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続・東方伊吹伝  作者: 大根
続・伊吹
3/6

ぷろろーぐ・下


 博麗神社へ向けて幻想郷の空を飛ぶ。

 雲一つない真っ青な青空。下を向けば緑色の葉を付けた木々と生命に満ち溢れた大地が目に入る。今は稲作の季節なのもあり、里周辺の田畑は綺麗な田園風景が広がっている。

 なけなしの春とでも言うのか、桜の季節はあっという間に過ぎ去ろうとしている初夏のような晩春の気温はそれなりに高い。汗を掻いたりする程ではないものの、夏が来ようとしているのだから当たり前なのだろう。 


「寒くない?」

「少し寒いけど、大丈夫です」


 それでも空の上は相変わらず少し寒いわけで。高度が高ければ高いほど寒くもなるし風も強くなる。

 東風谷さんを支える為に魔法で包んではいるのだけど、環境設定を少し弱めているのは内緒だ。

 ほら、よく言うよね。身体が密着してあったまる方法。別に他意はないですとも。ええ、もちろん無いですとも!


「外の世界は」

「うん?」

「外の世界ではこんな景色見られないので、少し得した気分です」

「そうなの?」

「私の住んでいる場所はそれなりに自然と触れ合えるんですけど、少し街に出ればこんな景色を見ることは出来ないんです。開発に環境破壊、古き良き日本の風景は失われつつあります」

「古き良き日本の風景?」

「この光景と、ここに住んでいる人達のことです。ここに住んでらっしゃる方々はとても生き生きして見えました。外とは違って」


 それはどうだろう。恥ずかしながら、それには素直に頷けないかも。

 人里に住んでいる人達は置いておいて、知り合いの妖怪連中はみんな適当で暇を持て余しているように見えるんだけど。こっちは忙しいって言うのに、それをお構いなしに遊びに誘う人達だし、確実に怠惰の中に生きているんだけどなぁ。


「外には外の、幻想郷には幻想郷の良さってものがあるんだと思うよ」


 とりあえずそう言っておく。良い印象を抱いてくれてるんだし、態々東風谷さんのイメージを壊すこともないだろう。


「それは、そう思いますけど……」

「そんなもんだって。それに外の世界が嫌いなわけでもないんだよね?」

「はい。でも、それでも時々考えちゃいます」

「悩んだ時には空に上がってみればいいさ。上から見下ろしたら、悩みなんてすっ飛んで行くからね。それに東風谷さんにも空を飛べる力が――――――」


 そこまで言って、自分の失言に気付いてしまった。

 東風谷さんが自分から話掛けて来てくれたことに気分を良くしたせいか、ついうっかりと口を滑らせてしまった。

 本人が隠しているかもしれないことを失念して。


「なっ、何言ってるんですか。も、もう! 伊吹君って冗談が好きなんですね!」


 首に廻された腕がいっそう強く締まる。この細腕にどこにそんな力があるのか、気を抜けば絞め落されてしまいそうなほどだ。

 でもおかしいのはそれだけじゃない。

 東風谷さんの身体が震えている。それも極寒の中に放り込まれたように、カチカチと歯を鳴らしながら。まるで何かから身を隠すように、ぐっと自分の身体を僕に寄せてくる。だから、東風谷さんが必死になって僕に何かを誤魔化そうとしていることは直ぐに分かった。


「わっ、私にそんな力なんてあるわけじゃないですか」


 僕は僅かながら、人の目から心の奥底にある感情を"流れ" として読み取ることが出来る技術を習得している。

 声色からでもそれなりに読み取れている今、僕が東風谷さんの目を見ていれば、僕は彼女の抱いている感情がはっきり読み取れていたと思う。


「そんな"怖い力" なんて、私が持ってるわけないじゃないですか」


 彼女は自分の持つ力に恐怖しているであろうことに。

 けどそれが分かったとしても、彼女は今日の夜中には幻想郷からいなくなる。

 そんな薄い関係しかない彼女に対して何かしてやれるほど、僕は人間が出来ていなかった。




      ◇




「到着っと。着いたよ」

「うわ~、立派な神社ですね」

「ボロだけどね」


 眼下に博麗神社を捉え、ゆっくりと降下していく。見慣れた紅白衣装の姿が境内に見られ、大和は自分の頬が緩むのが分かった。

 背中の早苗に気を配り、衝撃を和らげるように地面に降り立つ。

 掃除だけはしっかりしているのか、境内に落ち葉や朽ちた木の枝は僅かしか落ちていない。もっとも、秋になれば掃除しても意味が無いくらいの落葉に覆われるのだが。


「悪かったわね貧乏で」


 その境内を箒を持って掃いていた巫女、霊夢が面倒臭そうに近寄って来た。


「ただいま霊夢」

「お帰りなさい大和さん。4日ぶりだっけ? 今回は早かったのね」

「昨日は夜中に帰って来たよ?」

「そうなの? 気付かなかったわ。それはそうと、紫の式が厨房で料理作ってるから手伝いに行って」

「……単身赴任のお父さんは辛いよ」

「誰が父親ですって?」

「ぼ、僕かなぁ……」

「お父さん、お小遣い頂戴」


 ――――泣こう。藍さんに胸に抱き付いて泣こう。苦労を共に乗り越えた身どうし、一緒に泣いてくれるはずだ。


 にっこりと笑って手を差し出す霊夢に『アハハハハ、冗談きついなぁ』 と乾いた笑いしか出て来ない。霊夢の手前何とか笑っていられるものの、あと一押しされれば泣きながら走りだしてしまいそうなほど、大和は心に大きな傷を負わされた。


 ――――紫さんには今日の宴会で直訴決定。映姫様への訴訟も辞さない。


 娘がグレた原因は僕が家を空け過ぎたからに違いない。イコール、紫さんが自分の仕事を僕に割り振っているからに違いない!

