石にこれは気が滅入るなぁ。
「よし、こんな時こそ胸を張って歩こう」
「その意気だ。皆が見ているのだからな」
自分に言い聞かせるように、誰にも聞こえないように小さく呟いた声に藍さんが返してくれた。聞かれてたことに少し驚いたけど、それだけ僕のことを気遣ってくれているんだ。しっかり前を見据えて歩こう。
「間もなく屋敷です――――!」
「これは……」
「何これ怖い」
屋敷へと続く石段。その両端には天狗たちが微動だにせず直立していた。
藍さんはもちろん、文も聞かされていなかったんだろう。天狗の行列に目を見張っている。
その天狗の列は、階段を上がるにつれて『格』 を現しているのか、各々の服装や手に持った武具が変わっている。
団扇に太刀に杖……なるほど、流石は現妖怪の最大勢力と呼ばれることはあるみたいだ。階段の両端に立ってる天狗たちは、その全員がかなり腕が立つ人ばかりに思える。
小さい頃は力の差なんて理解出来なかったけど、成長した今なら良く解る。大天狗クラスになると、僕より氣の大きい人の方が多いじゃないんだろうか。
それに大天狗じゃない人たちにしても一人二人、いや……三人までなら何とかなるかもしれないけど、それ以上となると中々厳し――――って、何でこんな事考えてるんだろ。争いに来たわけでもないのに。
「伊吹大和、並びに八雲藍をお連れしました」
「ご苦労であった。下がってよい」
「はっ」
階段を上りきった先には、当然のことながら天魔が待っていた。ご丁寧に化物クラスの大天狗を三人も侍らせて。
一度か二度山で見たけど、やっぱりこの人の前に立つのは嫌な感じだ。いや、嫌なんだろう。紅魔館にいる馬鹿親父は嫌いだけど、娘が一番の気持ちにはある種の好感を持てる。むしろ父親として語り合いたいとも思えるくらいの仲だと思ってる。
でもこの人に好感を持つのは根本的に無理な気がしてならない。
人を見下した目で見るし、それは僕に対してだけじゃなかったはずだ。鬼に使われることを酷く嫌っていた節もあるし、女癖も悪いって文が言ってたのを憶えている。
「誰かと思えば鬼の庶子ではないか。千年ほど前に会った以来か?」
「天魔殿も御変りなく」
「そう言うお主は変わったな。とても――――そう、利口になったのではないか?」
天魔が含むように笑った。それに合わせるように、後の大天狗たちも下品な笑みを浮かべている。
皮肉のつもりなんだろうけど、残念ながら僕には通用しないよ。
何せ――――馬鹿にされるのは慣れているからね! 自虐も右に同じ! 僕を怒らせようなんて千年早いよ!
……ごめんやっぱり嘘。腹が立つのは腹が立つ。今にもその不細工な顔を見やすくしてあげたいけど、喧嘩を売ってもまず勝てないもんねー。怖いものは怖いです、はい。だから藍さん頑張って!
届け僕のナイーブオーラ! 斜め後に控えるように立っている藍さんに心からそう念じた。
「天魔殿。此度は我が主、八雲紫に変わってこちらの大和が会談を務めることになっております。無用な挑発は避けて頂きたい」
「ほぅ、この庶子がか」
「左様」
天魔とその後は嘲るように笑っているけど、今も石段に立っている天狗たちからは僅かに動揺の声が聞こえてきた。驚く気持ちは僕も分かる。だって僕自身が一番驚いている自信があるから。
「まあ良い、それもまた一興。それよりも此度の一件、この庶子に扱いきれるのか見物だな」
踵を返し、そのまま屋敷へと歩いて行く天魔の後を黙って付いて行く。
でも実際何の話をするんだろうか。と言うか、今思ったんだけどわざわざ"会談" なんて堅苦しい言葉を使うくらいなんだから、相当難しい話をする予定だったんだよね?
それはいろいろ困った事になるかも。療養中に紫さんから色々と話は聞かされてきたけど、話の内容を全部把握出来てるわけでもないし。
「粗茶ですが」
「お構いなく」
案内されるままに進み、対面するように天魔たちと向かい合って座る。
こちらは二人。向こうは天魔を合わせて四人。その中でも一番歳老いた天狗が天魔の隣に控えている。後の天狗は護衛役なんだろう。今は嘲笑を消して、天魔の後から警戒するように僕と藍さんに視線を送っている。
見た所、天魔とこのお爺さん天狗が……老中でいいや。他にも当然いるだろうけど、この老中と天魔が山の頭脳なんだろう。
「大和様は咽喉が乾いておられないのですか?」
「いえ、ぼ……私は結構です」
老中を観察していると、その老中に女中さんが持ってきた御茶を勧められた。でも僕だって能天気じゃない。こんなにも敵意を向けられている場所で、しかもそのトップの屋敷で出された御茶なんて怖くて呑めるか。
「ご安心を。毒など入っておりません」
「我の屋敷で毒殺などしてみろ。天狗は使者を毒殺した愚か者として見られるわ」
呆れたように言う天魔を余所に、ちらりと隣に座る藍さんを見る。これ呑んでも大丈夫?
