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やればできる子


 やがて、ふう、とため息を一つ吐く。それがようやくの反応だ。

 たぶん、きみは僕に語りたいだけなんだ。今の話で決まった僕のすべきことは、あの教室から病院へ担ぎ込まれたときより前の記憶を、役に立たないものとして切り捨てようってことだ。

「真実から目を背けるのですか? あなたのものではなくても、偽りではありませんよ」

 真実を直視すると、今度は現実から目を背けることになる。真実は僕らを構成する一要素に過ぎないんだ。真実は一つしかないかもしれないが、現実はたくさんあるのさ。きみの現実、僕の現実。たくさんあって、それが困るのだけど、でもきっと向き合うべきなのは現実のほうなんだ。

 僕は自分が饒舌になっていると感じた。やはり多少の衝撃は受けているのだろうか。彼女の言っていた大半は耳を通り過ぎて行っただけだし、断片的だったが、僕の根幹たる部分に触れて、理解をもたらしていた。

 おそらくだが、僕は複数の神話性現実化病患者によって創られた、いわば人造人間なのだろう。ふーん。まあ魔力と人手があればそこまで現実化できるのか、くらいに思う。戦争を終わらせる云々言えるのならば、可能は可能だろう。

「現状で最も現実を左右できるあなたに言わせると、説得力がありますね。あなたなら、真実を捻じ曲げることもできるかもしれませんし」

 捻じ曲げられたら真実じゃないだろうに。僕はなんだか疲れた。言葉を自由に使われると、混乱してしまうよ。自分のことは棚に上げてホコリだらけにした。

 話に付き合っている間、物事はこれっぽっちも進んでいない。ミジンコ一匹も。粒子ほども。こんな閉じられた空間で密集の憂き目に合わせて、恐怖症だったらどうしてくれる。

 不自由だなあ。

 考えてみれば、僕は一度も自由を感じたことがなかった。相対的に不自由を感じるばかりだ。さっきの不自由よりもさらに不自由に。不自由スパイラルだ。螺旋をわずかに戻ったところで、大して変わっていない。

 ここから脱出するべきだ、と思った。僕は別にきたくもないところへきては、脱出ばかりしている。

 どうしたものか。どうする? いつだって突きつけられるのは、その問いだ。

 周りの魔力患者に動きらしい動きはない。こいつらは本当に生きているのだろうか。協力が取り付けられれば、あるいは。

 まったく話しかける気は起きなかったが、なんとか振り絞って一人の肩を叩いた。叩けた。うん、叩けるのが奇妙に思える。

 ややあってから、緩慢にそいつは、はいと返事をした。

 なにを話せばいいんだ? ええと、なにをしているのかな。

「なにも」

 きみはどういった形で現実化させるの。

「さあ」

 ……ばーか。

 反応は返ってこない。無機物のほうが面白い粘りを見せてくれるというものだ。何人かに試してみたが、まったく同じだった。第一印象通りの没個性集団だ。泥沼に沈んでいくように気持ちが悪かった。

 クラマサを見る。彼女は他とは違う。手伝うとも言っていた。なるほど、瞳に宿る光からしても個性はあったし、殴れば響きそうではあった。

 手伝う、か。

「どうしました」

 僕は彼女の手を取り、そのへんの適当なやつに接触させてみた。僕に伝わってくる抵抗。ぐいぐいと押しつけてもみる。彼女は平気な様子だった。

 きみは、見えているのか?

「なにをでしょう」

 こいつらがさ。

「見えていますよ、もちろん」

 何人?

「何人……」

 彼女の目線が左右揺れて、ところどころ止まった。

「……わかりません」

 そうか、僕はわかったよ。真実かどうかは知らないが、現実は。

 これは幻覚みたいなものだ。博士が言っていたのは、暗示だったっけ。とにかく僕が見ているこいつらは、本当はいない。クラマサの様子からして何人か幻覚じゃないやつが含まれているかもしれないが、面倒だから確かめるつもりはない。ここから出られれば、それでいいのだ。

 試しに両手を広げ、ぱちんと手のひらを打ち鳴らしてみた。変化なし。素人が五円玉を揺らしたところで、という話か。

 ここに飛び交っている神話性現実化の妨害は、万能だろうか。ここから直接出ることはできなかったが、魔力が供給されている以上、まったく使えないはずはない。

 うっとうしい幻覚なんて、破れろ。

 一瞬、視界がぶんっと明滅した。驚いた顔の魔力患者がちらほらいる。だが数は圧倒的に少ない。すぐに陰鬱な世界へ戻った。惜しいな。

「もうからくりはわかったようですね」

 あとは力の入れ具合か。

 ここに神話性現実化の影響が及んでいることは間違いない。さきほど垣間見た魔力患者たちが、僕を妨害しているようだ。律儀に幻覚を維持し続けている。いい加減この連中から離れたかった。

