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悪魔感動

 

 ぞくりと、悪寒が走った。

 僕はなにかを奪われた。いや、押しつけられたのか? 

 毛穴が全部内側から解放されて、嫌悪に襲われた。

「本当に革命を起こされてはたまらない。偽りの更新のもとで騒がしくもむなしく終わっていけばよかったのです。我々の発明した魔力と同等の因子など、よくも作ってくれました」

 悪魔の気配はない。にもかかわらず、声はした。

 声は、僕が発していた。

 愕然と、僕は僕を意識内で見つめる。

 僕からフィカソトリア、フィカソトリアから僕へ、と移動したのか? 

どうもおかしい。僕は誤りなく体内から靄を追い出したはずだ。

「なるほど、あなたは本当になにもしないつもりのようだ。いけません、ここであなたに魔力を存分に使ってもらわないと、他のあなたが暴れるのです」

 他の僕、だと。

 僕は何人か僕を持っているが、そいつらは魔力をどうしようが暴れるときは暴れる。

「あなたは多重なのです。世界において。二〇万五七八くらいに。それよりは少ないでしょうが」

 いっぱいいるなあ。

「多くの世界であなたは共有され、多重になっている。いえ、多重になったから、共有されることになったのでしょうか。それは我々に近い性質です」

 わかるようにしゃべれよ。

「説明させていただけるのであれば、します」

 そういう隙があるかな。

 気づけばフィカソトリアが僕のみぞおちに拳を埋め込んでいた。おそらく、手加減されている。でなければ僕は体を貫かれていただろう。

「ぐっ」

 電撃がはらわたを喰い散らかすような痛み。悪魔と僕は一緒に仲良くうめいた。冗談じゃない。死ぬぞ。

「アガイ、出して」

 喉を詰まらせたわけじゃないんだよ。

 僕は文句を言えないことが非常に不満だった。おい悪魔、代わりに言えよ。

「フィカソトリア、あなたの力によってアガイとわたくしは一体化しております。そのような打撃は我々に平等な苦痛をもたらすだけなので、おやめください」

 丁寧に悪魔は「やめて」と言った。

「あたしの、力?」 

「革命者たる力。真なる意味での、世界を変える力です。法則を書き換えるほどに」

 そういうの、教えちゃってもいいんだ?

「わたくしは我々の中でも、語る役割を主に担います。悪魔は沈黙しますが、秘密は持ちません」

 信用できない台詞だ。

「人間は信用に依存しすぎです。疑わなければ済む話を」

 そうかもな。でも、悪魔には関係のないことだ。

 僕は自身のコントロールを取り戻そうとした。そこではたと気づく。僕は乗っ取られているわけではない。一体化しているのだ。僕は僕を操れたし、同時に悪魔は僕だった。

「我々は同調と呼んでいます。人間に対して使えるものではなかったのですが、革命の因子が可能にしました」

 気持ちの悪いことを……。

 別々であるのに、同じ。怒りと悲しみが両立するように、僕は悪魔とともにいた。

「あたしがやったのなら、じゃあ、元に戻すのも、できるね」

 フィカソトリアは手首を回し、シュッとジャブを放った。どこまでいっても暴力だ。殴って分離を図るつもりか。胴体と首が分離しそうだ。

「できるものなら。その前にわたくしがあなたを制限します」

 制限?

「革命者に存在消滅の現実化を押しつけるのは難しい。しかし、因子を抑え込むことはできます」

 悪魔が神話性を自らのものにし、現実化を為そうとしているのを感じる。一体化している僕には、悪魔のことがよくわかった。わかり始めた。悪魔は戸惑っている。こいつに、こいつらにとって、神話性現実化病患者はちょっとばかり似ている兄弟のようなものだ。特に僕は。源流を同じとし、オリジナリティで言えば悪魔のほうがより本元に近い。魔力という要素を僕らはおいしくいただいている。必ずしも魔力患者が劣化コピーではないが、悪魔のほうが純度が高いと呼ぶに相応しかった。でも、末端のほうでは、現実らしい現実のほうでは、僕らのほうがうまく立ち回れる。僕らのほうが適応している。進化している。悪魔は不健康。神の位置。悪魔は歯がゆい。なぜ我々こそが選択し、活動し、謳歌していないのかと。なぜ我々は無知たれないのかと。