「……何か?」
普通に呑んでるよこの人……。藍さんくらい高位な妖怪になると毒なんて効かないのかな? それとも毒が怖くないのかな? でも普通に呑んでるし……じゃ、じゃあ僕も――――いっ、いや! 僕は飲まない! 意地でも呑まないからな!
「ではさっそく会談を始めましょう。まず最初の案件から――――」
老中が巻物を取り出して、墨で書かれた文字を読み上げ始めた。あれが今回の会談内容なんだろうけど……数が…多いです……。
「待て爺。そこには書いていないが、最初に一番大きい案件に付いて話す。逃げられては困るからな」
誰が逃げるかこの野郎。逃げるときは幻術置いて逃げるから、それと話してろこんちくしょう。
「分かりました。ではまず初めに『神隠しが減少している』 件について」
……神隠し?
幻想郷で神隠しが起こるなんて聞いたことがないぞ。神様はいるけど、その殆どが気の良い人達ばかりだ。どこかに連れ去ったりするなんて話は一度も聞いたことが無い。
藍さんは知っているのだろうか。そう不思議に思って隣を見てみると、藍さんは座ったまま固まっていた。いや……信じられないけど、これは脅えているのか? 天魔を睨みつけるように見ている姿は、まるで僕と紫さんの仲が悪かった時みたいだ。
「八雲殿、我々には契約があったはず。その契約を反故にするのですから、それ相応の理由もございましょう。申し開きがあるならばお聞きします」
申し開きも何も、紫さんからだって聞いたことないぞそんなこと。何かの間違いなんじゃないのか?
「……待て爺。庶子が話に付いてきておらぬ」
「は? いや、しかしこの者はかの賢者の代行なのでしょう? 当然話は聞いておられるはずです」
「それがどういうことか、全く聞いておらんようだ。見ろ、この間抜け面を。何を話しているのかさっぱり理解できんと言った顔をしておる」
……悔しいけど天魔の言う通りだ。神隠しと言われても、僕には何のことかさっぱり分からない。
でも藍さんの様子を見る限り、普通じゃないことくらいは分かる。それに、こちら側に何か非があることも。
「では伊吹殿にも分かりやすく噛み砕いて説明しましょう。神隠しとは、その名の通り人が消えてしまうことでございます」
「その程度なら理解しています。私は幻想郷で神隠しが起こると言うことが不思議なのです」
「それは当然でしょう。"外" の人間を幻想郷に連れてくるのですから」
「……? いったい何の為に?」
「本当に何も知らされてないようだな……。半分人間のお主には言い難かったのかもしれん。しかし、二代目として扱っているにしては随分粗末な教育の仕方だな。そうは思わぬか? 九尾よ」
「…未だ未熟故、ご容赦頂きたい」
「フン、別に構わぬ。どこまで行けど、所詮は庶子と改めて理解したからな」
ごめん藍さん。僕が不甲斐無いばかりに藍さんに恥じをかかせた。藍さんが頭を下げたのは、僕が前もって準備しておかなかったからだ。僕がもっとしっかりしておけば、期待に応えることも出来たはずなのに。
「外の人間を幻想郷に招く理由は至って簡単。我らの糧とするためよ」
「糧……? まさか!?」
「その"まさか" よ。山全体の妖怪が無闇に里の人間たちを襲わぬ理由が"それ" なのだからな。恩恵に与る我らが目を光らせているからだ。しかし、その定期的に行われてきた神隠しが最近滞っているのだ。それは何故か。まずは理由を聞かせて貰おう」
つまり、藍さんたちは外の人間を神隠しに見立てて拉致して、妖怪の山に放り投げられた人間を……。
――――信じられない。
振り返ってみると、藍さんはきゅっと唇を噛み締めて下を向いていた。まるで知られたくなかったことを知られた子供のように。
――――なんで僕に隠してたんだ!