 そう決めつけ、心の中でぐっと拳を握る。

 こうなれば再びの決戦も辞さない覚悟だ。ものの見事に返り討ちに合い、それ以上の目に合うことはお確定済みだが、それでも決死の覚悟で立ち向かうことを決めた。


「嘘よ。今は買いたいものが無いし、足りなくなったらその時に言うから」

「……ねえ霊夢。僕って霊夢のなにかな?」

「金ず……じゃなくて、大和さんは大和さんじゃない」

「うわーーーーーん! 藍さーーーーーーーーーーん!! 娘が苛めるぅーーーーーーーーーー!!」


 大和、心のダム決壊。まるで振られた乙女のように涙を流しながらのランナウェイ。

 それでも両手に持った食材を離すことは無いのだから、今まで培ってきた下僕根性もだいぶ鍛えられた証拠なのだろう。


「情けないわねぇ。幾ら私でも大和さんを金ズルとは思ってないわよ」

「あ、あはは……」


 はぁ、と溜息を吐く霊夢。

 一時的とはいえ零夢が宿っていた霊夢。春雪異変から少し思うことがあるのか、霊夢の大和に対する姿勢は変わった。

 今までは少し特別扱いだった大和に対しても、思ったことは遠慮なくストレートに言うようになった。 大和はそれを反抗期だと捉えているが、霊夢本人は反抗期だとは思っていない。周囲の人間と大和を同じように扱っているだけのこと。照れ隠しのようなものだ。


「で、あんた誰よ」


 つい先程とは全く違う大和に驚きを隠せないでいた早苗を、霊夢はようやく気付いたようにそう聞いた。


「東風谷早苗といいます。神隠しにあってここに来ちゃったみたいで、帰るまで伊吹君に色々助けて貰うことになりました。よろしくお願いします」


 そう言って早苗は頭を下げた。外に帰すと約束してくれた大和に対してああも言えるのだから、そして自分と同じように神に仕える巫女には敬意を払う。

 さも当然のように頭を下げられた霊夢は、そんな素直な早苗に少し戸惑ってしまった。

 魔理沙、紫、レミリア。霊夢が親交のある者はみな不遜な態度な者が多い。

 幻想郷は悪く言えば力が全てだ。強ければ生き、弱ければ死ぬ弱肉強食の世界。今でこそスペルカードルールが普及しだしたから一概には言えないが、それでも人間の為に作られた弾幕勝負に不満を抱いている者が多い。

 だから危険に身を置く者たちは、自分を強く見せるためにそんな態度を取る。

 そんな者たちを見てきたからか、早苗は霊夢にとっても珍しい類の人間だった。


「ふーん、じゃあ今晩には返してあげる。私の仕事でもあるし」

「そうなんですか?」

「聞いてなかったの?」

「はい」

「……まあ、紫に付いて回ってる今の大和さんなら出来ても不思議じゃないか。何時神隠しにあったの?」

「解らないんです。気付いたら森の中で……。あの、伊吹君は料理しに行ったんですよね? 私も少しならお料理が出来るので、手伝いに行ってきます」

「ああ、ちょっと待ちなさい」


 ――――この人、ちょっと苦手かも……。

 居心地が悪いとか、嫌な感じがするといった虫の知らせのようなものを早苗は霊夢から感じた。

 とりあえず、今は大和を追いかけよう。

「ああ、ちょっと待ちなさい」

 そう思って駆けだそうとする早苗を、霊夢はまるで友人にそうするように押し留めた。

「あの、何か?」

「別に大したことじゃないわ。あんたが何を考えてやって来た何か知らないし、本当にただ迷い込んだだけなのか興味ないもの。

 あんたの"隠してる力" についても何も聞かないし、腹に一つや二つ抱えてようが知ったことじゃない。けど、これだけははっきり言っておく。

 ――――あの人に何かしたら、私が黙っちゃいないわよ」


 静かな、それでいて凄まじい怒気。

 いきなりの霊夢の剣幕に、ただの女子高校生でしかない早苗は震えた。

 ――――黙っちゃいない。

 その言葉がどのような意味を示しているのか。それは平和な外で暮らしている早苗ですら理解できるものだった。


「私が言いたいのはそれだけ。ほら、さっさと料理の手伝いでも何でも行きなさい。大和さんのは結構不味いんだから」


 霊夢の表情から、先程の怒気が嘘のように消え去る。

 何事も無かったように掃き掃除を開始した霊夢に、早苗は背を向けて逃げることしか出来なかった。


 ――――なんで? どうしてそんな酷い事を言うの?


