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三度目の洗脳子


 さて、僕はすでにこの戦争を終わらせる力を手にしているのかとも思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。だからといって、生産者から直接消費者に物が売られるわけでもない。流通がうまくいかないねえ。

 確かにどんなことでもできそうではある。同時に不可能はあくまで不可能とも思う。フィカソトリアは死ななかったし、世界の現実の耐久度は、僕があっさりぶち壊せるほどやわじゃないようだ。

 フィカソトリアが死ななかったのは、僕の呪いより彼女のほうが強かったからだろう。全力で願ってみたらどうなるのか、試せないこともないが、どう想像しても彼女は死にそうになかった。僕の想像力なんて、貧困なのだ。限界の底がすぐ見える。僕ごときの想像で消えてしまった諸々には申し訳ないが、それはそれだ。

「おーい」

 聞いたことのある声がする。遠くで博士が手を振っていた。

 くるのを待ってから、挨拶する。久しぶり。

「別れてからそれほど経っておらんよ。四時間といったところか。いやいや、まさか悪魔が軍に協力するとは思いもよらなかった。正確には、予測の筋がないこともなかったが、優先順位が低かったので失念していた。絶対共同体は悪魔の技術でできているのでね。そりゃ動けなくなるはずだ」

 黒服の姿はなかった。あいつらがいてくれると、けっこう安心するんだけどな。しかし、どうしてこの場所がわかったんだ?

「ゼルバが教えてくれたよ。ふむ、現場レベルでは軍まで戦争終結に動いている。まさに時間の問題だ。異方者については、バランスを考える必要はあるまい。革命者の力があれば、軍に好き勝手させることもない。フィカソトリアがいれば、確実に。なるほどなるほど、都合がよくなってきた。では、我々も終わらせるために行こうか」

 終わらせる?

 言葉を反芻させた。口から胃へ。胃から口へ。あっちいってこっちいってよいよいよい。それでもうまく消化できなかった。風が頬をなでる。今まで風なんて意識していなかった。なんて清々しいんだろう。晴れている空から、水が一滴ぽちゃんと肌に当たった。天気雨かな。これっぽっちじゃ、シャンプーもできないよ。

「どうしたのかね」

 博士が顔を覗き込んでくる。僕を虫眼鏡かなにかのように。集まった太陽光が僕を通して色んなものを焼けばいいのに。

 どうやって終わらせる。僕の力が、あと倍くらいにならないと、どうにもできない。

「倍でいいのかね」

 四〇〇〇倍くらいにはなったよ、今の僕の力は。いちいち説明するのはいやだったので、とてつもなく端折って現状理解させてみる。悪魔と軍に魔力患者を押しつけられてどうこう。

「ははあ、多少は聞いていた話だが、なかなかにひどいな。やつらが増やしたのになんというずさんさだろう。魔力爆弾が革命因子の活性化を抑えているのだとしても、釣り合わない結果だ」

 僕がやったのは残飯処理みたいなもんかな。

「しかし君が力を手に入れたことも確かだ。収束は好ましくないが、この際目をつぶろう」

 だといって、力はまだ必要なわけだろう。これ以上どうしたらいいんだ。

「しらみつぶしに魔力患者を探索してもいいが、一つアイディアを思いついた。ようするに、君の力を効率的に扱えばいいわけだ。戦争を続けている要素をピンポイントで排除できれば、きみの神話性現実化を無理なく使えれば、一気に片付けられるかもしれない」

 そういうことができるなら、八〇〇〇倍っていう計算を発表しないでもらいたいんだけど。

「思いついたのは、ムロヅキと出会ったからだ」

 ムロヅキ? あのカエルか。

「そう、あのカエルの虫、情報収集能力を活かせば、可能だ」

 いかにも無理っぽそうだが、ぐだぐだしているとまたどこかへ連れ去られそうなので、僕たちはとりあえず移動することにした。

 先にムロヅキを探していた黒服から連絡が入る。どうやらカエルは軍と一緒にいたようだが、黒服が交渉するとあっさり引き渡されたらしい。手のひら返すなあ。いや、もともと軍がムロヅキに好意的だった保証はないか。

 半壊したイージー・マスカットで黒服と合流すると、ムロヅキは大人しくしていた。ケロケロ鳴いてもいないし、肌を粘膜でてらてらさせてもいない。せっかくカエルなのに。

「今なにか失礼なことを考えませんでした?」

 心を読むとはちょこざいな。

「ムロヅキくん、きみは戦争を終わらせるのには賛成なのだろう? 我々に協力してくれんか。軍も同じ方向だ。別に革命者の勢力が衰えるわけではないが、強力になるわけでもない。それほどきみの誇りを傷つけることになるまい」