 僕が強力な神話性現実化病の持ち主と言うのならば、このくらいあっさり打ち破る力があってもよさそうなものだ。それとも口だけか。おまえはやればできる子なんだよ。いいえ、僕はできない子です。

 できない子のだいたいは、やらないだけだ。

 とすると、やれるのかもしれない。記憶を探る。確信を持てるパスルのピースを手に取る。呪的発声、静的思考、概的感情。多重魔力患者。僕は誰だ。

 わからないが、やってみよう。要素は揃ってるんだろ?

 魔力の流れを感じる。霧雨の一滴。僕の容量はがばがばに空いている。構成は単純で、願えば望みが叶う。高ぶる。天使が降ろす。呪う。知識にあるあらゆる願い方をしてみる。神話性へのアプローチ。神へ近づく一手段。不健康になる。失う。進化を逆行する。退化する。

 神へ退化する?

 僕はいつの間にか閉じてしまっていた目を開き、幻覚を打ち破るべく魔力を行使した。

 世界が歪む。いや、正しくなる。偽りの魔力患者はどろどろ溶けて、幾人か本物の人間が姿を現す。

「こんなに簡単に?」

 簡単じゃないさ。やったらできただけだ。

 クラマサに答える僕の声は、みなぎっていた。全能感と無力感の間で、針がぴんと一二時を指している。僕にはなんでもできるし、なにもできない。デジタル。レイかイチ。結局はそこそこなんだろ。アナログ。ある程度をふらふら。

 部屋は軽く走ればすぐ壁にぶち当たるほどになり、疲労を見せる魔力患者と立ち尽くしているクラマサと現実感に溢れた僕だけになった。

 さて、帰らせてもらおうかな。

「どこに?」

 ふむ。僕に帰るところなんてない。どこに行くか聞かれる前に、僕は自問自答すべきだった。帰るとか、迂闊に言うものじゃないね。

 どん、どん、と扉が重いノックをされた。と思うと、すぐにこなごなに砕ける。扉の扉たる優雅さと役割を踏みにじったのは、ここにきてほしくない筆頭だった。

「帰ろう、アガイ」

 フィカソトリアが僕に手を差し出す。無視して元扉を中心にぽっかり空いた穴から部屋を抜けた。

 道がわからないながらとりあえず歩く。どこかに案内板でもないだろうか。

 悪魔に動かされているような気がしてならないが、だからといって僕の待遇がよくも悪くもなるとは思えなかった。違うか。これ以上悪くなるのは当然で、悪魔に反抗したところでよくはならない。これだ。

「せっかくきたのに、一言もなし、なの?」

 フィカソトリアが後ろから圧力をかけてくる。悪魔よりこっちのほうが問題だ。

 おまえと話すと減るんだ、色々。

 ぞろぞろと軍人が僕の前に立ちふさがった。連鎖で倒れるとかなり爽快感を得られるのではないかという並びっぷり。

「まだ用は済んでいないのだよ」

 ゼルバがぬっと現れた。

 これは脅しなんだけど、僕はここにいる全員を葬る方法を見つけたんだ。もう大人しく帰してくれないかな。

「なるほど、多重魔力患者としての力を発揮できるようになったか。しかし魔力がもつかな?」

 フィカソトリアをちらりとうかがう。

「都合、よすぎ」

 ふん、とそっぽを向かれる。僕にも制御できないじゃないか、悪魔さん。

「おまえにはもっと必要なものがある。なに、そう長い時間は取らせんよ」

 こっちへこいと手招きするゼルバを、僕は怪訝に思う。あんたはいったい、どういうやつなんだ。

「おまえが片付けてくれると助かる課題がいくつかあってな。どうやればいいか教えてくれる存在が俺のもとへきた」

 警備か留守番か、直立不動の兵士にご苦労と告げ、厳重にセキュリティがかかっている場所にゼルバが僕をいざなった。やや豪華で清潔な牢屋といった部屋がいくつもある。そのうちの一つが開かれた。

 今度こそ本物の魔力患者が、五人ほどいた。皆不安げにこちらを向く。あきらかな人間臭さで、僕はほっとした。

「一部だが、ここらには軍の保護している魔力患者がいる。おまえに全部を処理してもらおう」

 ショリ?

 野菜でも剥くような響きに、僕は首を傾げた。





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