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悪魔がやってくる


「どういうつもりだね。戦争が続くことで喜ばしい事態が訪れるとも思えないがね」

 博士は怪訝そうに言った。

 喜びなんていらないさ。ほしいのは、不自由じゃないって感覚だ。どうも、戦争を終わらせたいってやつが多いんだけど、付きやってやる義理もないかなって。いや義理があってもいやだったらやらないけどね。うん、僕はいやになったんだ。そういうことだな。

「納得したいわけじゃないんだが、もっと説明を求めてもいいかね?」

 納得したいわけじゃないのに?

「説明とは、必ずしも納得させるものじゃないのだよ。相手を黙らせる圧迫なのだ。わたしを押し黙らせてくれないか」

 わかるような気がするな、それ。済ませたいって感じ、とか。うーん、説明か。そうだね、まあ、大部分を創作することにはなる。なにせさっき思ったばかりだから。たとえば、海の波がざざざ、と僕の足を濡らすとする。すると僕は、流されるわけにはいかないな、と決意するんだ。いくら波が強くても、僕はここにいなくちゃならない。踏ん張って、どうにかこうにか耐えていると、いずれ波はひいていく。よっしゃ、とそこにいることをやめて、砂浜を歩く。そうしたら今度は、こっちから波にさらわれてやろうかな、って気になる。ひかれると、追いたくなる。押してダメなら引いてみろ、という話は、そんな性質を利用してるんだろうけど、問題は自主的かどうかってことなんだろう。泳ぐのはきついし、ぞぶぞぶ濡れるのはうまくないから、いかだを作る。でも作っている途中で、生きるためには水だの食料だのが必要だと思って、海に出るのはやめるんだ。海は人の母と言うけど、母とはもう一緒にいるのが苦痛なんだな。塩っ辛くてさ。切った木を放って、僕は僕の道を探す。平地も森も坂も家も壁もあるだろう。道はどこにでもできるからね。すると僕はどこにも僕の道なんてないと気づく。こっから先は、粘れるかどうかさ。悪あがきだ。悪あがき。ここだよここ、と喚きたてるか、静かに主張するか。お節介なやつらはいるもので、あそこがきみの道だよ、とか言ってくるんだけど、全部間違っている。僕は間違いがわからないものだから、いちいち確かめる。でも、やっぱり違う。なんだよ、違うじゃねえか。僕は思う。じゃあ好き勝手やらせてもらいますよ、ってね。つまりそれだ。

「どれだ?」

「言ってることの、半分も、わからない」

 理解を示さない博士とフィカソトリアに、僕はうなずく。

 その反応は、僕が生まれてからこのかた抱いてきたものだ。人の言動ってやつに対する素直さだ。

 僕もわからない。口が動くままに言っているから。とにかく博士を押さないと、と思ってね。

「せっかくの弁舌だが、どうも一難去ってまた一難らしいぞ」

 ガラハロンドルが会話に参加した。存在感を消すのがうまいやつだ。この考え方って、いじめっこかな?

 ザ、ザ、ザ。

 ノイズのように周りを取り囲まれているのがわかる。えらく遠くから円を作って、僕らをうかがっている。隠れているつもりなのかもしれないが、ちらりちらりと姿が見えた。

「異方者か?」

 目を細めた博士は。当てずっぽうか計算を図ってくる。

 そうみたいだ。僕はあっさりと答えた。もちろん、なにもかもわかるわけではないが、多少の距離や迷彩は僕にとって薄皮になっていた。

「彼らはこの戦争で最も弱い。そして最もこの戦争を望んでいる勢力だ。正直なんだよ。敵対的民衆とでも呼ぼうか、認められないものは認められない、認められるまでは我々は戦う、というスタンスなのだ」

「そういったところは革命者と似てるが、ぼくらは彼らからしたら異分子以外の何物でもないだろうな」

 僕にはよくわからないけど、たぶん、そっぽを向いたたくさんの人々なんだって思うよ。あの人たちは。

「片付け、ちゃう?」

 さっそく物騒にフィカソトリアは態勢をとる。こいつは暴力に頼りっきりだ。

「洗脳子に比べれば楽だろうな。……ん、絶対共同体よ、どうした」

 異常に気づいたガラハロンドルは、黒服に近づく。黒服は壊れかけたロボットのように関節を軋ませている。

「ま、ま、マテ。こレは……」

 口調までロボットじみて、とうとうがくんと膝をついた。僕と博士は原因の一端に心当たりを感じた。

「まずいぞ!」

 注意を発する博士は間に合わず、ガラハロンドルは黒服から飛び出した血液悪魔に上半身を覆われる。

「むぐっ!」

 僕は血液悪魔を蒸発させてガラハロンドルを助ける。続いて黒服を止めようとするが、黒服の本体とも呼べる体は、なにもしなくても止まっていた。ただ、普段過ごしているうちに彼らには感じなかった魔力の波動を肌に受ける。

 博士、聞かなくてもわかるにはわかるんだけど、黒服は悪魔なのかい?

