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革命者との邂逅

 地上は戦場になっていた。空間的障壁はないし、向こうだって徒歩も車も飛行機も使えるはずだし、どこが戦場になってもおかしくはないのだけど、市民は守られ慣れているから、お茶の間に届く分にはそれなりにショッキングな絵面だろう。

 イージー・マスカットの玄関部分は半壊していた。ガレキと呼ぶに相応しい、ビスケットをぱきっと割ったときに現れるようなごりゃごりゃとした面が作られたコンクリートの破片が、あちこちに飛び散っている。人気の健康食品にも似ていて、ちょっとうまそうだった。

 ちらほらと見かける銃を構えた人たちをいったん無視して、壁に穿たれた弾痕を観察した。そういう模様だったかのように穴だらけになっている。アーティスティックな感性を刺激される仕上がりだ。

「なぜ邪魔をする! まだ完全でなくとも、やつらに遅れを取りはしない。やつらだって、私たちを恐れたから予見よりも早く仕掛けてきた!」

 洗脳子が黒服になにかを訴えている。うるさい連中だ。我慢してくれたらキャンディおごるからさ、静かにしていてくれないかな。

 ごおんっ! と爆発音。耳がきいんとなった。続いてどどどどどどと、うっすら銃声。

見て見ぬフリは限界か。

 ようやく直視していた現実から目を逸らして、新しい現実にこんにちはをする。挨拶は苦手だ。でも軽くお辞儀をしてみた。

 不思議なもので、死体はなかった。あったらすぐに吐ける自信がある。もうパブロフの犬。反射に組み込まれている。今は腹の中、液体ばかりだから、吐きごたえはないだろうな。

 一見したところ、頑張っているのは絶対共同体、黒服の男たちのようだった。洗脳子の前に立ちふさがりながら、内部に入り込みつつある襲撃者たちの銃弾を血の使い魔で受け流している。といっても、人に当たりそうなのを防いでいるくらいで、建物は順調に損傷を増やしていた。

 地下にいたほうが安全なのではないだろうか。博士はどういうつもりで僕を送り出したんだ。そして僕はなぜ急いでこんなところにきたんだ。

 たぶん、僕の行動にいちいち理由なんてなくて、博士もテキトーなのに違いない。なにせどいつもこいつも、気がついたら生まれてしまっているものしかないんだ。理由はあとでついてくる。

「思ったより数が多い。難しいが、我々が抑えている間に素早く抜け出せ」

 いつの間にか背後に来ていた黒服が、耳元で言った。騒音とかぶさって聞こえづらかった。静かにしてくれたら、棒つきのキャンディをおごるよ。

 と、いきなり銃声が止んだ。パントマイムが始まるような寂しさ。やっぱキャンディなし。そういえば、お金がなかった。

「洗脳子に告げる。ぼくらは戦闘を求めてはいない。停戦交渉をしにきた」

 さんざん弾丸と爆発物をばらまいておいて、いけしゃあしゃあと発言した根性の持ち主は誰かと探す。すぐにノッポの男が目に入った。ちくわみたいな体型で、雑草魂溢れる頭髪をしている。目鼻は糸で描いた落書きで、口はふつうなのがもったいなかった。服装は赤いジャケットと黒いズボン。履いている靴が金色のスニーカーだった。趣味が合うな、と思った。

「ふざけるな。これほどの攻撃を加えておいて、今さらなにを言うか!」

 至極真っ当で拍手を送る相手は、洗脳子の赤い長髪だ。彼がリーダーなのだろう。赤い長髪と赤いジャケットを見比べる。どう考えたって、ジャケットの勝利だった。赤い長髪は冗談だろう。

「これは異方者の意向だ。ぼくら革命者の行動ではない。異方者はこれからも攻撃を続ける。ただ革命者は、きみたちが戦争に加担しない限り攻撃しない」

 どうも面倒な関係だった。父親の甥っ子の親友が叔母さんの娘の彼氏と気の置けない仲になっているらしい。そんな感じの説明を受けたときの面倒さだ。

「私たちは革命者を滅ぼすために生まれた、洗脳子だ! その使命により、おまえらをすべて殺す!」

 洗脳子の宣言。黒服の脇をするりと通り、彼らは駆けた。殺すとか、そんなに簡単に言っちゃいけないんだよ。僕は自分を、年末しか掃除しない棚に上げた。

 銃器が火を噴く。お手軽殺人道具は、洗脳子たちを狙い撃ちにした。いじめっこ集中砲火。ところが、当たるはずの弾をティッシュペーパーのようにひらりとかわし、絶対当たる弾はやっぱり当たるものの、仰け反る程度で済んでいた。僕は騙されているような気分になる。防弾チョッキを着ているにしては身軽でスリムで全速力が半端じゃなかった。

 洗脳子と馬鹿でかい銃を手に持った筋肉質のおばさんが接触した。拳がおばさんの腹にめり込む。目玉を落っことしそうな表情。一撃でダウン。

 黒服が僕の手を引っ張った。デートに連れて行かれるにしては強引だ。もちろん、僕は大人しくついて行った。ここは危険だ。危険は恐れなくちゃ。逃げなくちゃ。

 ちくわが目の前に立っているのに気づいたとき、思わず首を傾げてしまった。さっきまで彼とは、猫との心の距離くらい離れていたし、握手やサインをせがまれるようなおぼえもなかったからだ。

「きみは誰かな。この場において、きみだけがイレギュラーだ」

 ちくわがしゃべる。あ、ちくわがしゃべっている。

 僕がイレギュラー?