 走る。早苗はその場の空気から逃げるように走った。

 逃げる早苗の脳裏には、霊夢の鋭い視線が浮かんで消えない。

 自身の中にある"力" のことは誰にも言わなかった。それが功を奏したのか、魔理沙とアリスには気付かれた節はなかった。

 日常を送っている外でも、自身を育ててくれた二柱以外に知っている者はもういない。

 なのに、大和と霊夢にはバレた。

 生まれ持った緑色の髪を黒に染め、長い間自身の力を外に出さなかったにも拘らず。


 ――ば、ばけもの……っ!


「―――っ違う!」


 頭に響く声を振り払うように走る。

 乱暴に母屋の玄関を開け、靴も揃えずに廊下を走り抜けた。とにかく今は一人で居たくない。

 ――――誰でもいい。傍に誰か居てくれるだけで、私は…!

 話声のする方向に、早苗は逸る気持ちを押さえながら足を運ぶ。

 高鳴る鼓動を深呼吸をして押さえつけ、平常心を取り戻そうと必死になった。

 ――――大丈夫。私は笑える。

 壁一枚。すぐ向こう側からは今日聞いたばかりの大和の声が聞こえてくる。

 それを聞いた早苗の心は、何故か外の二柱といる時のような安心感を抱くことが出来た。先程、見たことも無いような情けない姿の大和を見たからかもしれない。その姿を思い出すと、今の自分が自然にほほ笑んでいることに気が付いた。

 ――――うん、行こう。お料理手伝わないと。

 早苗は一歩を踏み出した。


「――――フッ、甘いな大和殿。今日の私は睡眠時間10時間だ!」

「なぁ!? 僕は6時間しか寝てないのに!?」

「それは弟子の修行に付き合う必要があったからなのだろう? いいじゃないか、仕事熱心で」

「くそぅ……まさか紫さんの専属下僕扱いの藍さんに負けるだなんて……」

「待て、それはあんなぐうたら主に仕えている私を馬鹿にしているのか?」

「E x a c t l y」


 何故か互いの睡眠時間の長さを競い合う藍と大和の姿だった。


「確かに今では喰う寝るしかしない御方だが、あれはあれで可愛らしいところも沢山あるのだぞ? ただ暴言を吐くような巫女と同じにしないで貰おうか」

「む……霊夢をそんな風に言われるのは心外です。霊夢は紫さんの100倍可愛いんです! そして橙ちゃんの10倍可愛い!」

「大和殿はまだまだ橙の可愛さが理解出来ていないようだ。橙が貧乏巫女如きに負けるわけないだろうが」

「貧乏なのは紫さんが僕に給料払ってくれないからじゃないですか!? 今までは里の仕事を請け負うことでそれなりに稼げていたのに!」

「貢ぐだけの男ほど見苦しいものはないぞ?」


 互いに木しゃもじとお玉を持ち、早苗も見たことのある漫画に出て来た侍のように構える大和と藍。

 傍から見れば陳腐な光景だが、二人の身体からは負のオーラとでもいうものが滲みでている。


「い、いったい何が……?」


 今まで苦しんでいた自分は何処に行ってしまったのだろう。

 目の前の奇怪な二人に早苗はポカンとしてしまった。

 大和にはまだ理解が及んだ。先程の涙ながらの逃走で、早苗の中の大和株は下降気味。奇怪な行動にも変な人だと思うことで納得できる。意味は分からないが。

 だが相対するように立つ人物は駄目だった。

 どこの世界にお玉を持った右腕で、刺突するように構える割烹着姿の狐がいるのか。

 いくら自分の常識が通用しないからといって、目の前で繰り広げられる熱戦に早苗の頭はどうにかなりそうだった。


「あ、あの~、伊吹君?」

「がるるるる、ってあれ? 東風谷さん、どうしたの?」

「えっと、巫女様に伊吹君の手伝いをしなさいと言われて来たんです」


 まさか世紀の人妖決戦に出会うとは思っていませんでした、とは早苗も言わなかった。


「料理?」

「はい。和洋中何でも作れます。こう見えても得意なんですよ?」

「本当!? やったよ藍さん! これで宴会までに間に合う!」

「ふぅ……これで漸く目処が立ったな」


 思わぬ助太刀に安堵の表情を浮かべる大和と藍。

 なぜ安堵の表情を浮かべているか。それは、二人が宴会料理を作る厨房係となっているからだ。

 よく宴会に参加する白玉楼、紅魔館と自前の料理を持って来てくれる者たちも少なからずいる。

 しかし宴会に参加する人数は非常に多い。誘いを受けたものから誘いを受けなかった者、ふらりと立ち寄る者と参加人数は非常に多い。

 それら全ての宴会料理を支えているのが厨房係りである。

 しかもこの所は三日おきに宴会が開催されているため、担当する大和や藍の負担はあまりにも大きい。更に大和の場合は、料理を食べた者の感想が総じて"微妙" なため、食べて貰う喜びなど皆無だった。

 そんな最中に現れた、和洋中全てを網羅していると豪語する、二人にしてみれば神の遣いのような早苗。

 ―――――これで今日はなんとなる!