 現実化をモノにし出した悪魔の昂揚が伝わってくる。新しい玩具を手に入れた子供、大人。どちらも持ち得ることへの感謝。悪魔からの逸脱。

 ああ、僕らは僕らであろうとして、そして僕らであることから脱出しようとする。

「これが!」

 悪魔が叫んだ。

 それだ。

「これが、これが我々に味わえない、味わえなかった味なのか!」

 甘くとろける美しき醜さ、現実。

 悪魔は感動にむせび泣いていた。

「このちっぽけな、落書きみたいな力! 我々と革命者の膝元にも及ばない、幼児! 卑小かつ矮小。なんて、くだらないんだ……」

 現実化は為される。フィカソトリアの革命者たる力を、抑え込む。彼女の身体性ではなく、革命性に絞れば、この現実化は成功する確率は高かった。

 タン。

 何度も聞いてきた銃声がやけにみみっちく響いて、僕は死んだ。


 僕は体から離れて、空中から事態を見た。幽霊にでもなったようだ。

「というより、悪魔です」

 と、悪魔が話しかけてくる。もうずっと悪魔悪魔して疲れたよ。お祓いしてもらおうかな。

「我々と一体化していたのは幸いでした。いえ、一体化していたから殺されたので、不幸ですか」

 銃を構えたガラハロンドルが、僕の死体に歩み寄っていた。あの野郎、なに殺してくれてるんだよ。あと、おまえ、僕は死なないって言ったのに。嘘つき。

「申し訳ありません。興奮していたもので、気づけませんでした。やはり一体化していたために、あなたも反応できなかったようで。我々が殺したようなものです」

 僕の死体は見事にまた心臓を撃ち抜かれていた。神話性現実化を行使している隙にやられて、治す前に死んでしまったようだ。冴えないな、どうも。

 死体に歩み寄ってきた犯人ガラハロンドルは、真っ青な顔でフィカソトリアに声をかけていた。

「きみほどの革命の因子を、むざむざ失うわけにはいかない」

「もう、失った」

 ぽつりとフィカソトリアはつぶやいた。

「なんだって? 遅かったというのか……? きみの想い人を殺してしまった!」

 遅かろうが早かろうが、僕が死ぬのは変わらないね。

「死なない。アガイは死なない」

 死んでます。死んでますよ。

 蘇って頭を叩きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、このまま死んでいれば、わずらわしくもないのだろうか。あの世まで追ってきそうだけどな、彼女は。

「人間の意味でも我々の意味でもあなたは死んでいますが、生き返ることは可能です」

 さらりと言ってくる悪魔に、僕は、どうしようかな、と本気で悩んだ。

 フィカソトリアは悲しみも怒りも浮かべてはいなかった。淡々と死体を眺めていた。やがてどんどん冷たくなっているであろう僕の唇に自らの唇を重ねて、またじっと見た。お姫様のキスで蘇るとでも思ったのかもしれない。もしかして、本当はさっきも。

 おとぎ話はおとぎ話。うまくいくときもある。今回はうまくいかない。僕は王子様じゃない。メルヘン的魔法使いはいない。魔法はあってもいいし、実際僕も魔法使いのようなものだと考えられなくはないが、すべてを解決できはしない。したくもない。させたくもない。ない、ない、ない。

「どうしますか。肉体を失ってから再構成するのには手間がかかりますが」

 あんたは僕が生き返ってもいいのか。

「ええ。彼女が別世界へ影響を及ぼせないようにしましたから。むしろあなたには神話性現実化病を進行させて、魔力を使ってもらいたいのです」

 わからないな。わかるほうがおかしいのかな。

「この世はどうにも、バランスを取ろうとします。一つの世界だけではなく、たくさんの世界の中で。我々は愚かしく世界を終わらせたいのです。あなたは、多くの世界に存在し、つながっている。つながっていますが、別世界に直接個体で影響はできません。一を二に増やして介入はできない。一の意味が深くなることはできるにせよ」

 ようするに?

「要するのは難しい。省略してまとめると、こことは別にまた世界があって、我々はそういった一つ一つの世界を終わらせようとしているのですが、あなたが活躍してくれると、それがやりやすくなるのです」

 世界を終わらせる手伝いをしているってことか。

 僕はどうでもいい気分で、死体をお姫様抱っこし始めたフィカソトリアにどういった嫌がらせができるかを考えた。


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