 他の人はどうしたのだろうか。僕が地上にきたときには、けっこうシンプルな構図になっていた。洗脳子、黒服、たぶん革命者、たぶん異方者。何十人何百人という人がいたはずだった空間にそれだけ。あの受付のデブはどうしたのか。

「ぼくは革命者ガラハロンドル・ナックトイテ。もしやきみはみゃぎらっ!」

 吹っ飛んだガラハロンドル・ナックトイテは無様に、どべろっと体で壁にスタンプした。吹っ飛ばした黒服の脚はすでに地面を蹴る力を伝えている。僕はぼーっとしていた。長い名前だなあ。

 走ると僕はぜーはぜーは息を荒くして、心臓をどくどくさせて、酸素を使って、なんにも考えなくなった。ずっとこうしていられたら、幸せなのかもしれない。幸せだとか、後悔、真実、未来、運命、常識、もうなんか色々、についてまったく思い浮かべないことができて、なおかつ普通に生きられたら、幸せなのかもしれない。そんな幸せ、くそくらえだ。ありがとう、疲れる僕。くだらなき僕。

 砕けた壁から外に出ようとする。しかし黒服が唐突に消失した。ばぁんっと床が弾ける。受身を取った黒服。腕を掴んで投げたガラハロンドル・ナックトイテ。

「くっ」

 自由なほうの左手で体を跳ねさせ、ぐるりと逃れようとする黒服に、ガラハロンドル・ナックトイテ、長いからちくわ、長いちくわが、後ろ腰のホルダーに差していた拳銃を抜いて射撃した。情け容赦遊び心のない数撃。ダンダンダン。やめとけって。まずいって。僕は狼狽する。死んだらどうする。吐くぞ。

 だらだらと流れた血がちくわに刃を向かわせる。血液悪魔が金属的に固くなり、ちくわの首をかっさばこうとした。革命者は平気な顔。剃り残しがないか片目を閉じて鏡の前で確認する様子だった。

 悪魔の対応は、窒息だった。半液体になってちくわの顔面を覆おうとする。さすがに恐れたのか、ちくわはステップで離れた。

「絶対共同体よ。ぼくはきみらを敵に回したいわけではない。革命者と絶対共同体は敵ではない。しかしきみらはどうも、守ることに忠実すぎる。それが戦いの契機になる」

「言葉を返そう、革命者よ。おまえたちは攻めに忠実だ。我々の要請としては、待ってほしいということなのだが」

「水と油ではない。なのに、相容れないのは」

「立場だよ」

 僕はこっそりお暇しようとしたのだけど、二人の熱い格闘はそれを許してくれなかった。欲情カップルより圧倒的に激しくお互いをねじ伏せようとしている。時々とばっちりをくらいそうになって、僕は身動きがうまく取れなかった。

 タイミングを見計らって、えいやと力を入れる。大縄跳びに挑戦する気持ち。無理無理無理。血液悪魔が三リットルほど頬をかすめていったよ。

 まいった、まいった。僕はつぶやく。つぶやいただけじゃかき消される。これは誰かに届かせたかった。

 まいった! なんて不自由なんだ!


「不自由って、いやだよね。自由と同じくらいに、きらい」


 ひやりと首筋を撫でる指先に、僕は戦慄した。

 間違いようのない死のにおい。

 僕がクラスメイトに与えた香り。

 涙が、つつり、と、あごを経由して星に注がれる。どうしようもなく醜い呪いを口にした。

 死にたくない。

 勝手だった。正直だった。弱かった。背後にいる知らない人に、どんな見っともない真似をしても命乞いをしたかった。

「どうして殺すって、思うの?」

 指先が僕の体を這う。胸に、腹に、徐々に下半身に。

 ひぃ、とひきつれた声が出る。

 犯される。

 がくがく、骨と筋肉と神経が、もともと主導権の薄い意思に、ほとんど従わなくなった。

「震えてる……怖いの?」

 女だ。女が僕に語りかけている。首を絞めるための真綿のような声。優しくて、残酷だった。

 顔をつかまれる。ゆっくり両手で僕を包み込んで、あたたかさの波と吐息を寄せているうちに、潰すのだろう。

 目が合った。青い瞳。透き通って、めまいがしそうだ。

 僕は覚悟できない死に対して、懺悔した。

「ねえ、ファーストキスってどんな味が、するの?」

 彼女の唇が僕の唇に触れて、人生をやり直したいと思った。











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