 ガシッと肩を抱き合う大和と藍。互いの健闘を称える戦友のような二人に、今までの剣呑な雰囲気は微塵もない。感極まっているのか、若干瞼を潤ませてすらいる。


「仲が悪いわけじゃないんですね。喧嘩してるみたいだったので、てっきりお二方は仲が悪いのかとばかり」

「藍さんと仲が悪い? 東風谷さん、馬鹿言っちゃいけない」

「そうだとも。私達は共に苦楽を共にする、謂わば同士だ」

「何と言っても"従者連合" の仲間だしね。ちなみに会長が僕で」

「副会長が私だ」


 又の名を"従者待遇を見直せの会" だけどね、と黒い笑みを浮かべる大和。

 その名の通り、従者連合は従者の扱いについて抗議する集団だ。

 活動内容は無休無給の圧政を強いる主人への抗議活動。現在の会員は大和と藍、無理矢理入れられた妖夢の三人。

 隣でフフフ……と半月の口で嗤う藍と相なって、どこか怪しい宗教集団のボスとその幹部のように見えなくもない。


「すみませーん。幽々子に言われて先に来ましたーって、うげ……何時も通りの厨房事情…」

「大和殿! 人材確保だ!」

「妖夢ちゃん確保ぉぉぉぉぉ!」

「え、ちょ、きゃああああああああ!?」


「では東風谷早苗。私達も始めようか」

「放っておいていいんですか……ってあれ? 私、自己紹介しましたっけ?」

「なに、気にするな。私は耳が良い方なのでな」




      ◇




 最終的には藍さん、東風谷さん、妖夢ちゃんと四人がかりで支度出来たこともあり、何とか日が落ちるまでには用意ができた。それほど広くない神社の台所でよく四人同時に出来たと思う。僕ら三人はともかく、東風谷さんは外と勝手も違うから大変だったろうに。


「伊吹君」

「どうかした?」

「目の前が人外魔郷です。羽が付いた子供がいます」

「吸血鬼だね」

「若いのに髪の毛が真っ白な人もいます」

「蓬莱人。不老不死だよ」

「下駄を履いた人がいます」

「天狗だね。口癖はあやややや」

「メイドさんまでいます」

「幻想郷だからね。常識に囚われたら負けだよ」

「なるほど……」


 そして完成した料理を盛り付けて境内に出てみれば、既に知り合いを始めとした大勢の人が各々に酒を呑み始めていた。何時も通り、非常に遺憾ながら何時も通りの光景だ。


「お、今日のツマミが来たぜー。でも師匠が作ったやつみたいだから味は期待すんなよー」

「もう少し上手くなってくれれば嬉しいのだけどねぇ。大和さん、どうにかならない?」

「無理だぜ霊夢。師匠のこれはもう手の施しようがないからな」

「クソ弟子、お前ちょっと裏行こうか」


 霊夢は許す。可愛いから。

 と言うか、今日こそ一緒に呑もう。最近避けられているようで大和さん悲しい。

 三日おきの宴会が始まってもう長いけど、まだ一度も二人きりで呑んでないことに僕は悲しみを感じざる得ない! この溢れる思いを文章に現すとすると、羊皮紙5枚分は容易いよ! おはようからお休みまで、最近つれない霊夢が御酌してくれないことまで全部書こうとすれば絶対に超える。

 だが魔理沙、お前は駄目だ。泣いても許さん。

 どうせ僕が里に行ったあとは身体作りしてなかっただろう。歩き方を見たらすぐに分かるんだぞ。疲れているときの人間は重心がブレまわっているし。まあ、それを覗いても武芸の心得がないお前の重心はブレているわけだけれども。

 そんな魔理沙は宴会より修行だ。それ行くぞ、ほれ行くぞ。地獄の一丁目までの片道切符だ。


「冗談だぜ、冗談。そうマジにならないでくれ。犯人探しの楽しい宴会なんだぜ?」

「ばかちん。それは私の仕事でしょ」

「霊夢、魔理沙は放っておいても大丈夫だから。どうせ解決なんて出来ない」


 既に頬がほんのり紅い二人に料理を渡す。

 受け取った魔理沙は僕の言から仏頂面だけど、まず間違いなく解決は出来ないだろう。

 僕にはこの異変……異変といっても良いのかどうかも解らない馬鹿騒ぎを起こしている犯人の目星くらい付いている。たぶん紫さんも。

 酒好きで、馬鹿騒ぎが大好きで宴会を開こうなんて思う人なんて一人しかいない。

 でも見つからないんだよね。全然引っ掛からない。

 よく知っている僕ですら気配を掴めないのだから、余程慎重に行動しているんだろう。でも種も仕掛けもないんだから、知っている人からすれば逆に解りやすい。

 犯人には、是非とも僕が過労死する前にこの馬鹿騒ぎを止めて欲しいね。


「じゃあ戻るよ。まだまだ運ばないと駄目だし」

「そう。じゃあ先に楽しんでおくわ」

「あまり羽目を外さないように」

「大丈夫よ。お酒には強いから」


 そう言う問題じゃないんだけど、と思いながら、東風谷さんを連れ添ってもう一度母屋へと向かう。


「伊吹君、さっき言ってた異変って……」

「ん? ああ、東風谷さんは気にしなくていいよ。犯人の目星はついてるし、これといった害もない。数日以内には解決されると思うから。……それより!」

「…? なんですか?」

「霊夢がお酒を呑むことには何も言わないんだね。二十歳はまだなんだけど」

「もう半分でき上がってしまってたじゃないですか……」


 その理屈で言うのなら、僕も東風谷さんの目を盗んででき上がってしまえばいいんだね……!

 待っててアリス! 何とかして今日の御相伴を預かりに行くよ!

