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不健康に慣れそう

 ここにいる魔力患者たちは僕とそう変わらない、迷いがあれば悩みもあるし、戸惑いや怒りや哀しみや空腹を感じている連中に思えた。処理という単語が相応しいとは思えない。思えるか思えないか。僕が生きるうえでかなり大切な要素だ。

「魔力患者は実に厄介なのだよ。神話性だか現実化だが知らないが、簡単に我々の生活を乱せてしまう。はっきり言って革命者よりも邪魔なんだ。形だけでも保護しているのは、野放しにできないからだよ。上層部は利用価値があると考えているかもしれないが、俺はこいつらを消してしまいたくて仕方ない」

 まくし立ててから、ゼルバはにやりと唇を吊り上げた。金持ちや権力者、まあ権力者はだいたい金持ちだが、そうしたやつらに特有の、一種の余裕があった。

「これは俺の個人的な感情だ。組織なんざどうだっていいが、軍人としては市民を守ったほうがいいんだろうな。くそくらえだ。迷惑なやつは全員死ねばいい。俺は現場を預かる指揮官で終わるつもりはないから、まだおおっぴろげには言わないがな。戦争中でも、言動に気をつけんと偉くなれない」

 結局のところなにが言いたいのかわからないな。僕になにをさせようっていうんだ。

「俺は悪魔と契約した」

 ぷっ、と僕は吹き出してしまった。冗談だろ? 悪魔と契約した? あら奥さん聞きまして。悪魔ですって。契約ですって。陳腐で笑っちまうよ。

「俺も自分を笑いたいよ。ようするに、実力で成り上がるのをやめたわけだ。軍の上層は詰まりっぱなしでね。空きがなかなかできない。できないならば、作ればいいというのが俺の考えだ。そして目的のためには、最も確実な手段を選ぶ。悪魔は俺たちとは別な倫理や価値観で動いているから、うまくやれるはずだ。とはいっても、さきに持ちかけてきたのは悪魔側だが」

 さっきからあんたは自分の話ばかりしているよ。僕が聞きたいのは、僕についてのことなんだ。

「背景から始めてわかりやすくしようとしていたのに、語りがいのないやつだ」

 ゼルバが肩をすくめる。フィカソトリアが静かだな、と思ったら、ちょろちょろと部屋をのぞきまわっている。放っておくのが最善なのだけど、放っておかざるを得ないといのが最悪だ。

「悪魔はおまえを使えと言ってきた。おまえが戦争を終わらせる。そういう役割を持つとな。まったく気に入らん言い草だが、なるほど、俺は戦争などどうでもよくて、早く終わるに越したことはない。問題は終わらせかたで、軍の上のほうが適度にやられてくれればいいわけだ。悪魔はそれを約束してくれた。少なくとも助力してくれるとな。悪魔が求めたのは、軍の保護下にある魔力患者四六七三人だ」

 なんか増えていないか。僕が聞いたときはもっと少なかった。

「魔力患者は増え続けている。魔力爆弾の投下量を多くしたしな。市民の半数は予備群だというから、もっともっと増えるだろう。おまえにはそれを全部処理してもらう」

 その処理というのがわからない。具体的には?

「魔力を取り込むのさ。神話性ごとな。悪魔は病を喰うと言っていた」

 不健康になる。神に退化する。

 僕の頭がうずいて、しきり訴えてきた。存在を問う根本理由。おまえはそのためにいるんだろう? と僕を創ったやつらがうるさい。こんなときばかり、人の記憶に出てくるんじゃねえよ。

「俺に方法はわからない。わかるのはおまえだけだ。クラマサとかいうやつもわからないはずだ。ま、こんなものかな。俺のお知らせは。とりあえずここにいる魔力患者どもは好きにしていい」

 ゼルバは去っていった。この世界のどこにでもいる好き勝手な一人だ。野心に振れ幅は寄っているようだが、僕とそう変わりはしない。つまりはあいつがさも物のように扱っている魔力患者とも。馬鹿らしいところで僕らは平等なのだ。あるいは、それこそが平等の使い道だ。

 幻覚を破る過程において、僕は複数の神話性現実化病を行使できるようになっている。僕が生まれる際、あえておごった言い方をするなら僕の創造主たちが僕に意思感染させた神話性現実化病だ。おそらく呪的発声は、アマガイのものだったんだろう。憶測は憶測でしかないが、僕の憶測は当たる。自分のことだしね。腹のあたりが痛いなら、腹のあたりに異常があるのは確実だ。昨日食べた酸っぱいおにぎりのせいかな。そのくらいの憶測。

 基本は現在の僕として、応用すれば病を食べることができるのかもしれない。口を開けて粥が入るのを待っていた赤子から、スプーンでプリンを掬う子供へ。

 さて、試してみるのが早い。僕は怯えを見せる魔力患者たちに近づき、考えつくかぎりの方法でやってみた。神話性現実化病や、祈り、シンクロ、会話。現実化が最も効果があったが、どうも根こそぎ病をはぎとっているという感じではない。たんに魔力を奪ったり、病を抑えつけたりすることしかできなかった。