「うむ。悪魔の存在技術を使っている。悪魔は全として現れ、個とされるのは端末としての意味でしかない。絶対共同体は本体と端末が同じだが、根本的なところは悪魔と変わらない」

 あいつ、今は悪魔に操られているな。

「まさか、まさかそんなことが可能だとはな。私のミスだ。驕りだ。技術だけであれば、悪魔の存在とは切り離して運用できると確信して生み出したのだが……」

 後悔するのは、暇なときじゃないといけないらしい。

 迫りつつある異方者と、悪魔に乗っ取られつつある黒服。黒服が敵対したとしても、全部を相手にするのは難しくなかった。

 だけど、どうも怪しいな、と思う。僕が容易くこの事態を乗り越えられないような障害が発生する、に賭けてもいい。自分がうまくいかないことに賭けるってのも、妙な話だ。

 黒服がびしり、と立ち上がった。

「いけません。どうして戦争を終わらせてくれないのでしょう。いえ、それは別にいいのですが、あなたの考えが我々にとって危険になりつつあるのを感知しました。いけません。大人しくしていられないようですから、いけません」

 悪魔の声を黒服は伝えていた。人型スピーカーだ。まぎれもなくあの、僕を勝手に呼びだした悪魔だった。

 いけませんいけませんって、禁止されると余計やりたくなるのをわからないのか。悪魔の言うことに従うなんていやだし、僕がそうすることを信じるなんて、悪魔らしくないじゃないか。

 黒服、いや悪魔はにこりと笑うと、完全にコントロールを得たとばかりに体をナイフで刻み、血の使い魔をあちこちから噴出させた。

「我々らしいものなんてないのです。信じてもいません。ただ我々にも感情があるだけです。手を上げている者を指し、なにも答えなかった場合、答えないのですか、と問うてもかまわないでしょう。あなたがどうするのか、我々にはわからない。それほどの力を持ったのですから。わからないなら、こちらから出向く手間をかけなくては」

 できの悪い生徒に指導するって?

「もはやあなたは我々と同等になりつつある。魔神です。神の病を人が御しようという。喰らおうという。人こそ魔になる。それ自体は、別段いい。しかし、世界の理に革命を持ち込まれるのは困ります」

 言っている意味はわからないが、どうも僕は楽しくなってきたよ。あんたを困らせられてな。

 ダン! と異方者から火器による攻撃が始まった。僕は博士をシールドし、穴を掘って入れる。

「かたじけない、と言っておくよ」

 後で飯をおごってくれ。

 黒服が駆ける。洗脳子のようにはいかないだろう、と見積もるが、割りあいあっさり黒服は僕の現実化で封じ込めることができた。さすがに消滅させるのはなんなので、停止を維持する。

「その判断は間違いです」

 なんだと?

 黒服は停止した部分としていない部分に分かれた。というか、だんだんと黒服が黒服でなくなる。溶けるでもなく砂になるでもなく、一番近いのは靄で、単なる黒になった。どういった働きかけをしていいのか、判断しかねる。

 うっ。

 僕の足首を靄が掴んだ。掴んだ? 靄がもやもやしているだけにしか見えないが、感触としては掴まれている。

 ガラハロンドルが散らばった靄に銃を撃った。意味がない。悪魔が悪魔たる存在を示して、僕らに牙をむいていた。

 死んでも恨むなよ。

 僕は靄を消しにかかる。少しは残そうかとも思ったが、それでは無駄な気がした。気がするだけで殺そうとして、申し訳ないけど。

 全てを消し、確認する。感覚を総動員。

「ダメです。殺せはしますが、いくらでも我々は現れる」

 靄はなにもないところから現れた。まるで物質そのものみたいなやつだ。完全な無がない以上、存在できるとでも言うような。

 だがまあ、どうせ弱点があるだろう、と僕は高をくくった。抜け道が。穴が。それがこの世ってもんじゃないかい?


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