 ワインへの熱い思いを胸に秘め、母屋へと向かっていると玄関から藍さんと妖夢ちゃんが出てくるのが見えた。


「ああ大和殿、もう引き返さなくていいぞ」

「え? 残りはどうしたんですか?」

「我慢出来なかった幽々子さまと数人が台所まで押し掛けてきて……たぶん、もう喧騒の中です」


 宴会場を指差して溜息を吐く妖夢ちゃん。必死に抵抗したのだろう、髪の毛が乱れていた。

 しかし、料理を守りきれなかった彼女を誰が責められようか。

 沈んだ肩を叩き、今までの苦労を労ってあげた。君の気持ちは解るよとの意志を込めて。

 従者連合は決して仲間を責めたりはしない。責めるべき相手は主人だと決まっている。


「過ぎたことを言っても仕方が無い。私たちも楽しむとしようじゃないか」

「はい!」

「うぅ、すいません。おそらく、料理はもう……」


 言うな妖夢ちゃん! 紅魔館から咲夜ちゃんも何か作ってきてるはずだから!

 それに、何も料理だけが宴会を彩るものじゃないんだ。

 そう! 例えば視線の先で手を振ってくれているアリスの持つワイン! お酒だってあるんだから!


「アリスー! 僕の分―――――?」


 ガシッと、走り出そうとした僕の手を掴む誰かの手。


「駄目ですよ、伊吹君」


 最悪の予感に背筋が凍った。ぎぎぎ……と、錆びたネジのように首を反転してみると、そこにはにっこりと笑う悪魔がいた。


「お酒は二十歳になってから! です!」

「僕は1000歳超えてるって言ってるよね!?」


 今日は厄日だ。




      ◇




「だから今日は素面なのか。相変わらず押しに弱い奴で安心したよ」

「ふんだ。なら少しくらい分けてよ」

「伊吹君にお酒は駄目です」

「そうだぞ伊吹君。酒を止めるなんていいことじゃないか。百害あって一利なしなんだぞ?」


 上白沢慧音と藤原妹紅。

 幻想郷に耐性のない早苗をあまり驚かせないために、大和は良心派に数えられる人物と共に宴会を楽しんでいた。大和だけ酒抜きで、との前置きが付くが。


「まあ焼き鳥でも喰って期限直せ。酒なんて呑もうと思えば何時でも呑めるだろ」

「東風谷さん東風谷さん、この人未成年なのにこんなこと言ってるよ」

「妹紅さんは大人の女性です。貫録がありますから」

「くっ、聞いたか大和? お前にはないんだってよ」

「たぶん僕は泣いていい。慧音さん、膝貸して下さい」

「断らせて貰おう。巫女の呪いのとばっちりは嫌だからな」

「四面楚歌 ああ四面楚歌 四面楚歌。どこかに僕の味方はいないんだろうか」

「墓ん中だろ」


 ブラック過ぎる冗談に笑って返す気力もない。

 酒も呑めず、作った料理も満足に食べらない大和は不満をぶつけるように妹紅お手製の焼き鳥を頬張った。


「話には聞いていたが、外の世界の規律は厳しいんだな。その辺りのことを少し詳しく聞かせて貰えないか?」

「いいですよ。外の世界では――――」


 その隣では、慧音が早苗に外の世界に付いて聞き始めた。寺子屋の教師をしているため、外の知識にも少し興味があるのだろう。しきりに質問して早苗の話を遮っている。

 それを見た妹紅が、ゆっくりと大和との距離を詰めた。


「しかし、この馬鹿騒ぎは何時終わることになるやら」

「近いうちには終わるよ。僕には解る」

「二代目の勘ってやつか」

「ただ知ってるってだけだよ」


 二人は互いの隙間を埋めるように近寄って話を始めた。

 話の内容は、三日おきに起こっている宴会について。

 大和は宴会に違和感を感じてから、妹紅にそれとなく強力するよう頼んでいた。

 そして宴会時に、宴会から三日の間に起こった事を聞くようにしている。今日は前回からの三日間に起こった事について。

 互いに周囲に気を配り、怪しい動きをする者がいないか注視して話を進める。


「里への影響は?」

「お前に頼まれた通り、夜中を重点的に見周りはしてる。けど、妖怪や妖精が暴れるってことはなかったな。里の飲み屋が繁盛し始めた以外は至って何時も通りだ」

「妖精が暴れてないってことは、やっぱり普通の異変とは違うのか……。犯人も異変のつもりは無いんだろうしなぁ」

「お前の中の犯人像は誰かに危害を加えるような奴じゃないんだろ? 時間が経てば、その犯人もこの馬鹿騒ぎに飽きるだろ。ずっと宴会をしたいわけでもあるまいし」

「どうかな……」


 妹紅の言う通り、大和は自身が思っている通りの犯人なら周囲に危害を与えるようなことは無いと考えている。

 しかし、今回の異変には決定的な何かが足りないような気がしている。

 今まで起こった異変にはそれぞれの目的があった。

 紅霧異変は、霊夢を舞台へ上げるために大和とレミリアが起こした狂言。春雪異変なら、幽々子が西行妖を満開にさせる、大和と紫に決着の場を着けさせるための異変。

 だが今回はどうだ?