そう言ってしまいたいのを、唾を呑みこんで押さえこむ。
何か理由があるはずだ。そう、だって滞ったと言うことは、今はもう神隠しをしてないんだから。きっと僕と和解する前のことに違いない。
でも、正直ショックが隠せない。
妖怪が人を襲うことに理解はあるつもりだ。でも、外の人間を拉致してまで神隠しをする必要なんてあったのか? 里には慧音さんや妹紅がいるし、少しなら陰陽術や魔法を使える自警団の人たちだっている。僕や博麗の巫女だって居るんだから、徒党を組まれた所でそう易々とやられるつもりはないのに。
そこまで考えて、一つの考えが僕の頭を過った。紫さんは前もって予防線を引いておきたかったんじゃないかって。
僕らは里の為なら幾らでも戦うつもりだけど、数の暴力が何度も続けば必ず綻びは出る。だから前もって天狗たちに協力を申し出たんじゃないのだろうか。
天狗は目が良いし、飛ぶ速度も桁違いに早ければ力も強い。怪しい動きをする妖怪を見つければ、直ぐにでも向かうことが出来る。だから天狗に頼んだんじゃないのだろうか。
そうして二つの予防線を引いておかなければ、里が襲われることが無かった説明がつかないことに気付いた。何故なら、里を襲ってはいけないと言う決まりは、あくまで"暗黙の了解" なのだから。
「神隠しが滞る理由はなんだ? まさか、もう行わぬとは言うまい」
「……私たちは――――「私たちはもう神隠しを行わない」 ―――大和殿!?」
ごめん藍さん。それなりの理由はあったんだろうし、事と次第じゃこれからもするつもりだったのかもしれない。
でも、それは僕の主義に反する。僕の"誰も僕の目の前では殺さない、殺させない" と決めた心に嘘を吐くことになる。それだけは嫌だ。生憎と、僕は見て見ぬふりが出来るほど大人じゃない。外の人間だから生贄にしても構わないだなんて、そんな道理を認めるわけにはいかない。
「これから神隠しに関する一切の行為を行うつもりはございません。これは紫様の言葉でもあると思って下さい」
「大和殿!」
「藍、貴女は任せると言った。言った以上は黙っていなさい」
藍さんや紫さんだって、本当はそんなのしたくなかったはずだ。だって二人とも人間が大好きなんだから。それは神隠しを止めたことが物語っているし、さっきまで悔やんだ顔があれば、それがその時の二人にとっては最善の策だったことくらい聞かなくても分かる。
その二人を変えたのは僕だ。知らぬ存ぜぬを言うつもりはない。はっきり言おう。僕が二人を変えたんだ。
だから僕は二人を守らなくちゃならない。どれだけ難しい選択になったとしても、僕が二人を守る。それが二人を変えた僕の責任であり、義務だ。
「これ以上は行わぬと?」
「はい」
「……抜かしおるわ、この庶子が」
天魔の纏う空気が目に見えて変わった。
それだけじゃない。後の護衛と老中を含めて、物理的な圧力となった妖気が僕の肌に突き刺さって来る。
けど、その護衛ですら霞むほどの感じる気当たり。それが天魔。まるで見上げるほどの巨体と見間違えるほど、今の天魔は大きく見えた。僕は天魔の空気に呑まれてしまっているんだろう。正直、今すぐにでも先手を取るか逃げるかのどちらかを選びたい。
――――ここで死ぬか?
無言で睨みつける天魔の目はそう語っている。
実際に闘ってどうなるんだ?
まず間違いなく僕は死ぬ。藍さんなら大丈夫だろうけど、如何せん相手が多すぎる。何せ周囲は敵だらけ。天魔を倒すどころか、ここから逃げ出すだけでも精一杯なはずだ。
状況的に最悪だけど、実際に戦闘になるわけじゃないと思いたい。こちらから手を出すのは論外だ。けど、これじゃ最悪の予想を立てざるを得ない。それ程に状況は緊迫している。
どうすればいい? 戦わずしてこの場を収めるにはどうすればいいんだ!?
……話合いしかない。でも、この状況で話合いに応じてくれるのか? 何を言った所で、一言目で首と胴体が繋がっているかも分からないこの状況で!?
……考えろ大和…っ! 希望を捨てるな! 思考を止めた者から死ぬと散々師匠から教えられただろ。
だから考えろ。紫さんならどう切り抜ける? 思い出せ。紫さんを一番よく知っているのは僕のはずだ!