「誇りなぞありません。あるのは納得と選択です」

 憮然としてムロヅキは言った。こりゃ説得はできなさそうだ。

 ここって洗脳施設なんだろ。なんかこう、虚ろな瞳にできたりしないの。

「わたしは専門外でね。どうしてもというなら、できなくはないが、廃人になるかもしれない」

 俳人になれるならよかったのにね。

「平然と危ういことを離さないでくれますか。本人の目の前で」

 じゃあ、僕がやろうっと。

「あっ」

 フィカソトリアが声をあげたが、無視をした。

 言うことを聞いてもらえればいいんだ。やりすぎないように意識を研ぎ澄ます。自覚的に非道になるのは、つらいが、気軽さを適度に含めて料理すればいける。

「なにを……」

 ふ、とムロヅキの意識を奪い、次に起きたら、もう彼は僕に従うようになっていた。だらしない表情と、期待通りのうつろな目。

 はい、って言って。

「はい」

 とても素直です。従順です。

 これは、思ったよりひどいな。

 誰かの自由を踏みにじり、不自由にする。束縛する。家畜にする。これほど恐ろしいことがあるだろうか。でも、人間はやってきた。僕もやった。やらなければよかったかな。後悔した。後悔、罪悪感。なんで先に立って僕を止めてくれないのか。やはり完全じゃない。人間は。システムは。間違うようにできている。

 ムロヅキに指示をして、虫を飛ばす。博士が細かく探る場所を決めた。

 そこへガラハロンドルが現れたのは、どうやら約束通りだったらしい。しかし約束が守られても、予定通りにはいかないようだ。

「洗脳子が逃げ出した」

 息を切らしたガラハロンドルはそう言った。笛を吹いているみたいだった。

「抑えられなかった、ということかな」

「管理は徹底していた。しかし……ぼくは間に合わなかったからなんとも説明しにくいが、やられた仲間を見るに、奴らはまた強くなっていた。拘束を尋常ではない力で引きちぎったようだ」

 尋常なやつがどんどん少なくなっているよな、と僕は思う。

「洗脳子か。ここにきて問題がまた増えたな」

「気をつけろ。あいつらの狙いが我々の他にいるとしたら、きみらだろう」

 待て、そもそも洗脳子の目的は、革命者を超えることなんだろう? もう達成しているじゃないか。

「いや、ただ一人、彼らが超えていない存在がいる」

 みんなが一斉にフィカソトリアを見た。

「なにか顔に、ついてる?」

 とぼけている彼女に僕らはため息をついた。彼女が負ける姿なんて思い浮かべられないが、僕らにとばっちりがくる可能性は否めない。

 ダン、と銃声がした。人の声より銃の声のほうが聞いてるんじゃないか。

 弾丸は的確に僕の心臓を捉えていたが、フィカソトリアが叩き落とした。どうやってかは僕も知りたい。石をぶつけてだってさ。もうなにも言及する気にならないよ。僕が精神的な力の極致にいるとしたら、彼女は肉体的だ。どっちがすごいかといったら、あっちのほうがすごそうだ。

 イージー・マスカットは一二〇度くらいウェルカムな状態だったが、洗脳子は元玄関のあたりからゆらりと歩いてきた。無言だった。名乗りや宣戦布告はない。ゾンビよりも静かに迫ってくる。

「様子がおかしいな」

 博士が眉をひそめる。

 僕らも傍から見たらおかしいのかもしれないよ。

「言ってても仕方ない。戦意はあるようだから、逃げるのでなければここでやるしかないぞ」

 ガラハロンドルは僕たちと距離を取った。分散するつもりだろう。しかし洗脳子たちはまっすぐ僕の、いやフィカソトリアのほうへ向かってくる。

「眼中にないか。このっ」

 銃を抜き、ガラハロンドルは発砲した。一人の右腕に当たる。歩みは止まらない。続いて右脚に。一瞬、歩みが止まる。しかしすぐに再開。

「なんだと……?」

「あの再生能力か。どうにも速くなってないかね、治るのが。非常に厄介だぞ」

 博士の言葉が耳に入る前に、僕は止まれと発声した。鈍くなった気がする、が、止まりはしない。複数の神話性現実化病を重ね、さらに行使する。ほとんどが歩みをやめたが、二人ほどまだ進んできていた。

 おいおい、これはきついぞ。

 完全に止めることすらできないなら、殺すこともできないだろう。僕、全然強くなってないんじゃないか?

 動く二人に対し、フィカソトリアが深い踏込み。一方にはえぐるようなアッパーカット。ぐらららん、と頭が安っぽいおもちゃのように揺れる。もう一方にはハイキック。めきっといやな音がして、たぶん、頭がい骨が壊れた。

 ところが、二人はビデオを逆再生したように態勢を整え、フィカソトリアを捕まえた。彼女の腕が引っ張られる。その間にローキックをあっけなく決め、脚の骨が折れるが、腕は引っ張られたままで脚もすぐに治った。

 おいおいおいおい、もう別な生物になってるぞ。

 僕が動揺すると、他の連中が金縛りを解いてフィカソトリアに襲いかかった。嘘だろ。継続的に現実化させないといけないっていうのかよ。しんどすぎる。

 それで僕は気づいた。こいつら、魔力を使ってやがる。僕の現実化に、抵抗している。



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