 異変では日常茶飯事の妖精の暴走はなく、目に見える何かが変化したわけでもない。起こっているのは三日おきにある宴会だけ。

 ただ馬鹿騒ぎをしたいのなら犯人はここに現れるはずなのに、居るはずの犯人はこの場にいない。


「何か引っ掛かるんだ。犯人は絶対に何か企んでる」

「ま、気にしたって仕様が無いさ。誰も被害に合ってないんだし、今は楽しんでればいいさ」


「あら、それは解らないわよ?」


 ぐいっと杯を呷る妹紅。

 それを羨ましげに見つめる大和の耳に、幼い少女の声が聞こえてきた。


「こんばんわ、レミリア。楽しんでる?」

「ええ。貴方の料理も美味しかった……とは言わないけど、毎日食べる準備はあるから家に来ない?」

「怖い事言わないでよレミリア。零夢のお叱りが発動するかもしれないから」


 ワイン片手に近寄って来たレミリア。

 歯に衣着せぬ物言いは、長い付き合いとなった今ではとても心地よく感じる。

 そのレミリアの後には、何時も傍に侍らせている咲夜の姿はなかった。

 大和が視線で探してみると、魔理沙に絡まれているメイドの姿が目に入った。


「吸血鬼、さっきのはどういう意味だ?」

「フン、焼き鳥屋風情が私に物言いか。大きく出たな」

「んだと?」

「はーいはい、そこまで。宴会の席で喧嘩は禁止」


 炎と爪。互いに自身の武器を構える二人をうんざり顔で宥める。

 喧嘩は祭りの花とはいえ、目の前で起こされれば必ず巻き込まれる。それは勘弁して欲しい大和だった。


「レミリア、さっきのはどういう意味なの?」

「大和が知りたいなら答えてあげるわ」


 すとん、と当たり前のように大和の隣へ腰を降ろすレミリア。

 その距離があまりにも近かったため、大和が少し距離を取る。

 レミリアが近寄る。

 大和が逃げる。

 そんなことを三度ほど続けたあと、大和が逃げるのを諦めたことでこの攻防が終わった。


「こいつの何処がいいのやら……」

「相手もいない白髪よりはマシね」

「いや、レミリアには悪いけど僕もそう思う。もっと良い人に鞍替えすべきだ」

「大和はもっと自分に自信を持つべきね」

「自称、自信の塊だけど」

「悪い方向ばかりじゃない。もっと夫らしく堂々としてくれないと」

「夫以外の方面で考えておくよ。……じゃあ話を聞かせてくれる?」

「ええ―――――とは言っても、全て話すのは面倒だから結論だけ言っておくわ。今日から明日の内に最初の被害者が出る」

「…! 本当に?」

「他ならぬ私の言葉よ。間違いないわ」


 レミリアの能力は"運命を操る程度の能力"。運命はこれから起こる未来の出来事とは深く関わっている。故にレミリアの言っていることはある種の未来予知と同じことだ。

 そのレミリアがこうまではっきり言うのだから、大和としても信じないわけにはいかない。

 自身の"先を操る程度の能力" で未来を視ようかとも考えたが、それは他らなぬレミリアを侮辱する行為だと思い踏みとどまった。他人を信頼してこそ、伊吹大和が伊吹大和だとたらしめているのだから。


「場所や被害者は解る?」

「運命の終着点は此処だと解っている。最初の被害者は私にも解らないわ。でも、これだけ分かれば後は貴方の仕事よ」

「そうだね」


 身内の不始末は身内で。この一件、大和は霊夢に秘密の内に片付けることに決めた。


「それじゃあ、頑張ったご褒美を貰わなくちゃ」

「え?」


 ちょこんと、レミリアが大和の膝の上へ移動した。

 いきなりで油断もあってか、意識した時にはレミリアは既に座り込んでいた。

 そしてそれを目で捉え、嗅覚が香水の甘い匂いを嗅ぎ、太股にレミリアの重さを感じた所で―――――


「くぁwせdrftgyふじこlpあびゃんばぁ!?」

「おお、大和が言葉にならない悲鳴を上げている」


 巫女の呪いが発動した。

 巫女の呪い。正確には、零夢の残した置き土産だと大和は考えている。最後まで素直になれなかった零夢が、自分のことを忘れないようにと自身へ残した想い。

 意訳すると"浮気すんな"

 効果は身体に電流が走ったような痛みがしたり、急な腹痛に襲われたりと多種多様。

 主に女性と必要以上の触れ合いをした時に発動するのだが、タイミングがあったり相手を選ぶなど、あまりに正確なため任意で発動しているに違いないと大和は考えている。

 そして今回は身体に電流が走っている。

 レミリアの気持ちを無碍にすることはできず、且つ零夢への想いも大事にしたい。優柔不断で身体にとっても心にとっても痛い選択だが、甘んじて受け入れる大和だった。


「きゅう――――」

「お、気絶したか」




      ◇




「大和さん、起きて」

「――――はい起きてますとも! ……霊夢? あれ、宴会は?」

「もうとっくに終わって全員帰ったあと」

「嘘!? ……っ、東風谷さんは!?」


 見渡してみれば、そこは真っ暗な境内。誰もおらず、残っているのは後片付けを待つゴミや食器類だけ。……もしかして、これ全部僕と霊夢だけで片付けるの?