「なに、やってるの。楽しそう」

 興味深げにフィカソトリアが僕のところにきた。おまえのものをいただくだとか奪うだとか呪的発声でぶつぶつ言う僕のどこが楽しそうなのかわからない。

 いや、そうか。まだ僕は呪的発声でしかうまくやれていないのだ。幻覚を破ったときのように複数の神話現実化病でなら、やれるのではないか。

 やってみたら、できなかった。

 あれ。ぶつんぶつんと、雑音が入るように僕の病気は病気足らない。うまく健康を損ねられない。

 魔力がないのか。第七感に集中して、原因を特定する。

 まいったな。さっきの部屋に戻るべきか。しかしうまく言えないのだが、それでも足りない気がした。僕は魔力に飢えをおぼえている。塩水を飲み続けても喉が渇くように。まさか麻薬的な効果があるのか。どんどんどんどん、ほしくなる。

 ふと、足元に奇妙な生物がいるのに気がついた。植物のようでもあったが、半裸のおっさんのようでもあった。合わせて考えると、草花で装飾された半裸のおっさんだ。しかも小さい。高さはくるぶしにも満たなかった。左足に一人、右足に一人いる。

 ぱらりと、天井から砂粒が落ちてくる。今度はそちらを見やると、なんだか天井の一部が崩れてきていた。やがてぱっくりと、左右に割れて、青い空が見えた。うん? ここは何階建てだろう。ここは一階建て部分しかないのか。

 がしり。足が掴まれる。おっさんが僕の靴の下に指を入れ、持ち上げた。いともあっさり僕は浮く。最近、というか生まれてからこっちあまり食べていないから、体重軽くなったかな。

 ぶううんと重く空気が振動した。外から聞こえてくる。ああ、飛行機が上空を通過しているのだろう、と思っていると、僕は飛んだ。

 天井の穴から空へ。

 ええ?

 驚きによる支配はやってこなかった。ただぽかんと漂う。飛行機が見える。なにか落ちてくる。くすだまのような物体。ぶつかる。ぶつかる。ぶつかったら死ぬんじゃないだろうか。くすだまの質量。重力加速。僕の脆さ。

 僕とくすだまが接触しそうになる。直前、くすだまが割れた。おめでとうという垂れ幕でも出てくれば冗談で済むだろうか。割れても僕は死ぬ、などと考えている時間もない。

 光と闇と煙を混合した空気的なわからないやつが、僕を直撃した。

 僕は溺れる。ぶろろ、ぼるむぶ。そして落ちている。死なずに落ちている。落ちたら死ぬ。

 また元の魔力患者たちの部屋へ重力は僕を戻す。

 地面への激突を防いだのは、フィカソトリアだった。

「お姫様、だっこ」

 両腕にかかった負荷はとても人が支えられるものではないが、まあこいつは人じゃないからな。納得しかけて、納得するのがおしくなった。フィカソトリアに理解を示すようで。

「ねえ今のお姫様だっこ、だよ」

 ちょっと興奮した様子を見せる彼女にやりきれないものを感じつつ、腕から逃れる。お姫様、お姫様、とはしゃいでいた。王制反対。

 僕は魔力が体に十分宿っているのにびっくりした。これまでにない充実。あれは魔力爆弾だったのか? 悪魔が魔力を用意すると言っていたのは、さっきの部屋のことではなくて、これのことだったのか? 

 考えるのが億劫になってやめた。だいたい考えるなんて、そうそういつもやっていられないんだ。

 神話性は薬指を曲げるより簡単に現実化された。下手をすると、僕の一つの言葉が現実化しそうな勢いだった。

 魔力患者の病が僕に吸収され、彼らは普通の人になっていく。元魔力患者、なんてレッテルを貼ろうと思えば可能だが、意味があるわけでもない。前世があるとして、元虫なんて名乗らない。名乗らせない。

 米の一粒一粒を茶碗から箸でつまむ。ここにいるのは百人といったところか。まだ四十倍以上いるのか。面倒だ。こう、しゃもじで、がっといけないものか。しゃもがっと。

終わってもゼルバは現れなかった。てっきり監視していると思ったが、あいつに残りの魔力患者の場所を教えてもらわなくてはならない。

 自然、僕は戦争を終わらせようとしている。なんとも奇妙だった。いつからそんなにやる気のある男になったのだろう。

 組み込まれている?

 魔力を手に入れたことで、スイッチがオンになった可能性があるのは確かだった。遺伝子のように。もしや僕を創った目的がそれだとすれば、本能かもしれない。

 気に食わないな。

 僕は自分に逆らう方法を模索し始めた。


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