「――――なら妥協点を提示しましょう」
口を動かせ。口八丁でもいい、相手が会話に乗って来るような話題をふっ掛けろ。
思い出せ。紫さんの口車に乗せられている日々を。
「妥協? 妥協も何も、そちらが神隠しを続ければ良いだけの話ではないか。さもなくば――――」
「さもなくば、妖怪たちが徒党を組んで人里に押し寄せると? 本当にそうでしょうか」
そして考えながら口を動かし、口を動かしながら考えるんだ。今重要なのは如何に会話を途切らせないか。ただそれだけだ。
「何……?」
……っ、喰いついた! よし! このまま丁寧に、順序良く進めよう。せっかく話に乗って来たんだ、焦りは禁物だ。
「この数百年で人里に妖怪が侵攻したことはほぼ皆無。それは貴方がたの監視があってこそでしょう。そして、人里を襲ってはならないという"暗黙の了解" が出来あがった」
そう、暗黙の了解に"出来上がった" んだ。誰でも知っている暗黙の了解に。
妖怪は人里に手を出すことは駄目だと誰もが無自覚にそう思うようになっている。始めは抵抗があっただろうけど、それが数百年も続けば馬鹿でも駄目だと理解するようになる。まるで刷り込みのように、頭の片隅にでも刻まれたはずだ。だから天狗が監視を止めようが、妖怪が無秩序に暴れ回ることはない。
僕が言わんとすることを、たぶん天魔も理解しているはずだ。だから必ず切り返してくる。だったらそれを能力で先見して――――
「我々が監視を止めたところで、人里が襲われることはないとでも言うつもりか」
「――――ならば逆に問います。妖怪の賢者を敵に回してまで、一時の快楽の為に命を投げ捨てる妖怪がいると? いないでしょう。末路は黄泉への道だ。我々には理性がある。分別のつかない獣ではないのですよ」
「その獣も多いのが現状だ。それを止めていたのも我々なのだ」
「獣ならば止めずとも止められる。人間の力を甘く見過ぎているのでは?」
紫さんなら何を言い、どう手玉にとるだろうか。あの胡散臭い笑みを思い出してみれば、驚くほど沢山の考えが頭から沸いて来る。もしかしたら押しているんじゃないかと思うほど、口からはぺらぺらと言葉が発せられる。そんな僕を、藍さんや老中たちは驚いたように見ているのが視界に映っていなくても分かった。
「ならば天魔様に問いましょう。――――人里を襲えますか?」
「……何だと?」
返したな? ここは聞こえなかった振りをするか、そんなことはしないと直ぐに返すべきだった所を『何だと?』 と聞き返したな?
だったら後一押しでお前の負けだ。お前たちが"本気で血迷うつもりなら" 、僕だって最凶の切り札を使わせて貰う。いいのか? 僕だって震えて動けなくなるほど最強の切り札なんだからな!
「人里を襲えるのか。そう聞きました」
「貴様! 平穏を願う天魔様に何を言う! その首叩き落してくれようか!!」
……お馬鹿な天狗さんが一匹釣れました。話に入って来るのはいいけど、会談の場で獲物を抜こうとするとか論外だから。
でも折角だから使わせて貰う事にする。これでチェックだ。
「平穏を願うのなら尚更のこと! 里を襲えば、当方には全力を持って迎え撃つ覚悟があります! その時、私は恥も外聞もなく仲間を頼ることになりましょう! 幻想郷の平穏を守るために!」
ハッハッハ! お前たちが怖くて仕方が無い鬼だって呼んだらぁ! と、七光をチラつかせてみる僕はなんてゲスいんでしょう。
……藍さん。僕が言わんとすることが分かったからって、そんな情けないものを見る顔をしないで下さいよ。話合いだって言葉の殴り合いなんですから。今日学びました。
……え? さっき文に言われたばかりじゃないかって? 知らないよそんなの。喧嘩売って来たのは向こうだし。むしろ感謝して欲しいね。僕の御蔭で死ぬことを免れたんだから。伊吹・七光・大和って呼んでくれてもいいよ。だからと言ってそう易々と殺されるつもりはないし、天狗だって馬鹿じゃないんだ。怖くて手は出せないだろう。
付け加えるなら、吸血鬼に最終兵器師匠まで呼ぶ覚悟が僕にはある! 土下座してでも師匠を連れてきてやりますよ!
だから死ぬよ? この布陣を相手にしたら間違いなく死ぬよ? 天狗撲滅祭りになるけどそれでもいいの? 馬鹿なの死ぬの? なんて、言葉に出来ないことを心の中で言ってみる。天魔の殺す視線に、実際に言う度胸が無い僕を情けないと言うのは出来れば止めて欲しい。自覚してるから。
するとどうだ、あれだけ威勢の良かった天魔以下がぷるぷると震えだしたじゃないか。
悔しいのぅ、悔しいのぅ! 強い者に頭が上がらない天狗、悔しいのぅ! 利口になったのはそっちじゃないのー? フフフ、紫さんが何時も扇で口元を隠す理由が良く解るよ。こんなの、楽しすぎて笑いが出るじゃないか!
