剣士とは誇りを持って死ぬと知るべし
この小説は作者がスランプに陥っているときに更新されます。
「よくぞ、今まで辛い修行を文句も言わずに堪えた。これよりお前に我が羅乾流の秘奥を伝えよう」
泰吾は震えるような気持ちで師匠の声を聴いていた。羅乾流の門戸を叩いてから十二年。ようやく泰吾は一人前の剣士となるのだ。
しかし、師匠は今年で百歳になる。
その剣の道に比べれば自分なんてまだまだであると泰吾は改まった。
四国一の剣士になる。
その夢を目指し、着の身着のままで家を飛び出したあの頃を泰吾は懐かしく思った。
王都にまでやってきたは良いものの、ただの農民の息子を弟子入りさせてくれる道場などある筈もなく、路頭に迷っていたところを師匠に拾われた。
最初はただの老人にしか見えない師匠について行って大丈夫かと思ったが、一宿一飯の恩もあり、なし崩しに弟子入りしたのが始まりだった。
修行は辛く厳しいものだったが、ある日を境に急に自分が強くなったのを感じてからは、毎日が楽しかった。日に日に磨かれる自分の剣に、いつか四国一の剣士を決める武闘大会、四国闘技祭の大舞台に自分が立つことを夢見た。
それがようやく形となる。
泰吾は師から受け継ぐことになる技に心を集中させた。
何一つ見逃すまい。
その決意を読み取ったのか、師匠が刀を構えた。
典型的な正眼の構え、そこから放たれる技とは。
知らぬうちに泰吾は息を止めていることに気付いた。
師匠が、動く。
「刮目して見定めよ。一刀にして二刀の威力を秘める。これが羅乾の剣士が最終にして最強奥義、究極剣技ニバイザンッ!!」
師匠は空を薙いだ。
風が鳴った。
それだけだった。
「師匠」
「何だ」
「今のが奥義ですか?」
「そうだ」
「第二の奥義があるとかではなく」
「そんなものはない。ニバイザンは有一にして至高の剣技。これ以上の高みなどありはしない」
その言葉を聞いて泰吾は思った。
十二年とは、なんだったのか。
泰吾の頭は真っ白になった。
泰吾にとって奥義とは、新月流の使い手、聖生夢幻の月を秘める高速斬撃「宙水朧月」であり、焔流の開祖、沽石唐山の大火を纏う必殺技「天命火龍斬」である。
間違ってもこんな地味でダサい名前をしたただの横斬りを奥義などとは呼ばない。
泰吾の夢は潰えた。
「どうした泰吾、早くやって見せんか」
「うるさい。よくも騙してくれたな。糞爺」
「なんじゃ、師匠に向かってその言い方は」
「なにがニバイザンだよ。ただの横斬りじゃねーか。ふざけるなッ」
泰吾は道場を飛び出した。
行く当てはない。
金もない。
どうしようもない。
自分には剣以外の何もない。
泰吾は自分が今なにをすればいいのかわからなかった。
体力はついた。
自分の刀もある。
その使い方も一通り学んだ。
ただ技がない。
それではダメなのだ。
剣士の死合とは己の流派を体現する技と技を持ってしてこそ決着が着くというものだ。
奥義を持たぬ剣士が、奥義を持つ剣士に勝てるのか。
答えは否である。
泰吾は覚悟した。
学は無いが力仕事はできる。まずは住み込みで働かせてくれるところを探す。
それから道場だ。幸い基礎はできているし、昔は子供だったが今は大人だ。必死に頼み込めば弟子入りさせてくれるところだってあるに違いない。
明るい未来の展望に泰吾は少しだけ胸が軽くなった。
しかし、考えごとに夢中になっていたのがいけなかったのだろう。
二人組の男にぶつかってしまった。
「いてーな。誰だよ」
ぶつかった一人は赤い短髪の男で、何と帯刀していた。
「すみません。ちょっと考え事をしていたもので」