「ここです、伊吹君」

「ああ良かった。東風谷さんを返してあげないと眠れないのを忘れる所だった」

「あーはいはい、じゃあちゃっちゃと済ますわよ。私ももう眠たいんだから」


 気合い無さそうに御祓い棒を構える霊夢。どうやら本当に余裕が無いようで、欠伸を隠す様子もない。

 準備を始めようとしたけど、僕が目を覚ますまでに二人とも準備を終えていたようで、これといってすることが無かった。なら時間も時間だし、早く始めた方がいいだろう。

 立ち上がり、鳥居を見据える霊夢の斜め後に控えた。


「補助はいる?」

「いい。……大和さんにはしっかり見ておいて欲しいから」


 僕に見て欲しいと言った部分だけ、とても小さい声だった。

 こうやって、霊夢は時折可愛い姿を見せてくれる。普段の一見冷ややかに思える行為は照れ隠しのつもりなんだろう。

 それが解っているから、僕も笑って面倒を見ていることが出来ている。ならば僕はただ黙って見守るだけだ。……最近は少し冷たい気がするけど。


「……あー、東風谷さん? 最後に一言だけ忠告、いや、助言させて欲しい」


 もしかしたら言わないでいた方が良いかもしれない。けれど、東風谷さん自身が自分の"歪み" を自覚している。なら伝えておくべきだと思う。東風谷さんが自分自身を強く保つ為に。言おうか言わまいか悩んだけど、これが最後になるのなら言っておくべきだろう。そう思って、東風谷さんの背中に向けて声を掛けた。要らないお世話かもしれない老婆心かもしれないけど。


「何処まで行っても、東風谷早苗は東風谷早苗だ。それから逃げることは出来ない。だから、自分自身を強く持って。自分を見失わないようにね」


 東風谷さんは自分の力を嫌っている。それは神社に来る前の空で解ったことだった。

 けれど、嫌いだからと言って逃げるなんてことは絶対に出来ない。それが幻想の無い外の世界なら尚更。

 必ず自分と向き合わないとならない時が来る。その時、出来ることなら僕の言葉を思い出して欲しい。


「……自分の帰る場所を強くイメージしなさい」


 東風谷さんは何も言わなかった。

 それを見た霊夢は頃合いだと思ったのだろう、東風谷さんを帰還させる儀式を始めた。


「イメージは纏まった?」

「……はい」

「じゃあ一歩踏み出して。……そう、そのまま鳥居の所まで。決して振り返っては駄目よ」


 一歩、二歩。東風谷さんは歩みを進めていく。

 それに比例するように、霊夢の身体から霊力の光が放出されていく。

 服がはためき、髪は霊力の発動によって巻き起こる風に舞い上がる。

 そして東風谷さんが鳥居の一歩手前まで来たのと同時に、霊夢から放たれる光が最高潮まで達した。その光景を、僕は薄めを開けて見つめている。


「さようなら、外界の人間。気付いた時には家にいます。もう迷うことも無いでしょう」

「はい。さよなら、です。ありがとうございました」


 光が弾けるのと同時に、鳥居の外に足を踏み出した東風谷さんの姿が消えた。


「帰ったわ」

「……そうだね」

「…寂しい?」

「いいや。たった一日の出会いだよ?」

「ん。ならいい」


 何がいいのやら。

 頑張った霊夢の頭を撫でてやる。少しはされるがままだったけど、少し経つと手を払われた。


「疲れたわ。後片付けは明日にしましょう」

「そうだね――――と言いたい所だけど、僕がやっておくよ。霊夢は疲れているだろうし、今日はもう寝た方が良い」

「そう? ごめんなさい、大和さんは私以上に疲れているはずなのに」

「はは、そう気遣って貰えるだけで嬉しいよ。じゃあお休み、霊夢」

「お休みなさい」


 母屋に向かっていく霊夢をその場で見送る。

 その背中が少し大きくなったんだと感じた。身体はもちろん、心も。巫女としてしっかりとやっていけている。今まで見守ってきた分、僕の傍から離れる時が近くなったことに少し寂しくも感じるけど。