「かと言って、勝手に契約を反故したのは私たちです。それ故の妥協点を探そうではありませんか。双方にとって良い形で終わるために」
初勝利の余韻に浸っている暇はない。会談をすることで忘れてはならないのは、どちらか一方が完全な勝利を得ては駄目だということだって紫さんが言ってた。後々の禍根が残るから、相手を言い包めた後で『仕方ないから貴方たちにも利があるようにしてあげる』 と言う寛大な心が必要なんだって。……追加で喧嘩を売っているとか、傷口に塩を塗っている気がしないでもない。
「こちらが提示出来るのは――――」
◇
「みたいな感じでした」
「カッカッカ! まさか小賢しい天魔をもしてやったとはのう! それで? 儂とどちらがやり難かったかの?」
いや、どっちが難しかったとかそんなこと聞かないで下さいよ。正直に言ったら天魔の方がアウェイでやりにくかったけど、そう言ったら絶対文句言うでしょうに。
「大母様です」
「鬼は嘘が嫌いなんじゃがのぅ……」
「天魔です! 大母様より天魔のほうがやり難かったです!」
「うむ。正直者は好きじゃが、一度嘘を吐いた罰を与えねばな」
え? い、いや、大母様? あのー……その握り拳をどうするんです? いやほら、僕って結構身体は頑丈だけど、流石に大母様の拳骨となると、その……ねえ?
「身体は頑丈だから大丈夫と言ってるけど」
「さとりさん!?」
「ほっほぅ! それは拳骨の落しがいもあると言うものよ! 《ドゴォッ!》」
「っぉ~~~~~!?!?」
頭! 頭陥没した!? これ頭蓋骨陥没してるんじゃないの!?
って言うか、痛くて座ってられないんだけど!? 地面転がって悶えるけど良いよねさとりさん!? 別に応えは聞いてないけど!
「フッ」
「ッこのドS! さとりんの小五ロリ!」
「このドM。ドMでロリコンな七光は近寄らないでくれる?」
「!?」
ひっ、酷い! 笑われる上に罵られた! ありがとうございます! だなんて絶対に言わないからな!
「ほれ、悪いことをしたら何をするんじゃったかの?」
「ご、ごめんなさいっ、っぅ~~痛過ぎですよこれっ!?」
「痛いようにせんと罰にならんじゃろ」
くぅ……ちょっと経ったのにまだ痛みは引かないよ…。あーもう、自立したカッコいい自分像が出来あがって来てたのに、こっち来てから調子狂うなぁ……。
「して大和よ。天魔をあれだけ恥をかかせたにしては元気そうじゃのぅ。あ奴のことじゃ、その場で個人的な報復に出てもおかしくはないはずじゃが」
「……何もなかったですけど、最後にこう言われました。"お前だけは必ず殺す" と」
「ほぅ。それで? そこまで言われて黙っていたわけではあるまい」
「はい、だからこう言ってやりました。"出来るもんならやってみろ" って」
「クカッ、クカカカカカ! 抜かしよる! 抜かしよるな大和! 本当に愉快じゃ!! じゃがのぅ、これで儂らは手が出せんようになった。今までと同じ手はもう使えんぞ?」
「え? 何でですか?」
「お主が天魔の誘いに乗ったところで、もうこれはお主と天魔の喧嘩になっておる。儂らは子供の喧嘩に首を突っ込むつもりはないんじゃよ」
……ホワッッツ!? 子供の喧嘩に手を出ないって、子供と大人の喧嘩みたいなもんですよこれ!? 例えるなら蟻と像! 僕が蟻で、天魔が像で。踏みつぶされて終わりじゃないですか!?
「カッカッカ! まぁ、喧嘩以外では比較的静かなお主がそれだけの口調で買ったんじゃ。それだけの理由があるとは思うがの」
そう言って、大母様がさとりさんに目配せをした。さとりさんも、僕に見せつけるように大母様の視線に視線で返した。分かっててそうやっているんだから、この人も相当のものだ。たぶん、さとりさん経由で大母様も近い内に知ることになるだろう。
僕が自分の主義に反してまで、本気で、初めて一人の妖怪をこの手で×したいと思ったことを。
あいつは、天魔は帰り際に僕にだけ聞こえるようにこう言った。
"貴様の大事な博麗の巫女共々、苦しみを与えた後で殺してやる" と。
忌々しい天狗の顔を思い出していた僕は、不思議な表情で見つめる少女の視線に気づくことはなかった。