「おいおい、謝ればいいってもんじゃないだろう。誠意を見せろよ。兄ちゃん。」
文句を言ってきたのは長い黒髪を一つにまとめたこれまた刀を腰に下げた男だった。
「ですが、生憎文無しなもので」
「ああん。だけどお前腰にいいもん下げてんじゃねーか。そいつを売れば金になるだろ」
「これは渡せません」
「いっちょ前に剣士気取りか。俺を誰だか知らねーのかよ。新月流の次期頭首と目される死屍椛利憲様だぞ」
泰吾は思わぬ名門流派の名前を聞いてたじろいだが、刀は剣士の命である。決して渡すことはできない。
「ぶつかったのは悪かったですけど、刀を差しださなければいけないほどのことをした覚えはありません」
「はぁ。ふざけるなよ」
「利憲、ぶつかられたのは俺だっての。ここは俺に任せろよ」
「おいおい、マジかよ。お前さっき人斬ったばっかじゃん。また斬んの? まあ、金とれるなら何でもいいけど」
「という訳だ。俺と勝負して勝ったら見逃してやるよ。三流」
「こんな往来で斬り合いですか?」
「そうだ。お前みたいな三流が、沽石唐山の一番弟子である葉蒲紫臣と刀を交えられるんだ。ありがたいと思えよ」
泰吾は葉蒲も名門の剣士であることに驚いた。
しかし剣士は誇りを持って死ねと師匠に教わった。
この斬り合いを受けてたとえ死ぬとしても、剣士の誇りは捨てられない。
「分った。俺の名は羅乾流免許皆伝、萩辺泰吾。この試合受けて立とう」
「羅乾流? 聞いたこともないな。サービスしてやる、どっからでもかかってこいよ」
葉蒲は剣を抜きはしたものの真剣にやるつもりはないらしく、全く隙だらけの構えだった。泰吾は名門相手に手加減はできないと最初から全力で駆け出した。
相手の首筋を狙って剣を振るう。
葉蒲はあわてて剣で弾いた。
続いて泰吾は胸を狙って剣を突く。
葉蒲が避けようとするが遅い。
穿つ。
ことが成る前に泰吾は嫌な予感がして咄嗟に避けた。
「始原に至れ、天命火龍斬」
迸った炎が空気を焦がした。
爆発。
泰吾は吹き飛ばされた。
これが焔流の奥義。
泰吾は言葉を失った。
やはり勝てない。
奥義を破るには奥義。
自分にはそれがない。
「っふ。ちょっとはやるようだがそこまでだ。消し炭にしてやる」
踏込が甘い。
体が下半身から動いている。
何より動きが硬い。
でも勝てない。
泰吾は無力だった。
「奥義が、技がない」
泰吾の頭にあの名前が掠めた。
どうせ死ぬのだったら、やってやろう。
そう思い泰吾は正眼に構えた。
「天命火龍斬」
「羅乾流奥義ニバイザン」
炎でできた大剣を、泰吾の剣の風圧が消し飛ばした。
「へ」
なおも勢いは止まらない。
泰吾は峰で葉蒲を吹き飛ばした。
泰吾は唖然とした。
「これが、ニバイザン」
ただの横斬り。しかし実態は強力無二。
泰吾は再び胸に炎がともるのを感じた。
「紫臣!! てめぇ、俺が仇を取ってやる」
新月流の奥義。
宙水朧月、その技は水面に映った月を斬るために生み出されたという逸話が残る、一瞬にして三度の斬撃を放つという技。
「宙水朧月」
「ニバイザン」
だが、一撃目で刀を折ってしまえば問題ない。
「な、なんだ。お前なにもんなんだよ」
「俺は羅乾の継承者。萩辺泰吾。一刀にして二刀の威を得るものだ」
泰吾は自分を恥じた。
師匠に合わせる顔がない。
今更自分の軽い頭を下げたってどうにもならないだろうと泰吾は思った。かくなる上は四国一の剣士になって土下座する。
泰吾はまた一つ決意を新たにしたのだった。
これは後に究極の剣士として語り継がれることになる男の旅立ちの一幕であった。
作者は面白いが、はたしてこれは読者は面白いのか?