 何時までも見守られる子供じゃないんだろう。何時か霊夢も僕の下を離れる時が来る。

 でも困ったことに、親にしてみれば子供は何時までたっても子供。心配事が尽きることは無い。親なんてものは皆揃ってそうなんだとつくづく思う。


「もう出てきて良いですよ」


 だから身内の不始末は身内で決着を付ける。親同士、いや、この場合は僕が子供か。

 霊夢が母屋に入り、気配が遠のいたことを確認してから影に向かってそう言い放った。


「良い夜だねぇ。そう思わないかい?」


 影から出てきたのは二本の長い角を持った少女。

 見た目は10歳かそこらでも十分通用するが、持っている力は僕程度を遙かに凌いでいる。謂わば蟻と像の関係だ。


「符の壱『二重結界』」


 八雲式の結界を張る。

 結界の維持作業をするにあたって、結界関連の技術は必要不可欠。紫さんや藍さんのような完全な結界でもなければ、二重と本来より二周りほど小さい。

 それでも高度な結界魔法。鬼が潜んでいることに気付けないほど疲れている霊夢になら気付かせないくらいの自信はある。


「立派な結界だね。うん、あれからも修行は怠ってないようで感心感心。でもここまでする必要あるのかい?」

「霊夢が疲れてるから。寝る邪魔をしたら駄目だと思って」

「うんうん。息子が変わらず優しくて母さんは満足だよ」


 手に持った瓢箪の酒を呑んでいる鬼の名前は、伊吹萃香。

 一人百鬼夜行と称されるまで、人間からも妖怪からも怖れられた生きる伝説。そんでもって僕の義理の母親。


「三日おきに宴会を起こして、母さんは何がしたいの?」

「馬鹿騒ぎ。ほら、春が少なくて花見があまり出来なかっただろう?」

「だと思ったよ……」


 はぁ、と空を見上げる。

 思った通りの言葉が笑顔の母さんから帰って来たことに、嬉しさ半分呆れ半分。

 とにかくもう、この馬鹿騒ぎを止めて欲しい一心しか沸いて来ない。このまま厨房係を続けていたら何時か過労死する。


「でもあと二つあるんだ」

「何ですかー。僕としては、いい加減潮時じゃないのかなーって思うんだけど」

「そうさね。あと二つ終わればこの馬鹿騒ぎも終わりになるんだ」

「それは?」

「一つは実験。もう一つは―――――」

「もう一つは?」

「息子攫い」


 ニヤリと笑った母さんを前に、僕の警戒レベルは一気に上がった。

 あの笑みはヤバイ。母さんヤバイ、超ヤヴァイ。

 何をされるか分からないけど、良くないことだけは確かだ。全力で逃げ出せるように体に力を込めた。


「さあて、家族会議を始めようじゃないか」


 目の前から消えた姿。

 直後。吐息が聞こえるほど近い位置からの声を最後に、僕の視界は暗転した。





   ―――守矢神社―――



「では約束通り、貴女様の風祝はお返し致しましたわ」

「ああ、確認した。これで我が風祝も決心が着くだろう。礼を言うぞ」


 青い髪の女が、紫色のドレスを着た女に礼を述べた。しかし、ただ述べただけで頭を下げたりはしなかった。ただ言葉として受け取っていろとでも言うように、淡々とした態度で座っている。


「ただねぇ、魔素に中てられて死に掛けたってのは問題かな? そこの所、妖怪さんとしてはどう考えてるの?」


 青髪の女の隣に座る、帽子を被った少女がドレスの女に喰って掛った。

 二人と比べれば半分以下の背丈で小学生かとも思える姿をしているが、放っている威圧感はこの場の誰よりも大きい。

 人間とは思えない獰猛な笑みを浮かべた少女が立ち上がり、ドレスの女へと詰め寄っていく。


「よせ、諏訪子。無事帰って来たのだから問題なかろう。……すまぬな八雲。こ奴は風祝の事となると我を失う」


 それを青髪の女性が手で制した。

 そして重ねて謝罪を口にした。だが、それでも頭は下げなかった。


「構いませんわ。血の繋がった子孫を想う気持ち。私にも理解出来ますもの」

「あは! 妖怪の癖に面白いこと言うね!」


 女の言葉に、少女は破顔した。


「――――お前、いっぺん死ぬか?」

「諏訪子!」

「お戯れを……」


 少女から溢れだす濃厚な殺意。それは、まるで何かの怨念のようだった。

 少女の身体から吐き出されようとする黒い物体。ぼこぼこと泡を立て、今にも放たれようとするそれを青い髪の女が立ち上がって止めた。


「済まぬが帰ってくれ」

「わかりましたわ」


 ドレスの女は何もない空間に指を這わす。

 すると、その場に空間の裂け目が現れた。その裂け目には無数の"目" がギョロリと目を見開き、その全てが主に仇なそうとした少女の方を向いていた。

 ――――出来るものならやってみるがいい。

 目の一つ一つがそう訴えていた。


「それでは八坂様、洩矢様。失礼致します」


 そう言い残したドレスの女、八雲紫はスキマの中へと消えていった。


「――――神奈子。あいつは信用ならない」

「分かっている。だが、私達が存在するには奴に頼る他ない」

「早苗が行かないって言うのならわたしも行かない。あんただけでも行けばいいよ」

「……早苗が帰っているだろう。突然のことで驚いているはずだ、様子を見てやれ」


 青い髪の女、八坂神奈子に促された少女、洩矢諏訪子は無言でその場を立ち去った。

 残っているのは神奈子と、諏訪子から吐き出された祟りの念だけ。


「早苗に幻想郷がどのようなものか体験させたはいいが、これが吉と出るか凶と出るか……。

 全ては二代目が握っている、か。神が人頼みとは侭ならんものだ」


 泡を立てている黒い祟りを全て握り潰し、神奈子はその場を後にした。





   ――――幻想郷――――



「藍、帰ったわ」

「お帰りなさいませ、紫様。東風谷早苗は?」

「無事に守矢神社へ帰って来た。流石は大和、何の指示もなくとも絶好のタイミングを見計らってくれる」

「買い被りすぎでは?」

「あら、それは自分に言ってるのかしら?」

「……それとは別に、一つ報告が」

「なに?」

「大和殿が誘拐されました」

「……飽きさせてくれないのいいけど、頻繁に巻き込まれ過ぎでしょう。それで、何処の誰かしら? その命知らずの不届き者は」

「母親の伊吹萃香です」

「……」

「……」

「放っておきましょう。何時もの事だわ」

「了解しました」

「大和の分の仕事は藍がしておくのよ」

「今すぐ探してきます!」



大切なのは結界じゃない! 霊夢に気付かれないことだ!

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